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第14話:恵みのシュークリーム

「こんなお礼しかできませんが、よければうちでとれた卵とミルクをどうぞ!」


「これは!!!!」


 酪農家夫婦がばんっ! と籠いっぱいの卵と大きなミルク缶を差し出してくれた。その衝撃が、私を菓子オタモードへと誘ったのだ。

 私はすぐさま卵とミルク缶に駆け寄ると、それらから放たれる神々しさに歓喜の声をあげた。


「はわわわ……この艶、この色、この重さ! クレラント領のブランド卵&ミルクじゃないですか!! 王国一濃厚かつ繊細な味わいで、王族にも献上される至極の逸品が目の前に!! いつかお菓子にしてみたいと思っていましたが、まさかこの量をタダで⁉ これは事件ですよ!!」


「……屋敷では捌ききれない量だな。レジィナ。菓子を作って、町の皆に振る舞うことはできるか?」


 早語りが止まらない私に呆れたのか、やれやれと肩を竦める旦那様の提案。それは、願ってもないものだった。

 私はいつだってお菓子を作りたい。その上、町の人たちにたくさんのお菓子をプレゼントできるのだ。答えは決まっている。


「はい! もちろんです! お任せください!」


「よし。では、ブラッド!」


 旦那様がパンッと手を叩くと、どこからともなく執事のブラッドさんが姿を現した。シュタッと着地し、「ここに」と膝を突く姿はまるで東方の国の“ニンジャ”のよう。


「ブブブブラッドさん⁉」


「ご機嫌麗しゅう、レジィナ様」


 ブラッドさんは、ひっくり返りそうになっている私に微笑みかけた。まるで屋敷の庭でたまたま出会ったくらいの日常的な反応をされてしまい、私の感情の整理はまったく追い付かない。


「家畜泥棒どもを騎士団に引き渡して来てくれ。あと、レジィナにエプロン。俺には着替えを」


「かしこまりました。では、後ほどまた」


 旦那様の指示を受けたブラッドさんは、気絶している盗賊たちの襟首を掴んでずるずると引きずって行った。すらりとスマート体形なのに、かなりパワフルだ。私に気配を読ませない動きをすることも含め、とても初老の執事だとは思えない。


(さすが、旦那様に仕える執事。只者じゃない……)


 ◆◆◆


 私は酪農家のご夫婦の自宅キッチンを借りて、たくさんのお菓子を作った。

 お屋敷の厨房と違って、調理台もオーブンも小さい。だが、普段使っている10キロ泡だて器や10キロ天板ではないので、私の動きは10倍以上軽快だ。だからプラスマイナスゼロの気持ちで、丁寧に丁寧に、心を込めて、ひたすら作り続けた。


 無心になってカスタードクリームを炊いていると、卵とミルクの香りが鼻腔をくすぐってきた。私がこれまでお城で指をくわえて見てきたどのカスタードスイーツよりも、濃厚で芳醇な香りだった。

 卵とミルクだけではない。

 小麦やバターも風味に力強さがあり、クレラントブランドは伊達ではないらしいことを実感すると、自然と頬が緩んでしまう。


 食材のことを思うと、それを作る町の人たちの顔が浮かんだ。

 美味しいものを作る人に悪い人はいない。

 私と旦那様が盗賊騒ぎを治めた後、歩み寄ってくれた町人は酪農家夫婦以外にもたくさんいた。彼らは私の悪い噂を鵜呑みにしていたことを詫び、町に平和を守ったことを感謝してくれた。


 手のひら返しだと言う人もいるかもしれないが、私は自分を受け入れてもらえたことが何よりも嬉しかった。

 新しい居場所でやっていく自信と、彼らともっと親しくなりたい気持ちが湧き上がり、今こうしてお菓子に昇華させている。


(喜んでもらいたいな)




「お待たせしました!」


 数時間後、私が町の広場を訪れると、すでにたくさんの人々が集まっていた。

 タダでお菓子が配られるという噂を聞きつけた者が大半だろうが、それでもこうして期待して、楽しみにしてくれている。私にはそれで十分だった。


 ブラッドさんが広場に設置してくれたテーブルの上に山脈のような高さのあるお菓子の皿を置くと、町の人たちから「おおおおっ!」と歓声が上がった。


 私が運んできたのは、巨大な皿に積み上げられたシュークリームだ。クレラント領の恵みを最大限に活かせるお菓子を考えた時、カスタードクリームがまっさきに浮かんだ結果である。

 王国伝統の祝い菓子であるクロカンブッシュにも似ているが、私が作ったものはキャラメルや飴では接着されてはいない。皆に配るため、とにかくたくさんの量を超バランスで積んだだけだ。


 まぁ、私は体幹と筋肉が優れているので問題ない。重くても崩れそうでも、へっちゃらだった。


「たくさん作ったので、みなさん焦らず。はいどうぞ! 召し上がれ!」


 シュークリームを紙に包み、町人一人一人に手渡ししていく。


 ずっしりと重たいシュークリームは、濃厚でなめらかなカスタードクリームがたっぷり。シュー生地は芳醇なバターの風味が食欲をそそり、小麦粉本来の持つほんのりとした甘さや香ばしさを引き立てる。

