#038「オミソレ」
@スタッフルーム
真理「ジャケット、ベスト、スラックス、シャツ、タイ、サスペンダー。あと他に、返さなきゃいけないものは?」
弥勒「お貸ししたのは、以上で全部です。たしかに、お返しいただきました」
真理「長々とお借りしてしまいまして、大変ご不便をお掛けしました」
弥勒「お気になさらずに。ところで、僕たち四人で、少しずつデザインが違うことには、お気付きになりましたでしょうか?」
真理「えぇ、もちろん。大日さんの燕尾服が、支配人らしくて一番豪華よね?」
弥勒「そうです。そして僕の燕尾服が、一番質素です」
真理「シンプルで、着心地が良かったわ。お直しが上手ね」
弥勒「ワッ。ありがとうございます。僕と修羅さんのジャケットには拝絹地が付いてませんし、ラペルもピークドではなくノッチドですし、ベストも襟無しでシングルですから、どこか物足りない感じは否めませんけどね」
真理「それから、大日さんのジャケットだけ、左下に懐中時計を入れるポケットがあるわよね? あと、ラペルのホールにある徽章も違ったような」
弥勒「よく見てますね。その通りです」
真理「スラックスの横のライン、側章といったかしら、ちゃんと二本あるのは大日さんだけで、不動さんはタキシードと同じ一本で、修羅さんと弥勒さんには無いわよね。それと、裾の切りかたがモーニングと同じようにしてあるのも、大日さんだけだったわ。不動さんはシングルだけど真っ直ぐだし、修羅さんと弥勒さんは折り返してダブルにしてるものね」
弥勒「素晴らしい観察眼です。間違い探しも、以上で全部です。もう、何も言うことがありません」
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@ランドリー
弥勒「洗濯には、蓮の池から引いた清冽なお水を利用してます。排水は、三途の川に流して、自然に浄化されるに任せてます。乾燥には、血の池から引いた煮えたぎるお湯の熱を利用してます。決して残り湯を使い回してる訳ではありませんので、ご安心を」
真理「(残り湯でも、一向に構わないんだけど。)とっても綺麗になりそうね。洗剤を入れなくても良さそうなものだけど?」
弥勒「いやいや。そこは、ちゃんと入れてください。アブラ汚れは、水だけでは落ちませんから」
真理「界面活性剤の働きが必要なのね。――そういえば、わたしが常世に来てからは、ずっと晴れてるけど、曇ったり雨や雪が降ったりすることはあるの?」
弥勒「ありますよ。雨が降らなければ、農作物が育ちませんし、川や池は乾上がってしまいますし、そうなれば、僕たちも干からびてしまうでしょう? 水は命の源で、雨は天の恵みです」
真理「アラ。食べなくても平気なのに、飲まないと駄目なのね」
弥勒「現世ほどではないにしても、エネルギーを発生させるには、何かしらの触媒が必要なのではないか、というのが支配人さんの見立てです」
真理「フーン。奥が深いわね」
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真理「洗剤も入れたし、お洋服の入れ忘れも無いし。あとは、洗濯機に任せれば良いのかしら?」
弥勒「そうですね。そのあいだに、荷造りをしてしまいましょう。手伝います」
真理「ありがとう。でも、昨日の寝るまでに、あらかた済ませちゃったのよ。気持ちだけ受け取っておくわ」
弥勒「そうですか。お役に立てなかったようで」
真理「ううん。そんなことないわ。――朝ごはんのあとから、ずっと働きっぱなしだから、ちょっとだけ休憩しましょうよ」
弥勒「エッ! でも、修羅さんや不動さんは、いまも浴室か客室で働いてることでしょうし。それに、支配人さんだって」
真理「適度な休息も、仕事のうちよ。罪悪感を感じること無いわ」
弥勒「そうですか? 修羅さんから、悪い影響を受けたんじゃ」
真理「考えすぎよ。する必要の無いことまで詰め込んで、予定を埋めること無いわ」
弥勒「ハァ。そう来ましたか」
真理「言うこと無いでしょう?」




