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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
25/32

24 月のない夜/死

 夜通しの探索を打ち切った明け方、詰所に帰投してから早速各箇所での成果報告が行われた。


 捕えた賊は総勢31名、こちらの被害は軽症者が数名のみ、逃がしたのはグスタキオただ一人という内容であった。

 概ねの騎士が堂々たる戦果に胸を張る中、ただ一人最重要人物であるグスタキオを見事に逃がした俺達にとって、その場は針の筵であった。


 ただ、俺にとって今回は全く慰めにならないのだが、周囲の俺に対する反応は穏やかなものだった。

 事前に主要メンバーの打合せで決められた包囲陣形において、標的主要メンバーの逃走経路が予想と真逆であり薄かった部分を衝かれたこと、その敵首脳陣の武装が予想を大幅に上回るものだったこと。そして何よりユージミンさんが何も脚色を加えることなく報告してくれたセオドリーの言動とその後の不貞腐れた仕事ぶりが判明したことで、俺は全くの御咎めなしで済んだ。

 むしろ最初から最後までずっと落ち込んでいたら、滅茶苦茶慰められた。

 一体俺はどれだけ子供扱いされているんだ……。

 あとこのとき俺はアルス様、ブラントさんについでユージミンさんを兄貴と称し敬うことを改めて決めた。


 しかし実際グスタキオを逃がしてしまった以上、そんな皆さんの優しさもなんの慰めにもならない。

 セオドリーの行為は俺の想像より厳しく追及され、ともすれば騎士団の除隊処分まであり得るとの話だったか正直それもどうでもいい。

 グスタキオを逃がしたということは、クメイトと俺が今後の密偵活動を続けるのが不可能に近くなるということであり、ミツハへの依頼が消滅せずまだアルス様が狙われる事態が継続するということになる。

 しかも、奴は逃げ様にどんな手を使っても俺を殺すといっていた。

奴がどんな手を使ってくるのかはわからないが、可能性は高くないが最悪の一手を打ってくるようだと割と俺にはどうしようもない。

 そんな状態では気分が明るくなるはずがない。


 そうは言っても今更どうにもならないので俺はその場で報告書を仕上げ、一旦拠点に帰ることにした。


 色々とやらなければならないことがある気がするが、徹夜でガッツリ探索を行っていたのでもうヘトヘトに眠すぎてヤバい。

 途中何度も倒れそうになりながら何とか店にたどり着き、少し胃に物を入れてから布団にもぐりこんで眠りに入ることにした。


---


 再び起きた時には何と21時を回っていた。自分でも超ビックリな爆睡っぷりである。

 まあ体は睡眠を欲しているのに気分が最悪でなかなか深い眠りに落ちなかったが、一旦眠りに入ったらその分寝続けてしまったのだろう。

 時間厳守の用事はなかったので、問題はとりあえずないのが救いだ。



 そして、起きたのでとりあえず状況を整理してみる。

 今後、俺は命を狙われる。

 もし奴や、代わりに俺を狙う手下を送り込んでくると店の人に迷惑になるし、最悪巻き込まれて殺されてしまう。

 それは避けたいので多分此処は離れた方がいいな。


 それに、とても残念だが、この聖剣ともお別れしたほうがいいかもしれない。

 アルス様暗殺成功を待たずに新たに強盗を企画するほど金に困っているグスタキオがそうすぐ簡単に金を作れるとは思わないが、万一俺にもミツハを使ってくるようだとあの女はここを知っている。

 彼女が俺を殺した後荷物をどうこうするとは思えないが万が一もあるし、そうでなくとももし俺が殺されてしまったとき持ち主がいなくなったここの荷物がどう扱われるかわからない。

 騎士団に渡る可能性は高いかもしれないが、何かの間違いが起きてこの聖剣がグスタキオのようなゴミカスクズ野郎の手に渡ったりすることだけは絶対に許されない。

 例え起動できないままでも、この剣は錠前くらい簡単に切れるからな。


 どうせ俺にも起動できるアテはないのだし、それならいっそ先に騎士団に渡しておいた方がいい。

 重ね重ね惜しいし、そもそも死にたくはないが、念のためだ。


 元々、考えてはいたのだ。

 このまま起動もできないまま俺が持っているよりは、取り上げられてしまっても使えるようにしてあげた方がいい。

 それこそダリル様やアセルス様が使えるようになるなら騎士団の戦力は倍増するだろう。

 リムルに渡して兄妹揃って聖剣使いとかも、いいね、ロマンだね!


