28.知性も暴力装置の1つ
「【衝撃注入】」
スキルを起動し、効果発動を待機させる。
発動待機にも随分慣れた。
初めの内には勝手に空撃ちしてしまったり、少しの接触で自爆したりもしていたが、今では九分九厘問題なく扱えるようになっている。
メイスを握り盾を構えて、相手の出方を伺う。こちらの狙いは勿論、攻撃を受け止めた上での反撃だ。私の定石である。
相手の剣士は出足が鈍った。
わずかな躊躇い。
待ちに飛び込むことを嫌ったのだろう。
正しい感覚である。罠が張られていると警戒して当然だ。
だが仕掛ける他に選択肢は無い。
牽制に遠距離攻撃を入れるか、敢えて火中に飛び込むか。二つに一つだ。
逡巡はさほど長く続かなかった。
5秒で決断を下した剣士は天晴れなものだろう。
「【エアブースト】【スーパースラッシュ】【両断】」
スキルを三重起動し、一気に攻める。それが彼の決断であった。
爆発的な加速で剣士が迫る。
見えてはいる。
正面からの直進だ。見えない方がおかしい。
それでもわずかに反応が遅れる。
メイスは振りかぶれず、盾を掲げるしかない私を見て、剣士は唇の端を吊り上げた。
音すら切り裂く振り下ろし。
大上段から落とされる必殺の刃に盾を打ち当てた。
「【スーパーガード】【スパイク】」
撃ち下ろしに対する軌道の関係で、【シールドスラム】が使えないのは実に惜しい。
だがそれでも、こちらのスキルも三重起動だ。
鐘楼など目ではない轟音が弾ける。
もはや音の爆弾に近いそれは、反動を容赦なく身体に叩き込んできた。
よろめきながら2歩ほど下がる。堪えきれなかったか。
左腕に残る痺れが私の結果。
そして。
ひしゃげた両腕が剣士の結果だ。
苦痛に呻き膝をつく彼を見下ろす。
無惨にも肉が内側から弾け、骨は砕けて腕の長さから変わってしまっていた。
「……ど、どう、……して…………?」
喘鳴とともに絞り出された疑問。
不思議に思うのも無理はない。
スキルの三重起動という点で、攻撃と防御の格は釣り合っていた。
ブラフに誤魔化されないだけの観察力も見せていたし、装備にもさしたる差はなく、武器の動きが上か下かのベクトルは彼に有利だった。
互角以上の勝負に持ち込んだと、彼は思っていたはずだ。
だが彼も直感的に理解していたようだが、スキルにはシナジーがある。
「悪いねえ。企業秘密なんだよ」
【スパイク】は貫通属性を攻撃に付与してくれるのだが、この貫通属性は相手のVITを減算してダメージ処理を行う。
そして、【衝撃注入】。こちらは相手のVITを参照して内部に直接ダメージを与えることが出来る。
恐ろしいことに減算したVITで【衝撃注入】の処理がされるようで、重ねがけをすると効果が跳ね上がるのだ。
加えて、【スパイク】の副次効果で発生した内部ダメージは杭の形をとる。
結果はこれだ。
熟れすぎた果実のように腕の皮が裂け肉が捲れて出てきている剣士の完成である。
使い始めた頃は産み出す惨状に多少なりともショックを受けたものだ。
胴に撃ち込んだらクリティカルが出たようで、相手が背中側から肉を撒き散らして弾け飛ぶ、なんてことも起きた。
スプラッタ映画もかくや、という光景には顔を青くしたよ。
『OIG』では即死は状態異常だ。
頭に穴が開こうと、お腹に穴が開こうと、足に穴が開こうと、穴の大きさが同じであればダメージ量は等しくなる。
異なるのは出血でのHP減少速度だ。重要器官ほどHPの減りが早く設定されている。
結論を言えば、HPさえ尽きなければ死なないのだ。足が捥げようが、腸が零れようがHPが有る限りは生きている。
ゾンビよりも生き汚く、往生際が悪いのだ。誰も彼も。
そこはある意味、現実に近いのかもしれない。
お陰で、肉を切らせて骨を断つ戦法もかなりポピュラーだ。私も使う。
剣士のHPが尽きるまで放っておいても勝てたが、あの状態で放置するのは気が引けたため介錯をする。
剣の代わりにメイスで、餅のように叩くだけだが。
ここがコロッセオでなければ、カルマ値はあっという間に下がっていたことだろう。と言うか、ここでなら普通の行いとしてあっさり受け入れられることの方が納得いかないかもしれない。
剣を持てなくなった剣士という飛べなくなった鳥のような悲しき存在に止めを刺し、試合は私の勝利で幕を下ろした。
これで96勝7敗か。
どうせなら敗北数を二桁に乗せないまま、勝ち星を三桁まで伸ばしていきたいところである。
というわけで。
地下街に戻ってきたものの、そのまま次の試合をエントリー。
