13 誓いの後/邂逅・銀の少女
そうして俺達が誓いの言葉を口にした後、俺たちは詰所まで連れていかれ、一人ずつ別の場所で話をすることになった。
俺が話をしたのは先ほどの戦闘で斬りあいを演じた中年の男性騎士ブラントさんと、やはりというかアルス様だった。
ちょっと締まらないというか、ぶっちゃけた話をするとアルス様は俺が考えていたほど深い話だとは思っていなかったらしい。
アルス様は俺とブラントさんが打ち合っているところから見ていたらしいが、その時点で俺が行動を共にしている盗賊仲間が邪道派の捕り物に紛れ、それにブラントさんが切りかかった為に俺が思わず割って入ったのだろうと大まかな事情を理解していた。
そこで事態を丸く収拾しつつ、予てから考えていた、ある程度信用のできる年季の入った本格派の盗賊を俺のサポートとして密偵にする、という計画をも実行に移したというだけのつもりだったらしい。
流石はアルス様、演技も主演男優賞クラスでいらっしゃる。
そういうつもりであったため、完全に頭が落ち着いた後も何故か涙がとまらず延々と涙声で喋っていた俺を見て、アルス様は結構慌てていた。
「いや、僕も考えが全然足りていなかったよ。
心も立ち位置もバランスとりが難しい仕事だとわかっていたのに、サポートが全くできていなかった。彼らの懐柔だって、もっと早くやれればよかったんだ。
ごめんよ、僕だって綺麗事だけで潜入がうまくいくなんて思ってないから全然、本当に最初から全く怒っていないから、ほら、もう泣き止んで?」
と、小さい子供みたいに慰められてしまった。
いや彼からみたら全然子供もいいところだろうが。
ようやく涙が止まってから色々と説明し、別にアルス様を恐れて泣いていたわけではないとわかってもらうのにえらく時間がかかってしまった。
この後もしばらくは子供扱いされることになってしまいそうだ。まあ仕方ない。
だがそんなことは関係なしに、俺としては遅ばせながらもここで覚悟を決められたので、よかった。
幼児並の感想だが、これまで俺は都合よく考えすぎていたのだ。
仮にここで心をきめられていなかったら、いつかひどいしっぺ返しを受けていたように思えてならない。
それに、アルス様は俺が思っていたよりも遥かに懐が深く優しい御方だ。
俺に何ができるかわからないが、これから少しでも役に立てるよう頑張ろう。
俺が全力で魔封剣を含むコンボを叩き込んでしまった騎士、ブラントさんとは謝ってちゃんと和解した。というか、やたらと戦いぶりを気に入られた。
後にリムルから聞いた話だと、ブラントさんは等級こそCであるものの基礎能力の高さは並のB級を上回り、戦闘能力は第五騎士団でも有数だということだ。そんなタイプもいるんだな。勿論並大抵のことではないんだろうが、例えセンスがなくともしっかりと鍛えさえすれば強くはなれるということか。
俺はここに来てからというもの碌に訓練もできていない。ちゃんと鍛えないとな……。リムルでさえ騎士団では中の下か下の上くらいの実力だというのだから、俺は下から数えた方が早いんだろう。彼女のことだから謙遜しているのかもしれないが、俺に力が足りないことは変わりない。
ちなみに、俺が密告した方の盗賊団は全員が捕えられるか、抵抗したためにその場で殺されたそうだ。
俺が店でみた4人に、更に呼び集められたのであろう6人を加えた総勢10名。このうち、あの場で先生と呼ばれていた奴を含む6名が殺され、残り4名もその日のうちに情報を聞き出した後、処刑されることが決まったという。
俺達のところへアルス様が顔を見せた時には既に、ほとんど完全にカタがついていたということからも今の第五騎士団の実力が並はずれているということが伺える。
そんなこんなに加えて事のあらましを改めて初めから語ったりしていたら結構遅くなってしまい、明日再度今後の事などについて話すということでこの日は解放となった。
その後アジトへ帰った俺はその晩の間ずっとクメイト、ボウセン、リッシュと話をした。
最初は俺と、クメイトとボウセンとがひたすら謝り合っていて会話にならなかったが、俺はあの宣言が嘘ではなく彼らに本気でアルスに本気で従うつもりだということは伝えた。
それはつまり、今後は同業である盗賊達を欺き、捕えていくであろうことを。
彼らもあの場では同様の誓いを立ててはいたが、本心であるかはわからない。
それでなくとも彼らは俺より遥かに長い期間誇りをもって盗賊業に取り組んできたのだ。
仲の良い仲間だって多い。あの場は止むを得ずそういったが、それを売り渡していくことなど簡単に割り切れることではないというのは想像に難くない。
彼らの言葉があの場限りのものであったとしたら、俺はこれまでずっと良くしてくれ、王都において最も長く共に過ごした彼らと決別の時を迎えることになる。それを覚悟しての話合いだった。
だが彼らは、俺と一緒にやってくれると言ってくれた。
それどころか、
「ソラ様の代で、ついにミドファ盗賊団は騎士団公認の義賊になりやしたね!
