第19話:こんにちは、辺境騎士団
辺境騎士団――。
ミュルグレス王国の肥沃な大地を狙う、アウス神国の侵略を防ぐ役割を担っている。団員の採用は身分を問わず、実力が重視されるため、貴族の中には彼らを“賊崩れの烏合の衆”だと侮蔑する者もいる。
けれど、私はそうは思わない。なんといっても、旦那様が率いているのだから。
私は辺境騎士団の屋外修練場の柱の陰から、固唾を吞んで旦那様の姿を見つめていた。
黒を基調とした騎士装束の胸元で光る、いくつもの勲章。その輝きは伊達ではなく、旦那様の振り抜いた銀の剣は、対峙する屈強な騎士の槍を力強く弾き飛ばした。
「ぐぁっ! なんて強さだ……!」
槍に引っ張られるようにして修練場の際までよろけ、尻餅をついた男性は、現王国騎士団長だ。つい先ほどまでは雪のように真っ白だった騎士装束や艶々に光っていた軍靴は、旦那様との試合ですっかり泥だらけになってしまっている。
王国騎士団長を蒼白な顔で見つめる騎士たちも同様だ。これまでの試合ですでに白旗を上げた王国騎士団勢は、くたくたのボロ雑巾状態になっている。
「充実した交流試合でしたな。我ら辺境騎士団にとって、修練前の良い肩慣らしになりました」
「おのれ、舐めた口を!」
「舐めておられたのは、あなた方でしょう。“新”王国騎士団長殿」
旦那様は、王国騎士団長の手首に巻かれていた赤布を剣先で器用に切裂く。斬られると思い、びくりと震えた相手のことを、旦那様は温度のない瞳で下ろしている。「さぁ、お帰りはあちらですよ」と言い捨てる視線も嫌味も、抜群に尖っている。
旦那様の背後には、目を吊り上げ、眉間に目一杯の皺を寄せて王国騎士団長を睨む辺境騎士たちが控えていた。ゴゴゴゴゴゴ……というプレッシャーの音が聞こえてきそうなほどの圧迫感と迫力がある。というか、単純に見た目にインパクトがありすぎる。
騎士団の制服を大胆に着崩している者や、目立つ場所に刺青を入れている者、顔中がピアスだらけの者など、王都ではまず見かけないような奇抜な外見をした騎士たちが多いのだ。
育ちのいい貴族で構成されている王国騎士団からしてみれば、辺境騎士たちの自由さは「品性のかけらもない」と揶揄するところだろう。だが、その自由さこそが、彼らの強さの根幹にある――と、私の目には映っていた。
「くぅ……ッ。皆、行くぞ! すぐに王都に帰還する!」
王国騎士団長は悔しさを押し殺したような声で号令をかけ、部下たちを連れて修練場を去って行った。私にとって見慣れた制服の騎士たちが、逃げるようにそそくさと姿を消す様は、見ていてなんだか複雑な気分にもなる。
「ハハッ! だっせぇ!」
「温室育ち王国騎士どもめ! 喧嘩にすらなりゃしねぇ」
「あまり言ってやるな。エド騎士団長が退団されたんだ。当然の結果だろう」
「アルビオ団長の方がよっぽど辛辣っすよ」
「そうか?」
王国騎士団の退場を笑い飛ばす辺境騎士たちを窘める旦那様の口元は、わずかに上を向いている。
王国騎士団の前団長は私の兄、エドだった。お兄様はハートヴァルド家没落をきっかけに王国騎士団長の職から解雇されてしまったのだが、今日の交流試合でその穴の大きさが露呈することになったわけだ。
(お兄様が如何に優れた武人だったか、旦那様が分かっていてくれて嬉しいな)
気配を消して、早数時間。私は成り行きで辺境騎士団と王国騎士団の交流試合を見守っていた。どこかのタイミングで旦那様に声をかけようとはしていたものの、ついつい騎士たちの戦いに目を奪われてしまっていた。
試合は、「手首に巻いた布を奪われたら強制戦線離脱」というルールの団体戦だった。一部怪我人が出たが、おおよそ圧倒的な勢いで王国騎士団の赤布が引き剥がされ、辺境騎士団勝利へと試合は傾いていった。見ていて爽快ですらあった。
そして何より――。
(か……かっこいい~~ッ! うちの旦那様、超クールぅぅッ!!)
