#021「フリョウ」
@スタッフルーム
真理「明日の朝、身体から粉を吹かないか心配だわ。沃素液を垂らしたら、手の甲が紫色に変化しそう」
――視線の端には『極地典』。函入りの逸品。ただし、角に凹みあり。原因は、不動さんかしら? 机の上に置く座右の書として、存在感が半端ないわ。大日さんは、これを読破済みだという事実が、未だに呑みこめない。咀嚼も嚥下もできたものじゃないわ。
♪ノックの音。
真理「ハイ。今、開けます」
真理、ドアを開ける。
真理「修羅さん。どうしたんですか? 珍しく元気がありませんけど」
修羅「マリちゃん。夜分遅くにゴメンね。昼間のことで、寝る前に懺悔しないと、眠れそうにないんだ。聞くだけ聞いてくれるかな?」
真理「良いですよ。どうぞ、お入りください」
――わたしの部屋は、教会の告解部屋ではないんだけどなぁ。汝の罪は許されました、とでも言えばいいのかしら?
修羅「タイから何か聞いたかもしれないけど、もう忌まわしき過去は清算して、キッパリ訣別したんだ。後の祭りかもしれないけどさ。虫のいい話に聞こえるかもしれないけど、信じて欲しいんだ。マリちゃんを騙すつもりは一切無かったんだ。軽蔑したかい?」
真理「いいえ。たとえ昔は素行が悪かったとしても、逆に凄かったとしても、どちらにしても、昔は昔、今は今ですから。今の修羅さんだけで判断するまでですよ。若さゆえの過ちによる黒歴史を知ったからといって、軽蔑したり嫌いになったりしませんから、安心してください」
修羅「ありがとう、マリちゃん。マリちゃんは立派だね。きっと大物になるよ。――あっ、そうだ。積んだ功徳が通貨として機能してるって話は、聞いたことがあるかい?」
真理「(お布施の他にも、何か金融システムがあるのね。)いいえ。どんな話なんですか?」
修羅「簡単に言えば、現世にしろ、常世にしろ、積んだ美徳は貯金に、悪徳は借金になるってこと。現世で煮え湯を飲ませたら、生前に逃げ果せたとしても、常世で灼熱地獄を味わうことになるのさ。鬼の取立て屋は、情け容赦ないからね」
真理「(絶対に押さないように前フリをする、湯船の淵に跨った芸人のシルエットが浮かんだけど、熱湯違いよね。)借金があると、鬼さんにシツコク債務返済に追われる訳ですね?」
修羅「そういうこと。ちなみに、総大将は酒呑って鬼で、総本家は大江山にあるんだ。でも、もっぱら取立てに回るのは、彼の右腕の茨木って鬼だけどね。子供の姿だからといって、甘く見積もって馬鹿にしてかかると、すっごく痛い目に遭うよ」
真理「(今度は『ヴェニスの商人』を思い出したわ。シャイロックと一緒にしては失礼よね。)詳しいですね、修羅さん。それに、何だか感情がこもってるような」
修羅「アァ、うん。恥ずかしながら、実体験したからね。あのとき、フーさんに救われなかったら、どうなってたか、想像するだけでも鳥肌が立つよ。難色を示していたダイさんの反対を押し切って悪徳を肩代わりしてくれて、どうしようもなかった自分を拾って助けてくれたんだ。だから、足を向けて眠れないし、頭も上がらない。減らず口は叩くけどね」
真理「一度言い出したら曲げそうにありませんものね、不動さん」
修羅「風邪や麻疹って、時間が経てば経つほど治療が難しく、治癒が遅くなって、拗らせ重症化してしまうでしょう? それと同じ。甘やかされて育つと、のちのちに苦労するよ。だから」
真理「病が膏肓に入る前に、早期発見して予防しましょうってことね?」
修羅「えーっと、まぁ、そんなところ。未熟なオイラだけど、改めてヨロシクね」
修羅、頭を垂れる。
真理「こちらこそ。よろしくお願いします」
真理、頭を垂れる。
修羅「それじゃあ、オイラは失礼するね。オヤスミ!」
真理「おやすみなさい」




