55.我、死地より帰る
最初に気が付いたのは誰だったのだろうか。少なくとも、私ではないことだけは確かだ。
暴れている最中、ホーガンの指示を聞いた。「撤退!」と彼は叫んだ。
私はそれでようやく気付いたし、私を食い止めようとしていたプレイヤーたちも同様だったと思う。
「なんかヤバい! 撤退撤退!!!」
慌てているのが丸分かりな、上ずった叫び声。冷静さが欠けてしまっているホーガンの悲鳴は、不思議とその場の全員の耳に届いた。
ヤバいとは何のことか。
そんな悠長な疑問を差し挟む者はいなかった。
敵味方が皆一点に注目していた。
口にはせずとも、あれはヤバいと心は一つだった。
先ほどまでは添え物程度でしかなかったはずのNPCが、ニコニコと笑みを浮かべて拍手をしていた。
あんまり笑顔なものだから、気でも触れたかと冗談を言いたくなるが、あれは違う。
自棄になったのではなく、良く頑張ったねと褒めているのだ。それも、とんでもなく上からプレイヤーたちを見下しながら。
所作の端々に顔を出す気品が、NPCの正気を裏打ちする。
それが余裕から来る笑顔であることは、その場に居るプレイヤーの誰もが理解させられていた。
「お前たちにとって残念な知らせがある」
NPCはそう一言告げると、考え込むような間をとった。
それから軽く頷き、名乗りを挙げる。
「知らぬ者もいるだろう!
先ずは名乗っておこうか。俺はダウメル・ベート! 央室二十二家門が一、ベート家の長だ」
その言葉に、彼を守っていたはずのプレイヤーたちは顔を見合わせていた。まさか知らなかったのだろうか。
威風堂々たる青年は、まるで演劇の主役かのように声を張り上げる。
この世に恐れるものなど一つたりとて在りはしない。そう言わんばかりの自信に満ちた青年は、明らかにそれまでとは異なる変化があった。
「単刀直入に言うが、俺は飽きた」
額に生えた角を撫でながら、ダウメルは嘆くように言った。
彼は引き続き、演劇のような芝居がかった振る舞いをしている。
「よってこの茶番は終わりを迎える。主たるエヘイエー様のご意向によって、俺は手を出さずにいたが、全く拷問のようであった。退屈で俺を殺そうとしているのかと思ったくらいだ」
プレイヤーを挑発するかのような言動だが、それに反発する者はいなかった。
ダウメルの一挙一動を見逃すまいと集中していたからだ。
彼に起きた変化。角もそうだが、それ以上に大きな違い。
身に纏った尋常ではない量のエフェクトに、敵味方問わず警戒を露にしていた。魔法なのかスキルなのか、分かるのは一種ではないことだけだ。様々な色やきらめきのエフェクトが、暴風のように荒れ狂っていた。
そして、そんなプレイヤーたちを露ほども気にかけずダウメルは手振りを交えて弁に熱を入れる。
「もう良いと、そう告げられるのをどれほど待ちわびたことか!
エヘイエー様は満足された。お前たちは役目を終えたのだよ。ここでの流血はもう十分だ」
全員が渋い顔をしていたことだろう。
ゲームとしてクエストが出されていた以上、プレイヤー同士の戦闘は狙って引き起こされたものである。それが狙い通りの掌の上であったと言われれば、悔しさが抑えられるはずがない。
そこかしこで苛立ちが漏れ出る。
共通の気に食わない相手を前に、プレイヤーたちは団結しようとしていた。
──しかし、それは遅い。
「故に、先に告げた通りこの茶番は幕引きだ。不死同士の殺し合いなど笑うに笑えん」
ハッと気付く。
ホーガンが正しかった。
撤退を、逃げるべきだったのだ。何をおいても、一心に。
「しまった!」
アイツは既に準備を終えている。
私たちを始末する準備を!
「<D.O.W.N・リグレットフラワ>」
視界が歪んだ。
衝撃が全身を貫いた。
上下が分からなくなるほどに揉みくちゃにされた。
認識できたのはそれくらいだった。
減るのではなく、ごっそりと消えてしまったHPバーが現状を教えてくれる。
瀕死。
辛うじて生き残っているのは、【九死一勝】が発動したからだった。
HPが一割以上残っている時に発動するそれは、一度だけ死亡を取り消してくれる。つまり、食いしばり効果があるのだが、それが発動していた。
文字通り、九死に一生を得たわけだ。
思っていたほどには吹き飛ばされていないようで、ギャラリーの柵に引っ掛かっていた身体をゆっくりと起こす。身体のそこかしこから不自然な軋みが聞こえてきた。瀕死であるから仕方ないことか。
そこに、ダウメルの気だるげな声が聞こえてきた。
「まったく、しぶといものだ。一の、二、三の……。七。
ふん、撃ち漏らしが多くていかんな」
朗報だ。生き残りがいるらしい。
笑う余力も無いが、奴が嫌そうにしているだけで嬉しく思う。
盤面を軽々とひっくり返しやがって。
……乱入した私が言えることでもないか。
少し冷静になった思考が、時間を稼ごうと口を動かす。
果たして、稼いだところで何をするのか。
手元を探る。メイスは吹き飛ばされどこかへ行き、左手は感覚がない。『欠損』か、良くても『骨折』だろうか。参ったものだ。
「仲間ごと、……魔法を撃ったのかい」
打開の妙案など無いままに、ただ周囲を見たまま出力しただけの言葉だったが、ダウメルは反応した。
「ハッ!
