60.実は似た者同士な二人と一番脳筋な少女
呼び出されて来てみれば、そこには見知った姿があった。
「やあ、元気にしているかい?」
「なんだ、皮肉か? 元気だよ、お陰さまでな」
「前より砕けていて良いねえ。嫌いじゃないよ」
「……そうかよ」
ぶっきらぼうに放たれた言葉は、以前に顔を会わせた時よりも近さを感じさせた。
取り繕っている様子がなくなり、隔てる壁が取り払われたように思える。
そんな感想をストレートに伝えれば、黒潮丸は呆れたような顔をした。
「しかし、……君も居たんだねえ」
スカジャンを羽織った少女、シフは齧っていた手羽先をこちらに差し向けて言った。
「アタシが居ちゃ悪いかよ?」
「いやいや、そんなことはないとも。久しぶりだねえ」
ハッ、と彼女は鼻で笑った。
黒潮丸から連絡を受けたのは、舞踏会イベントが終わって少しした時のことだった。
シャンボールに防具の依頼をした後、フレンドメッセージが届いたのだ。
何やら会いたいとのことで、予定を会わせたのが今回である。
呼び出されたのは料亭だ。『栴檀』というお高い設定の店で、黒潮丸はそこの個室を予約していた。
しかしこのゲーム、和風テイストが頻繁に出てくるね。
何か意味でもあるのだろうか。
私が座るのを待って黒潮丸が話を切り出した。
「……あんたは最近プレイヤーの移動が活発になっているのは知っているな?」
以前のような控えめな雰囲気はどこへやら。自分の利益に積極的な様子を隠そうともしていない。
目には光が宿り、ぞんざいながらも発せられる言葉に力が籠っている。
遠回しに探ろうとしたり、下手に出て情報を引き出そうとしたりされるよりも、雑であろうと正直な方が何倍も好ましい。
「ああ、そういった話はオクタウィ臼が教えてくれるからねえ。たしかここと……、どこだったかな。そこに人が流れているんだろう?」
「六番目の街だ。ティファレトだな」
「……ああ、それは多分違うよ。上の街はアグリネスと言うはずさ」
名前の訂正をする。
これまで、私だけで仮説を抱えていた。
だがそれでは、進展がなかった。
当然と言えば当然だ。一人ではアクセス出来る情報の量には限りがあるし、考察も停滞する。どこか、その場で足踏みをしているような感覚がつきまとっていた。
新たな風が必要だ。
それは常々思うところであった。
アドバンテージは薄まるものの、新たな思考や視点を得られることの方が重要だ。私はそう結論付けた。
……あの時内緒にしてしまったセイロンには申し訳ないが、そこは諦めてもらう他ないね。
とにかく私は、このタイミングで自説の開示を行うこととしたのだ。あわよくば、修正や補強がされることを狙って。
第一の街とされる白い街がケテルではないこと。それから、地下街こそがケテルと呼ばれていたことはセイロンと一緒に確認済みだ。
これを当てはめれば、第六の街の下こそがティファレトであることは予想が出来る。
街々と対応するだろうセフィロトとそれに対をなすクリフォトから、アグリネスという名が連想されることも話す。この辺りはそれなりに確度が高いと思われる内容だ。私も予想として自信を持てている。
それに付け足す形で、エヘイエーら十一の王とその街が上から侵略を仕掛けているという想像と、地下街は押し込められた神々の拠点であるという空想を語る。
ついでにエヘイエーら、王は二つに分かたれているという妄想も明かした。
大盤振る舞いだ。
情報を大量に流して黒潮丸とシフを混乱させる。途中からはそれを楽しんでもいた。
「────ということを考えたわけさ」
「……待て、整理させろ」
「はぁ……。ワケわからん」
黒潮丸はなにやらチャットを始め、シフは考えることを放棄して青菜のお浸しをつまみ始めた。
その様子を眺めつつ、私もお浸しに手を出す。
美味しい。
出汁の風味がよく馴染んでいる。じんわりと口の中に醤油や出汁の香りと味が広がり、そこにかすかに青菜のえぐみが顔を出すことでアクセントとなっている。
繊細な味付けをよく再現したものだと感心しながら箸を進めた。
こうなると他の小鉢にも期待が持てる。メインはまだだが、煮物や胡麻和え、甘酢漬けなどにも舌鼓を打つ。
しばらくして、黒潮丸が顔を上げた。
「確認が出来た。地下がティファレトと言うのは間違いないらしい」
「お仲間かい?」
「そうだ。今向こうで聞き込みをしてもらった」
「ってことは、コイツの考えは当たり?」
シフが疑問を差し挟む。
「分からん。こちらの情報と合致する部分もあるがそうでないのもある」
黒潮丸は首を横へと振った。
何かしらズレがあるらしい。残念、ピタリ賞ではなかったか。
お茶を一口啜ってから黒潮丸は言った。
「一旦話を戻そう。とりあえず、今聞いたのを考察している奴らにも流していいか?」
「……あ~、まあ、いいよ」
「助かる。……さて、第一の街と第六の街にプレイヤーが集まっている。理由はゼンザイには想像出来るだろう」
「ふぅ~ん、アンタらは何か知ってんだ」
拗ねたような口振りでシフが口を挟む。
それを今から話すんだ、と黒潮丸はたしなめた。
「舞踏会イベント、より正確に言えばその裏で起きた襲撃イベントだね?」
「そうだ。それは全ての街で行われていたが、第一と第六では他と違う出来事が起きた」
「……ああ、それ掲示板で見た」
