第21話:その騎士、“設定厨”
「うおぉぉぉッ! 鎮まれ、オレの右腕ぇぇぇッ! くそッ! 【闇の騎士】として、死合(試合)をするしかないのか……ッ!?」
「えぇっ! えぇっ? クレイヴさん、大丈夫ですか⁉」
別の生き物が宿っているかのように暴れる右腕を、必死に抑え込もうとしているクレイヴさん。魔眼もあると言っていたほどなので、何か大変なことが起っているのではないかと、私は心配で駆け寄ろうとした。
けれど、旦那様は呆れた様子で眉間を指で押さえ、「問題ない。奴の考えた“設定”だ」と、さらりと言い放った。
「設定……?」
私はぱちぱちと目を瞬かせた。
そういえば、辺境騎士の誰かが、クレイヴさんのことを「設定厨」と呼んでいた。
「思春期の少年が憧れるような、特別な“設定”が好きなんだよ、こいつは。神やら闇やら魔の力やら……俺には理解できないが、自信を特別たらしめる何かへの憧れを言動に込める――そうだな、クレイヴ」
「団長! 懇切丁寧に説明をされると、さすがに……」
「恥ずかしがるくらいなら、始めから共通言語で話せ」
「ぐぬぬ………………団長、勝負をお願いします!」
旦那様が半眼で睨みつけると、クレイヴさんは体を折りたたむように頭を下げて、丁寧に勝負を申し込んだ。これだけのことのために、あんなに派手な言動を取っていたなんて……と、私は思わず苦笑いしてしまう。
「分かった。すぐに始めよう」
「いよっしゃッ! ありがとうございますッ!」
交流試合後だというのに元気なものだ。旦那様が承諾するや否や、すぐに試合の準備は整えられた。
私は修練場の隅で、試合を観戦させてもらえることになった。椅子がまるで玉座のようにたいへん立派で、左右を二人の騎士が守ってくれている。なんだか逆に居心地が悪いくらいだ。
左右の騎士たちの話によると、クレイヴさんはしょっちゅう旦那様に勝負を挑んでいるらしい。勝敗は旦那様の100戦100勝。最早、辺境騎士名物。頻繁に疼くクレイヴさんの目や腕のことを想像すると、体が忙しそうだなぁという感想が湧いてくる。
私は真剣な旦那様の横顔に無意識に見惚れていたのだが、その間にもクレイヴさんはかっこよさげなポーズを1秒ごとに変えながら、長槍を構えていた。
「懲りねぇな、あの設定厨」
「団長、またコテンパンにしてやってください!」
ギャラリーの辺境騎士たちは、クレイヴさんに呆れた視線を注いでいる。
旦那様にうっとりしている場合じゃない、とハッとした。交流試合の時から思うところのあった私は、向かい合う旦那様とクレイヴさんのことを無言で交互に見つめた。
(クレイヴさんの得物は、一撃重視の長槍……。おそらく、勝負は一瞬――)
「始めッ!」
審判役の騎士の号令で、クレイヴさんの長槍が豪速で繰り出された。
「101戦目の俺は一味違う! 封印解かれし我が力、受けてみよぉぉぉッッ!!!!」
猛々しい突きは、空気を抉り、旦那様の喉元に迫る。
しかし、旦那様はそれを冷静に見切ると、体を器用に捩じって槍先をかわした。それだけでもう、私には彼の勝ち筋が見えたも同然だった。
旦那様は素早くクレイヴさんの懐に飛び込むと、電光石火の勢いで剣を抜き放った。剣の閃きが美しい。旦那様の的確な一撃は、クレイヴさんを斬らぬよう、鎧だけを狙っていた。
「ぐはぁッ!」
旦那様の剣に吹き飛ばされたクレイヴさんは、地面をごろごろと転がり、しばらくしてようやく動きを止めた。旦那様の圧勝だった。
「101勝目だな」
「おぉぉぉ! 瞬殺!」
「さっすが団長だぜ!」
「【闇の騎士】、大したことねーなァ!」
涼しい顔で刀身を鞘に収める旦那様を、騎士たちが大盛り上がりで称賛した。
歓声のうねりの中にいる旦那様は、勝つと信じていてもドキドキしていた私とは真逆で、「当然」といったふうに落ち着きを払っている。けれど、じっと彼を見つめていた私と視線が重なると、旦那様はふっと表情を緩めた。
「勝ったぞ」
そう言いたげな旦那様の紅色の目は、私に優しげに微笑んでいる。
「お……オメデトウゴザイマス……サスガ、ダンナサマ……」
この距離では聞こえないことも分かっているのに、私はつい目を逸らしながら口を動かしてしまう。旦那様が読唇術でも習得していない限り、伝わらないだろうに。彼の笑顔のギャップにやられ、思考が一瞬停止してしまった結果である。
(な……なに照れてるの、私ってば)
なんだか顔が熱いなと、手を扇子代わりにしながらパタパタと風を送る。そろそろこの玉座椅子から退かねばと思い、あせあせと立ち上がると、修練場の隅で背中を丸めるクレイヴさんを見つけた。
先ほどまで地面をごろごろと転がっていたクレイヴさんは、すっかり泥だらけだ。足取りはおぼつかず、長槍を杖代わりにしながら、とぼとぼと修練場を去ろうとしている。血が滲むほど唇を強く噛み締めていて、本気で旦那様に勝負を挑んでいたことが見て取れた。
「ちくしょう……っ」
悔しそうな声を漏らす彼の背中を、仲間の騎士たちがため息をついて見送っている。
「あいつ、イテェ設定ばっか考えてるから負けんだよ」
「カッコつけてないで、フツーにやれってんだ」
「筋はいいのに、もったいねーよなァ」
やれやれと肩を竦め、若いクレイヴさんを見つめる彼らの瞳には嘲笑の色はない。勝負の前後は憎まれ口を叩いていたが、本音は別のところにあったらしい。あぁ、そうか……と、私の胸にすとんと納得が落ちてきた。
(旦那様の率いる辺境騎士団だもの。心から仲間を大切に思っているんだわ……)
「旦那様!」
私が駆け寄ると、旦那様は切れ長の瞳を意外そうに丸く見開いた。
最近の私は、彼の瞳に翻弄されている気がする。ほっとしたり、緊張したり、ドキドキしたり……。旦那様の瞳の奥にある優しさが垣間見える瞬間が、私は一番好きだ。
「どうした、レジィナ」
「旦那様は、クレイヴさんにひと皮剥けてほしいと思っておいでですね?」
「……さすが、君の目は鋭いな。その通りだ。クレイヴの槍には迷いがある。何かきっかけがあれば、奴はもう一回り……いや、それ以上に強くなる――と、俺は思っているんだが。
君の見立てはどうだ?」
旦那様はクレイヴさんの後ろ姿をもどかしそうに見つめ、再び私に視線を戻した。
対等に扱ってくださることを嬉しく思いながら、私は顎に指を添わせてうんうんと頷いた。
「スポンジケーキのような方だと思います! 上手に焼けばよく膨らんで、甘いシロップもたくさん吸う。私なら、デコレーションをこだわり抜きますかねぇ……」