所詮はただの手駒だ。仲間などほど遠い。ギーメルのババアは知らんが、俺は客人どものままごとが嫌いなんでな」
心底下らなそうにダウメルは吐き捨てた。
「ままごと?」
「ままごとだろうよ。不死のお前たちがわざわざ死なないコロッセオで決闘だなど、情けなくて反吐が出る」
視界の隅で、身動ぎするプレイヤーの姿を捉えた。どちらの側かは分からないが、床を這って移動を始めている。
「俺はお前たちを使うのには反対だったんだ。ギーメルのババアが言い出して、普段は黙りのアレフが賛同しやがった。そのせいで俺が尻拭いだ」
鬱憤がさぞ溜まっていたのだろう。
苛立ちを感情のままに吐き出すダウメルの姿にほくそ笑む。
とりあえず時間は稼げそうだ。
自尊心をくすぐるように相槌を打てば、奴は舌に油を塗ったかのようにペラペラと喋った。
「全てはエヘイエー様の為だ。真なる王へと押し上げ、箱庭を治めていただく。そうすれば、何もかもが解決する。
まずは足元を磐石とすべく、戦神を伐つ」
お前たちはその足掛かりだ。ダウメルはそう言って笑った。
足掛かり?
疑問を口にする前に、横合いから声が飛んだ。
「……NPCが、ふざけんなっ! くそ、さっきからふざけたことを抜かしやがって。何様のつもりだ、お前は!!!」
壁に凭れて叫びを上げる彼には見覚えがあった。さっきまで指揮官のようだったプレイヤーだ。
ここでようやく、彼が誰かを思い出せた。
黒潮丸だ。
しばらく顔を合わせていなかったから、ようやっと分かった。見ないうちにキャラ変でもしたのか。随分と乱暴な口調になっている。
ただ、彼が出てきてくれたお陰で、私はフリーになった分思考を回す余裕が出来た。
視線を素早く巡らせて、残ったプレイヤーを確認する。奴の言葉を信じるならあと五人いるはずだ。
「最初っから騙すつもりだったんだな、クソ野郎が!」
「俺は言ったはずだ。ギーメルの方が良い条件を出すかもしれないと、な。誘いに乗ったのはお前らだ。俺が裏切ったのではない。
お前らが、他の連中を出し抜こうとして裏切ったのだよ」
客人たちで団結していれば、こうはならなかったろうにな。ダウメルは笑う。
黒潮丸は口を噤んでしまった。
だが、確認は終わった。
脱出するべく生き残りは、じりじりと這ってダウメルから距離をとろうとしている。
私が出来るのはその後押しだけ。
このままなら全滅は必至。ならばその、避けようがない未来を大きく変えよう。
「入り口だ!」
時間との勝負だ。察してくれるよう祈る。
こちらの意図を悟ったダウメルに先んじなければならない。
入り口は開いている。先ほどの隙に確認した。おそらく、あそこから脱出すれば逃げきった判定になる。……はずだと信じたい。
しかし、今いるギャラリー及び上階の広間からでは降りる道筋が無い。
だから私だ。私が残り、道を作る。
乱入した責任くらいは、とらないとね。
「──【餓えたる月夜】開放!」
見た限りダウメルは術師タイプだ。
攻撃に移るまでのわずかなラグ。そこに全てを賭ける。
「【月光砲填:絶唱】!!!」
「<D.O.W.N・グロリア>、っ!!!」
振り下ろした右手が床を叩いた。
ダウメル本人を狙わなかったことが功を奏したのだろう。
退路を開く。
そのための一撃は、轟音とともに辺りを駆け回り、上階を崩落させる。
下階に覆い被さるようにせり出したギャラリーが砕け、生き残りのプレイヤーを放り出して落ちていく。
最後の一手だ。
足場を壊しての撹乱。入り口との高さを強引に揃えて移動を可能にする。
それを両立させた一撃は、私の命と引き替えである。HPが残りわずかで、受け身をとれない状態で空中にいるのだ。たとえ反動が無かろうと、落下ダメージでお仕舞いである。
悔いはない。ダウメルには一杯食わせてやったし、プレイヤーが逃げるだけの隙は作れた。すべきことをした自信がある。
ただ少し。少しだけ、また相手を出し抜いて死ぬパターンかと、思わないでもないが。
「<エアロ・キャリアー>!!!」
「うおっ!?」
がくん、と急に横方向へと力がかかる。
落下が魔法によって書き換えられた。移動へと変更され、宙を滑るように入り口へと飛ばされる。
一瞬、黒潮丸と目が合った。
「感謝しな」
彼はそのまま、瓦礫とともに消えていく。
《──央城・蜘蛛の間より脱出に成功。あなたは生還を果たしました。》
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ダウメルが使っていた魔法は、プレイヤーには習得不可なものになります。
D.O.W.Nは攻撃用の魔法区分ですね。ガ○ダムのOSみたいに頭文字を取っているのと、相手を下にする(→相手は死ぬ)との掛詞です。
あと、あれです。デジソ○ルチャージ。




