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#022「テイダン」

@スタッフルーム

大日「ファイマンの物理学、ハイエクの経済学、アドラーの心理学あたりで、何かお話できないかと模索しているんですけど、何か思いつきませんか?」

不動「いたずらに知識を増やす前に、相手の理解力に合わせるということを学習してくれ。――良いよな、支配人は。仕事に、研究に、毎日充実して楽しそうだ」

大日「そう見えますか?」

不動「見えますとも。生活が充実してなければ、そんなキラキラした眼で、ハツラツと語らない」

大日「不動くん。何か苦しい胸のうちがあるのなら、遠慮せずに言ってくださいよ。力添えになりますから。しっかり者ゆえの甘え下手で、昔から損ばかりしている」

不動「『坊っちゃん』の冒頭みたいに言うな」

大日「親譲りの無鉄砲では無いと思いますけどね。不動くんが学校の先生だったら、生徒から慕われそうな気がしますし」

不動「そうか? 真面目な生徒からは怯えられ、不良生徒からは目の敵にされそうだ」

大日「初対面では、そうでしょうね。でも、卒業式では感動を呼びますよ。式が終わったあとには、河川敷で、担当生徒がワーッと駆け寄ってくるんです」

不動「ひと昔前の学園ドラマだな」

大日「あながち、フィクションでも無いかもしれませんよ? さぁ、そろそろ思いの丈を」

不動「オヤスミ」

大日「話は終わってませんよ、不動くん」

不動「今夜は、支配人がモヤモヤを抱えて寝る番だ。ファイエラーだか何だかのことでも考えてろよ」

大日「ファイマン、ハイエク、アドラーです。あっ! もし、三賢者が集ったら、どういう白熱した議論を展開するかということを想像してみるのは、なかなか面白いかもしれませんね。忘れないうちに、書き留めておきましょう。えぇと、ペンとメモは」

大日、右手で手探りでペンを探し、左手で不動の手首を掴む。

大日「テ、イ、ダ、ン」

不動「コラ。ヒトの手の甲に書くな」

大日「オヤ。狸寝入りだったんですね」

不動「こんなことされたら、誰だって起きるに決まってる」

  *

真理「内容の濃い二日目だったなぁ」

――このホテルにおいて、文明の利器は、安らぎのひとときを台無しにしない程度に導入されている。とはいえ、テレビやラジオは無い。もちろん、パソコンやスマートフォンも無い。ブルーレイ・ディスクとは何者だ、という世界である。

真理「スマホは持ってきたけど、充電器は、おそらく家のコンセントに刺さったままよね」

――そう。大急ぎで家を出たばっかりに、お喋りも検索も写真撮影も出来ない環境に置かれてしまっているのである。もっとも、常世(ここ)に電波基地局があるかどうか怪しいので、充電が残っていたとしても、使えるかどうか怪しいところだ。

真理「おかけになった電話番号は、現在使われておりませんってね。デジタル・ストレスからフリーになったのは清々しいけど、家族とコンタクトを取れないのは、ちょっとだけ淋しいかな」

――元々、リゾートバイトに向かっていた訳だから、しばらく家族と離れることには変わり無いんだけど。だけど。アルバイトが終われば、間違いなく家に帰れるという保障が、この生活には無い訳で。そもそも、時給も発生していなければ、契約期間の取り決めもしていない。

真理「わたし、本当に帰れるのかしら?」

――周りにいるみんなだって、悪いヒトたちじゃない。むしろ、良いヒトすぎるくらいだ。知れば知るほど、そのことは確信を深めていっている。そう。決して待遇に文句がある訳ではないの。でも。

真理「ここを居場所にしちゃったら、二度と戻れない予感がするのよね。それは、ちょっとだけ困るわ」

――いや。わかっている。ちょっとだけでは済まなくなってきているってことに。でも、ここでホームシックを認めたら、今までの頑張りが無駄になりそうで。それに、ここで折れたら、ここで投げ出したら、心の中で、何かが壊れてしまいそう。

真理「コホン。クヨクヨしてるなんて、らしくないぞ、川添真理! よーし。明日からも頑張ろう。ファイト、自分!」


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