79.王とは名乗るだけにあらず
他のプレイヤーたちも隠されし王には何度も挑戦している。
それによって事前情報が集まり、攻略難易度が付けられたりもしていた。
例えば、第七の王。
視線誘導系の状態異常攻撃を主体にする彼は、数で押す形によってプレイヤー群に討伐されていた。
いかに強力な呪詛であろうと、所詮目は二つしかない。さらには同時に二つを見るような、カメレオンのような真似が出来ないのであれば、全周方位攻撃には対応しきれないものだ。
これによってプレイヤーたちは知った。
王と言えども無敵ではない。
勝ち目はあるし、倒す手段は存在している、と。
さて、第一の王だが。
事前に集められた情報で、彼は最高難易度のクソボス扱いである。
掲げた剣に光が集う。
エヘイエーは高らかに謳った。
「勇士よ、今こそ我が元に還らん!」
号令に従い、粉砕されていた騎士たちが力を取り戻す。さすがに数は減ったものの、それでも十体。数の優位どころの話ではない。
「いやいやいや、サシでやる流れだったでしょうよ!」
思わず叫べば、鼻で笑われた。
「王の道を敷くための臣民だ。使ってやらねばな」
無貌の騎士は再び武器を構えて向かってくる。
先程の繰り返し。
そう思ったのは甘かった。
膂力の強化、耐久性の向上。
明らかな性能の上昇に戸惑う。
一撃で倒せず、騎士たちに包囲されるようにじりじりと追い込まれた。
一を倒すまでに三に詰め寄られる。
それでもどうにか倒していくが、こちらも無傷とはいかない。
左腕の裂傷、右腋の打撲。自動回復の間を惜しみアイテムで回復させる。
十の騎士を倒しきるまでに最初よりも時間がかかった。数は半分になっているのにかかった手数は倍以上。まったく嫌になる。
そして、エヘイエーはそれを楽しげに見ていた。
エヘイエーに挑んでいるのは、何も私一人ではない。今この時も、十数人が同時に挑んでいるはずだ。
ではその面々がどこに消えたのか。
一対一の強制と、その前提を無視する取り巻きの召喚。それがクソボスと評価された一因である。
第一段階である蛹は、特定ワードでスキップ出来る。人づてに聞いた話だがそれは正しく、激昂した彼はすぐに羽化を迎えた。
そうして人らしくなった第二段階。
ここで取り巻きラッシュが巻き起こる。
二十一、十と呼び出しプレイヤーを襲わせてくるのだ。
そして恐らく最後と思われているのが、絶対の一。最強の戦士が姿を現す。
「──守護天使、奴を殺せ」
それまでの無貌の騎士たちとは一線を画す威圧感と、そもそもからしてまるで違うフォルムをあわせ持った異形の天使。
三十六対の翼を持った炎の柱が顕現した。
メタトロン。
アブラハムの宗教における天使の名だ。様々な異名をもち、小さな神とすらされる大天使。
生命の樹を守護する彼は、元はエノクという人間であったと言う。真偽は不明だが、人から天使になったのだとか。
このゲームのメタトロンがどうかは分からない。ただ、あの光の塊が人であったとは受け止めにくいものがあるが。
奴こそが数多のプレイヤーの道を閉ざしてきた殺戮マシーンだ。
これを倒して更なる先を見たという話はまったく聞かなかった。たとえそれが嘘や出任せでもだ。
それほどの難敵。
炎の柱に浮かぶ無数の眼球を睨み返しながら、戦槌を握りしめる。
『ギィィイュゥゥウェェェェェ』
不思議な抑揚のついた鳴き声に耳が痛む。
軋むような音はどうしてか、骨や関節でやたらと響く。共鳴、あるいは共振。一手遅れてそんな言葉が頭に浮かぶ。
身体の内側から沸き起こる痛みは攻撃だった。
音響攻撃。痺れるようなそれを止めようとする前に、メタトロンは宙へと飛び上がる。
届かなくはない、だが確実に一手が余分に必要となる位置をとられた。
音量は増していき、骨が擦れるような不快感が全身を貫く。例えるならば、歯軋りが勝手にかつ全身で起きているようなものだ。苛立ちが募る。
苦し紛れに放った投げナイフは全て、炎の柱をすり抜けた。
透過。物理無効。
