第27話: ティーwithスコーンwith悩める私
木漏れ日射し込むランドブルム家の庭園。
花と緑を包む穏やかな空気を、天を衝くような荒々しい声が乱す。
「甘美なる供物の芳ばしき香が、我の秘められし貪欲をさらに掻き立てる……ッ! うぅッ! 手がぁッ! 呪われし右腕が、我の意に逆らい、皿へと伸びてしまうぅッ!!」
「はいはい、お静かに。設定は分かったから、いい加減食べなさいよ」
暴れる右腕と格闘するクレイヴさん。彼を呆れた様子で窘めるニコラさん。そんな2人をにこにこと見守る私は、絶賛午後のお茶タイム中だ。
ここは私が旦那様に素敵なティータイムをお過ごしいただくために、庭師さんやメイドさんたちとせっせと整備した庭園だ。私は庭の造形には明るくないので、デザインは庭師さんにお任せし、力仕事に精を出した。
おかげさまで季節の花が咲き誇る花壇や、ウッド調の素敵なテラスがあるわけだが、先日、旦那様が自分だけが使うのはもったいないからと、私が誰かとここでお茶会をすることを許可してくださった。
これまでは菓子工房の片隅で行われていたお茶会が、開放的な青空の下で開催できるようになったというわけだ。
旦那様に今日の分のお菓子を贈呈し終えた私は、本日さっそく“研究会”と称するお茶会を開いていた。
一番に招いたのはニコラさん。本当はメイドさん全員に声を掛けようとしたのだが、一気に人が抜けてしまうと仕事が回らないとのことで、今日はニコラさんがメイドチームを代表して来てくれた。
そして仕事の報告で屋敷を訪れていたクレイヴさんが飛び込みで参加し、私たちは3人でスコーンの食べ比べをしていた。
「スコーンって、なんか優雅っすよねぇ。オレは武者修行に明け暮れてて参加しなかったんですけど、母親がしょっちゅう家でスコーンのお茶会開いてました。紅茶もスコーンに合わせてこだわってたと思います」
「その手の話題を聞くと、やっぱりアンタが貴族の坊ちゃんって感じるわね。ねぇ、本当に敬語使わなくていいわけ?」
「いいんですいいんです! オレのが年下ですし、家から出されてるようなもんですし。なんか、姐さんには弟分扱いされたいんすよ!」
「まったく。アタシはアンタの姉御じゃないわよ。ねぇ、奥様?」
「えっ。みんなのお姐さんってことでいいのでは?」
クレイヴさんとニコラさんは姉と弟のようにざっくばらんな会話をしていて、聞いているこちらが楽しくなってしまう。
お茶会に来てくれた2人のことを、辺境伯夫人の私が友人と呼んでいいのかは分からない。けれど、【剣姫】だった頃は鍛錬仲間こそいても、お茶会友達はいなかった私だ。しかも、お菓子は私が作ったもの。自分が今、これほど恵まれた環境にいるなんて、【剣姫】時代の私には想像もできないだろう。
「えーっと、こっちのスコーンが紅茶入りでしたっけ? わぁ~、アールグレイの良い香りがしますね」
「あ! 待ってください! スコーンは腹割れに沿って横に割るんですよ」
「腹……え?」
スコーンにさっそくかぶりつこうとしたクレイヴさんは、私にストップをかけられ、グリーンの瞳をぱちぱちと瞬かせた。自身の腹部を見下ろし、「一応薄っすら、6つには割れてます」と教えてくれた。
「何を自慢げに。奥様の美腹筋はバキバキの――」
「うわぁ、ニコラさん! それは言わなくていいですから~っ!」
ニコラさんが誇らしげに私のシックスパック談を語り出しそうだったので、慌てて口の前に指で✕を作った。
今でもお菓子作りのための体力作りとして、筋トレや走り込みは欠かしていない。1日3回のトレーニングはもちろん、10キロシリーズ――10キロのコルセットやエプロン、調理器具といった愛用品による意識外の鍛錬も継続中だ。まぁ、それはおいて置いて。
私はまだ温かいスコーンを手に取ると、その中央辺りに入っているひび割れを指差した。
「スコーンの腹割れというのは、焼き上がりにできる割れ目のことです。『狼の口』とも呼ばれていています」
「『狼の口』⁉ か……かっこいい……!」
「その口に手をかけて、パカッと横に割って食べるのがマナーなんです。そのわけは、スコーンの由来である『運命の石』が神聖なものだからで――」
「『運命の石』⁉ 名前だけで血が騒ぐ……ッ!」
「アンタ、いちいちうるさいのよ。奥様の説明に口を挟まないで」
騒がしいクレイヴさんにニコラさんが釘を刺す。平民である彼女はお茶会に慣れていないからか、いつも私の説明を一生懸命に聞いてくれるのだ。
「ふふっ。賑やかでいいじゃないですか。さぁさぁ、クロテッドクリームとブルーベリージャムも用意したので、たっぷり塗って食べましょう!」
「奥様って懐が大きいですねぇ」
「マジ女神ッス」
2人は私の動作を真似てスコーンを半分に割り、断面にクロテッドクリームとジャムをぬりぬりし始めた。クロテッドクリームとジャム、どちらを先に塗るかで流派が分かれるのだが、ややこしくなるので今日は言わないことにした。
(私はクロテッドクリームを先に載せて、それがスコーンの熱で柔らかくなる感じが好きなんだけど……まぁ、美味しかったらどっちでもいいか。うんうん! 外はカリッと、中はふんわり……上出来だわ!)
