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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
16/32

15 リムルⅡ/ミラージュ

「報告はよくわかった。

 チームのメンバーが一人しかいないという不運にもかかわらず、よくやってくれたね。一人襲撃者の行方がわからなくなってしまったとはいえ、住人への被害を防げた時点で十分な働きだ。

 元はといえば捕り逃がしがあったのは今日の任務を一人でよしと判断した僕の責任なのだし、これ以上を望むのは欲深に過ぎるというものだろう。

 ソラも非番だというのに追跡から逮捕まで協力してくれて、助かった。チームを空けていた二人に代わって礼をいうよ」


 リムルの報告を聞いたアルス様の反応は、この通りだった。

 リムルが自嘲していたような俺達の非を咎めるような言葉は一つとしてなく、素直に言葉通りにお褒めの言葉を貰えたと受け取っていいだろう。実際、一緒にやっていた俺が自分でいうのも何だが、寧ろイレギュラーな事態に下っ端二人でよく対応した方だと思う。


 ただ、アルス様の言葉はそこでは終わったわけではなかった。


「ただ、その逃げた一人というのは勿論見逃せない。二人を責める気持ちは全くないが、足取りが分からなくなってしまったというのは事実だからね。居場所がはっきりとわかっていた時とは対応も違ってくる」


 それはそうだろうな。尾行のときのように三人で固まっていては捜索としては効率が悪いだろうし、その尾行をリムル一人に任せてまで他に行うべき仕事があるという先輩二人をアテもなくうろつかせるというのも賢くはないかもしれない。


「丁度ソラのほうは少し手が空きそうだし、折角だからこちらも担当しては貰えないだろうか。新人二人だけでのチームにはなってしまうけれど、今回の対応を見る限り君達なら大丈夫だろう。息も合っているようだしね。

 とりあえず再探索がメインにはなると思うけれど、奴らが逆恨みして報復を仕掛けてくる可能性も十分ある。注意して協力しあってやってくれないか」


 乗りかけた船を放り出すのは気持ちが悪いし、リムルとまた組めるというのであればこちらとしては願ったりだ。先ほどの言葉といい、これはもう兄公認の仲といっても過言ではないな。

 それ以前に一番上の上司であるアルス様にやれと言われれば断る言葉はないのだが。

 とはいえ、一応言っておかないとならんことはある。


「勿論アルス様がそうおっしゃるのであれば微力を尽くさせていただこうとは存じますが、明白に騎士を名乗っているあるリムルと一緒にいるところを俺を知っている盗賊達に見られますと、今後の任務に支障をきたす可能性がないとは言い切れないかもしれません。

 今日見られた盗賊を逃しているので今更かもしれませんが、奴らは俺を知らないはずなので……」

「あ、そうか。それは確かにそうだね。うーん、でも他に空きそうな手もないしな……。

 リムル、君の意見はどう? 必要とあらばソラと他を入れ替えるということは可能ではあるけど」

「そうですね……。私はまだそれほど騎士として知られてはいないと思いますので、同年代であるソラと一緒にいるところを見られましても直ちにソラと騎士団の関係が疑われる可能性は高くはないかと。今後どうやってもソラの存在が明るみに出る可能性はゼロにはならないと思いますし、最悪存在が割れたとしても今は幸い他の伝手があります。逃亡した賊の顔を実際に目視しているソラにお願いするのがよいように考えます」


 それもそうだな。

 美形が多い貴族出身の騎士に混じっても目立つリムルが騎士として知られていないかどうかは疑問だが、実際に顔を見ているというのは大きい。どうせいつかはバレそうな気がするし、それが今になってもクメイト達がいれば何とかなるような気がしなくもない。

 それにしてもこれはアレだな。脈あり、というか赤いラインで繋がってるな。間違いない。


「うん、それもその通りだね。僕としてもいつまでもは正式な騎士であるソラをこのままにしておく気はないし、それが今になっても最悪構わないか。大丈夫だと思うけどね。

 そういう訳だからソラ、改めて頼めるかい?」

「勿論です」

「では頼むよ。リムルの本来のチームメイトには僕の方から手が空くようなら探索に加わるよう伝えておこう。最後に、くれぐれも気を付けるようにね。騎士が守らなくてはならないものの一つに、自分の命があることを忘れないこと」