真実どのような力であるか、確認しないわけにはいかない。
さらに投げ放ったナイフは、やはり炎の柱をすり抜ける。
「ぐ、あぁぁ……っ」
いよいよメタトロンの声は騒音と変わらなくなり、肺腑を絞り上げるように胸が痛んだ。
痛みを堪えて思考を巡らせる。
どうすれば勝てるのか。それを真っ当に考えるならば元ネタをなぞるべきだ。
メタトロン。
彼の天使の逸話を思い浮かべるも、打つ手は思いつかなかった。
天使を打ち負かす厄介な魔術師も追い払い、大天使の上司であり、神と同一視までされている。完全無欠、最強無敵。そう言って差し支えない存在なのだ。
アブラハムの宗教において神は絶対である。その唯一絶対に限りなく近いとなれば、それはもう人に届かぬ高みとしか表現のできないものだった。
だがしかし、活路が無い訳ではない。
伝承によればメタトロンは極めて巨大なはずだ。その身体は世界の大きさに等しいとも言われている。
だと言うのに、目の前で宙に浮かぶ炎の柱は人間大のサイズでしかない。
ゲーム的な調整ならば倒すことは可能であるし、何らかの理由があるとすればそれはそれで突破口になり得るはずだ。
問題は余裕がないこと。
観察、考察、問題対処。それら全てを平行して行わなければならない。
違和感はある。サイズもそうだし、何か根本的なところで違っている感覚がある。
しかしそれを精査出来なかった。
今も、吐き出される熱線を避けるので手一杯だ。
……これにも違和感。
熱線?
炎の柱だからにしても安直な、そして何の曰くもない攻撃だ。
HPは削れているが自動回復によって減少速度は遅い。このペースならばしばらくは持つ。
思考の比重を重くしながら、メタトロンの正体を探る。
ヒントはエヘイエー自身の言動に紛れているはずなのだ。
頬を抉る熱線。躱し損ねてしまった。
相も変わらずヒラヒラと、手の届かぬ位置にメタトロンは浮かぶ。
「何が違うんだろうねえ……」
小骨が喉に引っ掛かったようなもどかしさがあった。
それは答えに届かない自分自身と、廉価版とでも言うべきメタトロン双方に向いている。
「廉価版?」
唐突な閃きに足が止まり熱線に撃ち抜かれた。
慌ててアイテムでの回復を急ぐ。リソースも削られつつあった。
──王を王たらしめる臣民をエヘイエーは召喚していた。無貌の騎士たちは配下であり、王に仕える存在だ。
つまり、エヘイエーが召喚するのは王の下につくモノなはず。
では、メタトロンとは何だろうか。いやそもそも天使とは何なのか。
王は王であって神ではない。言葉遊びのようだが真実その通りで、その二つには大きな隔たりがある。与えられるのか与えるのか、だ。
そうした意味ではエヘイエーはどこまでいっても王であって神ではない。よって、神の使いである天使は配下に収められない。
王が従えるのは人であるのだから。
と言うことは、エヘイエーが召喚したメタトロンは人ということになる。
天使ではない。
人間大であることも、安直な攻撃も、結局は人であるが故のこと。
しかし正面から挑んではならない。
所詮はまやかしだとしても、現実を歪めて作り変えるほどの大嘘だ。
暖簾に腕押し、糠に釘。
嘘偽りに暴力で対抗するのではなく、真実を明かしてやれば良い。
「お前は、メタトロンじゃない!」
ガシャン、とガラスの砕けるような音がした。
音の出所は、仮称メタトロン。炎の柱にヒビが走り、パラパラと崩れていく。
『……イ、イィィィイイィィィィ!!!』
ただの一言が致命の一撃に成り果てた。
真実を突き付けられ、偽りの天使が砕け散る。
《──WARNING》
《虚栄王エヘイエーが真なる力を呼び覚ます》
《虚栄央城アセイズムが浮上を開始します》
《神工衛星ダアトが迎撃体勢に移行しました》
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・第七の街では追加アラートとして、ティファレトの復活が告げられました




