21.燃えないゴミ
コンパクトにメイスを振り抜く。
胴を叩き潰されて、ワジリがまた1匹ポリゴンへと変わった。
飛び掛かってきた所に盾を合わせて、そのまま木に叩きつけて押し潰せばまとめて2匹がポリゴンとなった。
森の中にはワジリの大群がいた。
足元、木の上、土の中。羽虫なのだから土には潜るな、そう叫びたくなる。
そこら中に、それこそありとあらゆる場所にいた。
集合体恐怖症、あるいは虫嫌いなら発狂ものではなかろうか。人の顔ほどに大きな羽虫が、うぞうぞと集まり蠢いている。その群れた塊は波うち、揺らめき、わさわさと蠕動した。
私とてしっかり焦点を合わせて見ようとすると、その気色の悪さに背筋が震えた。
繋いだままのパーティ通話では、シフとセイロンの絶叫が響き続けている。
提案したオクタウィ臼ですら、1度は撤退を口にした。
だがもしこの大群を村で迎え撃っていたとしたら、横に流れて、あるいは上空からさっさと村への侵入を許してしまっていたことだろう。
オクタウィ臼の話に乗って、森に突入したのは正解だった。
私たちが先に襲いかかったために、ワジリの群れは統率が乱れている。すぐ近くの私たちへの対処を優先して、村への襲撃に移れないようだった。
足止めをしながら、個の性能差によって数を削る。
作戦は成功していた。もっとも、奴らは少々削られたくらいでは勢いが衰えないほどの数と知性であったが。
ウンカに似た虫のようなモンスターであるワジリは、個体としてはものすごく弱い。それはもう呆れるほどに弱い。これよりも貧弱なモンスターは実装されていないことだろう。
攻撃は体に取りつくことしか出来ない上に、その速度も遅い。外骨格はひどく柔らかく、薄い羽は少しでも物に触れれば飛行能力を失ってしまう。
それこそ、群れの中を走り抜けるだけでバタバタ死ぬ。それほどに脆弱な、恐れる必要の無いモンスターだ。
そのワジリの唯一と言って良い脅威が数であった。
今森に集まっているように、爆発的に増える。
奴らは草に、木々に、生き物に取りついて生命力を吸い上げていくのだが、取りつく数が増えれば増えるほどその吸い上げる効率は上がっていく。
放っておいて良いなら、知らぬふりをして帰りたい。そう思わせる地獄が顕現していた。
森の縁近くまで木々は枯死して、脱け殻のようになっている。草も土もボロボロだ。心なしか、湿度も低いように感じられる。生き物の姿などあるわけがなかった。動くのはワジリだけだ。
ワジリのいる場所は、既に全て絞り尽くされた後だった。
「えぐいクエストだねえ」
これを村にまで行かせてはならない。
クエストの失敗が洒落にならない結果を招くことは、火を見るよりも明らかだった。
ぼやきながらも身体は動く。
ワジリ1体1体は冗談のように弱い。だが、その物量によって処理するよりも先に、身体に取りついてくる奴はいる。
それらを払い落としながらスキルを使う。
「【ハイヒール】」
コロッセオよりも活躍している。
もう何度繰り返したかも覚えていない。
他のどのスキルよりも使用していたことだけが確実だ。
ワジリを倒すのにスキルは要らなかった。必要なのは数よりも手数、あるいは範囲だ。
当てさえすれば倒せる。
初めは新鮮な感覚に心が浮き立ったが、5分もせずに落ち着いた。的はうんざりする程にいるからだ。
雑草を抜くのと、気持ちの面では大して差がない。
黙々と進める作業だ。そこに楽しさは無い。
いや、目に見えて成果の出る雑草抜きの方がまだマシだ。ワジリは次から次へと寄ってきて、常に視界を塞いでくる。どれだけ減ったかなど分かろうはずがなかった。
メイスを振るう。
ワジリが消える。
空いたスペースをワジリが埋める。
メイスを振るう。
ワジリが消える。
空いたスペースをワジリが埋める。
メイスを振るう。
ワジリが消える。
空いたスペースをワジリが埋める。
ひたすらにその繰り返しだ。
飽きを防ぐために時折スキルを挟むが、正直それも焼け石に水。もう、うんざりしていた。