 そのアルス様の言葉で今日は解散となる。こうして俺とリムルの即席チームは翌日もともに探索に向かうこととなった。


---


 その翌日。

 早朝からリムルは俺が住んでいる店の前まで迎えに来てくれていた。俺も早めに起きて詰所へ彼女を迎えに行こうと思っていたのだが、出鼻を挫かれた格好だ。

 それにしてもこんなに早く俺に会いに来てくれるなんて、これはもう愛だな。


「昨日はそちらの都合も鑑みずこちらの都合を押し付けてしまった形だからな、せめてもの礼儀だ」


 とはリムルの談。俺としては嬉しいくらいなのだが……まあ逆の立場を考えると気にする気持ちもわかる。


「いや、中途半端に他に回されるより余程いいんだが。まあそんなことを言っていても仕方ない。ところで今日の方針はどうする?」

「そうだな……。手としては既に割れている関連したアジトを見張るか、あるいは昨日事件のあった辺りから探索や聞き込みをやってみるしかないと思うんだけれど……」


 言葉の最後が少しだけ弱気だ。だが俺もそのくらいしか思いつかない。


「そうだよな、手がかりはそのくらいしか……。それなら俺は、押し込みがあった地点から当たりたい気がするな。アルス様の言うように報復があるとすれば連中もそこらで張っているかもしれない」

「そうね。私も一カ所で見張っているよりは歩き回る方が好きだ。そう簡単に足取りがつかめるとは思えないが、今日はそちらでいってみよう。分散するのもいいがアルス様の指示もあるしな」


 どんな文脈であってもリムルの口から好きだとか言われるとドキドキしてしまうな。聞き返したらもう一回言ってくれるだろうか。

 いや、ウザがられそうだからやめておこう。


「了解」


 リムルの言うように簡単に足取りが追えるとも思っていないが他にアテもない。とりあえず今日一日辺りを探索してみるとしよう。


---


 そうして二人の熱い話し合いにより決めた方針の元、俺とリムルは事件があった場所付近での探索と聞き込みに一日を費やした。

 が、夕暮れ時になった今でも決定的に足取りを掴むことはできなかった。

 元々トントン拍子で話が進むと思っていたわけではないのでそれほど精神的ダメージはないのだが、気分が明るくなるようなことも勿論ない。例え重度のマゾヒストだとしてもこのシチュエーションで喜ぶ奴はそういないだろう。


 目撃証言や逃亡者が踏み荒らしたとみられる箇所は何カ所かで得られたのだが、いずれもがある箇所を境に途切れてしまっていてその後は逃げた方向もつかめない。

 証言にしても真っ直ぐ直線でアジトに戻るわけもなし、中々逃走経路を確定するのは難しい。


 今日もう少しこの周囲で聞き込みを行い、それで駄目なら奴らのアジトのうち幾つかを根気強く見張り続けるしかないかもしれない。

 王都から離れて逃げてしまっている可能性だってあるし、その場合には一旦優先度を大きく下げ、半ば他の案件のついでに進めていく形になってしまうこともあり得る。


 そんな風に二人で考えていた時だった。


 不意に俺達に向け、遠方より殺気が放たれたのを感知する。

 咄嗟に身構えてから間もなくリムルの顔面めがけて、おそらくは手で投擲するものであろう、先端の尖った矢のような物体が飛来した。

 アルス様の予想通り、やはり奴らは奴らで俺達を捜し報復の機会を伺っていたのだ。


 俺が庇おうとするまでもなく、狙われたリムルは即座に自らの剣でそれを木端微塵した。

 わざわざ剣での迎撃を選択したのは、瞬時の内に避けるのは容易いが流れ矢が周囲にいくと不味いことまでを判断しての行動だろう。

 以前リムルが俺の判断を褒めたことがあったが、彼女のそれが俺に劣るということは決してない。


 矢の飛来した先、そう遠くない位置にいた殺気の主である襲撃者は、初撃を防がれるとあっさりと逃亡に転じた。その鮮やかな撤退の動きは明らかに予定調和だ。

 元々この手の遠隔攻撃にはほぼ闘気が乗らない上、狙った相手には発射より早く感知されてしまうためまともにダメージを与える目的での使用ではあるまい。


 これはどう見ても、


「誘いだな」

「ああ、どう見ても罠だな。だからといって逃がす手はないが」


 それはその通り。探していた手がかりが向こうから来てくれたのだから、罠だろうがなんだろうがある意味願ったりだ。

 普通に考えて待ち受ける人数が多ければ不利にはなるだろうが、昨日程度のレベルが相手ならそれなりの人数がいても対処できる自信はある。

 勿論以前料理屋でみたような、俺やリムルを越える実力をもった盗賊がいる可能性は否定できないが、そんなものは極めてレアなケースだし、もしそうだとしても二人でならなんとかできるはずだ。

