22.サービス開始一週間記念クエスト
「【チャージ】!」
3度目の発動。
ワジリを轢き潰しながら、ミニマップを頼りにツバメのいる方へと駆けていく。ポリゴンをバラ撒いて一直線に、流星のように。
こうして広い空間を移動するために使っていると良く分かる。
このスキル、私の戦闘スタイルとはあまり噛み合っていない。
速く動けるのはとても良かった。
直線にしか進めないのは、まあ、仕方のない話だろう。上位のスキルになれば改善されるのではなかろうか。そう思うと納得がいく。
突進した後に動きを止めずに戦うタイプならきっと上手く使いこなすのではないだろうか。
そしてそれは、足を止める私とは真逆と言って良い。
「……これは、収穫と言って良いだろうねえ」
あまり嬉しくはないが。
街へと戻ったらスキルの調整をしよう。
範囲攻撃系のものに付け替えたい。
自分でも驚くほどにあっさりと見切りがついた。それほど拘りが無いからだろうか。
前方正面やや左側から人の声や何かの叫び声、破壊音が聞こえてきた。
いよいよ近いようだ。
しかしツバメに余裕がないのか。敵の情報がまったく入ってこないのが気がかりだった。
メッセージを見る暇は無いようであるし、通話から漏れ聞こえる声は明らかに焦っている。
ボスが出た。彼はそう知らせてきた。
それは一目で分かるような違いがあったのだろうが、果たしてどんな────。
「ッ、なあっ!?」
木々の間をすり抜けて飛び出してきたのは、メッセージの送り主であったツバメ。
そして。
群がるワジリごと森を削る、巨体が迫る。
「【シールドスラム】!」
咄嗟に、受け止めようとしてしまった。その瞬間に己れの失敗を悟る。
ワジリによってグズグズにされてしまった地面は、その衝撃を受け止められるだけの強度がなかったのだ。
【パーセバランス】は踏ん張る動きに補正をかけてくれるが、そも足場が崩れるような状況はサポート外である。
巻き込まれる形で吹き飛んだ。
天地が2度3度と入れ替わり、視界が滅茶苦茶になる。土に塗れ、装備の中に入り込む不快な感触。毛の塊に弾き飛ばされ、地面を跳ねてようやく止まった。
身体はまったく動かせない。
失神。
肉体系の状態異常の1つである。
身体を動かせず、視界も失われる。コロッセオでかかったのなら、その時点でほぼ敗北が決まったようなものだ。
【キュア】で解除は出来るのだが、如何せん1人しかいないのであれば発動のしようがない。
出来るのは思考を巡らせることだけだ。
暗闇の中で、衝突の直前に見た物を思い出す。
茶色い何かであった。触れた感じ、毛のようなもので覆われていて、ずっしりと重い筋肉が詰まっていた。
そう。密度だ。
森を蝕むワジリは、その密度がひどく軽く感じた。感触は似ても似つかない。
ワジリと茶色い何かには関係こそあれど、関連性は無いのではないか。そう直感する。
聴覚が戻ってきた。
地面を揺らす振動が、横たわった身体に響く。
「早く起きろ!」
ツバメが焦っている。
その声を聞くと無性に可笑しくなってしまうのは、少々意地が悪いだろうね。
指先にまで血が通い、視界が緩やかに復帰する。
失神が回復した瞬間、跳ね起きてツバメの声から遠ざかるように転がりながら離れれば、範囲攻撃だろうか。
轟音とともに土が巻き上げられた。
周囲には数人のプレイヤーの姿がある。
オクタウィ臼もジマーマンも到着していた。
そして、土砂の向こうにボスを見た。
目が合った。
その造形はワジリとよく似ていながらも、決定的に異なる点が2つあった。
1つは、サイズ。
ワジリは人の顔ほどの大きさだった。最大でも広げた手よりも一回り大きいくらいのものだった。
だがこいつは違う。体高は成人男性の身長に迫り、羽根の端から端は乗用車ほどにもなろうか。
怪物である。
正しくモンスターだった。
そして、もう1つが目の輝きだ。
奴はこちらを認識している。
命を吸い上げることしか頭になかった羽虫と違い、明確な思考力がある。
知性の輝きだった。
害意を持って敵対していることが一目で理解出来た。
『ワジリランデ』。
敵対アイコンの上に名前が表示された。
レベルやHPの残量は分からない。【鑑定】系のスキルを持っていないからだ。
戦闘系のスキルに絞ってきた弊害がここに出ていた。
仕方ないね。納得した上での構成だから。
まあ、いい。問題は今も暴れているモンスターである。
なるほど。これがボスでないならもう諦める他あるまい。そう思わされた。
森を襲い、村を飲み込もうとする小型のモンスター。それらをまとめる首魁として、大型モンスターが出てくるのは腑に落ちる話だ。
そして、その強大さ。