私の元【剣姫】としての武人値計測器が反応してやまない。ドッドッドッと高鳴る胸の音を聴きながら、旦那様のご活躍を脳内で振り返っていた。思い出すだけで気持ちが昂り、気を抜くとうっかり奇声を発してしまいそうになる。
(団員に指示を出しながらも、自身が最前線で戦って、仲間の士気を上げ、いざという時は盾にもなる……。上官の鑑! しかも常に冷静沈着! これが、旦那様が守りたがっていらっしゃるご自身のイメージだったのね。たしかにどこまでもついて行きたくなる団長だわ。私が部下でも、こんな上官の下で戦いたいと思うもの。だからといって、お菓子を幸せそうに食べている時の旦那様が、頼りなく見えるわけではないんだけど――)
私は、どちらの旦那様も素敵だと思う。
そんなことを考えながら、私が交流試合の余韻に浸っていると。
「邪悪なる気配! 何者だッ!」
なんとなく芝居がかった怒声が勝利の空気を割るようにして、柱の陰に潜んでいた私に浴びせられた。言っておくが、私は「邪悪なる気配」など出しているつもりはない。気配は意図的に消し、柱に隠れていた。
私が王妃として国王を守るべく学んだことは、正々堂々と振るう剣や体術だけではない。あらゆる状況下で伴侶を守り抜けるよう、一流の暗殺者並みの隠密行動も履修済みだった。
(なのに、私の存在に気が付くなんて、この人只者じゃ――……⁉)
「ハーッハッハッ! 愚鈍なる悪の手先め! 貴様、アウスの間者だろう!」
「へ? 私、間者なんかじゃないです! 善良な一般人です!」
見当違いの言葉と共に、鋼の長槍が無駄に大きく風を切るようにして、私の眼前に向けられた。
その得物の主は、辺境騎士団の若い騎士だ。年は私とそう変わらないように見えるが、他の騎士たちに負けず劣らず個性的な見た目をしている青年だった。
燃える炎のように赤い髪に爽やかな新緑色の瞳をしているが、前髪の右側だけが長く、片目が隠れてしまっている。怪しげな雰囲気を醸す髪型だが、視界が狭くならないのだろうかと、私は思わず心配になる。
そして、極めつけは衣装だ。動きは健康そのものなのに、腕や首に包帯がたくさん巻かれていて、騎士団の制服のベルトには謎の鎖がぶら下がっている。どう見ても、邪魔でしかない。機動性や瞬発力が低下しそうだし、ジャラジャラという金属が擦れる音がうるさい。
「物陰で気配を消してこちらを伺う美女が、一般人であるものか! 疼くのだ、オレの闇を見透かす右目が……この魔眼は誤魔化せないぞッ! 」
「ま、魔眼⁉」
相手を初見で「只者ではない」と思った私だったが、それは色々な意味において、だった。疼く魔眼(?)の持ち主が、辺境騎士団にいるなんて初耳だ。
青年は鎖からジャラジャラと不快な音を立てながら、戸惑う私の腕を掴んで、柱の裏から引っ張り出そうとした。しかし、彼の予想以上に私の体幹がしっかりしていたらしい。押しても引いてもびくともしない謎の女を前にして、青年は「呪術使いの大男が、女に化けている!」と失礼なことを言ってきた。
(まぁ、大男だなんて!)
「何事だ‼」
私が抗議の声をあげようとすると、騒ぎに気付いた旦那様がこちらを睨みつけていた。初めは眉間に深い縦皺が入り、目が魔王の如き角度で吊り上がっていたが、私の姿を見つけると、その瞳は大きく見開かれた。
「……!」
「団長、聞こえますか――運命が軋む音を。このクレイヴ・デューリンガー、アウスの間者たる魔女を深淵より引きずり出しましたッ! 王国の盾たる我らの“あり得ぬ綻び”を嗅ぎ回り、修練場に潜みし愚か者でございます。だが我が魔眼に、隠形は通じませぬ……ッ。
さあ、贖罪の幕を上げましょう。断罪は、慈悲なき光とともに――」
「クレイヴ!」
「ヒュッ」
クレイヴと名乗った青年は、旦那様に荒々しく名を呼ばれて縮み上がった。演劇の台詞みたく調子よく話していたというのに、一瞬で蛇に睨まれた蛙状態だ。どうやらこちらが、彼本来の姿らしい。旦那様は地底を迸るかのような低い声に、クレイヴさんはすっかり怯えてしまっている。
「彼女――レジィナは俺の妻だ。今すぐその手を放せ」
「はひっ! 妻⁉ すすすすすみませんでしたーーッ‼」




