#042「クウハク」
@鵲橋
賀茂「さて。遺失物も無事に届いたことだし、良い具合に空が夕焼けで朱に染まってきた。墨に染まる前に、橋を渡るとしよう」
真理「ハイ。そうしましょう」
賀茂「思い詰めた顔をしているが、常世と現世の入れ替わりは、先程のヘアゴムの入れ替わりくらいアッサリしたものだから、案ずることは無い。ただ、境界近くには、魔が付け入りやすいからね。見ざる言わざる聞かざる。何があろうと前を向いて歩き続けるように。何かを見ても、何も見なかったフリ、何かを問われても、決して何も言わず、何かを聞いても、決して振り返ってはならないよ。良いかね?」
真理「ハイ。ただ前を向いて、真っ直ぐ歩いていきます」
賀茂「そう、その意気だよ。大変、素直でよろしい。ノイズに惑わされないように、童歌を唄って聴かせよう。歌い始めたら、歩き出すのだよ。さぁさぁ、お手を拝借」
賀茂、真理の手を取り、一歩踏み出す。
賀茂「とーりゃんせ、とーりゃんせ。こーこはどーこの細道じゃ」
真理、賀茂に手を引かれ、歩き出す。
賀茂「天神ーさまの細道じゃ。ちーっととーして下しゃんせ。御用のないもの、とーしゃせぬ。この子の七つのお祝いに、お札を納めにまいります。行きはよいよい帰りはこわいー。こわいながらもとーおーりゃんせ。とーりゃんせっ」
賀茂、歌い終わりと同時に引いていた手を離し、両手で背中を突き飛ばす。
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@庚午中央駅
真理「ここは、庚午中央駅。わたしは、川添真理」
――駅前の交差点。音響装置付信号機。東西方向は通りゃんせ。南北方向は郭公の鳴き声。看板、電飾、人の波、車の行き交う音、スピーカーから垂れ流される騒音。暑さのせいばかりではなく、目まぐるしい色と光と音の洪水に酔って、思わずクラクラしてしまいそう。
真理「本来なら、帰って来た喜びで有頂天になって、恥も外聞もなく万歳三唱したって良いはずなのに、ちっとも嬉しくないわ。――アッ、そうだ。とりあえず、道祖神の石碑と鳥居を探すところから始めよう」
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@キッチン
修羅「それでさ。フロントの掃除をしていたら、燕に目の前を横切られたんだ。明日あたり、ひと雨降るんじゃないかな? ――弾力がありすぎて、噛み切れないな。顎が疲れる」
大日「そうですね。そろそろ、天気が下り坂になっても、おかしくない頃です。――つみれ汁とのことですけど、お鍋の中は真っ赤ですね」
弥勒「それなら、早めに洗濯を済ませたほうが良さそうですね。――派手な色なのに、まったく味がしませんね」
不動「まるで、図ったようなタイミングだなぁ」
修羅「それじゃあ、オイラは、てるてる坊主を作ろうかな。――まるで、消しゴムを食べてる感覚だよ。本物の消しゴムは、食べたこと無いけどさ」
大日「晴れたら金の鈴をあげるのは良いですけど、曇っても首を切らないであげましょうね。――今夜は、私が作ったかのようなゲテモノですね」
弥勒「作りすぎて、窓辺に珠暖簾みたいにするのは、やめてくださいね。――今日の晩御飯担当は、不動さんですよね?」
不動「晴れ女が居なくなったからなぁ」
修羅「アァ、もぅ。シッカリしてくれよ、フーさん! 落ち込むのは勝手だけど、オイラと同じようなミスを連発するなんて、らしくないよ。まったく。失恋一つで、ここまでポンコツになるとは」
大日「怒りたくなる気持ちは共感できますけど、傷心中の相手に非難を浴びせるのは良くないことですよ、修羅くん」
弥勒「ポッカリ、寒々しい穴が開いたようですよね。傷は、相当深そうです」
不動、スックと立ち上がる。
不動「ちょっと、外の空気を吸ってくる」
不動、退室。
修羅「食事の途中に立ち歩くなって、いつも言ってるくせに」
弥勒「紺屋の白袴ですね」
大日「仕方がないですね、不動くんは。――こうなったら、今晩は無理に食べ切らなくて良いことにして、ごちそうさましてしまいましょう。不動くんの様子は、私が見てきますから、二人は片付けをお願いします」
修羅・弥勒「ハーイ」