見るのもうんざりする羽虫の形をしながら、呆れるほどに強い。魔法のような攻撃を周囲に撒き散らし、その柔らかそうな腹ですら刃が通らない頑丈さを誇っている。
「何だよ、こいつ!」
とあるプレイヤーの怒りに満ちた声。
それがこの場にいる全員の思いを代弁していた。
タイミングを見計らい、メイスを叩きつけてみてもまるで効いている実感がなかった。
ワジリなどとは手応えがまるで異なる。砂の詰まった袋を叩いたような感触。
反動に手が痺れる。
見れば他のプレイヤーも似たような感じだった。
普段から打撃武器を扱っている者は私と変わらない様子だが、剣のような刃物を扱うプレイヤーは初めての感触に戸惑っている。
ならば。と薄い羽根を攻撃するも、身体以上の硬度に叩いたメイスの方が悲鳴を上げた。
武器が保たない。その前にプレイヤー自体に限界が来そうだが。
「下がれ!」
唯一助かる点は、大技の予備動作が分かりやすいことだ。
合図に従い後ろに引けば、突風が吹き荒れた。
風を攻撃に使ってくるが、それを放つ前に回避出来るためどうにか戦闘が成り立っていた。
「弱ってるよ」
ツバメはそう言った。
最初の頃はこんなものではない暴れようだったらしい。
それを、森の主とともに食い止めていたそうだ。
……その森の主も、もういない。
咄嗟に放った【シールドスラム】。あれで受け止めようとしたのが、攻撃を食らってぶっ飛ばされた森の主であった。
そして、運悪くあの一撃が致命傷になったようで、既にポリゴンになって消えていた。
戦犯である。
このまま負ければ大戦犯である。
クエストが失敗すれば大大戦犯だ。
事故だったとは言え、焦る気持ちがこんこんと湧き出す。
どうにかワジリランデに傷をつけようと、懸命に武器を振るう。
腹もダメ。羽根もダメ。ならば狙えるのは頭だが、位置が高く狙いにくい。
さすがに、正面から近寄ることは許してくれそうにない。
作戦を変更し、関節を狙っていく。
盾も合わせたテコの原理でへし折りにいくのだ。
ワジリランデに群がり、一斉に退いて攻撃をやり過ごし、再び集まって攻撃を当てる。
そんなやり取りが、数度繰り返された。
プレイヤーは何人も死んでいた。
死に戻ると村に残っていたプレイヤーを引き連れてやって来て、そしてまた死んだ。
ワジリランデも必死に抵抗する。
風の魔法が避けられることを学んだのか。どんどん使わなくなり、代わりに体当たりやストンプが増えた。
足を振り回して、羽根をバタつかせてどんどんプレイヤーを屠っていく。
ボスだけあって火力は凄まじく、殆どが一撃で死に戻った。
私も盾が無ければ即死だったろう。盾越しでもHPは8割以上持っていかれた。
プレイヤーはゾンビのように、死に戻っては戦線復帰を繰り返す。粘り続ければ、おそらく勝てる。このまま、殺され続けながらの持久戦に堪えられれば、の話だが。
1人。2人。3人。と徐々にプレイヤーの数は減っていった。
何か予定があったのかもしれない。
ログイン制限が出た可能性もある。
だがおそらくは、飽きてしまったのだろう。
分からない話ではない。
私だって、やらかしていなければ早々に諦めていた。現時点では無理ゲーだと投げていた。
確かにワジリランデは弱りつつあった。
HPがほんの僅かにではあるが、削られていくのが感じ取れた。
同時に、すぐには倒せないこともハッキリ分かってしまった。
誰の心にも、リタイアの文字が浮かんでいた。
まだ止めていないのは、意地であったりタイミングを探っていたりしていたからだ。
集中力の限界が訪れていた。
その時だった。
「──────────、抜剣」
遠く後ろの方から、何かが聞こえたような気がした。
反射的に右に跳ぶ。
何かが。
鋭い何かが。
何かが迫っている。
避けろ。でないと、巻き込まれる。
シュッ、という擦るような音。あるいはガスが抜けるような音が聞こえると同時に、恐ろしい速さで何かがすぐ近くを通り過ぎた。
ワジリランデの動きが止まる。
そのまま、中央から2つに分かれながら崩れ落ちた。
大量のポリゴンが爆散する。
その爆心地に立つ、1人の人物。
「……いや、参ったねえ」
誰だかは知らない。初めて見る人物だ。
だが、彼が何者かは分かる。
住人だった。
「救済措置万歳って感じかあ」
身体から力が抜ける。
その場に座り込んでしまったが、他のプレイヤーも結構な数が同じような様子だ。
大山鳴動して鼠一匹。
これ多分、住人たちだけでもどうにか出来た話なのではないかね。
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クエストクリアです。
正規のcルートでした。一番評価が低いルートですが、失敗よりはかなりマシです。




