#050「ルビコン」
@クローク
不動「分かってて、あんな今生の別れみたいな台詞を吐いたのか?」
大日「盛り上げようと思いまして。ゴメンナサイ」
不動「ちっとも済まないと思ってないだろう。満面の笑みで答えやがって。――それから、もう一点。酒呑に呼びに行かせたことを、どうして事前に知らせてくれなかったんだ?」
大日「サプライズですよ。知らないままのほうが、喜びも一入かと思ったんです」
不動「心臓に悪いから、二度と同じ真似をするな」
大日「あまのじゃくから演技無しの本音を引き出すには、ひと芝居打つ必要があると思いましてね。『ローマの休日』の新聞記者にでもなった気分です」
不動「真実の口か。俺は、アン王女じゃない」
大日「そうですね。どちらかといえば、手を齧り取る海神トリトンのほうですね」
不動「片手に歯形を残してやろうか?」
大日「メモ書きのこと、まだ根に持ってるんですか? もう許してくださいよ」
不動「そんなこともあったな。忘れるところだった」
大日「思い出させてしまいましたか。こういうとき、己の記憶力の良さが憎いです」
不動「それは、さておき。さっきから、俺の話ばっかりだけどさ。支配人のほうこそ、どうなんだよ?」
大日「どう、とは?」
不動「これまで散々ノラリクラリと逃げられてきたが、今日こそハッキリさせてもらおう。お前、鬼子に対して気の無いフリをしてるだろう。どうだ?」
大日、聞かなかったフリをし、黙々と番号札を整理する。
不動「何とか言えよ。また、お得意のダンマリか? あいにくだが、黙秘権は認めないからな。黙っていれば、いずれ諦めてやり過ごせると思うな。言わないなら、教えてやる。支配人は、変わるのが怖いだけだ。言い訳ばっかり。理論武装して、詭弁を弄して、誤魔化してやり過ごそうとしてる臆病者だ。ヘタレ支配人。弱虫ヤーイ」
大日「いい加減にしてください!」
不動「スマイルゼロだな。やっと本性のお出ましだ」
大日「私には、わからないんですよ。恋に憧れて、恋に恋してるだけの勘違いかもしれない。鬼子さんのことを、上辺だけで判断してしまっているかもしれない。私に付き合わせることで、思わぬ迷惑を掛けてしまうかもしれない。本当の恋心ではなくて、安っぽいメロドラマに影響されただけの独り善がりに過ぎないのかもしれない」
不動「待て、待て。一旦、そこまでで止めてくれ。何で、そんな手遅れになるまで相談してくれなかったんだ、このスットコドッコイ! 俺たちは、ズッ友だろう?」
大日「マブ達と同じくらい古い言い回しですね。ナウなヤングに通用しない死語の世界の言葉ですよ。私の恋心は、そこまで拗れてますか? 進行度合いをステージゼロからフォーまでであるとすると、どの段階でしょう?」
不動「ステージフォーだ。俺が断定してやる。支配人が心に懐いているのは、明らかに恋と呼ぶに相応しいものである! いい加減、火の付いた蚊取り線香みたいにグルグル回る、恋愛デフレスパイラルから脱け出せ」
大日「そう、アッサリ言わないでくれますか? 具体的に何をすれば良いというのですか? 毎朝、御御御付を作ってもらえばいいんですか? 一緒の苗字になればいいんですか? 同じ墓に入ればいいんですか?」
大日、不動に詰め寄る。
不動「ハイハイ、一時停止しろ。俺がヨシと言うまで再生するなよ? いいな? ――お前が何を参考にしたか、よーく解った。あのな、支配人。それらは全部、フィクションだ。新学期の初日に寝坊してトーストを銜えたまま走って、うっかり転入生とぶつかることもなければ、階段から落ちてきた転入生と額同士をぶつけて、そのまま人格が入れ替わることもない。書物から目線を上げて、ありのままの現状を直視して、そして受け止めるんだ! 文字の海に逃げるな!」
不動、両手を大日の両肩に置き、瞳をジッと見つめる。
大日「……いいでしょう。正面から向き合ってみせますよ」




