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第24話: フレジエ応援歌

 お菓子作り教室の翌日。

 私は辺境騎士団の修練場に再び足を運び、用意された大袈裟に豪華な椅子に腰かけていた。手合わせの結果を見届けるためだ。


 中央で腕を組み、不機嫌そうな表情を浮かべているのは、我らが旦那様だ。旦那様は、クレイヴさんから申し込まれた102戦目の手合わせを承諾したものの、対戦相手を見つめる目付きは非情に険しい。


「クレイヴ。お前のその負けず嫌いと執念は評価しよう。……だが、なぜ設定厨が悪化している……⁉」


「悪化ではなく、進化……いえ、“深化”と言い表していただきたい……ッ!」


 クレイヴさんは自己陶酔感溢れるポージングを決めていた。不敵な笑みは闇属性を思わせ、手足には何かを封印していそうな包帯がいっそう増え、伝説の力を秘めていそうなたくさんのアクセサリーが不快なほどジャラジャラと音を立てる。

 誰もが動きづらくないのかと問いたくなるスタイルだが、クレイヴさんは「【闇の騎士】は自らを縛るので」と、「お洒落は我慢」のようなことを言っていた。


「レジィナ。君がいて、なぜこうなった?」


「色々あって、振り切る方向でいきました!」


 旦那様の不満を孕んだ視線が私を捉えるが、力強いガッツポーズでお返しした。

 旦那様は腑に落ちない様子で眉根を指で押さえているし、ギャラリーの騎士たちも「設定厨すげー!」「さすが俺たちのクレイヴ君だぜ」と言いたい放題だ。けれど、呆れ、笑っていられるのも今のうちだ。


(さぁ、見せてください! クレイヴさん!)


「新たなる神器……残滅と破壊の二槍‼ その前にひれ伏すがいい!」


 クレイヴさんは二振りの槍をぐるんぐるんと頭上と胸の前で旋回させた後、その先を旦那様に向けた。

 紅蓮と漆黒がところどころで入り交じる色をした槍そのものは、細身でやや短い。しかし、穂先は燃える炎のような形状をしており、闇の英雄感があってカッコいい。私は武器はシンプル派だが、クレイヴさんのことを思って選んだものだった。


「二槍流って、設定厨の極みかよ」

「ははっ! アイツ、好きそうだよなぁ」


 私を守るように椅子の左右に立つ騎士たちが、馬鹿にするような笑いをカラカラと漏らす。


「あら。空想の設定を現実にしたら、何がいけないんです?」


「えっ。それはそのぅ……、無意味な見かけ倒しっつぅか……」


 私に鋭く問い掛けられ、2人の騎士たちは困り顔で言葉を濁した。泳ぐ視線は逃げ惑うお魚のようだった。


「見かけ倒し……いえ、見た目は大事ですよ。かっこよく……強く……美しく……。そんな見た目にこだわり抜くことで得られる、大きな自信がありますから。……見てください! 闇の神器を2本も持っているクレイヴさんは、以前の二倍……いえ、何倍も強いですから!」


 ギャラリー席にいる私の声は、クレイヴさんには聞こえていないだろう。けれどきっと、応援する気持ちは届くはず――。


「始めよう。その派手な見てくれが、ただの飾りでないことを願っているぞ」


 旦那様にじぃっと見つめられ、クレイヴさんは小さく息を吞む。怯えてはいない。若き挑戦者の瞳は、旦那様をしっかりと捉えている。

 剣をすらりと抜く音が静まり返った修練場に響いた直後、クレイヴさんは天を割るような雄叫びを上げた。


「黎明穿てし、我が槍よぉぉッ‼」


 常人では目で追えない速度の鋭い突きが、怒涛の勢いで繰り出される。風を切り裂く音がゴウゴウと音を立て、まるで修練場に嵐が巻き起こっているかのようだった。

 つい今まで嘲笑っていた騎士たちは、クレイヴさんの想像以上に動きに面を食らったらしい。声も出せずに、ただ目を大きく見開いている。以前の重量感のある長槍を振るっていたクレイヴさんとは、スピードが段違いなのだ。


(見立て通り。クレイヴさんには速さを活かした戦法がぴったりだった……! 長槍で鍛えられた腕の筋肉があれば、突いた槍を手元に戻す速度も十分。細身の槍の威力を高めながら、2人の槍でさらに手数を多くすることができる。もともと小柄な人だし、俊敏性を伸ばして大正解!)