 よし、決めた。そうしよう。

 そうすればミツハが片付く可能性も上がるし、俺が恐れることは今更何もって来てんの? ってアルス様に詰られることだけになる。それはむしろご褒美だ。



 そうと決まれば早いところ彼のもとに持っていこう。

 時間は早くはないが、まだ人通りもあるし、最初のアルス様の襲撃が真昼間だったことからもミツハ相手なら時間帯は関係ない。

 グスタキオが金を用意して連絡をつける手間を考えれば夜だとしても今日の内の方がいい。


 理屈もわきまえずひたすらに剣への未練を訴える心を無理矢理に説き伏せ、俺は店の人に断ってから外へ出、詰所のある貴族街へと歩き出す。


 やはり、まだまだ王都の人通りは多い。

 如何わしい店への引込も多い下町の通りを抜け、大通りを歩き貴族街へと足を進める。

 そのまま真っ直ぐ進み、次の角を右へと曲がる、この一年で何度もあるいた詰所への最短ルート。



 その曲がる角の少し前。

 一瞬、何とはなしに足元に目を落とす前には、確かに誰もいなかったその空間に。


「まさか、お前が騎士団の手先だったとはな。それ自体は私にとって喜ばしい類の話だが、巡りあわせが悪かったな」


 かつてのアルス様への襲撃と違い、何度か間近で目にした素顔を堂々と晒し、姿を隠すことさえなく。


「アルス=ルイン=フェニックスの暗殺はキャンセル。その代りキャンセル料と残りの全額をお前の暗殺代に充てるとは、中々に嫌われたものだな。あの時話した言葉は、嘘ではなかったらしい」


 俺にとって絶対になるであろう死神がそこにいた。


 蛇に睨まれた蛙の気持ちを、この瞬間に身をもって理解する。

 俺は可能性の一つとして、この女が俺を狙ってくることを確かにあり得ることとして考慮、その場合における後の展開も考慮し、覚悟はしていたはずだった。

 だというのに、奴の姿を認識しその言葉を聞いた瞬間沸き起こった、ある予感によってそんな覚悟は吹き飛び、俺の全身は一つの感情に支配されピクリとも動けなくなった。


 それは即ち、圧倒的な死の予感からくる恐怖という感情による反応だった。


 動かない身体と逆に頭の中だけがやけに早く回り、この理不尽な状況への恨みやここに至るまでの後悔といった思考がぐちゃぐちゃに駆け巡る。

 肝心な打開策は全く浮かばないままに最終的に頭の大半を占めたのは、いくらなんでも動きが早すぎるという思いと、同時に自分の迂闊さに対する気が狂わんばかりの呪いだった。

 まだグスタキオを逃してから一日と経っていないというのに、深手を負った奴が既にどこにいるかも不明なミツハに渡りをつけているという状況はあからさまに不自然だ。

 だが、あのグスタキオが直情型の大馬鹿野郎だということはわかっていた筈なのに、奴の執念を侮り勝手に理屈をこねくり回して一人よがりな単独行動をしてしまうとは……。


 そんな後悔に打ちのめされ未だ声一つ返せずにいる俺を気にした風もなく、目前に突如現れた女暗殺者・ミツハはまるであのときの世間話の続きをするような淡々とした口調で言葉を続ける。


