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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
15/32

14 リムルⅠ

 クメイト達が密偵活動に参加してからおよそ三か月が経ったある日、俺はブラブラと目的もなく下町を散歩していた。


 彼らが参加してからというもの、俺達や騎士団の日頃の仕事量は飛躍的に増大していた。

 それもこれも、クメイトが何人かの知人を通して自分たちを邪道派に紹介するよう依頼をかけ、その結果コンタクトをとることに成功した連中を多くマークすることができるようになったためだ。

 それ自体は俺達密偵の活動の証であり、自分達の存在価値を示すとともにこれまでより遥かにアルス様達の役にも立つのだから喜ばしいことだ。

 だが一方で、物事の変化における初期段階の常として、一時的に大量の仕事(具体的には観察対象の激増)が発生したため人手が圧倒的に足りていない状態が続いていた。

 何せ一組の観察を行うのにも相手の移動や分散への対応、連絡係等のため1ローテ最低3人くらいは必要となるものだから、このところ騎士団の面々はほとんど休みもなく働きっぱなしだ。

 俺も若干立場は違えど彼らと同等か或はそれ以上に活動している自負があった。


 今日は、ようやく事態が少しは落ち着いてきたということもあり、久しぶりに貰えた丸一日の休暇となる予定だった。

 久々に朝の存分な惰眠を貪った後、午前中をダラダラと小料理屋の部屋で過ごし、午後からは三か月前から時間の合間を見ては何とか続けている騎士団詰所近くにある訓練場での鍛錬に充てた。

 その訓練を3時間弱で切り上げた今は、下町へ戻り店でも冷やかそうかと考えていたところだ。

 鍛錬は少々物足りない感じではあったのだが、折角の休みだし体力を回復し明日以降に充てたいという思いがあった。


 そうしてフラフラと何件か店を梯子し、普段プライベートではあまりこない人通りの少ない店の方へも足を伸ばしてみた時。

 店や家同士の合間にある細い通路に、若干挙動不審気に佇む、ある見た目麗しい人物の姿を見出すことができた。

 露骨に不審者であるにも関わらず俺に圧倒的な安心感を与えてくれるその人影は、我らが第五騎士団所属の女性騎士で俺の同期にして不動のマイ天使、リムル=ライオネスその人であった。


 リムルは通りから身を隠すように家の陰に身を潜め、時折身を乗り出しては、通りの俺がきたのとは反対側方向の先にある人影を観察している。

 その仕草は、間違いなく尾行だ。それもあまり上手ではない感じの。

 想像するまでもなく彼女は俺と違って勤務中であり、マークを付けている人物の足取りを追っているのだろう。

 天使であるリムルにストーキングされるとは、誠うらやましい連中なことである。


 しかし、先にも触れたが彼女の尾行はまだあまり上手とは言えない。俺などその初々しいともいえる仕草を見るだけで昇天しそうになってしまうが、もし周りに他の人がいればその不審さに直ちに騎士団に通報されてしまうかもしれない。

 それも当たり前で、彼女はじいさんに盗賊業の基本をそれと知らず教えられていた俺と違い、それまでそんな訓練を行っていたはずもなく、騎士団に入ってもまだ半年程度しか経っていない。

 ただでさえ一人での尾行は難易度が高く、それでなくともその整った顔立ちのために人目を惹きやすい彼女がこの短期間で尾行をマスターしていたとしたら、逆にリムルの将来が心配になるいうものだ。ヤンデレ、カコヨクナイ。


 しかしそれ故、というか彼女でなくとも原則的に騎士団では先輩とチームを組んで尾行に当たることになっている筈なのだが……?

 どうみても他に騎士団の仲間がいるようにも見えない。


 そう不思議に思いながらリムルに近づいていくと、彼女の方でも俺に気が付いたようだった。

 声を掛けつつジェスチャーと目で少し歩かないかと誘いを掛ける。

 彼女は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに気を取り直すと俺の横に立って並んで歩き始めた。

 利発な彼女のことだ、自分でも自身の尾行がイマイチであることを理解しており、二人で歩けば自然に観察対象との距離も詰められると即座に判断したのだろう。


「やあ、仕事中みたいだけど、一人?」

「ああ。前方の二人組を追っているのだが、生憎今日はチームである御二方とも外せない別件があるとのことで……。現状複数あるアジトを確かめるための尾行で、連中もすぐに何か事を起こすような気配がないので私一人でも何とか追えると判断されたのだが、思った以上に難しいな。

 ……そういうソラは非番のようだが?」


 まあ予想していた通りの答えだ。

 リムルは俺と同じく数少ない平民出身の騎士であり、更に父の代で貴族の座を追われているだけに若干複雑な立ち位置にいるのだが、本人の美しさもあってか少なくとも騎士団内では全く差別のようなものを受けている様子はない。

 むしろ男の先輩騎士共に粉をかけられまくっているのが心配の種なくらいだ。主に俺の。この騎士団にイジメはありません!

