29.磨き上げた技量は大抵のものを踏み潰す
こちらは8敗の方。
「おお!
このタイミングで君か」
「まあ、そろそろ当たってもおかしくはないけどねえ」
狭かった試合会場の箱も、勝ち続ければアップグレードされていく。
天井も奥行きも三倍以上に拡張された、広い箱の中で2人向き合う。
次の相手は、ツバメになりたいだった。
よく知る相手であり、恐ろしい手合いでもある。
普段と同じスーツを模した服の上から戦闘用のベストを着ただけの格好で、長剣を携えた彼は常と変わらぬ余裕を纏っていた。
涼しい顔をしている。
にこやかな笑みを湛えてすらいた。
私を舐めているわけではない。
既に2度やりあった仲だ。互いに実力も把握し合っている。
ただ、彼は己れの強さに絶対の自信があるのだ。
これぞ天下無双の剣よ。彼はそう嘯いていた。
それが強ち、騙りとも言えないほどに冴えた剣の腕。
近接戦闘においては負け知らずのサムライ擬き。
速さのみならず巧さで相手を膾にする彼は、コロッセオ勢のトップ層でも指折りであることを皆が知っていた。
「今度こそ勝つよ。覚悟、出来てるかい?」
「うむ、良い気迫だ!
でもそう簡単には負けないよ」
2戦2敗。
それが彼との戦績だった。
1度目はコロッセオで。
盾をすかされ一方的に斬られた。
2度目はフレンド登録をした後に決闘モードで。
こちらは手数に押し切られて、HPを削られてしまった。
コロッセオの成績には含まれないが、私の心に深く刻まれた敗戦だ。
成長はあった。収穫もあった。それでも地力が足りなかった。あれはそういう負け方をした。
二度あることは三度あるか、はたまた三度目の正直となるか。
トントンと軽く地面を蹴る。
学生時代のテストにも似た緊張を覚えていた。
胸の高鳴りとチリチリとした焦りとわずかな強張り。
息を整える。
ツバメはもう臨戦態勢だ。
長剣を正面に構え、落ち着き払い、冷たい空気を纏っている。
触れれば切れる刃のようで、普段の明るさは鳴りを潜めていた。
銅鑼が鳴った時、先に動き出したのはツバメだった。
滑るように間合いを詰めてくる。
その速さ以上に、動きの読めなさが厄介だ。
袴でなく足袋でもなく、ズボンに革靴であると言うのに起こりが全く見てとれない。
間が抜け落ちてしまったように、気付けば既に剣の届く所に居た。
驚嘆すべきはその技術か。
近い動きを可能にするスキルもあるだろうが、ツバメはそんな物に頼らずともこれくらい容易く行えた。
軽く打ち出された長剣が、伸びるように額に迫る。
盾で受ければ表面を静かに撫でて通り過ぎ、下から跳ね上がって首への突きに変わった。
避ければ振り下ろしに、弾けば薙ぎ払いに、受け止めれば押し込んできて、堪らず下がれば遠間からでも撃ち込んでくる。
正に変幻自在。
静と動が絶え間なく切り替わり、緩急を織り交ぜて刃が四方から襲い来る。
防ぎきることなど出来やしない。
クリーンヒットを出さないことが精一杯だった。
肩口から振り下ろし、続けて足元を払い、腕を折り畳んでからの突き。一度で止まらず、二度三度。頬を掠めた。四度目の突きを盾で弾こうとすれば、絡めとるように腕を切り飛ばしにくる。
慌てて腕を引けば撃ち下ろしに転じて、長剣が脳天へ。光の尾を引いて刃が眼前を通り過ぎる。
剣風だけで斬り殺されそうだった。
ある時は吹き荒れる嵐のように。またある時は春のそよ風のように。はたまた、刺すような冬の寒風のように。
スキルを発動する?