「お前に先に連中が捕られる可能性を指摘されてから、私もこの街にある数少ない伝手を使って連中の行動は把握するようにしていてね。

 昨日の捕物を命からがら逃げおおせたはいいが、斬られた手のせいで奴も下手をすると長くないかもしれないとの言葉を聞いて態々様子を見にいった場でそのようなことを頼まれた。

 相変わらず勝手な言い分に苛つきはしたが、金はアジトに隠してあるとほざかれては仕方がない。元より、前のものより大分に割のいい仕事だ」


 そうか。ミツハと余計な会話をしたことと、グスタキオを無様にも逃がしたこと。

 俺は、半ば自業自得でこの状況に追い込まれたのか。


「実を言えば、私はお前のことが嫌いではないし、結局お前のことも話させたから治療の借りはそのまま残ったままだ。……昼食も、御馳走になったしな」


 ミツハは、そこで表情を少し曇らせた。今までは敢えて淡々と振る舞っていたのかもしれない。


 やめろ。そんなことを言ってからも結局殺すのであれば、そんな言葉と顔は結局俺にとって侮辱にしかならない。


「正直なところ、あんな屑の依頼でお前を殺したくはないが、こちらにも事情がある。

 悪いが、ここは運が悪かったと思って殺されてくれ」


 この言葉に、何かが振り切れたように呪縛がとけた俺の身体は咄嗟に腰に掛かったパライズバイトを引き抜き、青眼に構えていた。

 こんな時に、いやこんな時だからこそ思うのか、動かしている頭に比べて俺の身体は不釣合いなほど優秀だ。

 こんな勝ち目のない相手にも、しっかりと最後まで抗おうとする。


 それを見て、ミツハも長い鞘から太刀を引き抜いた。

 その獲物は妖しく緑色に光る、脅威の毒の魔力を帯びた魔刀。


 いつかアルス様相手にみせた絶技を知っているからだろうか。

 そんな何の変哲もない刀を引き抜く動作さえ、彼女が行うと芸術的なようにさえ思えてくる。


 互いに武器を抜いた今、ミツハはもう何も言わない。

 ただ、じりじりと距離を稼ごうとする俺に向かって、無造作に距離を詰めてくるだけだ。


 俺如きに、何の策も弄す必要などないと見せつけるかのように。


 彼我の間に残る距離は、既にもうあとわずか。

 瞬動を使うまでもなく一息で詰められる距離に来てもその歩みが変わらないことに却って焦れた俺が、もうひと思いにこちらから斬り込もうと、丁度その思いを固めた瞬間。


 気付くと、俺は既に彼女の間合いに入っていた。


 スピードを飛び抜けて上げたわけではない、意識の隙間を縫うように最後に残った距離を詰めたミツハが、引き抜いた後だらりと下げたままだった刀を振り上げる。


 何の工夫も変哲もない、ともすれば適当に繰り出したとも見えるような、それでも俺の視認不可能な速度で行われた切り上げ。


 圧倒的な技術差と絶望的な能力差を見せつけられたことを認識することさえできないまま、俺は本能だけでできるかぎりの闘気を防御に回しつつ、身に迫る斬撃からただ全力で逃げるためだけに飛び退いた。


 当然、そんな遅れに遅れての動きでは完全な回避など望むべくもなく。

 あまりにも鋭利すぎる一撃のために、後方に着地した後に己に与えられてダメージとその痛みを認識することになった。


「……、…………っ!!!!」

「……驚いたな、今の一撃で終わらせるつもりだったのだが。

 全く、その歳で、大した反応速度と闘気量だ」


 だがその、繰り出された斬撃から命を守るための行動はひとまず正解だったといえるだろう。

 刃が振り上げられた起点側にあった利き手は手首から下が切り落とされ、刃が掠めた頭からも血が滴っており、激痛で声もだせない。が、そのままなら身体を二つに両断され確実に絶命していた筈の一撃を受けても、とりあえず俺はまだ生きている。