 例によっていつも二人してリムルにアプローチしているっぽいチーム先輩二人がいないというのだから、それはもう本当に忙しいのだろう。


 それなら俺も遠慮なく、準備していた言葉をかけるとしよう。


「ああ。今日は訓練も早めに切り上げたんだけど特にやることもなくてウロウロしてた。

 良ければ、手伝おうか? 二人の方が自然に見られやすいし、相手の分散にも対応できる」


 その言葉にリムルは少し躊躇し、だが最後には、


「すまないが、頼めるか? ここで逃がすようなことがあっては信頼して任せてくださった先輩方やアルス様に申し訳がたたない」


 と頼んできた。彼女はこうして、ちゃんと自分の能力を判断した上で仲間を頼れる女性だ。

 こちらも別に社交辞令のつもりでいったわけではないので二つ返事で了承する。


「本当にすまないな。ソラも久しぶりの休暇だろうに……。だがどうにもまだ尾行には自信が持てない。この埋め合わせはいつか必ずさせてもらう」

「気にしなくていい。別にアテもなくもう少しウロウロする予定だったから大して変わらないしな。無駄な散財もしなくて済む。寧ろ役得ってもんだ」


 後半の言葉に首を傾げながらも、リムルは少し笑ってくれた。

 天使である彼女のその笑顔を見れただけでも、残り少ない休日を費やした見返りには十分すぎるというものだ。

 役得ゥ、役得ゥ!


「しかし堂に入った尾行だな。実に自然な振る舞いだ。いくら直接盗賊に接する機会が立場上多かったとはいえ、私と同時期にこの仕事を始めたとは思えない」

「い、いや二人いればこのくらいは誰でも……。それに実をいうとちょっとした家庭の事情により昔から少しだけ似たような類の訓練をしたことがあってですね……。いや決して人知れず気になる女の子の後をつけるとか不純な目的の為に訓練したわけでは……」


 単に俺の尾行を褒めただけであろうその言葉に勝手に墓穴を掘った挙句、一人で言い訳になっていない言い訳をして背中に汗をかく俺。

 彼女は盗賊に関わったせいで貴族を追われたといってもよい過去を持つ家庭の出身だ。俺がその盗賊の一族と知れたときの反応は読めない。

 この子に嫌われたくない……。


 話題をどう変えようかと頭を悩ませていると、折よく前方の男たちに変化があった。


「合流……か? 今一緒になって歩き始めた三人は、今までみたことがない顔だと思うが……」

「そうなのか。それなら尾行した甲斐があったかもしれないな。それに二人や三人でなく五人も連れ立つとなると、行く先で集会かなんかがある可能性もあるかもしれない」


 自然話題が変わったことに軽く安堵しながらも、これはもしかしたら増員が必要かもしれないなと思考を走らせる。ここから人を増やそうとしたら当然詰所まで走っていくことになるわけだが、そうなるとその役割を担うべきなのは間違いなく俺だ。一旦手伝いを引き受けた以上文句を言う気はないが、距離があるので少々面倒と思ってしまうのは如何ともしがたい。

 しかし、5人とも俺の知らない盗賊だな。最近別行動も多いクメイトから直接情報が回った賊か、あるいは騎士団の独自調査で見つけた連中だとみえる。


 だが、目前の男たちの挙動は俺の予想をこえて急展開へと向かいつつあった。

 五人はそのあたりではやや大き目な民家の近くで足を止めると、家の中と周りの様子を伺うような動きを見せ始めた。

 とっさに二人して横道へと身を隠す。運よく近くに交差があったため、もし見られていたとしてもただカップルが道を曲がったようにしか見えまい。

 だが、何か頷きあっているようだが、アイツ等……。


「まさか、押し入る気じゃないだろうな……。ただの民家だろ、アレ……」

「だが、アジトに入る前の確認にしては様子がおかしい。これは……、ッ!」


 その時、正に五人は一斉に家の敷地へと押し入った。


 まさか本当にやるとは……! 不味い、当然今から応援を呼びに行く暇などない。

 リムルと二人で瞬動術を駆使して一気にその家へと近寄る。

 迷っている暇もない。大丈夫、俺一人ならいざ知らず、リムルと二人なら住人を庇いながらでも対処できる程度の相手であるはずだ。


 その勢いのまま、俺達も家の中へと飛び込む。

 玄関となっている場所から扉一枚を隔て横に曲がった先、おそらくは家で一番広いリビングであろう部屋で物音が上がっている。俺とリムルは並んでほぼ同時にそこへと踏み込んだ。


