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#043「タダイマ」

@川添家

真理「ゴメンナサイするときの電話って、どうしてこんなに重いのかしら」

――リゾートバイトの派遣会社に一報入れようと思い、ベッドに転がるスマホを手に取って持ち上げては、フリックする手を止めて再びベッドに抛り投げるという一連の行動を、帰宅してから二時間余りで、かれこれ十セット以上繰り返していたのであります。しかも、やっとのことで電話を掛ける勇気が出て、言うべきことを整理しながら呼び出し音を聞き、繋がった思った矢先、聞こえてきたのは無機質な自動音声。

真理「『お電話ありがとうございます。大変申し訳ありませんが、本日の受付は終了いたしております。八時から十八時までに、もう一度お掛け直しください』だもんね。アーア。もう、今日は何もしたくないなぁ」

――ポッカリと穴が空いております。心にも、予定にも。手持ち無沙汰で、無聊(ぶりょう)(かこ)つ女子大学生。懐には、手元不如意で風通し抜群のお財布。

真理「晩御飯は、食べなくて良いや。食欲も振るわないし、独りでは味気ないもの」

――最後まで気持ちを言い出せなかった後悔と心残りで、モヤモヤ、ウダウダ、不完全燃焼。

真理「あんなに待ち焦がれてた帰宅なのに、いざ家に入った途端、わたしの居場所はココじゃないと思ってしまうんだから、おかしなものね」

――シャワーを浴びるのも、謝罪するのも、荷物を解くのも、明日の朝以降に持ち越そう。

真理「メイクだけ落として、パジャマに着替えて寝てしまおう。エーッと、メイク落としのシートは、どこに置いたかしら?」

  *

@スタッフルーム

大日「せっかく、やめてたのに」

不動「今夜は見逃してくれ」

不動、窓の外に向かって息を吐き出し、煙草を灰皿に押し付ける。

大日「それでは、私も見逃してくださいね。素面で出来ない話になりそうですし」

大日、キャビネットからグラスを出し、持っていた小瓶から琥珀色の液体を注ぐ。

不動「何だ。支配人も、俺と同じようなことを考えてたんじゃないか。禁酒してたんじゃなかったのか?」

不動、珈琲を飲む。

大日「長く一緒に居ると、思考や仕草が似てくるものですよ。今だけは、目を瞑ってください」

大日、不動の横に座り、グラスを持ち、一口啜る。

不動「禁煙をリセットした俺が、言えた口ではないか」

大日「フフッ。共犯関係ですね」

不動、煙草を銜え、マッチを擦り、一服する。 

不動「修羅や弥勒には内緒にしてくれよ。……往ってしまったなぁ」

大日「いずれ還ってきますよ。気長に待ちましょう。――明けぬれば、暮るるものとは、知りながら」

不動「なほ恨めしき、あさぼらけかな。藤原道信。百人一首か。――これやこの、往くもかへるも、別れては」

大日「知るも知らぬも、逢坂の関。蝉丸ですね。――つくばねの、峰よりおつる、みなの川」

不動「恋ぞつもりて、淵となりぬる。陽成院。――立ち別れ、いなばの山の、峰に生ふる」

大日「まつとしきかば、今かへり来む。在原行平ですね。――今来むと、いひしばかりに、長月の」

不動「有明の月を、待ち出でつるかな。素性法師だったかな。――しのぶれど、色に出でにけり、わが恋は」

大日「ものや思ふと、人の問ふまで。平兼盛です。――あらざらむ、この世のほかの、思ひ出に」

不動「今ひとたびの、逢ふこともがな。和泉式部だな。――巡りあひて、見しやそれとも、わかぬ間に」

大日「雲がくれにし、夜半の月かな。紫式部の有名な歌ですね。――瀬をはやみ、岩にせかるる、滝川の」

不動「われても末に、逢はむとぞ思ふ。崇徳院。さっきの歌と同じで、一字決まりだな。――来ぬ人を、まつほの浦の、夕なぎに」

大日「焼くや藻塩の、身もこがれつつ。撰者の藤原定家ですね。次で最後にしましょう。不動くんの今の気持ちでしょうから。――かくとだに、えやは伊吹の、さしも草」

不動「さしも知らじな、燃ゆる思ひを。藤原実方。――やかましい。根性焼きするぞ」

不動、短くなった煙草を、大日にチラつかせる。

大日「アー、怖い怖い。煙に巻かれて、揉み消されてしまう。鎮火しなければ」

大日、グラスを持ち上げ、一気に飲み干す。

不動「ケッ。火を付けたのは誰だよ、まったく」

大日「私がコンロのツマミを捻ると、何故か高々と火柱が上がるんですよね」

不動「ヨドヤホテル七不思議の一つだな」

大日「あとの六つは、何なんですか?」

不動「知るか。こういうものは、全部知ったら呪われてしまうものなんだぞ。深入りするな」

大日「オヤオヤ。好奇心と恐怖心で、板挟みになりそうですね。――そういえば、鵲や時鳥(ほととぎす)と違って、燕は一段下に見られた嫌われ者ですね。一首も選ばれてませんから」

不動「好きとか、嫌いとか、そういう問題か?」

大日「好きだって気持ちで動けなくなったら、年老いた証拠ですよ」

大日、不動の肩に寄り掛かり、目を閉じる。

不動「論点が大きくズレたな。でも、それは単純に、子供から大人になったってことじゃないのか? ――オイ! 誰が肩を貸すと言った。起きろ!」

不動、大日を肩でグイッと押す。

大日「ただいま、席を外しております。御用のかたは、ベルでお知らせくださいませ」

不動「ここは、フロントではない。――せっかくやめてたというのに、言うだけ言って寝てしまいやがった。(明日になったら、酔ってて覚えてないと言うんだろうな。)仕様のない奴だ」


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