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54.あんな風になれたらと、彼は夢想した

サブタイトルの彼とは誰のことでしょうか。


「<秋霖(フォール・)流星(フォール・)大瀑布(フォール)>!!!」

「<稲光白靂(いなびかりびゃくれき)大権現(だいごんげん)>」

「<パタタイアの瞳>!」


 私の到達を待ち構えていた彼らの初手は、詠唱を完了しておいた魔法であった。

 大魔法の発動には時間がかかる。だが今回は、その時間がたっぷりあった。狙いすました必殺の一撃、それが三重に襲い来る。


 滝のような水に、視界を白く塗り潰すほどの雷撃、それから何かはよく分からない謎の呪文。

 狭いここでは避けようがない。

 ギャラリーを押し潰さんとする物量は、下がることも留まることも許さないだろう。

 私が大丈夫でも床が保たない。下の階に落とされてしまう。



 退くも()えるも地獄行き。

 しかしだからこそ、死中に活ありと言うものである。



 滝のように降り注ぐ水が、床に届くまでのわずかな狭間。活路はそこにのみ存在する。

 ──選び取るべきは、吶喊。

 生存ではなく、勝利のために思考が瞬時に判断を下す。選択した解答が、脳内で明確な像を結ぶよりも先に身体は動いていた。



 姿勢は低く、盾で頭を庇いながらも、獣のように地を駆ける。



 相手方の誤算その一。

 雷撃が水に吸われたこと。

 コンボを狙ったものではあったのだろう。そういった意味では狙い通りであったのだろうが、放たれた雷は叩き付けられる水の暴威と合わさり、帯電した。一塊となったのだ。

 それによって、避けるべき攻撃は一つとなった。壁が一枚であるか、二枚であるか。それは大きな違いとなる。


 相手方の誤算その二。

 私が謎の呪文で足を止めなかったこと。

 三人目が放ったのは、何らかの状態異常付与の魔法であったようだ。瞳が呪文に合わせて輝いた。そして、その全てを抵抗(レジスト)したと感覚的に知った。

 弱体化(デバフ)やら何やら盛り沢山だったようだが、それらはまとめて踏み潰してしまった。


 相手方の誤算その三。

 その二と繋がる話だが、向こうは私のステータスを見誤っていた。正確には【餓えたる(エンプティ・)月夜(ムーン)】の効果量を、か。

 物理的な攻撃も魔法攻撃も状態異常もデバフもはね除けて、最短距離を踏破する私に敵は手をこまねいた。そしてそのわずかな隙をも走り抜けるだけの強化(バフ)が、今の私には与えられている。



 全身を濡らしながらも、水の壁を突破する。

 電撃によるダメージを受けた。だがそれも、【餓えたる月夜】がバフへと変換してくれる。削れたHPバーとバフが交換と思えば、釣り合いもとれていると言うもの。なんせ、HPは自動回復が働いてくれるのだから、死ななければ安い安い。