 賊と襲われかけている二人の住人の姿を見咎めるや、即座にリムルが声を上げる。


「第五騎士団だ! 無駄な抵抗を止め、武器を捨てろ。従わないものは切る!」


 以前聞いた、彼女の兄が言ったのとよく似た投降を呼びかける言葉。

 それを聞いた賊は驚き慌てたようだが、その中の一人はすぐに我を取り戻すと、


「警護騎士団だと? フン、餓鬼が二人じゃねぇか! おい、お前ら、かまうことはねぇ、こいつらからやっちまえ!」


 と、どこかで聞いたことがあるようなお決まりのセリフを発すると、その言葉通りに襲い掛かってきた。


「愚か者共が!」


 と、リムルもこれまた聞いたような彼女に似合わないセリフをいうと、武器を手にして跳びかかってきた二人に愛剣による抜き打ちでまとめて対応した。


 以前の試験で俺を相手に何度か見せたのと同じ類である、斬撃に対するカウンター技、ミラージュ流【流】。

 リムルの持つ魔封剣ウインドドレッサーに秘められた風の魔力を解放しつつ繰り出されたその技は、二人の攻撃を同時に流しつつ、一人をそのまま切り伏せ、もう一人は風で体ごと吹き飛ばし壁まで叩きつけた。


 魔封剣の性能もさることながら、剣自体の技量も同じ技ながら俺のときとは精度、威力ともに段違いだ。

 騎士団に入って半年、俺よりも多くの訓練と実戦で磨かれたリムルの剣は前見たときより遥かに鋭く見えた。


 最近まで大した鍛錬が行えていなかった俺には立つ瀬がないが、それでも俺も自分に跳びかかってきた相手を難なく処理する。

 壁を使っての三角跳びからの空中斬撃を仕掛けてくる相手の身のこなしは中々のものだが、所詮こいつらは大した訓練も受けていない、剣士ともいえない邪道を行うだけの盗賊だ。纏っている闘気からしてまともに俺達の相手をできるレベルじゃない。

 余裕をもってこちらから間合いを詰め、前進しながらの切り上げローゼス流【天翔斬】で迎撃する。

 予想より早く迎え撃たれたことに驚きの表情をみせた相手がとっさに振るった短刀と、俺の剣が交差した瞬間こちらも魔封剣パライズバイトの魔力を開放する。

 正直限りある魔封剣の魔力を使うのも勿体ない相手ではあるが、それをケチって万一手間取ることがあっても面白くない。

 放たれた雷の魔力に全く抵抗もできずに固まる相手の鳩尾付近を狙い、膝を叩き込む。

 手荒ではあるが死ぬことはなく、しばらくはまともに動けないくらいだろう。

 リムルに斬られて確実に死んだであろうやつよりはマシだと思え。


 リムルは残り二人に備えて構えていたが、そいつらは一瞬で三人を殺害及び無力化した俺達に形勢不利を見て取ると即座に逃亡を開始した。

 リムルもすぐに追うが、その動き出しはやや遅れている。

 ミラージュにだって自分から仕掛ける技は幾らでもあるが、構えからして後ろに体重を残す彼女らは割と足を止めたがる傾向があり、それが仇になったといえば仇になった格好だ。

 それでも何もなければあっさり追いついただろうが、一人に追いつき切りつけたときにもう一人が逃げながらも投げてきた短刀を防御する間にそいつには距離をとられ身を隠されてしまった。

 家が密集しているだけに身を隠しながら移動する相手を再び追うのは難しそうだ。


 俺はというと、リムルに吹き飛ばされた相手が逃げようとしていたので失神させていた。これは俺が少し判断を誤ったかもしれない。


 一人が逃げ去った方角を忌々しげに見つめていたリムルは、こちらへ向き直ると仕留めた四人が完全に沈黙しているのを確認してから申し訳なさそうに俺に言った。


「すまない、一人逃がしてしまった。今から追うのも困難だろう」

「いや、俺が向こうを先に仕留めるよう動くべきだった。コイツはしばらくまともには動けなかっただろうに判断を誤った。申し訳ない」


 実際リムルは三人をしっかり仕留めている。

 機動力では彼女にも負けないはずの俺が一人しかやれなかったのが問題だ。

 言って、頭を下げる。


「そうではない。住人の安全が最優先な以上、動き出そうとしたそいつを先に処理するのが正しい。もし彼らが人質にでもされたら、面倒ではすまない事になっていただろうからな。