世のプレイヤーはこんな大変なことをしているのかと感心する気持ちと、そんなわけないだろ加減しろと運営に呆れる気持ちとが半々だ。
──コロッセオに籠っている方が良い。
どうしたってそんな風に思ってしまう。
ワジリを処理する。
一振り一殺どころではない。2匹も3匹もまとめて死ぬ。
いかに効率的に群れ目掛けて手足を振り回すか。それがこの作業では重要だった。
コロッセオでは、まったく何の役にも立たない技術である。
HPの残量に気を使っていれば危険など1つもない。本当にただの作業でしかなかった。
MPもまだまだ余裕がある。10回も20回もスキルを無駄撃ちすれば話は別だが、このペースなら回復だって間に合うはずだ。おそらく。
いや、どうだろうね。
総数が分からないから、終了までの予測がつかない。
それでも作業の手は止まらない。
意識は余所に向いていて、思考もあちこちに飛んでいる。それでも身体は動き続ける。
『なんで武器持たねえんだよ』
ふと浮かぶ、森へと駆ける道中の言葉。
シフが投げかけてきた単純な疑問。
『盾より剣の方が強いだろ』
──そうでもないよ。
そう答えた後、すぐに森へと入って分かれたために細かく答えられなかった。
ワジリの群れと遭遇してからは雑談をする雰囲気でもなく、この話は宙ぶらりんになってしまっている。
剣は意外と考えることが多い。
その点、鈍器は楽で良い。敵を叩けばそれで話は終わりだ。
──剣を持ったところで、それほどダメージは出せないだろうしね。
二刀流にもいくつかタイプがある。攻撃、移動、防御、手数。どれに偏らせるかで動きは変わる。
私の動きに寄せるなら防御型の立ち回りをすれば良い。
出来る出来ないだけで言えば。
それは私にも出来る範囲のことだ。
だが、意味があるかと問われれば。
それに意味など有りはしなかった。
結局、盾の代わりに剣を使うとして、剣を盾のように使うのであればそれは何も変わったことにならないからだ。
盾を使って攻撃することもある。受け止めずにいなしたり、カウンターを置いたりもする。それは武器を使ってやった方が良いことに間違いない。
だが、私にとってそれらは選択肢の1つに過ぎないのだ。あくまで、手札として持っているだけでしかない。
それに。
──思っているほど、皆動かせていないんだぜ。
利き腕とそうでない腕の差は、かなり大きい。
それは操作性だけの話ではない。筋力もそうであるし、リーチそのものが僅かながらズレている。いやそもそもの話、形自体が異なるのだ。決して鏡写しのようにはなっていない。
『OIG』はゲームであるから、さすがに再現には限界がある。そこまでの違いは落とし込まれていない。だが、成長の過程で得た感覚とは根強いもので、自分の身体ではないものを自分の身体のように動かそうとする中でひっそりと浮かび上がるのだ。
ズレているものを動かす感覚が、実際とはズレた入れ物で働きかけてくる。二重のズレは、ゲームだからという認識に隠されている。しかし、確実に存在していた。
──気付いたのは最近だけどね。
振り抜かれたメイスによってワジリが爆散する。
踏み込むと、微細な抵抗感と肉を踏み締める感触が足を通して伝わってくる。
ばら撒かれるポリゴンが目に痛い。
鬱陶しい。
……範囲攻撃があれば。
そう思ってしまう。
あるとコロッセオでも活躍しそうな気はするが、残念なことにセットできる枠が無い。
乱雑にメイスを振り回していると、パーティチャットに報告があった。ツバメになりたいからだった。
通話ではもう絶叫しか聞こえないため、確実性をとった良い判断だ。
それは、簡潔な内容だった。
『ボスが出た。救援求む』
ご覧いただきありがとうございます。
評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。
ウルトラ平成三部作を見ると、モンスターの元ネタが分かるかもしれません。あちらはイナゴと呼ばれていましたが。
次回、ボス戦です。