 私は手をぎゅっと握りしめながら、激しい戦況を見守っていた。


 私の専門は剣だが、母のおかげで他の武器の心得もある。いつどんな時でも国王を守護できるよう、あらゆる武器や、武器にならなさそうなもののでさえ、刃に替える方法を知っているのだ。


 けれど昨日、お菓子作り教室の後、私がクレイヴさんに贈ったアドバイスは、ケーキのことばかり。私はクレイヴさんと作ったフレジエでお茶をした。美しく飾りながら、内側までもこだわったケーキの美味しさをひたすら説いた。

 それが、クレイヴさんに伝えたかったことだから。


(“ありのまま”が正義というわけじゃない。見えている部分と、見えない部分の美しさと美味しさを極めたら、きっとそれこそが大正義‼)


 キンッキンッという乾いた金属音が、空気を震わせる。

 旦那様が剣ですべての攻撃を捌き、クレイヴさんの槍をいなしている。神速の突きをも見切る冷静な戦闘眼は、揺らぐことなく相手を見据えたまま。さすがは辺境騎士団長だ。


(くぅぅ……っ! かっこいい!)


 見惚れている場合ではないと理解しながらも、つい旦那様を目で追ってしまう。

 彼の動きは実に読みづらい。王国で正統派とされる剣術の型に囚われず、自由で荒々しい。時々剣を逆手に持ち替えては相手の虚を突き、足技の使用も多くみられる。戦いにルールはないのだから、この臨機応変なトリッキーさは、王国騎士も見習うべきかもしれない。


 固唾を吞んで見守っていると、クレイヴさんの豪速の一突きを旦那様が軽く頭をもたげてかわした。クレイヴさんはすぐさま槍を引き戻し、同時に反対の得物を繰り出す。しかし、この攻撃も読まれており、旦那様はフッと息を漏らしながら、剣で槍を叩き落とした。


「遅いぞ。【闇の騎士】の力は、その程度か?」


「……ッ!」


 目を細めて煽る旦那様は、なんだか少し楽しそうに見える。クレイヴさんは悔しそうに唇を噛み締め、二槍を握り直すが、形勢は旦那様有利と言えるだろう。


(いいえ! まだまだぁっ!!)


「フレーッ! フレーッ! ク・レ・イ・ヴ‼」


 突如、張り裂けんばかりの大声でエールを送ったのは、椅子から立ち上がった私である。

 腕をピシッピシッと上へ横へと大袈裟に動かしながら、クレイヴさんを全力で鼓舞した。昔、剣術大会で母が私を応援するために披露してくれた、3・3・7拍子という伝統ある激励演舞だ。

 辺境騎士たちは、まさか領主夫人の私が演舞をし出すとは思いもしていなかったようで、皆、目を丸くしている。悪目立ちしてしまったようで少し恥ずかしいが、私はこの応援がもたらす力を知っている。


「頑張れ! 頑張れ! ク・レ・イ・ヴ‼」


 私の声はクレイヴさんに届いた。彼は「しゃぁぁぁぁッ!」と雄々しい叫びを響かせ、闘魂を見せつけてくれた。

 一方、旦那様にも私の応援が響いていた。悪い意味で、だ。


「レジィナがクレイヴを……応援、した……?」


 旦那様は強いショックを受けてしまったらしく、ほんの一瞬、その場でよろけた。

 その隙を、肉食獣が如き目をしたクレイヴさんは見逃さなかった。


「隙ありぃぃぃッ!!」


 キィィンッと、高い金属音。クレイヴさんの右の槍が旦那様の剣を弾き飛ばし、左の槍が喉元に突き付けられた。

 剣が宙を舞い、地面に刺さると、誰もが「まさか」と息を吞んだ。


(勝負がついた……!)


「はぁ……はぁ……、1本……っスよね?」


「あぁ。違いない」


「ぃやったぁぁぁッ!! 団長に勝ったぁぁぁッ!!」


 ぴょーんッと飛び上がり、全身で喜びを表すクレイヴさん。

 彼を見守る旦那様は、降伏を示すように両手を持ち上げ、負けたというのに清々しい表情を浮かべている。

 息が上がり、汗だくのクレイヴさんが勝利し、散歩でもしていたのかというほどいつも通りの旦那様が負けた。その光景に、辺境騎士たちはどよめいた。


「今まで馬鹿にして悪かったよ。お前、あんな戦い方できんのな!」

「やるじゃねぇか、設定厨。いーや、【闇の騎士】様よぉ!」


 わらわらと勢いよく、先輩騎士たちがクレイヴさんを取り囲む。祝福の言葉を口々に述べては小突き回すようにして、彼の健闘を称える姿は微笑ましく、羨ましくも見える。


(辺境騎士団の皆さん、なんだかんだクレイヴさんの成長を期待してたのね)


