82.汝、外より来たる
『──聖者の遺骸が捧げられ、祭壇は真なる神への道を開いた』
唐突なメッセージと、『気絶』状態からの復帰に戸惑いながら目を開けると、そこには何もなかった。
正確には三つのものしかなかった。
床と星空と老人だ。
『待ちわびたぞ』
髭をたくわえた老人は口を動かすことなく、しかし辺り一帯を震わせる大音量で言葉を発した。
『本当に、待ちわびた』
『ようやくこの時が来た』
『無限光によって、母なる大地を照らす時が』
『我らの箱庭にようこそ、お客人』
『貴様らの来訪を、本当に長い間待ちわびていた』
複数人が喋っているようで気味が悪い。
察するに、この老人が『父』という奴だろう。母なる大地と言っているし間違いないはずだ。
「あなたが王様の父親で合っているかい?」
『…………?』
しかし、それを問えば反応が悪い。
老人は何かを思い出そうとするように虚空を見つめ、それから言った。なんの話だ、と。
『我はアインソフ』
『王など知らぬ』
『我は真理の探究者にして、永劫の囚人』
『目指すところは母なる大地、ただ一つ』
老人が彼方を指差す。その先は無限に広がる星空で、しかしある一点にだけ不自然なほど星の無い虚無が広がっていた。
煌めきの海に空いた孔を睨みつけ、老人は言う。
今こそ母なる大地に帰る時だと。
「帰る、ねえ……」
その一言で確信した。
やはりこの老人が、王様の言っていた『父』に違いない。
よくよく見れば、目の色や雰囲気に似ているところがある。
『虚無の檻に封じられ、幾星霜』
『ようやっとそれも終わる』
『無限光はこの手にあるも同然』
『後はダアトを起動させるのみよ』
『檻を破れば母なる大地へと至る道は開かれる』
『この忌まわしき星とも別れを告げる時が来たのだ』
わずかに弾んだ声音は、アインソフの感情を表していた。すなわち、歓喜である。
この上ない喜びが、今、彼の心を満たしていた。
「……一つ、聞いても良いかい?」
『なんだ、客人よ』
「あなたが目的を達した時、下はどうなるのさ」
『何故そのようなことを気にするのか』
『余波で消し飛ぶだけだが?』
『些事ではないか』
至って普通と言わんばかりの反応。平然とした態度。
真実、この老人は地上に価値を見出だしていないことが伝わってくる。
死のうが生きようがどうでも良い、のではない。滅ぶのが当然なのだ。自然なのだ。
そこにあるのは好悪ではなく、足元で蟻が潰れた程度の無関心だった。
アインソフにとってこの星は牢獄に等しい。自身を縛りつけている憎むべきものだ。憎悪しているように見えないのは単純な話で、彼にそんな機能が無いからというだけのことである。
故に、そこに生きる生命に関心はなく、全てが平等に無価値であった。ある意味、アインソフは神そのものな思考と言えるかもしれない。
心がここに無いのだ。常に母なる大地へと飛び、郷愁のただ中に佇んでいる。
亡霊だ。
そう思う。
望郷の念に突き動かされた自動人形。
それがアインソフだった。
『しかし……、手足は要らぬな』
酷薄な瞳は人を見る色をしていなかった。それはモノを見る目で、都合良く形を変えようとする上位者の目である。
咄嗟にインベントリから戦槌を呼び出す。
『それは……』
『懐かしいものを持っている』
『抵抗する気か』
『まあ、すぐに折ってやるがな』
めらり。アインソフの手元が揺らぎ、どこからともなく杖が現れる。
豪奢な杖だ。
宝石の類いでこれでもかと装飾されたそれは、みすぼらしいローブ姿の老人に不釣り合いなほどの存在感を誇っている。
一瞬見惚れ、それから恐ろしさに気が付いた。
老爺はまるで変わっていない。
杖を取り出す前から全くその存在感に変わりがないのだ。影響を受けても、飲まれてもいない。ただそこにあり続けている。
それはおかしいのだ。
あれだけ立派な物を手にして、しかし何一つ変化がないのはいっそ奇妙と言えた。
何か違和を感じる。すんなりと飲み込めない、喉への突っかかりのような。
渋い顔をしているだろう私を無視して、アインソフはその髭を扱いた。
『我が願いのためには』
『客人、貴様らの命の灯火が必要だ』
『殺しはせぬ』
『ただ抵抗されては面倒だ』
『身動きは封じさせてもらうぞ』
甘く見られたものだ。そう簡単には行くまいよ。
これまでのアインソフの言葉からは、いくつかの事柄が読み取れた。
まず、母なる大地とアインは別であること。
私の他にも出会っている客人がいるだろうこと。
短時間で終わらない何かを画策していること。
プレイヤーをその何かに利用しようとしていること。
目指しているのは恐らく外宇宙への脱出、もしくは帰還であること。
その影響で地上は滅ぶこと。
そして、その何かを取り止める気は毛頭無いこと。
考察を止めない。
さらに深めていく。
虚無、無限、無限光は、セフィロトにおける三種の無という、謂わば世界の始まりだ。
エヘイエーら王を生み出した点で『父』がアインソフオウルかと思っていたのだが、しかし奴は自分がアインソフであると言う。
そしてプレイヤーが無限光だと。新たなピースに思考を加速させる。
虚無が始点であるのは、恐らく間違いない。そこから拡張された無限が目の前に居る。
では、無限光は?
余所から来た私たちが同列に並ぶのを良しとするのか?
いや、メタ的に見れば無いこともないが……。
停滞する思考の暗雲を裂く光、とある単語がパッと浮かんだ。
「……来訪神」
『む?』
「そう、来訪神だ」
彼方より来たるモノ、異文化の象徴、外から流れ着いた何か。
「あなたが神であると言うのなら客人も、いや外から来たという枠組みを持つものは皆が神であるのだろう?」
共通のフォーマットを持つものは神に分類される。それはきっと、この星の外から来たということ。
戦神たちがどうかは知らないが、眼前に立つ老人と私に跨がる共通項はそれくらいだろう。
『惜しいな』
『結論がずれてしまっている』
『外から来たのではなく、外を実感として認識しているものだ』
『それはこの星と来訪神たる我と貴様ら客人のみ』
だから待っていたのだと老人は笑う。
『下のモノどもも偽りの神とやらも知らぬのだ』
『虚無の檻に閉ざされていてな』
その認識とやらが目的だ。
アインソフはこの閉塞を打破したい。だがそれには、彼だけの力では足りなかった。
「補強、するために使う気だねえ。私たちを」
『ほう……』
彼だけの認識で足りなければ、そこに他のものを加えてやれば良い。いくらでも補うことは可能なのだから。つまり、多方面からの認識によって支えを増やしてやるのだ。
それはまるで、建築現場の足場を組む様子にも似て。
『その通り』
『よくぞ見抜いたものよ』
『それで?』
『それが何となる』
アインソフの言う通り。分かったところで何になるのか。全ては決まったことで、既に変えようが無いことである。
「──分からないのか。戦う理由になるのさ」
ただ一つ。
これから先の未来を除いて。
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