 俺だって最近の訓練で奴にだって簡単にやられないくらいには闘気がレベルアップしている。

 昨日の今日でそんなに多くの手練れを集められるとも思えない。

 ここは、恐れず虎穴に入っていくべき局面だろう。

 

 そう判断し二人で即座に追跡する。

 襲撃者は引込役だけあってなかなか逃げ足は速いが、俺達が追いつけないほどではない。複雑な経路を逃げているわけでもないため、順調に距離を詰めていく。


 もうほんのあと少しで俺の一足の間合いまで詰められるかという、丁度その瀬戸際、襲撃者はある一軒の家の開け放たれていた窓から屋内へと飛び込んだ。


「ここで待ち伏せか? ここは、このまま踏み込む」

「了解。サポートする」


 最小限の会話で連携をとりつつ、構わずに襲撃者の背中に迫る。

 僅かに早かった俺が最後に瞬動で一気に距離を詰め、その背中を切り裂いた。


 部屋の中に絶叫が響く。


 続いてリムルも、瞬動で隣まで一息に飛び込んできて俺と肩を並べた。

 そこで周囲を見回すと、そこがかなり広い部屋になっており、壁に沿うように大勢の人間が立っているのがわかる。


 つまり、完全に囲まれている。

 反射的に俺達が背後を守り合うよう背中を合わせると、横手からボスらしい男が声を発してきた。


「フン! 思ったより速いようだが、まんまと嵌ったな! ノコノコついてきやがって、調子にのった間抜けな餓鬼共が!」


 こちらを威圧するような声音で捻りのない言葉を発する。

 まあ、むこうの望んだ通りのシチュエーションになっているのは確かだろうが……まさかとは思うが、罠だとばれないと思っていたのだろうか?


「てめぇ等はそこで死んだ奴を含めて、五人も俺達の仲間を殺しやがった。餓鬼だからと言って、許してはおけねぇ。特に俺の弟を切り殺しやがったそっちの女! てめぇは半殺しにしたあと引ん剝いて、生まれてきた事を後悔するまで責め立てた後で殺してやる!」


