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81.根無し草への願いごと


 エヘイエーには四つの段階が設定されていた。

 固定砲台の第一段階に、数で攻め立てる第二段階。それから、高速近接戦闘を仕掛けてくる第三段階。

 そして今、HPが削られたことによって最終段階へと到達した。


 一から三までの各段階は、王としての在り方を表すものであった。動かずとも敵を倒し、兵を指揮して、いざ戦うとなれば先陣を切る。そういう形だ。

 ならば、最終段階ではどうなるのか。

 引き続き、王としての在り方を表すものであるのには変わりない。

 第四段階のコンセプトは、一撃必殺。敵として定めた相手を必ず仕留めることが、そのファイトスタイルである。そしてその裏のテーマは……。






 大上段に掲げられた剣がぼんやりとオーラを纏う。発する熱が空気を歪め、エネルギーの揺らめきが剣身を覆い隠す。

 先ほどまでは見えていた剣が、不可視のヴェールに包まれてばらけて消える。

 今さらそんな小細工を。そう笑ってやりたかったが、視覚情報を乱されるのはとてつもなく厄介だ。



 人はその感覚の八割を視覚に頼ると言うが、ゲーム内ではその比重がより高まる。

 五感に作用するとは言っても働きかけしやすいものとそうでないものとがあるらしく、中でも視覚は現実以上に鮮明なものとなりやすいのだとか。

 動体視力や立体視が高められた仮想現実と現実での差異が事故を引き起こすと一時期問題になったため、今では規格内に収めるように法改正まで為されている。だがそれでも、感覚のズレによる酔い(・・)や酷くなれば頭痛のような反応が出てしまう。



 それだけ繊細な視覚まわりの慣れを打ち崩すエヘイエーの一手は、厄介極まりないと言えた。

 見えないと言うのはストレスだ。たとえそれが一部分であったとしても。

 あるいは一部分であるからこそ、ストレスは高まるものなのかもしれない。



「王より先に立つものはあれど、王より後に伏すものはない」


 エヘイエーの言葉に合わせて、何か大きな力が練り上げられていくのを知覚する。

 いっそ感動的ですらあった。

 自分より遥かに大きな生き物を──例えば象とか──間近にした感覚をより色濃くしたそれは、溢れて流れ出す命の輝きをまざまざと見せつけてきた。


 王としての覚悟か、それとも誇りか。


 宣言にも似た力ある言葉が喚び水となって、部屋中のエネルギーを吸い上げていく。装飾は褪せていき、残っていた調度品が崩れ去る。罅の入った天井は崩落を始め、壁や床も徐々に砂へと変じていく。


 空気の粘度が増していく。


 そこでこちらのHPが削られつつあることに気が付いた。

 思い当たる節は一つだけ、今の吸収は攻撃でもあったと言うことだ。


「いや、ずるいだろ。それは……!」


 僅かずつだが確実に減少していくHP。

 それを止める方法は分かっている。原因であるエヘイエーを倒せば良いのだ。良いのだが……。


 しかし奴の間合いに踏み込みたくはなかった。

 押せば倒れるような状態であるというのに、かすり傷でも致命傷になるはずだというのに、迂闊に近寄れば死ぬのはこちらとなる予感がする。それはもはや確信とまでなって警戒心を煽った。


「死を待つか、挑むか。……選ぶが良い」

「……舐められたものだねえ」


 選ぶが良いだと、ふざけた物言いだ。端からその二つを取る気はない。


「勝つに決まっているだろうさ」


 戦槌を肩に担ぎ、姿勢を低くする。

 突撃の構えだ。正面から捩じ伏せる。それこそが勝利に違いない。

 難しいことなど考えなくて良いのだ。恐れることなど何一つない。何故ならこれはゲームであるのだから。

 縮こまった思考を蹴り飛ばし、負けん気に熱意を焼べる。


衝撃(インパクト・)侵略(インベイジョン)


 最後の攻撃用スキルを起動させる。

 【月光砲填(フルムーン)絶唱(メテオ・インパクト)】はチャージが必要で何度も撃てない。だからこれが最後。




 ぐぐっと足に力を込め、一気に開放して跳ね上がる(・・・・・)


「──なにっ!?」


 驚くエヘイエーを置き去りに一瞬で床を離れた身体は高々と舞い上がった。


 バフ込みで六百を超えた筋力が天井まで軽々と運んだ。勢いよく着弾。天井を砕きながら姿勢を整える。

 そしてそのまま、天井を踏み切りエヘイエーへと向かうのだ!


