83.決定事項
老人は笑う。
楽しげに。にこやかに。軽やかに。朗らかに。親しげに。
しかしその実、笑ってなどいない目を向けて言った。
『良いな』
『実に良い』
『威勢の良いものは好ましい』
一拍置いて、髭を扱きながら続ける。
『しかし、気に食わぬ』
『少し狙いを暴いたところで力の差は変わらぬ』
『それを弁えぬ物言い……』
『愚かにも程があろう』
冷めた目だ。値踏みが終わり、取るに足らぬと見切りをつけた目をしている。
枯れ木のような老爺は、その節くれだった指をこちらに向けた。
罪人を告発するように指し示され、思わず身動ぎする。何かしらの術でも発動するかと思ったが、しかしそれはなかった。
代わりに訣別があった。
『客人よ』
『貴様らがここを訪れたことで』
『我の願いは直に叶う』
『これは揺るがぬ事実として此処にある』
『泳がねば死ぬ魚のように』
『貴様ら客人には闘争を支えに生きるものが居る』
『それらは我に挑み、そして糧となるだろう』
『しかし止められはしまい』
『我と戦うな、とは言えぬよな』
『分かるか客人』
『我が求める命の火は、既に集まったも同然であろうよ』
ああ、なんと喜ばしい事か。
アインソフは再び笑った。呵呵として、心の底から愉快そうに。
──それはどうしようもないくらいの、勝利宣言であった。
ぎしり、と音が出るほどに槌の柄を握り締めた。
勝ち誇るアインソフに返す言葉もない。
奴が笑うのも分かる。
プレイヤーから何かエネルギーのような物を集めようという目的があって、その獲物が自分から寄って来る状況が生まれようとしているのだ。
そりゃあ、笑いが収まらなくもなるだろう。
そしてそれは止めようがない。注意喚起など無駄だ。独占行為に他ならないし、そもそも他のプレイヤーが聞き入れるはずがない。
私だって、何も知らないところにこんな話を聞かされたとしても信じないだろうし、信じたとしても一度は挑もうとしたはずだ。
詰み。
どうにもならない。
地上は滅びを迎える。
奴の目的がどのような結末に至るかは分からないが、余波で消し飛ぶという話から察するに膨大なエネルギーを扱うのだろう。
きっと熱に焼かれるか、衝撃が襲うに違いない。
もしかすると地下の一部は生き延びるだろうか。
──ただ一つ。
ただ一つ、奴を倒すという道のみがそれを回避する。
これは結局のところゲームだ。
だからこそ、チャンスは掴まねばならない。
『その意気や、良し』
「上から目線もいい加減にしろよ……っ」
思い返せばどいつもこいつもこんな調子だ。
上から目線の物言いばかり。
ロールプレイングで似たような振る舞いをしたのが原因かとも疑った。類は友を呼ぶと言うが、友でないから止めてくれと思う。
己れの振る舞いを改めようかと考えたこともあった。
見下しやがって、と憤りを力に変える。
苛立ちが燃料となって、テンションを跳ね上げた。
放り込まれた爆発物が、制御を失って弾けて暴れまわる。
溜め込んだ鬱憤を晴らさんと吠えた。
「アアアアァァァァァァァァッ!!!!」
パッシブのバフに背を押され、口火を切る。
咆哮とともにアインソフ目掛けて飛びかかった。
唸りをあげて振るわれた戦槌は、しかし容易く受け止められる。
不可視の障壁。わずかに撓み、歪んだ光によって辛うじて視認できたそれは、二度三度と打ち込めど破ることが出来ない。
驚くほどに頑丈であった。
「チィッ!」
舌打ち一つ。
後ろに下がれば、光の瀑布が地面を穿った。空気を焼く熱が死を物語る。
その威力に、冷静な部分が回避の徹底を命じた。
問題はそれが叶うかどうか。
ただ、今の様子を見るに勝機はあった。
攻撃に移る直前、アインソフは杖で地面を突いた。おそらくはそれが予備動作。見落とさず、最善手を打ち続ければ、好機はいずれ訪れるはず。
