第22話:設定厨の葛藤
***(SIDEクレイヴ)
オレの名はクレイヴ・デューリンガー。
表向きはデューリンガー男爵家の次男坊にして、辺境騎士団の一団員。しかし、その正体は混沌より生まれし【闇の騎士】。己の邪悪なる血と戦いながら、王の影として暗躍し、民草を救う影の英雄ー――という“設定”(時々変わる)で、やらせてもらっている。
あ、ちなみに前半は真実だ。オレは王国の片田舎の男爵家に生まれ、次男坊なので当然継がせてもらえる領地なんてない。まぁ、構わない。事業を継ぐのは兄上だ。田舎はオレには狭すぎたのだ。
根を張るべき雄大な大地を求め、オレは単身でクレラント領にやって来た。いや待て。ここの方がさらに田舎だった。多分、人より家畜の数の方が多いし、祭りのような娯楽イベントよりも、隣国のアウス神国がかけてくる国境侵犯の方が断然回数が多い。
だからこそ、目立てるはず。
故郷にいるよりも、辺境の地の方が芽吹くチャンスがある。幸い、武術には自信があるので、騎士として功績を積めば、オレだって成り上がれる可能性が……“特別な何か”になれる未来がきっとある。
「クレイヴ。お前は特別なんかじゃない。言葉や見てくれで外面を飾り立てても、芯が平凡なんだ。それでいいじゃないか。多くの者が、平凡で平穏な人生を生きる。それが理解できることの方が、特別であることよりも余程尊いことだ。だからいい加減、家に戻ってこい。この兄を支えてくれ」
言い聞かせるように巡らせていた思考を遮ったのは、今、オレの手に握られている兄からの手紙の存在だった。兄は家族の中でも、特にオレに優しい。年の離れた弟を大切に思ってくれていて、いつだって気に掛けてくれている。
手紙が届いたのは数日前だったが、返事を書けずにいた。鍛錬の合間に返信の内容を考えようと、ふらりと町の広間のベンチに腰を下ろしたものの、文言が頭の中でばらばらと散ったまま。一向にまとまる気配はない。
オレが辺境騎士団の中で浮いていることを知ったら、兄上はどう思うだろう。功績を積むどころか、空回りばかり。自分を奮い立たせる“設定”は、仲間から呆れられ、「やめろ」と散々言われてしまっているし、領民からは「変な人」呼ばわりされることすらある。
(オレの思うかっこいい生き様って、無駄なのかなぁ……)
昨日のアルビオ団長との一騎打ちで、胸に打ち込まれた一撃が不意にズキンと痛んだ。鎧越しなので、怪我にはなっていない。だとしたらこれは幻覚痛か。あー、待って。幻覚痛に悩まされる騎士って、ちょっとかっこいいかも……。
「いたいた! クレイヴさん! 長い瞑想中、失礼します!」
「れれれレジィナ様⁉ オレ、迷走なんてしてません!」
ベンチに腰掛け足を組み、ふむふむと「幻覚痛を負った騎士」を妄想していたオレの目の前に舞い降りて来たのは、アルビオ団長の奥方――レジィナ様だった。
うーん、いや、「舞い降りて来た」というのは少々違った。金糸のように細く煌めく髪に、ふんわりと優雅に膨らんだ白いワンピース姿というのは、確かに天使が降臨したかのようにも感じたが、地面に着地した音が「ダンッッ!」と存外逞しかった。レジィナ様は屋根の上から豪快に飛び降り、ヒーローのように着地を決めたのだ。はわわ……かっこいい。
レジィナ様の纏っていた風圧に押されたオレは、腰が抜け、ド肝を抜かれ、設定が抜け、素のリアクションを取ってしまった。
よく考えれば、レジィナ様は王都で妃教育を受けていた【剣姫】だ。王を守護する一の家臣の立場を目指していたお人なのだから、オレの想像を超えた身体能力を持っているに違いない。けれど、外見が美しい女性なので、どうにもこうにもオレの脳は混乱してしまう。
「ど、どうして屋根の上から⁉」
「上からの方が、クレイヴさんを探しやすいですもの。それに道も空いてますし」
「屋根は道じゃないかなと思います!」
かっこいい登場をした割に、レジィナ様はのほほんとした口調だ。演技ではない感じがする。真の猛者は、凡人とは思考も一線を画すということなのだろうか。
アルビオ団長は大物をお嫁さんにしたものだな……なんて、改めて上官の底知れなさを噛み締めていると、レジィナ様の手がグイとオレに向かって伸ばされた。
「クレイヴさん、ちょっと一緒に来てください!」
「え? えぇぇぇッ……って、力つよッ!」
オレは素っ頓狂な声を広場に響かせながら、レジィナ様の細腕にずるずると引きずられていく。オレの大柄ではないが、ちゃんと体を鍛えているし、体重は軽くはない。携えている長槍は鋼製なので、けっこうな重さだ。
「なのに、片手でぇッ⁉」
「ふふっ。クレイヴさんって、面白いですね。これは教え甲斐がありそうです」
「教える⁉ まさか、【剣姫】の秘伝の技を――⁉」
胸がドクンッと高鳴る。【剣姫】の技をものにできれば、オレは“特別な何か”になれるはず。誰よりも強く、誰よりも活躍し、仲間や兄にだって――。
レジィナ様の意味深に細められる新緑色の瞳は、オレに訴えかけていたのだ。
「お教えしましょう。お菓子の技を」
「……へ?」