「この一撃は」


 遅れて振り抜かれる刃。


「音よりも速いのさ」


 床を破砕して停止した私と、空を切り裂いたエヘイエー。

 その瞬間、確かに一切の音が失せていた。


「…………見事」


 直後、胸から腰にかけて抉れた偉丈夫が、ポリゴン片となって爆散した。







 ♦️






 城主が討たれようと城自体が消えることはない。ダアトに向けて飛び続けており、酷い揺れが断続的に襲い来る。

 それはつまり、未だ攻撃の最中にあるということであった。


 王の間はすっかり崩れ去り瓦礫の山となり、央城そのものが粉砕されるまで秒読みとなった今、しかし出来ることなど一つたりとてありはしなかった。出来たとして精々が祈ることくらいか。


 割れた天井からは青鈍色の空が覗き、深く深く落ちていくようであった。


「ああ、まるで宇宙旅行じゃないか」

「まるでではなく、その通りだ」


 心臓がひっくり返るかと思った。

 まさか返事があるとは。

 しかし独り言を聞かれた気恥ずかしさなどより、声の主への警戒が勝る。

 何故ならそれは、もう聞こえるはずがないものだったからだ。


 振り向けば、そこにはエヘイエーが居た。

 先ほどまでと変わらぬ、いや負傷の後がない分元気そうな大男だ。大角を振って呆れたように嘆息した。

 死の影を微塵も感じさせない丈夫である。


 仕留め損ねた、にしてはやけに穏やかだ。

 消えたはずではなかったのか。そう問えば、奴はその通りだと頷いた。


「これはいわば残滓。醜く生に縋りついた泡沫の夢よ」


 笑うエヘイエーに敵意は無かった。

 崩壊の足音を聞きながら、さらに問いを投げる。


「もういいのかい?」

「なんとも抽象的な問いだな。

だが、……そうだな。もう良いのだ。会えれば何かが変わると信じていたが、そうでないことは疾うに悟っていたのだから」


 王たる者は涙を見せない。哀しみを明らかにしない。怒りは旗だが悲嘆は懐剣だ。誰かに見せるものではない。

 それでも辛さは伝わってきた。やるせなさも。


「……父に会ったら、それでも愛していたのだと伝えてくれ」


 そう言い残すと、エヘイエーは姿を消した。





 消え去る王を見送ってすぐ、轟音ともに衝撃が全身を叩いた。洗濯機に放り込まれたようにもみくちゃにされ、どこかへ投げ出される。

 ああ、央城が限界を迎えたのだな。

 どこか冷静に分析しつつ、視界が闇に包まれ外部の情報が遮断される。『気絶』状態だ。


 それでも不安はない。

 胸中を占めるのは、いよいよかという気持ちのみ。

 最後のやり取りだけでエヘイエーに肩入れしてしまっている私が居る。

 メッセンジャーは果たすが、それとは別に一発父とやらにかましてやりたい思いでいっぱいだった。


「覚悟しな」


 虚空に向けて呟いた。









ご覧いただきありがとうございます。

評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。


⚫裏テーマとして『死なばもろとも』が設定されていました。王の最終段階では自爆を考慮に入れる必要があります。きちんと致命傷を与えなければラストアクションで巻き添えになる設計です。


⚫【衝撃侵略】について。

最後に使ったスキルですが、移動の補助に転用されています。具体的には、天井を蹴った際に反作用の増幅をしました。これにより爆発的な加速を得たゼンザイがエヘイエーの反応を上回ったわけです。




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