 その言葉に周りを囲む男達、女も何人かいるが、がニヤニヤと声を上げずに笑う。

 その言葉と態度で俺はこの場で全員殺すことを誓いつつも、とりあえず冷静に周りの連中を観察したりしてみる。

 人数は思ったより多い。20人くらいだろうか? よくこんなゴミ屑のようなカス野郎が一日でこの数を寄せ集めたものだと感心する。

 だが、見る限り大した使い手はいないな。ボスは、まあ流石にそこそこだが、このレベルの雑魚が100人いるよりブラントさんが一人いるほうが俺にとっては絶望だ。


「恐ろしくて声もでねぇか? だがもう遅ぇ! 格好つけて俺達につっかかりやがった罰だ、生まれてきたことを後悔して死ね! そっちの男もだ!」


 結局二人ともそうするつもりらしい。そのフレーズ好きだな。

 負ければ俺も貞操の危機らしいが、まあ問題あるまい。

 闘気の差がこれだけあると斬られても致命傷にならないし、一度に一人の相手に複数で攻撃をかけるのは思いのほか難しい。精々二、三人が限度だ。

 それでも全方位を囲まれれば危うい、というか負けるだろうが、後ろ180度は何よりも防御に長けたミラージュを操るリムルが確実にカバーしてくれる。

 なら、恐れることなど何もない。


 後ろではリムルが構えをとる。

 本気になった彼女がいつもそうするように、若干後ろに引いた形で構えたため自然俺達の背中が軽く触れた。

 そこから伝わる彼女の体温が、闘気を生み出す俺の細胞一つ一つを更に活性化してくれる錯覚を感じる。


「黙りこくりやがっておもしろくもねぇ! 命乞い一つできねぇのか、最近の餓鬼は! もういい、お前ら、殺せ!」


 苛ついたように発せられたその言葉を合図に、周囲の敵が一斉に攻撃の動作を開始する。

 俺達は不動のまま、部屋の中央で背中合わせにそれを迎え撃った。



 戦いは、すぐに終わった。


 能力差に加え、強力な魔封剣二本が一方の勢力にだけ存在していたというのも大きい。

 最後に残った二人の内、下っ端の方の一人を背後でリムルが切り捨てた悲鳴が聞こえる。


「ば、馬鹿な……あれだけの人数が、こんな餓鬼二人に、こんなにあっさりと……!?」


 俺の目の前で腰を抜かすボスらしき男はそんな言葉を口にした。

 最後まで芸のない言葉を吐くものだな、と思いつつ、奴の心臓に向け剣をつきつける。


「た、助け……!?」


 命乞いの言葉を言い終わる前に、俺の剣が男の心臓を貫いた。


 この三か月で何度か捕り物を経験したとはいえ、人を切った経験は今日を入れても数えるほどだが、部下を使って暴力にまみれた略奪を繰り返し欲望のままに罪を重ねるこの男を切るのに比べるとパッと見可愛らしい見た目をした有害な魔獣を切る方がよほど心が痛む。

 仮初の盗賊業で本格派を騙っている時ならまだしも、騎士であらんとする時ならこんなときに躊躇はしない。元々俺はそこに関しては割り切れる方だ。

 それにここで俺が手を汚すのを嫌っても、現行の法ではどの道すぐに死刑になるのだから仕様がない。

 第一、未だ名も知らぬほど因縁のない相手ではあるが、先程力もないのにリムルを侮辱した時点でこの男の運命は決まっている。

 幸い俺が魔封剣を使った何人かは息があるようだし、尋問はそいつらからやればいいだろう。


「ふう、終わったか」


 言って、息を吐く。


 あっさりと終わりはしたが、考えていた以上には消耗した。

 戦闘前は思い切り自己暗示を掛けつつ冷静を保ったが、ただでさえ実戦経験が多くない俺が、大したことがないとはわかりつつもこれまで相手取ったことがない人数と戦ったのだ。

 本音を言うと、とても緊張していた。動きが硬くならなかったのは共に戦った愛剣と、相方のおかげだ。


 緊張はリムルも同様だったのか、彼女のほうでも大きく息をついていた。

 吸い込んだ息の血臭にか、軽くその端正な顔をしかめつつ、俺の言葉に応じるよう声を掛けてくる。


「ああ、終わったな。流石はソラだ。最後まで安心して背後を任せられたぞ」


 それはこちらの台詞だ。

 リムルはどうかしらないが俺は彼女がいなかったら今立ってはいられなかっただろう。


「そっちこそな。リムルと、リムルの選んでくれた剣に助けられた。

 戦闘中、ほとんど動いていなかったじゃないか。壁か大木に背中を預けてるような安心感があったおかげで、動きが乱れずにすんだ。

 ……いや、悪い意味じゃないよ!?」


 思わず誤解を招きかねない表現をしてしまったことに慌てて弁解するが、彼女は気にした風もなく笑いながら、


「そうか? ふ、ふふ、そういって貰えると私も初めてミラージュを学んでいてよかったと思える気がするよ」


 と言った。


 変なとらえ方をされずに済んだことに安堵し、未だ血の臭いが濃いこの場には場違いなほど可憐なその笑顔に見惚れそうにはなるが、それ以上にその言葉は俺にとって聞き過ごせないものだった。