「せめて苦しませず終わらそうと思っていたのだが、すまない。お前の力量を見誤ったせいで余計に苦しませてしまうことになったようだ」


 だが、それだけだ。アルス様は言っていた。

 言外に、ミツハが持つ魔剣に傷をつけられた瞬間、俺の運命は死にとらわれるのだと。


 結局、今の一撃で俺は、ただの一合さえも打ち合えずに、この女に殺されたのだ。


「……、……が、あ、あ゛ああぁぁぁぁあぁああぁぁぁ!!!!!!!????」


 絶叫は、遅れて溢れ出た。

 自分が出しているとは信じられない声が斬られたことを認識した瞬間に感じたのを上回る激痛により引き出される。


 アルス様は動きを奪う毒だといっていたが、どうやらそれだけでもないらしい。

 このままだと全身の筋肉が動かなくなる前に痛みによるショックで死ぬかもしれない。


「あ゛あぁああ、あ、あぁ……?」


 まあ、どちらでも同じことだ。 結局俺が死ぬのは変わらない。

 死後の世界があるかは知らないが、まさかこの死に方の違いで行き先が変わることはないだろう。


 閾値を超えたのか、完全に取り返しのつかない領域まで実際に踏み込んだことによる境地か。

 決して冷静になったわけではないのに、俺に残された思考は先程と打って変わって端から一つの事だけに収束していた。


 俺が死ぬのは、もう仕様がない。

 とても嫌だが、既にどうやっても助かる方法が絶望的にないのでどうしようもない。

 例え何かの間違いで天才的な治癒魔術の使い手が現れて今すぐ術をかけてくれようとしても間に合わないだろう。


 だから、俺が死ぬのは仕方がない。


「ああ、あ……あ」


 だが、この聖剣だけは、誰かに渡さないと。


「苦しませて、悪かったな。……今、楽にしてやる」


 昔、誰かがただ人間みんなのために見つけ出して、誰かが盗みだしたことで、奇跡みたいな偶然で、今俺の手元にあるこの剣だけは、絶対に変な奴には渡せない。


「……! ……か、勝手に……!」


 例え、俺が死んだとしても、せめてこれを誰かのために正しく使ってくれる人に、引き継がなくっちゃ。


「……言ってろ、この売女!」

「むっ!?」


 最後の力を振り絞り、俺は愛剣に残された全魔力を滅茶苦茶に起動してその場に放出する。


 そんな俺の最後の抵抗をもあっさりと躱した女めがけて剣を放り投げ、もう動かないと思っていた全身を無理矢理に動かして、俺はたた前へと地を蹴った。


 考えることは、ただ剣をどこかに運ぶことだけ。

 痛みと出血のせいで、もう頭さえ満足に働かない。

 辛うじて動いている足も、まるで生け作りの魚みたいな、かつてしていた動きを繰り返す生の名残りみたい。


 それでも、何度も何度もその度に全闘気を振り絞った瞬動で、俺はただ前に進む。


 でももう、どこにいけばいいのかも考えられない。

 曲がるべき角も曲がらずにただ真っ直ぐに進み続けて、俺はいつしか、当然のように何かの建物の扉にぶつかった。


 そこで、俺に残された力は尽きた。


 もう動くどころか指一本も動かない。

 何故か、俺がぶち当たった建物の扉は開いていたらしい。

 勢いで扉の中に滑り込み、その先の床に転がった。


 そこは、いつかどこかで見たのと同じような、でも一カ所だけそこと違う、何かの祭壇のような場所。


 既に大分が失われていた視界でうっすらとそれを認識した後、少しの間さっきまでとはまた違う脱力感が俺の全身を覆うのを感じ、そしてすぐに何も感じられなくなった。

 ああ、いよいよ、最後だ。


 毒のせいで脳の活動も止まるからだろうか、死の間際に見ると聞いていた走馬灯さえ映らない。


 ……ただ、何も見えなくなる直前。


 見たことのある景色の中、ただ一つ見覚えのない彫像に向ってそれを睨むように見つめる、美しい、銀色の光を見たような、気がした――

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