#040「サヨナラ」
@フロントエントランス
修羅「来たと思ったら、すぐに帰ってしまうんだな。また来てくれよ」
弥勒「寂しくなりますね。ずっと還らないで欲しいです」
大日「引き止めるようなことを言ってはいけませんよ、弥勒くん。川添さんには、まだ現世でなさねばならないことが山積みなんですから。それを無碍に投げ捨てさせては、罰が当たります。――道中、お気をつけてお帰りください」
真理「ありがとうございます」
修羅「ホラ、フーさんからも何か言ってやれよ」
不動「じゃじゃ馬がいなくなって、清々する。長居しすぎなくらいだ。さっさと帰れ」
弥勒「別れ際なのに、そんなぶっきら棒で不貞腐れた態度で追い出そうとしなくたって」
大日「そうですよ、不動くん。川添さんに失礼です」
不動「やかましい。ここは現世の人間が居るべき場所でないんだから、情を挿まずに、さっさと還すべきなんだ。――怒りで手を出す前に、視界から消えてくれ」
――そうよね。本来なら、わたしは常世に居てはならない存在なのよね。住めば都とは言うけれど、慣れって恐ろしいものだわ。
賀茂「気が変わらないうち、お暇したほうがよさそうだね。逆鱗に触れると、雷が落ちてきそうだ。青天の霹靂だよ」
大日「不動くんに代わって、私から挨拶しますね。――五年先になるか、十年先になるか、いや。少なくとも、いまのお歳の四倍以上は長生きしてほしいですね。そして天寿を全うして仏に生まれ変わったら、今度は、お客様としてお越しください。私たちヨドヤホテル従業員一同は、川添さんのおかえりを、ずっと待ってますから」
真理「ハイ。必ず、またココに来ます。それまで、さようなら」
修羅「さよなら、マリちゃん」
弥勒「さようなら、真理さん」
不動「どうぞ、また、お越しくださいませ」
大日「そんなフテブテしく言うものではありませんよ、不動くん。――従業員一同、川添様のご予約を、心よりお待ち申し上げます」
大日・修羅・弥勒・不動、立礼。
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@鵲橋
賀茂「この道祖神の石碑と、この鳥居のことは、現世に還ってからも、くれぐれも忘れないように」
真理「アッ、ハイ。覚えておきます」
賀茂「かささぎの、渡せる橋に、おく霜の?」
真理「白きを見れば、夜ぞ更けにける、でしたっけ?」
賀茂「ご名答。大伴家持の有名な歌だね。この場合の霜は、霜降りや霜柱のことではなく、天の川に浮かぶ星々を表してるとされている。常世は空気が澄んでるし、夜空を遮蔽する高層建築物が無いし、星の光りを邪魔する街灯りも少ないから、日が暮れて月が顔を出すころには、満天の星が見える。それまで悠長に待ってられないのが、まことに惜しい限りだ。平安時代に現世で見られた星空に、実に近い光景が目の当たりにできるというのに」
真理「それは、ちょっと残念ですね」
――早々とカーテンを閉め切らずに、夜中に窓の外を眺めたら、綺麗な星空が見られたのかしら? プラネタリウムでしか見られないような、ロマンチックな風景が見られなかったのは、本当にモッタイナイことだわ。
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@スタッフルーム
大日「さて。この部屋を私の部屋に戻す前に、現状を把握しておきますか。――オヤ?」
大日、ベッドのマットレスとヘッドボードの隙間に注目。
大日「何か、薄くて四角いものが、隙間に落ちてしまっていますね」
大日、隙間に落ちたスマホを拾う。
大日「見慣れないものですね。(これは、何に使うものなのでしょう? 大きさの割りに、持ち重りがしますね。片面が黒々とツルツルしていて、もう片面が金属光沢でキラキラしているところには、高度な技術で意匠を凝らした跡が見受けられます。おそらく、現世でも貴重な品であることには、間違いないでしょう。急いでお届けしなければなりませんね。)どうしたものでしょう」
不動「どうしたんだ、それ?」
大日「ベッドの隙間に落ちていたんです。大切なものでしょうから、早く川添さんに返してあげないといけないと思って」
不動「それなら、もうすぐ舟が着くだろう。帰りに渡してもらうよう頼めば良い」
大日「(渡りに舟とは、このことですね。)その手がありましたね。ここは一つ、蛭子さんにお願いしてみましょう」