「初めて……?」

「ああ、意外か? だが事実だ。私はこれまでミラージュ流という流派と、その戦い方が好きだと思ったことはない。はっきりと嫌いだといってもいい」


 それは、色々な意味で意外すぎる発言だった。


 リムルは戦いが好きだ。

 戦闘狂とまではいかないと思うが、剣と剣術、そして戦うことを好んでいる。

 だから、だろうか。

 今彼女は少しハイになっていて、普段の彼女なら言わないであろうことを話してくれようとしている。


 そしてそれ以上に意外なのは、彼女がミラージュ流を嫌いだとまでいったことだ。

 あれだけ剣術が好きで華麗にその技を使いこなす彼女に限って、そんなことなんてあり得るのか。

 それに第一、嫌いなら他に……。


「何故、態々嫌いなものを選んで鍛えているのか、と言いたそうな顔をしているな。

 それも簡単な話だ。私が剣を学べたのは父親からだけで、その父親が習得していたのは主にミラージュだったからな。

 他に習いにいくほど裕福な家庭ではなかったのだし」


 尚も微笑みながらリムルは語る。

 アルス様とリムルの元の家庭、つまり故アルデバラン氏の家族が裕福ではないというのは聞いていた話だ。

 だからそこに驚く理由はないし、そもそもこの話だけではリムルがミラージュを嫌う理由になっていない。


「私は、その父の剣が好きではなかった。

 昨日だったか、私はアルス様のことも、自分が平民であることもわだかまりはないと言ったな。あれは本心だ。

 兄であるアルス様には何の落ち度もないし、騎士として尊敬している。

 平民であったが故に苦労したことはないでもないが、そんなものは虚飾にまみれた貴族であることに比べれば些細だろう。

 だが父と、その剣に関しては違う。守るべき主も、部下も、そして自分さえ守れなかった父の剣は、嫌いだ」


 その言葉の途中で彼女の顔から笑みが消える。それは、その言葉が嘘でない証拠なのだろうか。


「ソラがアルス様からどこまで聞いているのかは知らないが、私の家が貴族を追われるきっかけになったのは、ある探索の失敗にあった。

 その失敗は、父が部下や主を守り切れなかったがために帰路で起きた不幸だ。

 それも当然だろう。ミラージュは守備的な印象を与える裏で、必殺の間合いまで相手を誘い込み、強引に隙を作り出し立て直す暇もないうちに殺し切る、後手必殺を目的とした剣術だ。

