23 大捕物/エラー
その機会は、存外早くに訪れた。
ミツハとの不思議な昼食から一か月も経たぬ内、こちらから参加を願い出るまでもなくグスタキオの方からクメイトに盗みへの協力を行うよう下っ端を使っての要請が来たのだ。
そしてその盗みは、その話が伝わってからわずか一週間以内には実行に移されるのだという。
この辺りのフットワークが邪道派、奴ら自身の言う新式の盗による厄介といえば厄介なところだ。
潜入により長い時間をかけて事前に入念な調査と戦略を練り人目につかず無傷での達成を狙う本格派の盗賊に対し、奴らは半ば適当に金を持っていそうな家や店舗に押し入り、住人を脅して金を出させた挙句口封じのために全滅させる。
よって準備期間が極めて短いというか、極論不要になる。
もっとも今回はクメイトに要請が来た当たりそこまで行き当たりなものではなく、何らかの事情でそういった脅しが通じない相手の金庫を卓越した開錠の技術をもつ彼に破らせるつもりなのだろう。
ある意味ではハイブリットな仕事だな。最後に全滅させるので明らかに邪道よりなのは間違いないが。
このように普通なら計画性のなさ故に標的が絞りにくい邪道の盗みだが、今回に関していえば対象のアジトや決行の日時場所まで割れている。
標的が集合するのを待ってから騎士団で包囲し、一網打尽にしてジ・エンド。
グスタキオ、終わったな。
それにしてもアルス様暗殺を待つと言っていたくせに、やけに早く動き出したものだ。早漏か。
やはりミツハに前金を払った上、出資を募った相手からの回収がうまくいっていないのが大きいのだろう。
アルス様が健在なのは見回りをしているのを見れば一目瞭然だし、半ば幹部へは事後承諾っぽくなった出資なんてどこの盗賊団だって渋るに決まっている。
俺達は調査の為に仕方なく出資したが、普通ならださねえよそんなの。
増してや最近は騎士団の活躍で盗賊団はどこも資金繰りが厳しく、ミツハの結果待ちで仕事もしにくいのだ。200もの大金そんなに簡単に渡すわけがない。
つまりはアルス様万歳、彼についていけば間違いない。一生、いや墓場まで一緒についていきます!
もっともそのアルス様にも、この一か月に実は危機がないわけではなかった。
言うまでもなくミツハの襲撃である。
俺は騎士との接触に気を使っていたこともあり今度の暗殺にはそう都合よく遭遇しなかったのだが、たまたまそのとき近くにいた人間に話に聞くとアルス様が巡回で細い路地に足を踏み入れた瞬間の首への刺突が飛んできたらしい。
今度は前回効果を発揮したアルス様の不得手な地形を選んでの襲撃というわけだ。
もっとも、アルス様もその程度は予想済みだったのだろう、今度は余裕をもって跳躍とともに抜刀を済ませ、こちらも突き技を主体に応戦しあっさりと撃退したらしい。
その手腕は流石という他ないが、無理を悟るや住宅に飛び込みそこらの住人を盾にしながらまたも逃走に成功したというミツハも相当なものだ。
下手に命を大事にとか言わない方がよかったかもしれない。
だが、そんな風に次の襲撃に緊張する生活ももう終わりだ。
今日、これからグスタキオ一味この場総勢約30名に対しての捕り物が終われば、暗殺の意味を失ったミツハは恐らくだがこの王都を去るだろう。
