61.一である虚無
「──それで、どうしてその話を私にするんだい?」
私の問いに黒潮丸は一瞬黙る。
「……ああ、いや。頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと?」
私は既にギーメルと切れていて、ギーメルを探るならシフの方がはるかに適任だ。何故なら彼女はそこからの支援を受けている。クエストを出されたりもしているようで、当主との繋がりはしっかりしている。
彼女がここに呼ばれているのは、それを頼むためだろうと予想が出来た。
では、私への頼みとは何なのか。
「ふむ、読めたよ。戦神の方を探ればいいんだろう?」
「それは別の奴がやってる」
「あれえ?」
自信満々だった推測は大きく外してしまった。シフは呆れた視線を隠そうともせず、黒潮丸は気まずそうに目を逸らす。
微妙な間が流れる。
カコーン、と鹿威しが遠くから聞こえてきた。ここ、地下なんだけどねえ……。
「……あんたにはツバメになりたいとの繋ぎを頼みたいんだ」
気を取り直して、黒潮丸は頼みごとを明かす。
ある人物との繋ぎ、それが彼の求めるものであった。
「いやまあ、ツバメとの繋ぎくらいなら引き受けて良いけどねえ……」
どことなく違和感を覚えながらも頷いた。
連絡をつけるくらいならメッセージで簡単に出来る。なんならこの後、会う予定だってあった。
そこで引き会わせたって良い。
そう伝えれば黒潮丸は是非頼みたいと頭を下げた。軽くではなく深々と。それがとてつもなく大切なことだと言わんばかりに。
「おいおい、なんだか大袈裟じゃあないか。あいつはただのプレイヤーだし、シフだって前はフレンドだったろう」
「でも切られちまった」
「そりゃあ、ツバメの悪い癖が出てるねえ」
「そうだな。で、連絡がとれる奴は現状他にいない」
お前を除いてな。
そう言われて思わず、黒潮丸のことをまじまじと見つめてしまった。
私しか連絡出来ないって?
問い返すと、マジだと言われた。
言葉にならない呻きが漏れる。
まさかそこまでフレンドを切っているとは思いもしなかった。
シフは結構他人とコミュニケーションをとる性質であるし、黒潮丸には考察勢のようなコロッセオ勢以外への伝手がある。
その二人がツバメと連絡出来ないと言い切るのであれば、これはひょっとするとあいつのフレンド欄は壊滅しているのではなかろうか。
「あー、オクタウィ臼にも聞いてみたのかい?」
私の知る限りで最も顔の広い男。
彼ならば、私以外のツバメのフレンドに心当たりがあるかもしれない。
結果は薄々察しながらも、可能性のありそうなルートを提示する。
返ってきた答えは、イエスでありノー。
聞きはした。
オクタウィ臼は親身になって、知人にまで問い合わせてくれたという。それはつまり、彼の知る範囲でツバメのフレンドは他にいないということ。
「いやいや。何やってんのさ、あいつ……」
頬がひきつるのが分かった。
ゲームの楽しみ方は人それぞれだ。自分の楽しさを守るためならフレンド整理は仕方のないことだと思うし、合う合わないはどうしたってあるのだからトラブルになる前に対策を講じるのはむしろ真っ当だと私は考えている。
が、いくらなんでもフレンドの選り好みなんてレベルじゃない。
さすがに心配になってくる。
「ツバメに連絡をとろうとしていたのは別の理由だが、ここまで極端だと俺も気になってな」
黒潮丸の呟きにシフも同意する。
ツバメは元々ソロ志向が極まっている男だったが、社交的な奴ではあったのだ。それを思えば、別人と言って良いくらいの変わり様である。
直近で顔を会わせた時のことを思い出せば、なおのこと。あの態度の裏にそうした出来事が隠されていたとは驚きしかない。
「しかし、そうまでしてツバメと連絡をとろうしているのはどうしてだい?」
黒潮丸に尋ねる。
ツバメの振る舞いは少々変わっているが、それでも個人のプレイングの範疇にある。フレンドリストから消されてしまった本人が文句を言うならともかく、それだってわざわざ探し出してやるようなことでもなし。
ならば何故、黒潮丸がツバメを探しているのだろうか。
「アレフとの繋がりだ」
「……ああ、NPCの」
「NPCのだ」
アレフ。
ベート、ギーメルと並ぶ第一の街の重要NPCでありながら、プレイヤーとめったに交流を持たない謎多き人物。
私が知っているのはその程度だ。
「ツバメが支援を受けていたのはそこだったのか」
「アイツから聞いてねえの?」