 背後で崩落する床の音を聞きながら、三人の魔法使いへと襲い掛かる。

 良い具合にエンジンがかかり、身体が思い通りに動く。テンションが跳ね上がっているのが実感出来た。全身を巡る血潮は炎のようである。


「ハハハッ、よし! 死ねえ!!」






♦️





 黒潮丸は焦りを覚えていた。

 人数差の有利が覆されつつあったからだ。


 なるほど。確かに練度の差はあっただろう。

 戦神のパーティは、モンスター相手に普段から連携を磨いてきた者たちだと聞いている。

 対極と言っても良い自分たちの耳にまで入るような有名プレイヤーであるのなら、人数で上回っていようと中々押し切れないことは予想の範囲内だ。


「っ……、クソ」


 焦りの原因は視線の先の男にあった。

 黒潮丸も知っている彼は、コロッセオでそれなりに名の知れたプレイヤーだ。

 強いことは知っていた。体感もしていた。

 それでも勝てると思っていた。



 黒潮丸は、ゼンザイが天井から落ちてきた時に感じたあの、胃の辺りでとぐろを巻いていた蛇のような悪寒を信じるべきだったのだ。

 あの瞬間、全力で潰そうと号令をかけた彼だが、その失敗を悔やんでいた。

 場当たり的な対処をズルズルとしたことで、たった一人を相手に未だに戦局は安定していない。



 三人がかりでの魔法攻撃も、どんな仕掛けか中央突破された。

 盾持ちが壁を作って追い込もうとしたが、力任せに殴りつけられて崩された。

 コロッセオで対戦した時には良い勝負をしたというプレイヤーが、何故か今は軽くあしらわれていた。


 今もそうだ。

 正面切って向かって来た相手に翻弄されている。

 何とか戦力は維持しているが、現状維持ではダメなのだ。

 二方面に戦線を抱えるのは難しい。いや、戦線なんて立派な言い方は合っていないのだが、戦力は集中させるべきなのだ。

 戦神のプレイヤーに全力を注ぐ。それが黒潮丸としての理想であり、本来描いていた絵面だ。


「……っ、クソ!」


 ──ゴシャッ。

 また一人、受け損なった奴が出た。ゼンザイの一撃は、まともに受ければ必死の域にある。

 どんな手品かは知らないが、コロッセオでも見せていない隠し球だ。




 戦場は流動を続けている。

 徐々に、だが確実に黒潮丸たちは追い詰められていた。

 プレイヤーの数もずいぶんと減ってしまった。四十を超えていたはずが、今では半分以下だ。


「冗談じゃない」


 かすれた呟きが黒潮丸の口から飛び出した。

 そう、冗談ではなかった。

 狭さによって機動力や連携が封じられていたとは言え、左右に分かれた十五人ほどが生き残った全てだ。パーティに直すと三パーティになるか。

 黒潮丸とNPCのお坊っちゃま、それからその護衛として二人いるのを合わせたものが、この場におけるエヘイエー勢力の全容となる。


 お坊っちゃまは何故か逃げなかった。

 黒潮丸としては逃げて欲しかったし、実際逃走を促したのだが拒否された。ここで死なれて今後のクエストに支障をきたすのは困る。消極的な対応になるが、どうにか守り抜こうと一番後ろに控えさせていた。


「……クソ」


 手詰まりの感が強い。

 このままでは遅かれ早かれ押し込まれる。それはもう予感ではなく、確かな未来の予測となっていた。


 逆転の一手が欲しい。

 黒潮丸はそう願った。


 コロッセオを中心にゲームをプレイする彼らは、特化したスタイルである。

 それなりに広い閉鎖的な空間で、一対一で、正面から向かい合って、よーいドンで戦う。

 その条件に合わせて自身のスキルやステータスを構築している。それが普通だ。ゼンザイのように、今の状況に対応している方がおかしい。


 そしてそんな普通な彼らは、戦局を覆すための大技を持ち合わせていなかった。何故なら、これまでにそんなものは不要であったのだから。




 援護をしようにも射線をとれず、黒潮丸は歯噛みする。

 こうも混戦では、下手な攻撃はかえって味方の足を引っ張りかねない。


 ソロ思考の強い面々の中で、黒潮丸含め数名はサポートを可能とするプレイヤーがいた。後方から支援や補助を可能とするスキルの持ち主は、パーティプレイでこそ輝く役割であり、コロッセオには不向きだ。それでも、そんなスキルを持っているだけあり、その数名は他者に合わせたプレイングの経験を有していた。


 だが、受ける側にはその経験が不足していた。


 他のゲームで連携を知っていたとしても、それは『OIG』での経験とはならない。

 近しい体験で補完をしたからと言って、結局のところ穴はあるのだ。現代文が出来るからそこそこ社会が出来るような、あるいは数学が分かるから化学を解けるような、そんな本業には及ばない互換性。

 それでは、チームプレイを積み重ねてきたパーティには届かない。


 事ここに至っては、黒潮丸に出来ることなど何も無かった。

 精々が声を張り上げて指揮らしき真似事をするだけ。それもどこまで意味のあることか。


「なんなんだよッ!」


 とは言えそれも、パーティとしての習熟度に裏打ちされた敗北であれば、仕方のないことだと飲み込めただろう。悔しさはあれど、理解は出来たはずだ。


「なんなんだよ、てめえは!」


 冷静さなどかなぐり捨てて、黒潮丸は吠えた。とうの昔にひび割れたロール(仮面)が完全に砕け散る。


 全てはあの男のせいだ。ゼンザイのせいで、盤面はかき回された。

 二対一で勝てないのは分かる。三対一でもまだ理解できる。だがそれ以上はおかしいだろう。


 有り得ないはずの光景が目の前で繰り広げられていることに、黒潮丸は怒りすら抱いている。






ご覧いただきありがとうございます。

評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。



一対一を繰り返しているとゼンザイは考えていますし、局所的にはそうなのですが、傍から見たらそう思えない。それ故に黒潮丸は羨望と嫉妬を抱き、そんな己を許せず怒りを燃やしています。本人は絶対に認めないでしょうが。




<秋霖流星大瀑布>

大量の冷水を浴びせます。水量がとても多く、うっかり直撃すると頸椎が折れる可能性も。状態異常『凍瘡』などを引き起こす強力な水属性魔法です。


<稲光白靂大権現>

雷光で形成された巨大な人形を突撃させます。ある程度の誘導が利き、速度も速いので回避は困難です。熟練者は防御をすかすようなテクニカルな動きも。状態異常『麻痺』や『感電』を発生させる強力な雷属性魔法です。


<パタタイアの瞳>

視線に強力な呪いを付与した闇属性魔法攻撃です。直接的なダメージの代わりに状態異常を複数引き起こします。ステータスへのデバフから、肉体への異常、感覚異常、スキルの封印など、様々な効果を与えられるため、使いこなすと相手を封殺することも可能です。




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