一味がこれで全員なのかははっきりとは不明だが、幹部級は全員いるはずとのクメイト情報があるためこれらを片づければまずアルス様を敢えて狙う意思を継ぐものは残るまい。
今回協力を表明していた他の盗賊団もミツハを雇う金などそうそう作れないはずだ。
ちなみに今回クメイトはそれと悟らせないために相手に混ざって集合しており、俺は騎士に混じって捕り物の方に参加している。
狙う人数が人数だけに捕り逃がしがあったときを考え来るなと言われると思っていたのだが、逆に一人でも使える奴が多い方がいいだろうとの意見が多く参加することになった。
まあ、そう言われれば渋るようなことでもない。精々、悪し様に言われた父と祖父、それに耐えたクメイトの無念を自分の手で晴らすとしよう。
今回は標的となっている家の人間に事情を伝え事前に避難してもらった上で、密かに周囲を包囲し奴らが全員中に入った時点で捕獲に移る手法をとる。
実行は、もうすぐだ。
「む、見ろ、ついに本隊が来たようだぞ」
「ふん、愚かな盗賊どもが。何も知らずにノコノコと! 神聖なる王都の治安を乱すダニどもめ、根絶やしにしてくれる!」
俺の近くにいる他の騎士は二人。
冷静に盗賊達の集結を告げた騎士ユージミンに、鼻息荒く意気込みを語る騎士セオドリー。
今回俺は穴埋め的に配置されたため、普段親しくしているチームでの参加ではない。この二人と本格的に連携をとるのはこれが初めてだ。
ユージミンさんには別に思うところはないが、セオドリーの方は割と貴族然としており何かにつけて平民出を馬鹿にするようなきらいがあるため少し苦手だ。
もっとも二人ともアルス様の元で長くやっている警護騎士、プロフェッショナルなはずだ。事に及んでしまえば特に問題はあるまい。
さあ、そうこうしているうちにもうこちらも動き出すべきタイミングだ。
「よし、全員入ったな。制圧するぞ、続け!」
「承知いたしました!」
「ふん、返事だけは立派だな。くれぐれも足を引っ張るなよ平民!」
いきなり前言撤回したくなるようなセオドリーの態度に内心イラッとしつつも、今まで潜んでいた物陰から抜け出し、包囲を狭めるよう動き出す。
見た感じ俺達と離れた位置にいる仲間たちも、しっかりと同じタイミングで動き出してくれているようだ。
配置された騎士は18名。数こそ盗賊達に劣るが、いずれも訓練を積み練度が違う捕り物の名手達。
この調子であればそうそう討ち漏らしは起きるまい。
「……あ!? 敵襲だ!?」
「何だと!? 何が起きてる!? 一体どこの誰だ!」
「騎士団の糞共だ! すっかり囲まれてやがるぞ!?」
「畜生、罠か! 汚ねぇ真似しやがって!」
「どうなってやがる!? どっから嗅ぎ付けやがった!?」
「言ってる場合か! とっととズラかるぞ! 急げ! 散って逃げるんだ!」
「盗賊共! そこを動くな! 抵抗するとこの場で切る!」
「神妙にし、大人しく裁きを受けろ!」
闇の中、双方お決まりの文句が続々と聞こえてくる。
今回は万一のミツハ乱入が起きないよう珍しくアルス様の現場指揮がないが、特に動きが乱れる気配はない。
そんな見方の様子を頼もしく思いつつ、俺も目の前に逃げ出してきた盗賊の一人の足を狙い切りつける。
可能な限り動きだけを奪うよう加減しつつ繰り出した俺の下段切り【芦狩】で太もも付近を大きく切り裂かれたその盗賊は、あっけなくその場に転倒し絶叫を上げた。
よし、まずは一人!