シフが意外そうな顔をした。
「コンビでもないのに全部教えてやる必要がないのさ。お互い手の内は隠していたんだよ。少なくとも私にとって、ツバメは越えるべき壁だからねえ」
「とにかく、ツバメと話がしたい。何か知っているはずだからな」
「今、ツバメの他にアレフの所属はいない。みんな余所へと移った。あそこはプレイヤーを支援する気が無い」
「それでも残っているツバメは、何か知っているじゃないかと考えている」
黒潮丸もシフも真剣な顔をしていた。
茶化すことなく承諾を伝えれば、彼らの肩から少し力が抜ける。
頑張りすぎではないか。そう思うが、それで楽しめているのであれば良いかと考え直し、茶を啜った。
「……で、ツバメに何を聞くんだい?」
「言わなきゃダメか? ……ダメだよな。
内緒にするのはさすがに不義理か」
「そういう考えが出来るのは好きだぜ」
義理堅い男は好ましい。
そういう奴は大概、苦労を背負いこみがちだけどね。
「……聞きたいことは二つある。
まず、アレフの狙いについて。アレフはエヘイエーを裏切ろうとしている、と俺たちは見ている。これの真偽を確かめたい」
「いきなりぶっこむねえ」
「あんたも薄々感じているだろ」
「まあ、そうだねえ」
第一の街には三つの有力な家がある。
アレフ、ベート、ギーメル。
ベートは前回のイベントでも派手に動いていた。また、普段から多くのプレイヤーへの支援を行っている。中々好感度が上がらないということで、広く浅い関わりがあるのだ。
ギーメルはプレイヤーを選別して支援をしている。狭く深い関わりで、掲示板ではスポンサーにする方法が議論されるなんてことがあったりする。
この二家は、住人から話を聞いたりクエストを受けたりすることで少しずつ知っていくことが出来る。
だというのに、アレフはろくに話題に挙がらない。
プレイヤーとの関わりが皆無に近いのだ。
クエストも無ければ、住人の噂話にもならない。
表に出てきたのはほんの一瞬。何人かをスカウトした時だけで、それ以降は全く音沙汰無し。
これで怪しむなと言う方が無理だろう。
舞踏会イベントで、ベートの当主は自分たちが一枚岩でないことを明かした。
それを踏まえれば、エヘイエーとアレフとで何かしらの対立があることは想像に難くない。何せ命令に背いているのだから。
腕を組んで少し考えをまとめる。
黒潮丸たちは、アレフが敵ではないという確証が欲しいのだろう。あわよくば味方につけたいとも思っているのではなかろうか。
茶で喉を潤した黒潮丸が、二つ目の聞きたいことを話し出す。
「それから、アインの話を知っているか、アレフから何か教えられていないかを聞きたいんだ」
「アイン?」
アインと聞いてパッと思い浮かぶのは、ドイツ語での一だ。
それからもう一つ。
生命の樹、その始まりは虚無であった。
「もしかして」
電流が走ったように、突如現れ出た考えをそのまま口にする。
「もしかしてなんだけどね、アインって我らなんじゃないかい?」
「ああ、俺たちもそう推測している」
ずっと不思議に思っていた。
『我らの箱庭』の我らとは一体誰のことなのか。
エヘイエーたち、王のことか?
にしては、配下が敵対する素振りを見せていることが噛み合わない。ベートやサメフがプレイヤーに否定的になるのを許すのは、いささかズレを感じさせる。
では戦神らか?
こちらはこちらで、何のためにという疑問がある。
王に対抗する戦力としてプレイヤーを当てにしているのならば、王の勢力に取り込まれることは阻止しなければならない。だが現実として、王の配下はスポンサーとしてプレイヤーに戦神らよりも強く干渉している。
だがそもそも、そんな所に首謀者はいないのだとすれば?
箱庭がminiature ではなく、inner であるのは、本当に内側であるからで、我らは外に居るとしたら……。
大きく深呼吸する。
ヒートアップした思考に空気を送り、冷静さを取り戻させる。
仮定に仮定を積み重ねても無駄にしかならない。
それを知るためにツバメに会いたいと言っているのだ。考察をするのはその後で遅くはない。
「…………あ」
小さく呟きが漏れる。
手持ちのアイテムが、アインについての手掛かりであるかもしれないことに気が付いたのだ。
ここは共有すべきだろう。
私は、インベントリからそれを取り出した。
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