今の試合は必殺の一撃を撃ち合う形だったが、次はどのような流れになるのか。少しばかり楽しみである。
──相対するは、鋼の鎧。
重装備に身を固めた巨漢は、大剣を右肩に担いで言った。
「我が魔剣を見よ!」
ああ、こいつは住人だろう。
ロールプレイングガチ勢の可能性もまだ消えていないが、この段階で魔剣なぞ持っているとは思えない。
「いいねえ。堪能させてもらうよ」
折角なので返答すれば、思っていた答えと違ったか。鎧は口ごもる。
ダメだよ。それは格好よくない。
同時にその反応から住人ではなかったことに気付く。NPCならばこの程度で動揺しないからだ。
この鎧、中身入りだ。なればこそ、ロールを貫き通せと言いたくもなるが。
試合開始の銅鑼に合わせて、盾を掲げて間合いを詰める。
鎧は大剣を担いだまま、仁王立ちだ。
これはかなりSTRに偏った構成に違いない。極振りは動きにくく扱いづらいから敬遠されているものだが、この鎧はその中でもとりわけバランスが悪いとされる筋力偏重型だ。
距離を詰めながら相手の隙を伺う。
全身鎧は良く出来たもので、関節部にまで丁寧なガードが施されている。これに剣や弓で挑むのはかなり手こずりそうだ。メイスで良かった。
十中八九、スポンサー産だ。つまり、奴は私と同じ立場と言うこと。
極振りでありながら住人に注目されるほどの成果を出しているとなれば、かなりの使い手だろう。
警戒レベルをさらに引き上げつつ、ステップを刻む。
力自慢に正面から無策で挑むほどの自信は無い。
脱力と加速、停止を織り交ぜてタイミングを計る。間合いの誤認を誘い、迂闊な一手を呼び込む挑発をかける。
繰り返せば繰り返すほどに効果は高まるものだ。
今のは行けたのではないかと、後悔で自縄自縛に陥り、比較できないはずの過去と重ねて機を錯覚する。取りこぼしたチャンスに焦り、目の前を過ぎ行く餌に食い付きたくなっていく。
鎧ににこやかな笑みを向け、攻撃したいその気持ちを煽る。
鎧も理解している。
攻撃を仕掛ければ後手に回ることを。
主導権は私にあるのだ。盤面は私の思考で進められている。受けるのは良いが、受け手になってはいけなかったのだ。
彼が取るべき手は1つ。
仕切り直しだ。
間合いを空けて、戦いの流れを彼が主体になって作り直す。
だがここで、彼の個性が足を引っ張る。
STR極振りの速度では逃げられない。
私のAGIも低いが、彼はそれをも下回っているようだ。
逃げの一手を打たない時点で明白だった。
全て察した上で、挑発をし続ける。
いやらしい戦い方だが、勝てば官軍。
戦うなら相手の弱みにつけ込むに限る。
徐々に鎧がこちらの動きに反応をし始めた。
ピクリピクリと大剣の先が揺れる。
我慢が出来ないと、戦意が滲み出し空気がひりついてきた。
ああ、もうすぐだ。
これからが山場だ。
最も緊張が強いられる一瞬がやって来る。
これをうまくやり過ごさなければ、挑発にかけた時間は全て水泡と帰す。
わずかにだが、鎧の肩に乗せていた大剣が持ち上げられた。
来る。
来る。
まだ。
まだ来ない。
まだ。
まだ来な、──来た!
「【衝撃注入】【スパイク】!」
大剣の動き始めに合わせて強く踏み込んだその足でスキルを発動させる。
効果対象は地面。【スパイク】によって指向性を持たされた衝撃は、私の足元から前方に向けて床の表層を吹き飛ばす。
「……むぅっ!!」
鎧はまるで躊躇うことなく、その手にある大剣を振り下ろした。いくらか砂をかけられたくらいで戸惑うことなどないからだ。
だがその剣の先に私はいない。
踏み込みはフェイク、スキルは目眩まし。私の狙いは、彼の間合いに入り込むこと。
向かって左側に立つ私を、右手の大剣で捉えるのは容易ではない。
「王手さ」
鎧の顎を盾でかち上げながら言う。
獣が恐ろしいのは自在に動けるからだ。
鎖に繋いで自由を奪ってしまえば、その恐ろしさは愛玩動物にまで成り下がる。
これもまた、そういう話だ。
どれほどの力自慢であろうと、策に嵌めてしまえば抵抗を許さない。
焦らしにかかった時間よりも、鎧のHPを0にする時間の方が短かった。
VITにもあまり振ってなかったのだね。本当に清々しいまでの極振りだ。
策に嵌めるまでの緊張感はとても楽しいものだった。
満足しつつ、地下街へと転送される。
さてさて、次はどんな相手に当たるだろうか。
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