無理は言わないでくれ。
そんなことをしていては次の瞬間にはお陀仏だ。
盾だけでは防げやしない。メイスも盾代わりにして、どうにか攻撃を逸らし弾き凌いでいく。
撃ち合わせる度に装備の耐久力が削られていくのが手に取るように分かる。直に破壊されてしまう。
恐ろしいことに、彼はほとんど全ての攻撃をクリティカルにし続けていた。だからこそこちらにだけ強いられる消耗。
盾が軋み、鎧には幾条もの傷が刻み込まれた。
パッシブの強化系スキルだけでこの芸当が可能になるだなんて、実際に目にしていても信じられやしなかった。
何かとんでもない仕組みが、種や仕掛けがあってほしいと願ってしまう。
真横に振り抜かれた剣を屈んでやり過ごす。沈み込んだ身体を戻す勢いで後ろに跳び、強引に間合いを放す。
正直なところ、賭けであったがツバメは追ってこなかった。
さらに2歩下がる。
警戒心を剥き出しにした私に対して、ツバメは朗らかに言った。
「すごいな。さすがだよ。
もうこのレベルの動きでは通用しないなんて」
「……いやいや、そいつは過分なお言葉だねえ。どうにかギリギリで耐え凌いでいるだけさ」
ふふ。とツバメが笑みをこぼす。
何か面白い冗談でも言ったと思われているようだ。
勘弁してほしい。こちとら大真面目である。
彼の口振りから察するに、ここからさらにギアを上げていけるに違いない。
となれば、キツイどころの話でなくなってくる。
──反撃に出なければ。
守るだけでは勝ちは掴めない。
そんなことは百も承知である。
だが反撃の必要性を理解しながらも、差し込むことの出来るタイミングが分からなかった。
いや、そもそもそんなチャンスがあったのだろうか。
踊るような刃は休止のタイミングを悟らせてくれず、動作の小刻みな加減速が私の読みをずらしてきていた。
分かっていたが、技量において完全に上を行かれている。
ツバメがおもむろに構えを変える。
それまで正面にあった長剣を右側に。
左半身を前に出して右半身を引き、切っ先をこちらに向けながら剣を肩の高さで水平に寝かせている。
突きを主体とするのだろうか。
レイピアを使っていた相手と、構えの感じが似ているように思える。
穏やかな顔つきは変わらない。
だがこれまでの誰よりも圧迫感が強かった。
涼やかでいながら鋭く、平和的なのに剣呑な目をしている。
まだ剣が届くような距離ではないと言うのに、喉元に突きつけられているように思えてしまう。
──大きかった圧迫感が、あるいは存在感が唐突にぶれた。
そんな気がした。
反射的に盾をかざす。
それと全くの同時。顔の前に盾を出した瞬間。
視界の端に映った銀光。
盾を叩く衝撃。
防御ごと右へぶっ飛ばされる。
攻撃されたことを遅れて認識した。
一瞬で踏み込み、ツバメは長剣を首目掛けて振るったのだ。
死んでいた。
間違いなく死んでいた。
この首がまだ身体についているのは、防御が間に合ったからではない。
ツバメの武器が長剣だからだ。
あれが本来の得物であれば。
刀を振るっていたのなら。
防いだ盾もろともに、首を落としていたに違いない。
追撃はなかった。
なぜなら、既に勝負は決していた。
ガラン。
金属の塊が私の足元に落ちる。
盾だ。いや、もう盾ではない。
それはツバメに切断されてしまっていた。だからこれはかつて盾だった物だ。
辛うじての防戦を成り立たせていた盾の喪失。
一手。
たったの一手だが、何よりも欠けてはいけない一手が失われた。
最早、万に一つも勝ち目など無い。
メイス片手に敗北を悟る。
それでも、投げ出すことはしたくなかった。
「ハハハッ! まだまだぁ!」
──47秒。
HPを削りきられるまでに、かかった時間はそれだけだった。
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刀はまだ粗悪品しか手に入らないので、ツバメになりたいは仕方なく長剣を使っています。
魔法攻撃への対抗スキルを持たない頃に遠距離から撃たれて8敗しましたが、今ではステータスも上がって魔法の準備中に剣が届くようになっています。上のレベル帯に行かなければそうそう負けない感じです。