盗賊達の悲鳴が上がっているのはここだけではない。
俺はまだ一味の残りがいると考えて尋問の為に多少の加減をする気でいるが、基本的に他の騎士達はこうなった場合動く相手には容赦をしない。
多くの殺人を含む犯罪を起こした平民はほぼ確実に死刑か、極稀に運がよくても奴隷送りと決まっており、こんな盗賊を奴隷として使うような人間などいるはずがない以上生かしておく意味があまりないからだ。
別に俺も余裕があれば生かしておこう程度の心構えではあるが、彼らのある意味でのやりすぎにより盗賊の余計な反発を招き調査効率を低下させていた面は否定できないだろう。
まあそれは今更ここで論じることでもないのだが。
しかし、思いのほかこちらに流れてくる盗賊が多いな。
辺りの地形と奴らのアジトの位置関係からしてこちらに逃走を図る人数は多くないと踏んでいたのだが、奴らは奴らで長年に渡る荒事の経験から包囲が薄くなりそうな方角を読んで逃げ出しているということだろうか。
もしここから逃げた奴が俺に気付いたら面倒になるし、これはちょっと油断するわけにはいかないな。
一人気合を入れなおしていると、新たにこちらに逃げ出してくる数名の盗賊が見えた。
俺の左側少し離れたところで剣を振るっているセオドリーの近く、ここにきて妙な統制でもって五名一丸となり逃走を図る集団の中に、見知った顔が二つある。
クメイトとグスタキオだ。
他の連中も恐らく団のトップ付近に当たるであろう幹部らしい。クメイト以外の連中が纏っている闘気は今夜これまで切ってきた盗賊とは段違いといっていい。
セオドリーはイメージ通りローゼス貴族派の使い手で対人戦闘は下手でなく、むしろ十分な使い手なのだが一対多数の戦いにはそれほど精通していない。
相手のレベルが比較的高いこともあり、俺と、セオドリーを挟んで反対で戦っていたユージミンさんは慌てて援護のためセオドリーの方へ足を向ける。
盗賊達もそのままでは逃げきれぬと見たか足を動かしつつもそれぞれに剣を抜き、微妙に散開しながら応戦の構えを見せた。
引き抜かれた奴らの獲物はいずれも盗賊達が好んで使うような短刀ではなく、丁度俺達が使っているのと同じような形状の諸刃のロングソードだ。
しかも、少し距離がある上に塗装されているため判別しにくいが、形状から見て恐らくその全てが魔封剣だと思われる。
面倒だな、高価な魔封剣をこれだけ揃えているとは、流石は腐っても大きな盗賊団の幹部集団といったところか。
魔封剣は知っての通り誰が使っても侮れないし、効果も物によって違うために前もっての対策がとりにくい。
例えば同じ雷属性の魔力が込められた魔封剣でも、俺のように切り結んだ相手の動きを止める補助的なものから、放射して直接ダメージを与えるものまで千差万別だ。属性と効果によっては逃亡を防ぐのが難しくなる。
更に奴らはグスタキオを中心とし、優先して逃がすような連携を見せ始めている。
ミツハの件に絡み、特に奴を逃がすことだけは許してはならない。
相変わらずグスタキオのようなゴミ屑カス糞野郎が意味不明な求心力を見せることに頭を悩ませつつ、徐々に一団との距離を詰める。
くそ、本当に思ったよりレベルが高いし、何より集団で戦いなれているな。
さっさと飛び込みたいが、その瞬間周りからフォローが入るのが目に見えるで俺達三人とも中々動き出せない。
と、その時、奴らに混じって走っていたクメイトが、いきなり近くにいた一人の盗賊幹部に体当たりを喰らわせた!
「う、うおぉ!?」
思わぬところからの攻撃だけに、決して威力が高いとは言えぬクメイトの突進にもかかわらずその男は剣を取り落とし、クメイトと凭れ合いつつ少し吹き飛んで倒れた。
でかした、流石だクメイト!
その隙に、何が起きたのかわからず固まっている他の盗賊連中がクメイトを攻撃しようとする前に、俺は一番近くにいる一人を切り伏せようとして――。
不意に嫌な予感にとらわれその動きを止める。
横をみると何と、セオドリーがクメイトと絡みながら倒れている一人を、明らかにクメイトごと切り裂こうとしているではないか……!
「ばっ……!」
かやろう、何しようとしてくれてんだこのボンボンの腐れ貴族野郎が!
という間も惜しんでありったけの力を両足に込め、最速の瞬動で身体ごと割って入りセオドリーの刃を受け止める。
入るのが遅れた分完全には前で止め切れず、奴の剣が少し俺の肩を切り裂く。
ちくしょう、痛えだろうが!
しかも、その傷と剣同士が接触した箇所から円状に氷が広がり始めている。
糞面倒臭い事にコイツの剣も水、というか氷の魔封剣だった。
ていうか俺に当たってるんだから発動すんな、止めろやカスが!
「邪魔をするな、ソラ=シド!」
「そっちこそ、何やってくれてんですか、あんた!」
「黙れ! 盗賊は全て切り捨てる! それに、貴様やリムルだけならまだしも、何故貴族である私がこのような下賤な元盗賊の連中とともに働かねばならんのだ!この機会に諸共始末してくれる!
全く、フェニックス卿も所詮は平民落ちなどする下品な一族の出ということだな!」
こ、こいつマジで殺してやろうか……!
