#025「ヨモヤマ」
@本館南側
真理「お巡りさんか郵便屋さんが乗ってそうなタイプの自転車が三台と、梵字が装飾された黒いスクーターが一台。スクーターのほうは、昨日の帝釈さんが乗ってたのと同じね。これは、魔除けなの?」
弥勒「さぁ、それは修羅さんに訊いてみてください」
真理「そうね。朝食の席で訊くことにします」
不動「ほらよ。脚の短い誰かさんのために、サドルを下げてやったぞ」
真理「誰が短足よ。身長相応で、なかなかの美脚だと自負してるわ」
不動「そうだな。羚羊の脚のようだ」
弥勒「羚羊のような脚、の間違いでは?」
不動「いいや、合ってる。寸分違わず、羚羊の脚だ。力強く大地を踏みしめる、太くて逞しい大根脚」
真理「失礼ね。デリカシーという言葉を習いなさい」
不動「自画自賛するな、厚かましい。謙虚という言葉を学べ」
*
@三途の川、左岸
――迷子札を用意しようと言い出した不動さんに一言文句を述べて噛みついたあと、わたしたち三人は、一級河川「三途の川」の河川敷を走りました。六文銭と真田家の家紋の話、渡し守と奪衣婆の話、中央街道「黄泉路」と輪廻転生の話なんかを話半分に聞きながら、爽やかな朝の空気で肺を満たし、遠くに「鵲橋」という太鼓橋が見えるところで、わたしたちは休憩することにしました。
不動「地獄や極楽を股に掛け、軽業師、歯抜き師、医者、山伏の四人組が、閻魔、赤鬼青鬼、阿弥陀とドンチャン騒ぎしてたこともあるんだ」
真理「ひょっとして、軽業師の名前は、ソウベエさんですか?」
弥勒「アッ。この話、知ってたんですね。現世でも有名なんですか?」
真理「そこそこ有名なんじゃないかしら。絵本があるくらいだから」
――話し声と川のせせらぎの音だけが、とてもクリアに聴こえる。電話ボックス、電信柱、飲料の自動販売機、派手な看板広告、コンビニエンスストア。そういった情報やサービスの洪水によるノイズが、常世には無いからだろう。そういえば、自動車やバスやトラックの姿を目にしていない。水路が発達している代わりに、橋は木造のままで、道幅も狭いからだろうか。アレ? でも、ちょっと待てよ。
真理「そういえば、自転車やスクーターって、どこで手に入れたんですか?」
不動「現世と変わらない。自転車やスクーターを売ってる店があるんだ。ただ、こっちの場合は、店員が首無ライダーだけどな」
真理「エッ! 首無ライダーって、実在するんですね。都市伝説かと思っていたのに」
弥勒「神や仏が存在するなら、妖怪や幽霊だって存在するよ」
不動「ついでに言っておくと、首無ライダーが自転車やスクーターを売るようになる前は、朧車が牛車や大八車を売ってたんだ」
真理「へー。現世の近代化が、部分的に常世にも影響を及ぼしてるんですね」
不動「いまさら感心することか?」
弥勒「僕たちにとっては当たり前でも、真理さんにとっては新鮮なんですよ、きっと」
*
弥勒「お待たせしました」
真理「アラ、弥勒さん一人なのね。不動さんは?」
弥勒「用事を思い出したそうで、先に帰りました」
真理「マァ、無責任なこと。わたしたちも、あとを追いかけましょう」
弥勒「あっ、いえ。四方山話でもして、少し時間を空けてから来いとのことでして」
真理「あっ、そう。何を思い出したか知らないけど、勝手なものね。突然そんなことを言われたって、持て余してしまうわ」
弥勒「あの、真理さん。こういう重たい話は、朝早くにすることではないかもしれないのですが」
真理「何か、わたしに伝えたい話があるのね? 良いわよ。時間は充分あるから」
――このあとの話は、無言タイムを何度も挟むので、簡潔にまとめるわね。大雑把に言えば、弥勒さんは、現世風に言えば引きこもりで、他者と没交渉の自己完結型だったの。それで、それを放っておけなかった大日さんに拾われて、何とか社会復帰するという話だったの。ホテル業務の素晴らしさを滔々、得々、朗々と説く大日さんは、口説き落としのプロフェッショナルだとか、返事無しでも語りかけ続ける大日さんの熱意に根負けしたとか、勤め始めてから数日間は、足手まといで使い物にならないと不動から酷評されたとか、相部屋になることを修羅さんから猛反発されたとか、今の円滑さからは想像もつかない波乱万丈ぶりに、存外に大変だったんだなぁと思った次第。
真理「皆さん、いろいろあったんですね」
弥勒「ウン、まぁね。……さて。良い具合に時間が潰れたと思いますから、戻りましょうか」
真理「そうですね。あまり遅くなると、それはそれで不動さんが怒りそうですし。戻りましょう」




