#046「オカエリ」
@フロントエントランス
不動「そのうち、ひょっこり帰ってくるじゃないか、……なんてな。来るはず無いよなぁ」
真理「不動さーん」
不動「ハハッ。とうとう、幻聴が聴こえてくるようになったか」
真理「不動さんってば。聞こえて無いんですか? 雨音でかき消されるような場所じゃないですよ。無視しないでください。もぅ!」
真理、不動の前に回り込む。
真理「わたしのことを、お忘れですか?」
不動「川添! お前、何でココに?」
真理「不動さんが落ち込んでるっていうから、土砂降りの雨の中、半ば強引に連れて来られたんです。予定より、ずっと早く帰って来たんですからね。感謝してください。――ヒャッ!」
不動、真理を抱きしめる。
不動「川添には、先に謝らなきゃいけないことがある。清々するとか、長居しすぎだとか、さっさと帰れとか、そんな気持ちは、これっぽっちも無かったんだ。心にもない嘘を吐いて悪かった」
真理「不動さん。わたしも、言わなきゃいけないことを言えずに還ってしまったの。だから、いま言ってしまうわね。わたし、不動さんのことが、どうしようもないくらい好きなの!」
真理、荷物を床に落とし、不動の背後に腕を回す。
不動「アァ。俺も、まったく同じ気持ちだ。一瞬、一刹那だって離れたくない」
賀茂、柱の影から出現。
賀茂「見せつけてくれるね、両氏」
真理「賀茂さん!」
賀茂「話は全部聞かせてもらったよ。イリュージョン大成功というところだね」
不動「ゲッ。神出鬼没だな。いつからそこに居たんだ?」
不動、抱擁を解く。
賀茂「そのうち、ひょっこり帰ってくるじゃないか、という下りからだよ」
不動「最初からじゃないか」
賀茂「いかにも。――ところで、川添氏。道祖神の石碑と朱塗りの鳥居は見つけられたかね?」
真理「ハイ。駅前の交差点にありました」
賀茂「何か書いてなかったかね?」
真理、足元の荷物から手帳を出す。
真理「紀元二千六百年記念、庚午郡淀谷川村とありました。でも、どういう意味だか、わたしにはサッパリです」
賀茂「そうだろう。紀元というのは皇紀のことで、西暦に直せば一九四〇年のことだ。しかるに、その二つが建立されたのは戦時中ということになる。そして戦後、村の名前は市政移行に伴う合併で消え、淀谷川は高度成長期に暗渠化されてしまった。だから、ピンと来ないのも無理もない話だ」
不動「現世の淀谷川は、蓋をされてしまったのか。葦が生え並び、花が咲き誇り、蝶や鳥が戯れる、静かな清流だったというのに」
賀茂「街は生き物だからね。時代につれて姿を変えていくものだよ」
真理「現世に来たことがあるんですか、不動さん?」
不動「いやいや。お客様や賀茂から聞いた話を総合しただけだ。実際に、この目で確かめたことは無い」
賀茂「屋号の由来だというのにね。クックック」
真理「アッ! そういうことか」
*
@ロビーラウンジ
――鵲橋の言い伝えには、続きがある。ひとたび橋を往来せられし此世の者、以後、彼此を勝手自在に往来すこと能うなり。
大日「つまり、旧庚午郡内にある鳥居を潜れば、いつでも常世へ来られるということです。私の話を最後まで聞かないで遮るから、とんだ思い違いをしてしまっていたようですね」
弥勒「まさか、不動さんが誤解してるとは思わなかったな」
修羅「オイラは途中から気付いてたけど、面白いものが見られると思って訂正しなかった。イテッ」
不動「まったく。ヒトの気持ちを弄びやがって」
真理「まぁまぁ、不動さん。こうして、いつでも会えるようになった訳ですから、喜んでくださいよ」
大日「往ったまま還って来られないものだとしたら、頻繁に往来してる賀茂さんに対する説明が付かないではありませんか」
弥勒「冷静になって考えれば解りそうなものだけど、気が動転してたんですね」
修羅「恋患いって奴だな。イテッ。何で、いつもオイラだけなのさ」
不動「ひと言余計からだ。――賀茂の場合は、妖術かなんかだと思ってたんだ」
賀茂「小生に出来ることは、奇術の域を出ないよ」
賀茂、ソファーの背面から顔を出す。
不動「ウワッ、出た。帰ったんじゃなかったのか?」
賀茂「ヒトを妖怪か幽霊みたいに扱わないでくれたまえ。今日の小生は、先約の通り、お湯をいただきにあがったのだからね。それを果たすまでは帰らないよ。――さぁ、川添氏。風邪を引く前に、湯殿へ急行しようではないか」