 元はといえば大した相手でもないのに出方を待った私の落ち度だ。先の二人を仕留めた時点でこちらから打って出ていれば、少なくとも見失うことはなかった。不覚だ」


 一応は俺もそういう判断をしたのでそういって貰えると気が楽にはなるが、リムルが一方的に自分のせいだと思うのはよろしくない。

 元はと言えば人数的に万全というわけではなかったのが悪いのだ。それで住人に被害がなかっただけ上出来とするしかない。

 つまりリムルにちょっかい出すくせにこんな時にいないチームの先輩二人が悪い。俺と立ち位置を替わるべき。


 そう言おうとした時リムルが溜息をつくと同時につぶやいた。


「折角仕事任せていただき、ソラに協力までしてもらったというのにこの様では、信じて任せてくれた先輩方やアルス様に合わせる顔がない。ただでさえ忙しい時期だというのに……」


 リムルは思った以上に落ち込んでいるらしい。いつもの彼女ならこう思っていても口には出さないだろう。

 実際被害は防げたのだし、そんなに落ち込むことはないと元気づけたいのも山々だが、それより先に前から思っていた疑問がつい口からこぼれていた。


「前から気になってはいたんだが、アルス様とリムルってどういう関係なんだ?」

「うん? どうとは?」


 不意を突かれたのか、思ったより明るい声で応じつつリムルは彼女にしては珍しい、きょとんとした顔でこちらを見た。

 やだ、翅のない天使がいる……。


「いや、その。実の兄妹と聞いたんだが。仲、いいのか?」

「ああ、そのことか。アルス様から聞いたんだな。……悪いように見えるか? それだとアルス様の部下として少し問題があるのだが」

「見えないな。でも、格別いいようにも思えない」


 まず呼び方が他人行儀だしな。

 まあリムルが「アルス兄様ー♡ ラーブラーブ♡」とかやっていたら嫉妬してアルス様に喧嘩を売ってしまい返り討ちにあっている可能性が高いが。


「ふふ、そうだろうな。その認識で正しいよ。

 確かに私とアルス様は同じ両親から生まれた実の兄妹だが、私が物心ついたときにはもう向こうは貴族で、私は平民だったからな。

 接点がほぼない以上、仲が良くも悪くもない他人というのが正直なところだ」


 ふーむ。まあ、そうだろうな。

 仮に今俺が知らない家族がいて、それを教えられたとしても他人としか思えないだろうし、そんなものかもしれん。

 だが……。


「その、気を悪くしたらすまんが、リムルも本来なら貴族だったんだろ? 何というかそういう……。いや、突っ込んだことを聞いて悪い」


 いかん、つい言ってしまった。アルス様がただの部下にこんなことを言っている時点で変だし、墓穴を掘りかねん。

 それにそんな個人感情をきいて一体何になるというのだ。


「それもアルス様に聞いたのか? そちらは随分アルス様と親しくされているようだな。

 だが別に気にすることはない。さっきも言ったが私は気づいた時には平民であることが当たり前だったからな。それにアルス様も平民落ちした家の出身ということで随分と苦労なされたこともあったようだし。

 同じ血を分けた兄妹だというのに、何故こうも出来が違うのかと思うことがないわけではないが、彼に対して含むところは全くない。

 仲がいいわけではないが、尊敬する兄であり、上司だ」


 真っ直ぐに俺をみてそういうリムルはとても嘘を言っているようには見えない。

 本当に別にわだかまりとかはないのだろう。

 確かに、既に人間を超越している感のあるアルス様と比べればリムルは色々と劣るかもしれないが、彼女の出来は平均よりいいに決まっているし、彼女も嫌味でなくそれをわかっているに違いない。何より俺の天使というアルス様には代われない役割ももっているわけだし。

 別にアルス様とリムルがどんな仲だろうと何が変わるわけではないが、少し安心した。


「さあ、息のある奴が目を覚ますかもしれないし、住人も落ち着いたようだ。そろそろ動きだして処理を進めないと。悪いがソラにももう少し手伝ってもらうぞ」


 そうだった。こんなことを長々と話している場合じゃない。さっさと奴らを連行し、住人にも証言を貰えるよう伝えておかないと……。


「わかってる。俺は息のあるやつを縛り上げて死体も軽く処理しておくから、リムルは住人への対応を頼む」


 それに了解、と答える彼女には、もう落ち込んでいる様子はみられない。

 つまらない話をしてしまったが、彼女の意識が意味のない自嘲から逸れたのであればそれでよしとしよう。

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