80.全てを失い、なお王は立つ
《──WARNING》
《虚栄王エヘイエーが真なる力を呼び覚ます》
《虚栄央城アセイズムが浮上を開始します》
《神工衛星ダアトが迎撃体勢に移行しました》
突如流れたアナウンス。
それによって新たな局面を迎えたことを悟る。
「業腹だが──」
波打つ髪を震わせて、エヘイエーが口を開いた。
その落ち着いた口調に怒りを滲ませ、顔面は紅潮している。彫像のような裸身に力を巡らし、今にも飛び掛からんばかりであった。
激昂した彼は、しかし不安になるほど穏やかに言った。
「認めざるを得まい。客人は我らに届き得るものであるのだと」
さらに問われる。
「しかし、どうやってメタトロンを打ち破ったのだ」
「……泥から生まれるのは天使ではなくヒトだろう?」
「なるほどな。そこから見破られるとは」
存在の矛盾を突けば瓦解するとは思ったが、たった一言で崩れるのは予想外だよ。そんな余計な思いは内緒にして出方を伺う。
あの王様を甘く見てはいけない。直感ががなりをたてた。
恐れるべきだという警告を素直に信じる。
配下の召喚を止めたエヘイエーは、それまでより遥かに話が通じない。
どうしてか、そんな印象だった。
「──父の元へ貴様も連れて行こう。無論、それまで生きていればの話だがな」
剣を引き抜いたエヘイエーがいよいよ動き出した。
目で追うのも困難な速度での振り下ろし。
剣先が霞む薙ぎ払い。
連撃は四つも五つも繋がり、さらに技と技と継ぎ目がシームレスで止めようがない。
足を細かく入れ替えて緩急をつけながら、拍子をずらした一撃でこちらを葬り去ろうとしてくる。
総じて、厄介としか言い様の無いボスであった。
エヘイエーは、第一段階では固定砲台。第二段階で取り巻きの召喚を行ってくる。
彼は段階ごとに大きくスタイルを変えることが特徴として設計されたボスで、その変則さ故にプレイヤーを苦しめると想定されていた。
そんなエヘイエーの第三段階のコンセプトは、高速接近戦であった。
ゴウッ、と髪の毛を数本千切りながら耳の辺りを突きが掠めた。
再生はしている。傷も浅いからすぐに治る。
自動回復を阻害するような小手先の細工は要らないのか。攻撃は火力こそとんでもないものの、状態異常のようなものは無かった。
だがその火力が尋常でない。
まともに食らっていない、かすり傷で一割のHPが消し飛ぶのだ。
回復は間に合わずじり貧であった。回復した上でも削りきられて負けるのが遠くない。
全てを躱しきるのは不可能だ。
HPを盾に受けるのではなく、受けさせられていることから明らかなように、単純な速さのみで圧倒的にこちらを上回っている。
技量では負けていない自信があった。だが、速さも力も負けていては戦況を覆すピースが足りない。
ツバメに怒られてしまうかな。呆れられてしまうかもしれない。
そんな風に笑う余裕もなく、歯を食いしばって猛攻を耐える。
「どうだ、客人! 大したものだろう!」
切るのではなく抉り飛ばすような一撃は、剣の振り方としては下の下ではなかろうか。
しかしそれでも強ければどうにかなる。なってしまう。
「……っ、くそ……」
「余裕がなくなってきたか!」
一撃ごとに大きく変動するHPバーにやきもきしながら、一発逆転を狙う。
息を潜めて獲物を見据える肉食動物のように、必殺の機会を静かに待つ。
自分だけが殺し札を持っているのだと、奴は誤認している。そこに勝機があると信じて、戦槌を盾にして凌ぐ。
徐々に動作が雑になってきていた。大振りの隙を隠さなくなっている。
エヘイエーは王である。
王であるが故に嗜みとして武術を修めているものの、王であるが故に極めることとは無縁であった。
強くはある。だがそれは精神的なものと言うより、肉体面での優位性に立脚したものであると言えた。
人並外れた肉体と、獣のごときしなやかさ。それらから生み出される瞬発力は、指を弾くよりも剣を振るう方が早いほどだ。
エヘイエーが第一段階で蛹として溜め込んだパワーが、第三段階以降に回されている。
煌めく刃は踊るようで、その間隙を縫って攻撃するのは至難であった。
しかしやられっぱなしではない。
徐々にエヘイエーのリズムを掴めてきた。
奴は、いくつかあるパターンの組み合わせを変えることで変幻自在な攻め手に見せている。だが、その始点がある程度絞られるのなら、見切ることも叶う。
動きの始点になるのは三種類。
袈裟斬り。撃ち下ろし。横薙ぎ。
