56.言わないと、分からないから
──意外と荒れていないようだ。それが掲示板を覗いた時の感想だった。
イベントを終えて、地下街に戻ってきてから最初にしたのはフレンドメッセージを飛ばすことだ。
まさか、あのタイミングで黒潮丸が助け船を出してくれるとは。お陰で入り口から飛び出して、生還することが出来た。つまり、お礼の手紙になる。
返事には何か長々と書き連ねてあったが、そこはいいだろう。
そんなやり取りをしながら、情報収集をしようと思ったのだ。
舞踏会の裏で動いていた話が、周りにまったく洩れていなかったとは考えにくい。となれば、私が知らなかったのは、私自身の落ち度に他ならない。
もし知っていれば、戦神側の他のプレイヤーと連携できたかもしれないのに。……しなかったかもしれないけれども。
とにかくそうしたわけで、まずは掲示板から今回のイベントについて調べてみることとした。
ところが、これがどうしたものか、掲示板では穏やかに話が流れているではないか。
てっきり、乱入や裏切りにエヘイエーの連中あたりがぶちギレているものと予想していたのだが。
「……ん?」
エヘイエー陣営の勝率が良い。いや、それがダメなわけではない。
掲示板ではクエスト成功を自慢しているプレイヤーが多く見られた。それらのコメントを読んでいくと、エヘイエーの側に着いた者が大半だ。
その彼らの話をまとめていくと、基本的な話の筋書きが見えてきた。
そして、乱入イベントが発生したのは私の他にもあったようだが、裏切りなど欠片も話題に上ってこない。
閲覧している掲示板を変えていく。
イベント板から総合板へ。そこから雑談板。コロッセオ板と移り行く。
どこも楽しげな雰囲気だ。多少の煽り合いはあれど、イベントを喜んでいるようだ。
まるでトラブルなどなかったかのように。
いや、真実トラブルが起きたのはごく少数。あの部屋だけだったとしてもおかしくない。
乱入はまだ想定された事態だろう。
だが、ダウメルによってプレイヤーが切り捨てられたのはイレギュラーのはず。
思考の海へと沈む。
どうせ出来ることは他に無いのだ。
【餓えたる月夜】の最大開放では反動が発生する。『宿酔』状態になった身体は何をするにも感覚が狂い、歩いて移動するのがやっとだった。
性質の悪いことに状態異常が付与されているわけではないため、自然に回復するのを待つ必要がある。ぐわんぐわんと揺れる頭では大人しくしているしかない。
宿屋のベッドに身を投げ出して、ダウメルが口にしたことを思い出そうとする。
奴は何か色々と話していた。イレギュラーによって感情を露にしたのであれば、今の段階では聞けない内容が含まれている可能性は十分に高い。
プレイヤーを仲間にすることは、ダウメルとしては反対だった。そう、奴は手駒だと言っていた。
手駒と言うことは、何かをさせるのが目的だ。
それから、不満を口にしていた。
プレイヤーを引き入れたのはギーメルの後押しに依るものだった、と。それに賛同した仲間も居たか。
何と言っただろうか。
ババアババアと言っていたことばかりが印象に残っている。
彼らは、プレイヤーに何かをさせようとしていた。
……足掛かり。奴はそう言った。
戦神を伐つための足掛かり。それがプレイヤーを引き入れた狙いだ。
「……どうやって?」
プレイヤーを足掛かりにして戦神を伐つとして。
どうすればその状況に持っていけるのか。
そこが分からない。
何かが抜けているように感じた。
足りないピースを探して、掲示板を漁る。
時折、とんでもない爆弾が眠っているのだから、それに期待してページを繰る。
先ほど軽く見たコロッセオ板だ。
「うげ…………」
私のことが書かれている。愚痴というか、もう悪口だね、これ。
それも一人じゃない。ちらほらと三、四人。
まあ、しょうがないか。
乱入しているし、彼らと敵対して戦闘もしている。愉快に思われている方が驚きだ。
あれだけ居たのに数えるほどしか掲示板に書き込まれていないのだから、マシな方と思うしかないね。
目を通していけど、それ以上の情報は得られなかった。
反感を買ったと知ったのが一番の収穫、だなんて悲しいものだ。
掲示板から離れて、手元にある情報源を探ることにした。
央城の小部屋から持って帰ってきた六冊の本をインベントリから取り出す。
サイドテーブルに積み上げたが、どれもボロボロだ。埃にまみれているし、表紙もかすれて読めやしない。
「期待して良いのかねえ」
正直、これだけ怪しいのだから何かしら重要なことが書かれているに違いないとメタ読みをしているが、本棚から適当に抜き出してきたという入手経緯が足を引っ張る。
一冊目。一番目立つ赤い革張りの本。
内容は、月と太陽について。
これは当たりか。
期待に胸を高鳴らせて、内容を読み込んでいく。
……魔法の理論についての書籍みたいだが、期待していた方向とは少し違うね。
計算式やら儀式の手順やらが細かく書かれているため、欲しい人からすれば垂涎ものだろう。残念ながら私には用無しだが。
インベントリへ放り込む。
二冊目。象牙色の本。
開いてみると、そこには何も書かれていなかった。
ハズレか。
そう思いながらも、パラパラと他のページをめくってみる。白紙が続いていくが、本の真ん中あたりで文に行き当たった。書かれているのはこれだけのようである。
『始まりより先にあって、終わりよりも後に続くものへ』
意味ありげな文だ。誰かに呼び掛けているように思える。問題はそれが誰を指すのかというところだが……。
現状、考察するにも要素が少なすぎる。
三冊目。汚れた藍色の本。
落丁しているが、どうにか読み取れた。
日記だ。
かつて央城で働いていた人物の日々が記録されている。下働きであったらしく、央城のあちこちで掃除をしていたと書かれていた。
内容の大半は同僚との噂話だったが、普段と変化があった時にはそれも記されていた。
その変化とは、来客だ。
誰某が来た。何々を連れてきた。そんな記述が散見された。
一番多く登場したのはギーメルの名だ。その時の当主だろうが、月に一度は央城にやって来ていたようである。
それから、ベート。これも家名だろう。ダウメルの姓がこれだったように思う。
そしてアレフ。聞き覚えがある気がするのだが、果たして何だったか。
ただ、推測は出来る。
ギーメル、ベートに並ぶのならば、アレフも家名である可能性が高い。そして、その二家と同格と言うことは、アレフもエヘイエーの下にいるはずだ。プレイヤーのスポンサーをしているNPCは、何人か居た。その中にアレフが居るのだろう。
四冊目。くすんだ緑色の本。
開いてみると、絵本だった。北風と太陽だ。
一応通して読んでみたが、おかしなところは何もない。
インベントリへ放り込む。
五冊目。褐色の本。
手に取ると他よりも明らかに重い。何か仕掛けでもあるのかと期待してしまう。
「解剖書?」
モンスターの図解が載せられている。さらに、解体した部位ごとの希少性や薬効についてが書き込まれている。どうやら元の持ち主は、この本にノートも兼ねさせていたようだ。
最後は黄土色の本である。
明るいところで見ると、背表紙に金具で装飾がされているのが分かる。他のものより高級な品であることが窺えた。
『We are always with you.』
ただ一文。
決して消えぬようにと、箔押しまでされた英文は新品のように煌めいていた。
「──私たちは、常にあなたとともにある……?」
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