第5話:【剣姫】の嫁入り
私が「パティシエになる」と大見得を切ってから数日――。
「どうしよう! 就活壊滅なんですけどーーっ!」
着々とハートヴァルド傭兵団結成の段取りを進めるお母様と、士官学校の課題をしていたシャルルが私の方を振り返った。
居間のソファにふらりと倒れ込む私は、履歴書を握りしめてむせび泣いていた。
「どのパティスリーも、履歴書すら受け取ってくれないなんて! 名前だけで門前払いよ!」
「”悪の【剣姫】”の噂が相当広まっているようだね。さすがは王太子の発言力……。もしくはベルニエ父娘の仕業かな……」
「私を雇ってくれるお店なんて、王国にはないのかしら……」
「お可哀想な姉様……。やっぱり今すぐベルニエ侯爵を抹殺しに――」
シャルルが物騒なことを言い出したので、「それはちょっと」とストップをかけた。
(今そんなことしたら、シャルルの将来が……!)
我が家は爵位を返上させられ、要職からも解雇されたため、使用人たちに暇を与え、厳しい倹約生活を始めていた。
私たち年長の家族の心は、シャルルをきちんと学校に通わせ、卒業させてやることにおいて一つになっており、そのためには稼ぎが必要だった。
お母様とお兄様たちは傭兵団として、私はパティシエとして収入を得る――それが一家の掲げる目標だったのだが。
私は王都や伯爵領(没収予定)のパティスリーに雇ってもらおうと、面接の申し込みを繰り返していたのだが、ことごとく断られていたのだった。名前を告げただけで怯えられ、門前払い。取り付く島もなかった。
”悪の【剣姫】”の噂が収まるまで、待つしかないのだろうか。
「パティスリーに就職できぬならば、諦めて傭兵になることだな」
お母様は待ってくれないらしい。
「いやぁぁっ! もう少し! もう少しだけ時間をくださいーっ!」
「軽いぞ。筋肉が落ちたか?」
「落ちてませんっ! 筋トレは続けていますからっ!」
「実戦に出ろ! 【剣姫】の血が疼くだろう?」
「疼きませんんん!」
逞しいおみ足に縋りつく私を、容赦なくぶんぶんと脚力で振り回すお母様。このままでは、時間切れで傭兵団に就職することになってしまう。
私が「ご慈悲をーーーっ」と泣き叫んでいると。
「ソニア様……その、レジィナお嬢様にお客様が」
屋敷に残った数少ない使用人のうちの一人である侍女(脱ぐとマッチョ)が、おずおずと進言した。私は「もしかして、パティスリーの⁉」と大喜びで飛び上がり、玄関へと駆け出した。
(パティスリーの人事担当さんかも! やっぱり私を採用してくれるとか⁉)
「はいはーい!」
玄関ホールには、上品な佇まいの老執事が立っていた。
ロマンスグレーの髪とモノクルが印象的なスマートな男性だが、執事服の下には鍛え上げられた筋肉がありそうに見える。
なんだか、只者ではない気配がする。
「お初にお目にかかります。ランドブルム家執事長ブラッドと申します。レジィナ・ハートヴァルド嬢とお見受けいたします。我が主アルビオ・ランドブルムより、こちらを預かっております」
ブラッドと名乗る老執事は、厳かな動作で書状を取り出した。
ランドブルムと聞き、ぴりりとした緊張感を覚えながら、私は書状を受け取った。
ランドブルム卿は、たしか辺境騎士団を束ねる辺境伯だったはずだ。
しかし、いい話は聞かない。血も涙もない冷酷無比な騎士だとか、騎士道なんてあったもんじゃない成り上がり者だとか、そんな噂を耳にしたことがある。
(私に何の用だろう。辺境騎士団の勧誘?)
「今拝見しても……?」
「はい。もちろんでございます」
その場で封筒を暴き、文面を目で追った。
簡素な文章の中身は、私に希望を与えるには十分だった。
「このお話、お受けいたします!」
私が即決したのは、「ランドブルム辺境伯への嫁入り」だった。
◆◆◆
アルビオ・ランドブルム。
北の辺境クレラント領を治める騎士上がりの辺境伯。曲者揃いの辺境騎士団を束ね、国境を侵す敵兵団を容赦なく叩き潰す、血も涙もない男――。
お母様とシャルルは、そんな噂の立つ男への嫁入りを反対したが、私は頑として譲らなかった。
理由は、ある理想的な契約内容が記されていたから。
(コレが本当なら、私も家族も救われることになる……!)
そんなわけで、二週間後。
私はウッキウキで嫁入り支度を済ませ、辺境伯のお屋敷に足を踏み入れた。
屋敷の内装は、伯爵家よりも数段クラシカルな印象だ。葡萄酒色の絨毯が美しく、濃い茶色の柱とのコントラストが上品で美しい。使用人たちが丁寧に手入れをしているのだろう。
他所の家には「質実剛健」や「力こそすべて」みたいな貼り紙はないし、筋トレ器具も置いていないのかと、少々面を食らってしまう。
私が老執事のブラッドさんに「お世話になります」「いえいえ、こちらこそ」なんて会話を交わしながら、玄関ホールで迎えてもらっていると。
ちょうど留守にしていた辺境伯――アルビオ・ランドブルム卿が帰還した。
(鉄の臭い……!)
鋭い気配に振り返った私を、温度のない瞳が見つめていた。
濡れは色の髪は夜の闇のよう。紅の瞳は血が滲んでいるかのよう。
そしてついでに、体中が本物の血でまみれていた。
(スプラッタ後、みたいになってる!!!!)
やはり、噂は本当なのだろうか。
彼の凍てつく視線に、私は身構えずにはいられなかった。