この内、横薙ぎは事前モーションが大きく他よりも見極めやすい。
他二つから始まるコンボを凌ぎつつ、横薙ぎ始動を待つ。
「何故だ……。何故、……当たらんのだ!」
エヘイエーは焦れてきていた。
理由は明白、剣撃が当たらないからだ。
最初は肉を裂いた一刀が、次には掠めるだけとなり、今では掠りもしない。
速さは圧倒的だ。依然それに変わりはなく、エヘイエーは未だ多大なアドバンテージを保持したままである。
しかしそれだけだ。
技量では負けていない自信は間違いでなかった。剣風の嵐をかいくぐれていることがその証拠だ。
エヘイエーは確かに強い。しかし理不尽ではない。これならば乗り越えられるという実感、その線上に彼はいる。
かつてコロッセオで相見えた時の方がよほど恐ろしかったかもしれない。得体の知れなさと底の見えなさが、絶望感に結びついていた。
「そらっ!」
「……チィッ! 鬱陶しい真似を……!」
ステップで間合いから抜け出し、攻撃を誘発するようにちょっかいをかける。
相手に余計なことをさせない。そのために振るわれる戦槌は、エヘイエーをその場に釘付けるのに十分だ。
狙いの動きをとるまで、あるいは状況が動くまで。その時を待って堪え忍ぶ。
振るわれる剣を躱しながら、ふと思いついたことがあった。
きっと怒るだろうな。そんな確信とともに言葉を紡ぐ。エヘイエーにとって、何よりも認め難いだろう言葉を。
「やっぱり王様に会いたくはないようだよ」
──ピタリ。
エヘイエーの動きが止まる。まるで凍りついたように固まった彼は、見開いた目を細めてゆるゆると剣を降ろした。
「……やはり、とは?」
「捨てた子どもに会いたい親がいるのかい?」
プツン、とエヘイエーから表情が消えた。
憤怒は失せて、まっさらな無感情だけが顔に残る。
それまでの力が入ったり赤くなったりしていた様子とは違う。例えるなら透明になるだろうか。何もかもを捨て去り、殺意だけが剥き出しとなっていた。
煽りすぎたか。少し不安になる。
いや、想像よりもエヘイエーのウィークポイントが効きすぎなのだ。
持つだろうか、私は。
そろそろだ。もうすぐ来てもおかしくないのだ。
そう考えた瞬間だ。
──────ズガァン!
衝撃が走った。
それは央城全体を揺るがし……、エヘイエーの体勢を崩した。
神工衛星ダアトからの迎撃。
それは私が待ちわびたものだ。状況を大きく動かす一撃である。
床は傾き、天井には罅が入った。
あちらこちらからクラック音が鳴る。
その中を一気に駆ける!
「……、貴様ァ!」
踏ん張りながらエヘイエーの放つ斬撃は、横薙ぎだ。
そうだろうそうだろう。振り上げる手間を考えれば、剣を降ろした状態で咄嗟に出るのはそれだろう。
予想が的中した笑みを浮かべて、その一撃を真っ向から受け止める。そして勢いそのままに戦槌の柄を滑らせて、刃を明後日の方向へと走らせる。
「な!」
ただ盾としたためにすぐさま戦槌を振るうことは出来ない。振りかぶる動きで剣を引き戻されてしまう。
だから、拳を置いた。
「何の真似だ……?」
「ハハハッ、王手さ」
エヘイエーに触れた拳。
それだけで放てるスキルがあった。
「【餓えたる月夜】開放
【月光砲填:絶唱】!!!」
【餓えたる月夜】によってチャージしたダメージを、一瞬で全て吐き出すのが【月光砲填:絶唱】だ。
ご丁寧に月光属性を付けて、倍率までいじるのだから熨斗を付けて返すと言うべきか。
それまでの火力が仇になるカウンタースキルである。
いつか使った時よりもチャージは少ないが、それでも破壊力はかなりのものだ。
かすり傷でも一割のHPを持っていく化物相手だったからか。
だが。
「マジかい……!」
汚泥を撒き散らしながら、しかしエヘイエーは倒れなかった。
目から口から泥を吐き、足元には泥溜まりが出来ている。呼吸を乱し、剣を杖のようにして必死に堪える。己れを形づくっていた泥に、わずかに嘆息しつつ王は倒れなかった。
そう、王は屈しない。
父に捨てられ、臣民から離れ、客人に討たれようとする今この時も、王だけは王を信じているから。
「ぐ、うぅおおおおぉぉぉ!!!」
振り抜かれた剣に、追撃を食い止められた。
エヘイエーはほぼ死に体である。だが、その姿はその思いはこれまでで最も恐ろしく思えた。
執念。
それが彼を繋ぎ止めて、動かし続けている。
そして私が、それを断ち切るのだ。
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