ゼンザイが愚痴られていた、とシフが笑う。
気にすることではないと軽くあしらうと、彼女は少し不満そうであった。
「で、何が起きたんだい?」
「乱入者が出た」
「……私じゃん」
「お前だよ」
黒潮丸が言うに、第三者の乱入が確認されたのは三ヵ所。第一の街での私と、第六の街で別々の部屋に一人ずつだそうだ。
いずれも鞍替えプレイヤーで、激しい戦闘が繰り広げられたとのことだった。
「その最中にNPCが情報を漏らした。あそこで不特定多数のプレイヤーが死に戻ることは折り込み済みだった、と。流血を望み、かつプレイヤーは駒であった、と。」
「……ああ、そういえば言ってたかもしれないねえ」
「第六の街ではより詳細なことが語られた。プレイヤーを供物として王の光を取り戻す、だそうだ」
第六の街にはエロハという王が居る。エヘイエーの同類だ。
このエロハ、他に確認されている王とは明確に異なる部分があった。
両目が潰れているのだ。
王たちの共通点として、人型であることと角が生えていることが挙げられる。
この角の本数や生え方はそれぞれに違いがあり、中には欠けているものもいるのだが、目が潰されているのはエロハだけであった。
それも明らかな欠損だ。眼窩はくり貫かれて、虚空を晒しているのであるから。
「第六の街は小規模だ。他よりも間違いなく狭い」
「ああ、央城も一回り小さいしね」
「仕えている家も一つだけ。俺たちはエロハが弱体化してると考えた」
「……一つしかないのかい?」
黒潮丸とシフに質問を投げる。
関連するだろうからとセフィロトについて調べ直したのだが、ギーメル家などの貴族らしい家と対応している二十二本の小径はセフィラを繋いでいる。だがそれは、相互にというよりも一方からの流れであるらしい。
上から下へと水が流れるように、天頂のケテルから最終のマルクトへと小径は進んでいく。
それに合わせて第十の街に貴族家は無く、第六の街には三つあるものだと考えていたのだ。
だが、二人の口振りからするとそれは違うらしい。
「そこは俺たちも調べたから間違いない。エロハに仕えているのはサメフだけだ」
「節制、かあ……」
大アルカナに対応している小径は、それぞれに意味がある。
ベートなら魔術師、ギーメルなら女教皇といった具合だ。そしてサメフは節制となる。
「まあ、第六の街についてはとりあえず分かったとも。それでこっちに人が集まっているのかは疑問だねえ」
動きがあったのは理解した。取っ掛かりがそこにあったことも。
では、どうして第一の街も同時に動き出しているのか。
ゲーム開始地点であり、街自体が大きいためにプレイヤーの人口そのものは多い。だが、熟練者ほど他の街に移りがちであり、平均をとれば第一の街のレベルは意外と低めになっている。
これは運営が出しているプレイヤー動静表によってその確実性が担保された情報だ。
質の高さで見れば、第二や第五の街の方が上になる。
そこから攻略していかないのはどうしてか。
「あー、順序だよ。順序」
「順序?」
黒潮丸は空に指で絵を描きながら、攻略の動きが決められた流れを話し始めた。
「まず第一と第六からNPCの、王側だな、の敵対が報告されたんだ。俺たちのコミュニティでな。で、二つ案が出たんだよ。
一つは様子見。ぶっちゃけると、俺はこっちが良い。まだ早いんじゃねえかと思うからな。
もう一つが襲撃。当主を締め上げて王まで吊るしてやれば解決する。手っ取り早く行こうってよ」
「いや、過激だねえ」
「城に潜り込んでドンパチしたのは誰だよ」
「……私じゃん」
「お前だよ」
黒潮丸は嘆息してから話の続きに入る。
「当主を襲撃するにしてもどこを狙うか。明確に敵対的で、かつ情報を持っているのはベートとサメフだ。自分たちで言ってたんだから間違いない。
ただ、どっちにするかで判断が割れた」
「そりゃ、揉めるでしょ」
「ああ、揉めた。
で、ある意見が出た。難易度が違うんじゃないかってな」
どういうことだろうか。シフと二人で首を傾げる。
「そいつが言うには、第一の3家は連携していないとのことだった。ベートとギーメルは意見が食い違っているし、残りのアレフはろくに名前も出てこない。それに対して、他の街は家同士で仲良くしているようだし、舞踏会イベントでも協力していた」
「……確かにアタシらとベートの連中は一緒じゃなかった」
「一枚岩じゃないのは俺たちも感じていることだ」
「ははーん。つまり、連携して動けないからここは狙い目だと」
そういうことだ、と黒潮丸は頷いた。
それから、時期が被っているのはプレイヤーの頭数を増やすためだと彼は言った。
遠くの街へ移動するのは辛い。それに一つだけでは溢れてしまう。
ほぼ同時期に二ヵ所で動くことで、プレイヤーの流れをコントロールして、ついでに自分たちのコミュニティが影響力を増すことを目論んだのだとか。
「面倒なことを考える」
「シフに同感だねえ。そんなこと考えてゲームするのは私にゃ無理だ」
色々分かったことがあった。
だがまだ分からないこともある。
「──それで、どうしてその話を私にするんだい?」
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アセイズム(第一の街)の攻略難度が一番低いです。