 そしてカスタードクリームとシュー生地の異なる食感と味わいが混然一体となり、誰もが思わず笑みを浮かべずにはいられない。


「甘くて美味しい~! クリームがとろけるぅ」

「生地が軽やかでたまらない」

「レジィナ様、ありがとうございます!」


 あちこちで笑顔の花が咲き、その様子を見つめる私の瞳に星が宿る。

 エプロンドレスをなびかせながら、「おかわりもありますよーっ!」と、元気いっぱいに広場を駆け回ることが、楽しくてたまらなかった。


「ねぇねぇ、奥様。領主様、あんなところにいらっしゃるわ」


「えっ。だ、旦那様……ですか?」


 2個目のシュークリームを渡した金物屋のご婦人から、想定外の話題を振られてしまった。

 私はぱちぱちと誤魔化すような瞬きを繰り返しながら、彼女が「ほら」と指差す方向に視線を流した。


 広場から少し離れた建物の陰に旦那様はいた。

 返り血まみれの騎士装束から新しい衣服に着替えているのに、まるで隠れるようにひっそりとした場所で一人佇んでいる。

 その理由はおそらく単純。

 旦那様の手には、私が作ったシュークリームが収まっており、彼は愛おしそうにそれを頬張っていた。


(わわっ! “口福なお顔”だわ! かわいい~……)


 屋敷のおやつの時間にしばしば目撃している、幸せそうなご尊顔だ。相変わらず、なんて素敵なお顔をされるんだろう。


 私は思わず口角がにんまりと上がってしまったが、お気楽に笑っている場合ではなかった。旦那様はご自身がお菓子好きであることを隠しているのだ。


(どうしよう……。旦那様がお菓子を大好きなことは秘密なのに……)


 ハラハラしながら金物屋のご婦人の顔を見上げると、彼女はこれっぽっちも驚いていない様子だった。それどころか、「これからも、お好きなものをどんどん作って差し上げてください。あの方、素直じゃないからねぇ」と、微笑ましそうに目尻を下げている。


「もしかして、見慣れた光景だったりします?」


「まぁね。視察の一環だとおっしゃって、よく甘いものを買い占めていかれたりね」


 あっはっはと豪快に肩を揺らすご婦人の言いぶりによると、どうやら旦那様のお菓子好きは有名らしい。ただ、本人がそれを隠し通せていると思い込んでいるわけで――。


(旦那様、町の人たちから愛されてるんだなぁ……)


「あっ」


 爽やかな風が広場を吹き抜け、私の髪を結っていた若葉色のリボンをさらっていった。

 ふわりと宙を舞ったリボンは、不思議な縁で結ばれているかのように、旦那様の足元へと落ちていく。


「嬉しそうだな、レジィナ」


 シュークリームは綺麗に完食されており、旦那様は何事もなかったかのようにリボンを拾い上げてくれた。

 秒で走って来た私は「ありがとうございます」と、お礼を口にしながらも、嬉しい理由は曖昧に伏せておいた。「旦那様のお菓子好きを町の皆さんは微笑ましい思いで見守っています」なんて、口が裂けても言えない。イメージにこだわろうとする旦那様なのだから、きっとその辺りは繊細な気がする。


「えぇと……今日は本当にありがとうございました。私のこと、何度も庇ってくださいましたし、町でお菓子を作る機会まで」


「礼を言われることなど何もしていない。俺は君の菓子が食べたかった。それだけだ」


 私が旦那様の隣にさりげなく並んで立つと、彼は空っぽの手のひらを見下ろした。名残惜しそうな視線と合わせて「美味しかった」と言ってくれるのだから、もしかしなくとも、私のシュークリームを思い出してくれているらしい。


「あれほど重みのあるシュークリームは初めてだった。パリパリのシュー生地と濃厚なカスタードクリームの相性が最高で、なんて贅沢なのだろうと思ったよ。領地の食材をふんだんに活かしてくれたことも、領民たちを喜ばせてくれたことも、心から感謝する」


「私の方こそ、そんなにお礼を言われるようなことは何も……!」


「いや。俺は誇らしいんだ。【剣姫】ではなく、パティシエとして皆の『幸せ』を作る君のことが」


 旦那様の手が解けたままの私の髪を一束持ち上げ、すいと梳いていく。私がドギマギしながら髪に気を取られていると、旦那様の手は流れるような仕草で私の右手に触れた。


「え――……」


「この美しい手は、俺の宝物だ」


 手の甲に落とされた優しい口づけ。

 ちゅっという可愛らしい音とリンクして、私の脳の温度は途端に急上昇した。


「えっ!! えぇぇぇーーっ!!??」


(なんでなんでーっ⁉ 今、き、き、キスを……!?)


 周囲の野鳥がバサバサと一斉に飛び立つほどの声量が、一帯に響き渡った。

 正直、キースに婚約破棄された時よりもパニックだった。世紀末の大事件だ。

 手にキスをされた理由を求め、頭がぐるぐると回る。ぐるぐるぐるぐる、気が付けば思考が停止していたり、優しく目を細めている旦那様の眼差しで脳が焼かれる思いをしたり――。


 そして、「多分、あれだ」という結論に辿り着く。


(ええぇぇあぁ~、分かった! 契約結婚はみんなには秘密だから、カムフラージュのラブラブアピールだコレ!! 私じゃなきゃ勘違いしちゃうわね!!)


「だ……大丈夫です、旦那様。私、上手に尽くさせていただきますので……っ」


 旦那様を直視したら、勘違いのトキメキで頬から出火するんじゃないか。

 旦那様に迷惑をかけることが躊躇われ、私は薄目で彼を見つめ返した。おそらく、絶妙に変な顔をしていると思う。

 契約結婚生活の継続には不動の精神が必要なのだと、私は肝に銘じたのだった。



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