 その過程で攻撃を受け流す技術が多数必要となるため必然的に防御も上達するが、それはあくまで自己のみを守る業に過ぎない。

 他者を守るなら一秒でも早く先に相手を切り倒し、場にいち早く安全を作り出すローゼスの方がよほど優秀だ。

 今日ソラが安心して戦えたというのなら、それはソラ自身が私を壁としてうまく利用しただけで、ミラージュだからどうこうというわけでは決してない」


 そんなことはない。

 例えそうだとしても、その利用できる壁を作り出してくれたのは紛れもないリムルのミラージュだ。それは間違いない。


 そう言わなければと思うが、リムルの言葉はまだ続いていた。

 それは、まるで堰を切ったかのようだ。


「そんな自分しか守れない剣だから、父の率いた部隊は壊滅した。

 挙句、その唯一守れるはずだった自己さえ、ただ一度のミスでか損ない、帰路を襲った盗賊達を満足に相手にすることさえできなかった。

 そんな父も、父が使っていたミラージュも、私は嫌いだ」


 そう一息に言い切って、リムルは言葉を切った。


 その言葉を、俺はどうしても否定したかったが、真っ直ぐに否定する言葉は見つからなかった。

 そもそも、本人が嫌いだというものを一体どうやって否定すればいいのだろう。


 俺にはわからない。


 わからないので、俺も別の話をすることにした。

 別の、詭弁かもしれないけれど、彼女の言葉を否定するための話を。


「俺の父と祖父は、盗賊だった」


「知っている。クメイト達がソラのことを若と呼ぶ理由が、他に思いつかないからな」


 完全に不意打ちだっただろうにもかかわらず、リムルは戸惑うようなこともなくその俺の言葉に応じた。


 ありゃ、そうなのか。つまり盗賊の家系イコールアウトということではなさそうか。

 それは喜ばしいことだが、俺が今からする話はそんな次元でなく彼女との距離を開くことになるかもしれないので、そんなことでは喜んでもいられない。


「じいさんと親父は、俺が生まれる三年くらい前に、最後になったある盗みを働いた。

 ある貴族とそれに従った騎士達が命からがら持ち帰った宝の山を、彼らの命を助けるかわりに奪い取るという、質の悪い仕事を。」

「……!!」


 ここまで言えば聡明な彼女でなくともそれが差すことがわかるだろう。

 つまり、リムルの父を貶め、貴族の座を追われることとなる事件のきっかけとなった盗賊の子孫が、一体誰なのだということが。


「……父から、その盗賊は一団が力尽き倒れる寸前に現れ、実際に治療をして食事も与えていったと聞いている。感謝することはあれ、恨むことはできない、と」

「貴族の方もそう言ってはくれたらしいな。

 でも俺は完全にそうは思いこめないし、当事者たちも簡単に割り切れたことだとは思わない。

 事実アルデバラン氏は貴族を追われた後必死になってその盗賊達を捜し、そして、執念でそいつら見つけだした」

「……」

「だが、そこで見つけた憎いはずの盗賊の首領達に彼は何もしなかった。

 その理由は、少しだけ俺の推測というか、願望が入るけど。そこで見つけた盗賊達と、都を追われた貴族が、どういう訳か幸せそうに暮らしていたからだと思う。

 ……騎士アルデバランは、取り返せたかもしれない己の名誉を犠牲にして、その貴族達の穏やかな生活を守ったんだ。」


 リムルは途中から言葉を発することなく、衝撃を受けた顔をして俺の話を聞いていた。


 そして俺が自分の勝手な想像を話し終えて言葉を切った後、少しの間顔を伏せ、無言で佇んだ。

 それは、俺の言葉を反芻し整理するとともに、反論の言葉を探すためのものだったのか。

 本当のところは俺には分からない。

 だが、やがて顔を上げた彼女は、絞り出すような声でもっともな反論を述べた。


「……それが事実だとしても、それは父がその剣で何も守れなかったのは別のこと、でしょう?」


 それは、全くもってその通りだ。

 だが、それでも俺は、この気持ちを伝えたかったためにこの話をしたのだ。


「そうかもしれない。確かに、これは詭弁だ。

 だとしても、じいさんと、俺のもう一人の祖父と母かもしれない人達の生活を己を犠牲にしてまで守ったアルデバラン氏を悪く言うことは、たとえ彼の実の娘であろうともしてほしくはない」

「……!」


 俺の、本当に勝手な言葉を聞いてハッとしたような顔をするリムル。

 こんな、彼女とのラインが切れるかもしれない話をしているのに、そのいつもと違った表情を見ることができて幸せな気持ちになる。


 そしてその顔を見て、俺はもう一つの勝手な本心を語ることに決めた。


「勝手だが、それが俺の本心だ。

 ……そしてもう一つ勝手な事をいうと、俺が一目で美しいと思ったリムルの剣を、君自身に嫌ってほしくはない」


「……? 私の剣が、美しい……?」


 今度こそ虚を衝かれたかのようにそう繰り返し、徐々に、リムルの顔が紅くなっていく。

 やばい、まじでこんな時なのに何なの。

 なに、この可愛い生き物。


「ああ。君の動きは、例え殴られている最中であっても、本当に、すごく綺麗だった」


 その名の通り、時に蜃気楼のように相手を惑わすその流れるように滑らかなその動きを。

 美しいと感じないであろう剣士などいない。


「綺麗……、綺麗……、か……。……そう、ね。昔見た父の動きは、今思い出しても、確かに……」


 頬を上気させながら綺麗、綺麗と繰り返すリムルは、いつまで見ていても可愛い。

 でもこれ以上みていると俺が溶けてなくなりそうなので、名残り惜しいけどそろそろこの場を離れることにした。


「つまらない話をしたな、できれば忘れてくれ。

 ……息がある盗賊達も起きそうだし、そろそろこの場をなんとかしなきゃな。もう少し人手がいるし、俺がひとっ走りして詰所に呼びにいってくるから、リムルはここで見張っていてくれ」


 持っていた捕縛用の縄を渡しつつ、そう伝える。

 リムルは未だここではないところを見ているような顔をしていたが、その言葉にはしっかりと頷いてくれた。


 彼女に背を向け、建物の出入り口へと歩き出す。



「……ソラ」


 その背中に、彼女の声が掛けられた。


「ん?」


 首だけで振り向き、返事を返す。


「ソラ=シド。……いい名前ね」


「――」


 それはかつて、彼女が変だと評した名前。

 俺自身も変だと思う、筋金入りの変な名だ。


 いつか由来を尋ねたとき、祖父は笑いながら、

「俺がミドファで息子がドレファ。それに苗字のシドを合わせて、音から引いた余りでつけた名だ」

と言っていたっけ。


「そうか?」

「ええ。……ひどく君に似合った、とても素敵な名前だわ」

「――」


 今日は彼女にいろんな表情を見せてもらったけれど、その言葉と共に見せてくれた笑顔はその中でもとびっきりだ。


 そんな彼女が言うのだから、そうやって適当につけられたこの名前も、きっと悪いものではないんだろう。


 ……もしかしたら。

 リック=スカイなんちゃらとかいう、とある貴族にもちなんだ名前かもしれないし。


 どう返すべきなのかもわからず、恥ずかしかったので、顔を背けて何も言わずに外にでる。



 いつからだろう、家の外にはすっかり夜の帳が落ちていた。


 一度だけ空を見上げてから走り出す。


 今夜の天気は生憎の曇り模様。

 それでも見上げたソラでは、時折蜃気楼のように揺れる星たちが秋の夜空を明るく照らしていた。

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