俺やクメイトだけならともかく、天使であるリムルや最早神に等しいアルス様にまで暴言を吐きやがるなんて……!
「二人とも、何をやっている!? セオドリーも馬鹿な真似をやめろ、今日この包囲をしけたのは誰のお蔭だ!」
そう俺達を諌めながらも、見ればユージミンさんは奴らがクメイトのお蔭で乱れた瞬間に自分の前にいた一人を、その後俺達が言い合っている間にクメイトともつれていた一人までも仕留めている。
こっちのゴミと違ってなんて頼りになる男なんだ。これから兄貴と呼ばせてもらおう。
いやそんなこと思っている場合じゃない、残る二人を早く仕留めないと!
「シドだと……! てめぇ、あの餓鬼!? まさか、てめぇ……、は、図りやがったな! クメ、お前もか!」
グスタキオはさっきの一幕で逆に俺達が生み出してしまった隙に逃げようと距離をあけつつも、こちらを見やりながら俺とクメイトの裏切りを罵倒する。
くそっ、セオドリーの馬鹿のせいで完全に身バレもした。
これで逃がしたら今後の活動に大きく支障がでる。益々逃がすわけにはいかない。
グスタキオは未知の魔封剣を手に持っているが、もう躊躇してはいられない。
こちらを見やりながらも逃げるグスタキオの逃走は思った以上に速いが、夜間住宅地での移動速度で俺に勝てる奴はそうはいない。
たちまち他の騎士に先行し一人追いつき、それと同時に切りつける。
奴も、身を返して応戦した。俺達の剣が交差する。
ぐ、上から体重も載せてるから重いぞこのデブ……! だが、こう鍔迫り合いなってしまえば俺のパライズバイトなら……!
喰らえ!
「!?」
そう必勝を確信して魔封剣を起動したはずなのに、迸るはずの雷は全くといっていいほどグスタキオに流れた様子はなかった。
雷の魔力が発動しない!? まさか、魔力切れ!? そんな馬鹿な!
いや、違う! あのボンクラ貴族の馬鹿につけられた剣表面の氷のせいで、剣と氷の界面で魔力が炸裂しグスタキオに通じていないのだ。
その間にも俺とグスタキオのぶつかっていた剣が弾けた。
再度剣を振りかぶったグスタキオの右腕を今度は横に躱し、奴の体に向けてこちらの剣を叩き込む。
色々と予想外が重なったが、これで、終わりだ!
終わらなかった。
意外と早い反応でかわそうとしつつ空いた左手で急所をかばったグスタキオ、俺の剣はそのかばった左手を肘の上から切り飛ばすに留まった。
ちぃっ、往生際が悪い、追撃を……!
「お頭! 行ってくだせぇ! ……グギィィヤァァァ!」
その時、俺の上体めがけて斜め後方から三本の大きな氷の矢が飛来した。
何とか仰け反って躱しつつ矢の来た方向を見れば、少し離れた位置でユージミンさんと競り合っていた盗賊が、わが身も顧みずこちらへ援護を飛ばしたようだった。
「この、くそ餓鬼がぁぁぁ!」
それを受けて、叫びながらグスタキオは自分の剣を地面に刺した。
一瞬の間を置き、俺の足元から無数の巨大な岩の棘が衝き上がる。強力な土の魔封剣によって生み出されたそれは、俺の崩れた体勢では躱しきれない攻撃だった。
咄嗟に全闘気を防御に回したおかげで大したダメージは受けずに済んだが、足元の地形変動により転倒は免れない。
その隙にグスタキオは、今度は俺に完全に背を向け一目散に家の蔭へと走り去っていく。
「小僧、覚えてやがれ! ……てめぇは、てめぇだけはどんな手を使っても殺してやるからな!」
そんな奴の捨て台詞が聞こえる。
急いで身を起こした俺と、手下を片づけ追いついてきたユージミンさんは追跡しようとしたが、もう奴の姿は見つけることができなかった。
その後、他の場所で役目を果たした騎士達も加わった総出により夜を徹した探索が行われたが、その夜、終ぞグスタキオが捕えられることはなかった。