「レジィナ様、あなた様の泉の如き慈愛に感謝申し上げます。導きにより、『半端』な己に別れを告げることが叶いました!」


 騎士たちにもみくちゃにされていたクレイヴさんが、改まった口調と共に私に頭を下げた。言動は独特だが、やはり礼儀正しい青年だ。


「ふふっ。私はケーキの作り方をお教えしただけですよ。クレイヴさんは見えない努力を堅実に重ねている方だったので、デコレーションのコツを少しだけ」


 そう言うと、私は大きな正方形の箱から、「じゃじゃん!」とケーキを取り出してみせた。側面に美しい苺の断面が並ぶ、クリームたっぷりのケーキ――フレジエだ。


「お茶の時間にしませんか? 伝説のフレジエですよ」


 騎士たちは我先にとフレジエを求め、私は一人一人に「お疲れ様です」と声を掛けながら、皿を渡していった。彼らが修練場の木箱や地面で賑やかなティータイムを過ごす様子は、上品なお茶会からは程遠いものの、笑顔は絶えることがない。


「レジィナ。こちらに来てくれ」


「はい、旦那様」


 皆の嬉しそうな顔を確認し、満足そうに頷いた後、旦那様は私を修練場の裏のベンチに連れて行った。

 ちょうど木の陰ができていて、日差しの温かさがちょうどいい。爽やかに吹き抜ける風が、私の髪をふんわりとなびかせた。隣り合って座る私たちの膝の上には、フレジエの皿があり、思わず、なんて満ち足りた時間なんだろうと口にしそうになってしまう。


(いい雇用主と気持ちのいいベンチでケーキタイム……至福だなぁ……)


 私はフォークでフレジエを切り出しながら、旦那様をこっそりと見上げた。チラッと一瞬だけのつもりが、そのタイミングでぱちりと目が合ってしまい、慌てて目を逸らした。


(わわっ! 隣同士の距離で見つめ合う覚悟はできてなかった!)


「す……すみません。じろじろと……」


「いや、俺の方こそ……。コホンッ……クレイヴの件、感謝する。君のおかげで、あいつはひと回りもふた回りも強くなった」


 しばらくもじもじと身を縮こませていた私とは対照的に、旦那様は咳払いひとつでいつも通りの調子に戻った。旦那様は、元々はクレイヴさんの設定好きを辞めさせたかったのだと言う。


「あいつにとって、夢見心地な設定など、雑念になると思っていた。しかし、まさか完璧に仕上げてくるとは」


「お菓子は見た目の美しさと味が合わさって初めて、『美味』になります。クレイヴさんの場合は、味に当たる槍術は文句なし。足りなかったのは、見た目……設定の洗練具合ですよ」


「なるほど。それこそが、奴の自信を最大限に引き出す核だった、というわけか……」


 私は「その通りです」とコクコクと頷きながら、フレジエを口いっぱいに楽しんでいた。甘酸っぱい苺と甘いクリームが溶け合い、幸せなくちどけが広がる。苺とクリームの相性の良さに敵う者なんているのだろうかと、思わずにはいられない。


 そんな夢のようなケーキを味わっていると、旦那様が遠慮がちに「――それは良かったとして」と、ぼそぼそと恥ずかしそうに口を開いた。

 どうしたのだろうと、私は黙ってぱちぱちと目を瞬かせ、旦那様の次の言葉を待つ。


(まさか、ケーキの味にご不満が? それとも、フレーッ! でフレジエっていうのが、寒かった??)


 私が緊張した面持ちで旦那様を見つめていると、彼は若干の恨めしさを滲ませて――。


「次の試合では、俺を応援してほしい……」


(なにそれ、ずるい……っ!!!!)


「もちろんですとも! 旦那様!」


 ドギャーーンッと特大の稲妻が落っこちて来たかのような破壊力に、私は打ち震えた。うちの契約旦那様は、「かっこいい」だけでなく、「可愛い」のバリエーションも豊富らしい。


フレーッ!フレーッ!フレジエ!のお話でした。

まだまだたくさんのお菓子とラブコメが続きます。

お気に召されましたら、ブクマ・星などで応援していただけると嬉しいです。

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