そう信じて、意識を回避に傾ける。
アインソフの一挙一動を見逃さないように目を皿にして、全霊をもって攻撃を避けていく。
アインソフは、杖を手にしたことから明らかなように固定砲台タイプの魔法使いであった。
だがその攻撃パターンは多種多様で、大技を放つだけでなく小技も絡めてくる。
上から落ちてくる光の滝。
自身を中心に広範囲へと広がる光の輪は、足元を撫でる時と首目掛けて高速で展開する時を使い分けてくる。
光の散弾は四連射まで利いて、さらにディレイまで入れてきた。
トラバサミや網のような行動阻害に、追尾してくる光の矢のコンボ。
単純に速いビームもあった。
直撃は許していない。しかし、それでもダメージが蓄積されていく。奴の火力が高過ぎて、ギリギリで回避をしていてはダメだった。
かすらずともダメージが入るとは反則ではないのか。
だがそれらよりも厄介だったのは、最初に攻撃を防がれた障壁だ。
あれを破る糸口が掴めない。
苦し紛れの反撃は、全て阻まれ届かなかった。
ラップのような透明の薄い障壁が、何よりも厚い壁となって立ちはだかる。
「……、三、四、五…………」
カウントをとりながら隙を探す。
予備動作から攻撃に移るまでのタイミング、それから次の攻撃までの間が一定であるのは救いだった。
回避を強いられたことで落ち着きを取り戻し、冷静に秒数を刻みながらその場でジャンプ。光の輪が足元を走り抜ける。
連続して放たれる光の輪を縄跳びのように越えていく。
リズムよく避けて、タイミングを合わせて殴る。分かりやすいアクションゲームだ。
原点回帰とも言えるそれをこなして、さすがに挑発まで挟める余裕はない。
苦しい局面が続いた。
『……しつこいものだ』
『客人は、潔いものと生き汚いものとの差が大きくていかん』
新たなモーションが追加される。
杖で地面に図形を描くそれは大きな隙であり、同時に狙うには分かりやすい罠であった。
瞬時の判断で虎の子のアイテムを切る。
直後。
白い光が視界を埋め尽くす。
「……くそ、継続ダメージあるのかい」
回復アイテムを消費して『盲目』と『火傷』の状態異常を解除すると、辺りの様子は一変していた。
それまでは何もない殺風景な空間であったのだが、今は木々生い茂る森へと変貌を遂げていたのだ。
あまりの違いに頭がくらくらとする。
空気の清浄さ、足にまとわりつく下生え。視界を遮る枝葉と天を蓋する樹冠。
鬱蒼とした森林は、生命の気配が全く無いことで得体の知れない恐ろしさを感じさせた。ガワだけの別物のような気味の悪さを漂わせている。
『さて』
『客人よ』
『言い残すことはあるか?』
……まずい。
恐らく第二段階に突入した。いや、それは良い。
まずいのはアインソフを見失ったこと。
この大規模なステージ変化は、これまでの奴とは違うからこそ引き起こされたものであるはずだ。この森が固定砲台の魔法使いに向いているとは思えないからね。
そうなると、戦闘スタイルの変更か。
……だとすると尚更、見失っていることが本当にまずい。
初手が分からない。どこから来るのか、何が来るのか、見当もつかず警戒しか出来ない。
──終わらせようとしている。
負けてたまるかと自身に活を入れ、ひときわ大きな木を背にして迎え撃つ姿勢をとった。
ご覧いただきありがとうございます。
評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。
時間経過+障壁への接触回数
『最悪、目の前の客人は始末して良い』
『今さら待ち時間が延びたところで支障はない』
『どうせ客人は雲霞のごとく湧いて出る』
『こやつは片付けて、次を待つとしよう』




