表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/32

第5話:【剣姫】の嫁入り

 私が「パティシエになる」と大見得を切ってから数日――。


「どうしよう! 就活壊滅なんですけどーーっ!」


 着々とハートヴァルド傭兵団結成の段取りを進めるお母様と、士官学校の課題をしていたシャルルが私の方を振り返った。

 居間のソファにふらりと倒れ込む私は、履歴書を握りしめてむせび泣いていた。


「どのパティスリーも、履歴書すら受け取ってくれないなんて! 名前だけで門前払いよ!」



「”悪の【剣姫】”の噂が相当広まっているようだね。さすがは王太子の発言力……。もしくはベルニエ父娘の仕業かな……」


「私を雇ってくれるお店なんて、王国にはないのかしら……」


「お可哀想な姉様……。やっぱり今すぐベルニエ侯爵を抹殺しに――」


 シャルルが物騒なことを言い出したので、「それはちょっと」とストップをかけた。


(今そんなことしたら、シャルルの将来が……!)


 我が家は爵位を返上させられ、要職からも解雇されたため、使用人たちに暇を与え、厳しい倹約生活を始めていた。

 私たち年長の家族の心は、シャルルをきちんと学校に通わせ、卒業させてやることにおいて一つになっており、そのためには稼ぎが必要だった。

 お母様とお兄様たちは傭兵団として、私はパティシエとして収入を得る――それが一家の掲げる目標だったのだが。


 私は王都や伯爵領(没収予定)のパティスリーに雇ってもらおうと、面接の申し込みを繰り返していたのだが、ことごとく断られていたのだった。名前を告げただけで怯えられ、門前払い。取り付く島もなかった。

 ”悪の【剣姫】”の噂が収まるまで、待つしかないのだろうか。


「パティスリーに就職できぬならば、諦めて傭兵になることだな」


 お母様は待ってくれないらしい。


「いやぁぁっ! もう少し! もう少しだけ時間をくださいーっ!」


「軽いぞ。筋肉が落ちたか?」


「落ちてませんっ! 筋トレは続けていますからっ!」


「実戦に出ろ! 【剣姫】の血が疼くだろう?」


「疼きませんんん!」


 逞しいおみ足に縋りつく私を、容赦なくぶんぶんと脚力で振り回すお母様。このままでは、時間切れで傭兵団に就職することになってしまう。

 私が「ご慈悲をーーーっ」と泣き叫んでいると。


「ソニア様……その、レジィナお嬢様にお客様が」


 屋敷に残った数少ない使用人のうちの一人である侍女(脱ぐとマッチョ)が、おずおずと進言した。私は「もしかして、パティスリーの⁉」と大喜びで飛び上がり、玄関へと駆け出した。


(パティスリーの人事担当さんかも! やっぱり私を採用してくれるとか⁉)


「はいはーい!」


 玄関ホールには、上品な佇まいの老執事が立っていた。

 ロマンスグレーの髪とモノクルが印象的なスマートな男性だが、執事服の下には鍛え上げられた筋肉がありそうに見える。

 なんだか、只者ではない気配がする。


「お初にお目にかかります。ランドブルム家執事長ブラッドと申します。レジィナ・ハートヴァルド嬢とお見受けいたします。我が主アルビオ・ランドブルムより、こちらを預かっております」


 ブラッドと名乗る老執事は、厳かな動作で書状を取り出した。


 ランドブルムと聞き、ぴりりとした緊張感を覚えながら、私は書状を受け取った。

 ランドブルム卿は、たしか辺境騎士団を束ねる辺境伯だったはずだ。

 しかし、いい話は聞かない。血も涙もない冷酷無比な騎士だとか、騎士道なんてあったもんじゃない成り上がり者だとか、そんな噂を耳にしたことがある。


(私に何の用だろう。辺境騎士団の勧誘?)


「今拝見しても……?」


「はい。もちろんでございます」


 その場で封筒を暴き、文面を目で追った。

 簡素な文章の中身は、私に希望を与えるには十分だった。


「このお話、お受けいたします!」


 私が即決したのは、「ランドブルム辺境伯への嫁入り」だった。


 ◆◆◆


 アルビオ・ランドブルム。

 北の辺境クレラント領を治める騎士上がりの辺境伯。曲者揃いの辺境騎士団を束ね、国境を侵す敵兵団を容赦なく叩き潰す、血も涙もない男――。


 お母様とシャルルは、そんな噂の立つ男への嫁入りを反対したが、私は頑として譲らなかった。

 理由は、ある理想的な契約内容が記されていたから。


(コレが本当なら、私も家族も救われることになる……!)


 そんなわけで、二週間後。

 私はウッキウキで嫁入り支度を済ませ、辺境伯のお屋敷に足を踏み入れた。


 屋敷の内装は、伯爵家よりも数段クラシカルな印象だ。葡萄酒色の絨毯が美しく、濃い茶色の柱とのコントラストが上品で美しい。使用人たちが丁寧に手入れをしているのだろう。

 他所の家には「質実剛健」や「力こそすべて」みたいな貼り紙はないし、筋トレ器具も置いていないのかと、少々面を食らってしまう。


 私が老執事のブラッドさんに「お世話になります」「いえいえ、こちらこそ」なんて会話を交わしながら、玄関ホールで迎えてもらっていると。


 ちょうど留守にしていた辺境伯――アルビオ・ランドブルム卿が帰還した。


(鉄の臭い……!)


 鋭い気配に振り返った私を、温度のない瞳が見つめていた。


 濡れは色の髪は夜の闇のよう。紅の瞳は血が滲んでいるかのよう。

 そしてついでに、体中が本物の血でまみれていた。


(スプラッタ後、みたいになってる!!!!)


 やはり、噂は本当なのだろうか。

 彼の凍てつく視線に、私は身構えずにはいられなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