ミルクティーとスコーンを合わせていただく至福の時間に酔いしれる。プレーン、紅茶、オレンジピールなど、様々な味のスコーンを楽しみ、感想を交わし合える口福は、なんて贅沢なのだろう。紅茶はもっと香りを立たせたいな、オレンジピールはもう少し苦み押さえたな……など、改良点も浮かび上がり、私は大満足だった。
(そろそろ、この話をしてもいいかな……)
場が温まった頃を見計らい、「いざ勝負!」と言わんばかりに新しい話題を繰り出した。
「あのっ! 旦那様に関する悩み事を聞いていただいてもいいでしょうか……?」
「悩み⁉」
「はい。実は最近、旦那様がストレスを溜めておられるようでして」
私はティーカップを手のひらで包み込み、悩ましげなため息を吐き出す。その横で、ニコラさんがクレイヴさんにジト……とした湿っぽい目を向けていた。
「アンタ、プリン事件で旦那様からめちゃくちゃ睨まれてたじゃない」
「いやいやいや! オレ、もう許されてます! 『妻のいい友人でいてくれ』って言われましたもん! ストレス源になんて、なってませんって!」
2人のひそひそとした会話は、私には何のことだかさっぱり分からず。きょとんと首を傾げていると、クレイヴさんが「ひとまず、奥様のお話を!」を前のめり気味に急かした。私としては、聞いてもらえるだけで嬉しい限りだ。
「旦那様、なんだか散財っぷりがすごいんですよ! 高級チョコから始まって、珍しいスパイスに紅茶、色んな種類のお砂糖なんかも!」
「あぁ……、そういえば新しい10キロの調理器具や靴も買っておられましたね。軟弱な執事たちが、運ぶのに苦労してました」
「ニコラさんのおっしゃる通り。私専用のアイテムまでオーダーメイドですよ! これは過剰な購買で鬱憤を晴らしているに違いありません!」
私の脳裏には、旦那様からのプレゼントの数々が浮かんだ。始めは単純に「わーい! ありがとうございます!」と、何も考えずに受け取っていたのだが、今では度重なる贈り物に身構える日々だ。私、今日誕生日じゃなかったよね? と、カレンダーを確認したのも一度や二度ではない。
「あと、チョコサンドクッキーを作った時も――」
(きっと只ならぬ精神状態だったんだわ。まさか……キスを……)
言いかけたところで、ぼぼぼっ! と、私の頬が一気に過熱され、真っ赤に染まった。
指先に落とされた優しい口づけ。旦那様の煽るような視線。今でもまだ、指先に触れた薄い唇の温度を覚えている。
(いやいやいや! あれは『仕返し』だって、旦那様がおっしゃってたじゃない! 私を困らせて楽しんでたんじゃない? え、でも、旦那様はそんな性悪なお方じゃ……)
続けて、ぼんっぼんっと頭の中で爆発が起こる。
旦那様のことが分からなくて、心が乱されてばかりだ。
「……ご主人様のプレゼント攻撃、まるで効いてないわ。相当初心な夫婦なのよ」
「団長カワイソウ……。どうにか進展させてあげてぇ~」
ニコラさんとクレイヴさんが再びひそひそ話をしているが、思考がオーバーヒートしていた私の耳には届いていなかった。クレイヴさんなんて、ハンカチで涙を拭っているが、目にゴミでも入ったのかな? と、私は普通に心配した。
「とにかく、旦那様の奇行が気がかりで。お菓子で口福にして差し上げたいのに、これは私の力不足ということですよね……」
木々の間から漏れ入る太陽の光は温かくて明るいのに、私の心はどんよりと曇っていた。旦那様のお役に立ちたいのに、お気持ちを察せず、悩みやストレスを晴らして差し上げることができずにいる。剣術は磨けば磨くほど光るのに、人とは接すれば接するほど、分からないことが増えていく。
(もどかしい……。旦那様に喜んでいただきたいだけなのに)
「パティシエ失格、存在価値皆無、クビまっしぐらです……」
「クビって……、そんな雇われてるみたいな言い方」
クレイヴさんの一言に、ギクッと全身が固まった。
周囲に契約結婚のことは秘密であり、表向き、私は「お菓子作りが趣味の愛され妻」なのだ。旦那様の体面のためにも、実家への援助金と引き換えに仕事でお菓子を作っているとは言えない。
私が曖昧に笑って誤魔化していると、ニコラさんとクレイヴさんが視線を交わし、何やらコクコクと頷いている。
あれ? やっぱり怪しまれてるのかな? と、私がひやりと汗をかいていると。
「レジィナ様! ストレスには甘いものが一番ですッ!」
「ご主人様に作って差し上げたらいかがでしょうか? 旬のりんごスイーツを!」
「りんご……?」
「そうです! ひと狩り行くんです! りんごのために!!」
拳を勇ましく握りしめ、最後は声を揃えながら、ぐっと身を乗り出してきたニコラさんとクレイヴさん。私は2人の圧を受け留めながら、目をぱちくりさせていたのだった。




