第18話:好きなお顔
(SIDEアルビオ)
「なんでしょう?」
改まった口調で話す俺を見て、レジィナはきょとんと首を傾げた。ぱちぱちと瞬く金色の長いまつ毛が愛らしい。
(あぁ……君という妻は……)
「…………さっきのアレは、俺以外の者にはしないように」
彼女の耳にぐっと顔を近づけ、他の誰にも聞こえない小声で囁く。
俺の妻が、他の男を無意識に篭絡させないように。俺の妻が、誰にも奪われないように――。
しかし、レジィナは「あぁ~っ!」と元気のいい声と共に、ポンッッッと手を打った。予想以上の破裂音に驚かされたが、今は触れないことにする。
「すみません! 私ってば! 他所ではダッシュからの回り込みはしません! 普通の方はびっくりしちゃいますもんね。芝生も抉っちゃいましたし、後で庭師さんに謝ります」
「……そうしてくれ」
がっくりと肩を落とす俺のことを、ブラッドが遠巻きに見つめている。大方、気持ちを伝えられない俺に対して、「やれやれ」と呆れているのだろう。
すると、ブラッドの唇が細かく動いた。
(ん……? なんだ……?『意中の方からの“あーん”であれば、好き嫌いなど関係ございませんね』……だと?)
読唇術で分かるでしょう、と言わんばかりに微笑むブラッド。きっと俺が照れていたところも、ばっちり見ていたのだろう。しばらくは冗談のネタにされそうだが、妻との思い出としては、悪くない――。
◆◆◆(SIDEフルール)
王都の貴族街の中でも一段と大きく、美しい屋敷――。
それでも私は、まだまだ足りないと思っている。
ビロードのカーテンも、異国の絨毯も、有名デザイナーに作らせたドレスも、オークションで競り落とさせた宝石も、まだまだこんなものじゃ満足できない。
私、フルール・ベルニエ侯爵令嬢は、いつか王城で暮らす。
王妃として君臨して、何もかもを思いのままにして過ごす。ドレスも、アクセサリーも、甘いケーキも、お金も、人も……全部、ぜぇんぶ!
私は大きな鏡の前で、レースとフリルたっぷりのドレスを膨らませながら、くるくると回った。
薄桃色の髪は今日も柔らかく、ふわふわ。琥珀色の瞳は宝石のようにキラキラ。白い肌は玉のよう。華奢な体は少女らしくて、私が男なら庇護欲をそそられてたまらない。
「あの……“悪の【剣姫】”とは大違いね! あははははっ!」
王太子キースの誕生を祝うパーティで見せた、レジィナ・ハートヴァルドのあの顔……は、正直悔しがっている顔ではなかったけれど、それでもあの女から婚約者を奪ってやったことには変わりない。
剣術が優れているというだけで、昔から周囲にチヤホヤされてきた勘違い女め、思い知ったか。
(“国”は強い王妃を求めているかもしれない。でも、“男”はやっぱり男なのよ。可愛くて、守りたくなるような女の子が好きなの! その欲を上手く満たしてあげたら、王太子だって簡単に落とせるんだから!)
私がほんの少しか弱く甘え、王太子の剣技を褒めてやったら、大成功。王太子は私が訴えたレジィナの悪行を信じ込み、あっさりと婚約を破棄した。「君のことを放っておけない」「僕が守ってあげる」と甘く囁く王太子は、きっと内心では“強すぎる婚約者”のことを良く思っていなかったに違いない。
「オスとしてのプライドやつかしらぁ? ほんと、男って馬鹿――」
「フルール!」
私はご機嫌に鏡の前で可愛いポーズを決めていると、不機嫌で憤然とした声が邪魔して来た。
お父様――ゼイン・ベルニエ侯爵だ。
細身の長身で、スタイルは良し。鋭い吊り目は抜け目ない印象を抱かせ、波打つ紅色の髪は首の後ろで束ねられている。父親の外見としては及第点。でも性格がキツく見える目付きはダメ。目が似なくてよかった……と、私は密かに思っている。
「お父様。いよいよ王妃教育が始まる私を鼓舞しに来てくださったのぉ?」
「そうでないことは分かっているだろう」
私が指先を顎に当てながら振り返ると、お父様は低い声でぴしゃりと言い放つ。これは相当苛立っている。
お父様は吊り上がった双眼で私を睨み、ズカズカと遠慮なしに部屋に上がり込んできた。話題はもちろん、私たち父娘が進めている“策謀”についてだ。
「やり方がぬるいぞ。私は王太子とレジィナの婚約破棄などではなく、ハートヴァルド家全員の処刑に持ち込めと命じたはずだ」
「私だって、そうなるように動こうとしたのよ? でも、キースが先走ったから……。もうっ! 王太子を手玉に取るのは大変なのよ! いいじゃない。ハートヴァルド家は没落させたし、要職からも総撤退してるし……」
「あの女狐は鼻が利く故、生かしておくと寝首を掻かれかねん……。娘たちもだ」
お父様の言葉に焦燥感が滲む。宰相の立場にあり、いつも自信に満ちている父の見せる不安の色――。
勝負の舞台から追い出したのだから、そこまで気にしなくてもいいんじゃないの? と、私は思ってしまう。
「女狐」とは、(元)軍務卿のハートヴァルド伯爵のことだろう。彼女の剛剣は山をも真っ二つにすると言われていて、見た目も女狐よりも雌ゴリラのよう。強さだけが取り柄の女性だし、きっと父の策謀に対抗できるほどの脳味噌なんてない。貴族の地位を失った今、彼女に手を貸してくれる人だっていない気がする。
そして、それは娘のレジィナも同じ。ゴリラ娘なんて、どんな男に縋っても無駄。だって、可愛くないもの。
まぁ、兄2人と弟はちょっと顔がいいものね。もし、どうしても行き場がなくて困っているようなら、お情けで護衛にしてあげてもいいかもしれない。レジィナを捨てて私の駒になる姿……あら、めちゃくちゃ萌える展開だわ!
「……」
私が一人心の中で盛り上がっていると、父は呆れたようなため息を吐き出した。
「フン。お前は私の言う通りに動けばいい。ハートヴァルド家に関しては、私の方で手を打っておく。我がベルニエ家が国の実権を握るまで、あと僅かだ」
父が口の端を持ち上げ、ニヤリと笑う。
私が好きな、“とても悪いコトを企んでいるお顔”だった。