それにあのアルスの旦那は慈悲深い、心をもったお方だ。本格派のことをわかってくれていて、俺達だけでなくそんな盗賊達には必ず酌量を加えてくださるとさえ約束してくださった。
今日若と旦那に救われた命、お二人のためならどんなことだってやってみせまさぁ!」
とまで言ってくれた。
勿論それでさえも本心なのか、俺に気を使って言ってくれたことなのかはわからない。が、彼らも日に日に仲間と思っていた盗賊が捕まったり邪道に身を窶すことでいなくなってしまい、かわりに金のために手段を選ばない輩が跋扈していく状況に嫌気がさしていたのは本当なのだろう。
アルス様が今日態々全員に会いに行き、それぞれにかつて俺にいってくれたような言葉で説得してくれたのも大きかったようだ。
さらに彼はクメイトに、奥さんを治療するのにも力を貸してくれるとも言ってくれていたしい。
じいさんを知らず俺と最も関わりが薄いと思っていたリッシュも、口では仕込みが無駄になった、等と憎まれ口をたたいていたが、今後まっとうといってよい仕事で生きていくことに満更でもないようだった。
彼女も元々見た目と違って面倒見のいい優しい子なのだ。都合のいい想像だが、もしかしたら彼女は何か切っ掛けを待っていたのかもしれない。
彼らが協力してくれるのであれば、俺の密偵としての活動は遥かに幅が広がることだろう。
そうして遅くまで4人で話し夜が明けた日の早朝、俺達は王城へと呼び出されていた。
昨日の段階では、また詰所までいってクメイト達が今後の仕事の詳細について話をすると言われていたのだが、今朝になってやってきた使いの騎士がクメイトの奥さんを連れて城へくるようにと伝えてきたのである。
早速治療をしてくれるのだろう。
クメイトにとっては何よりありがたい報酬の先払いだろうが、王城なんてところで一体誰が治療を行ってくれるのだろうか?
貴族の中でも特別に貴いとされる、一部の有力な血統では比較的全属性適正を持つ人間が多いとは聞いたことがあるが、そんな貴族がそうそう関係もない人間のために力を貸してくれるとは思えないし、そもそも高度な医療魔術となると大量の魔力と複雑な制御が必要となり単に適正だけでどうにかなるというわけでもない。
アルス様も全属性だというがもしかしたら彼ならそんなこともできてしまうのだろうか?
だがそれなら詰所に呼べばいいよな……。
そんなことを考えながら担架を担ぎつつ城にたどり着き、待っていた騎士が案内してくれるのに従い内部へと入る。前に面接室やアルス様の執務室に呼ばれた時とは違い、ド真ん中の正面玄関から堂々とである。
これまで数回呼ばれたことがあるうち多少は慣れたつもりの俺でも、一段と豪華な装飾がなされた正面の通路を通るとその雰囲気に圧倒されてしまう。
やっぱり場違い間がすごい。ましてや城に来るのでさえ初めてだというクメイト達は尋常でないほど緊張している様子だ。リッシュが余裕ぶってあの壺高そうとかいっている声も、明らかに上ずっているのがわかる。
やっぱり(元)盗賊といえど王族とかそれに関連するものを敬う気持ちは普通と変わらないんだな。
不思議といえば不思議だが、わかるような気もする。
城に入った後、案内の人についてひたすら真っ直ぐ歩いていくと正面に行き止まり、これまで見られた扉より一際大きな扉があるのがわかった。
これは……?
「聖堂……?」
全く詳しくはないが、多分そうだ。
外にある、街全体を東西に分断するメインストリートのやや北よりの場所に建っている聖堂と作りがとても似ている。
正直俺は真っ直ぐの道の真ん中にあって邪魔だなあとしか思っていなかったが、城の中にも似たような施設があるとは。
俺に限らずこの国にいる人間は信仰心が少ない。
この手の聖堂は、世界におけるほぼ唯一ともいってよい巨大宗教・エメス神教における主神、エメス神を祀っているものであるらしい。
その信者の数は決して少ないわけではないが、ちょっと熱心な者はザフィアス王国にとって一応の友好国ということになっている中立国、その名もずばりエメス神国という宗教国家へと移住してしまうからだ。
必然、国内における聖堂の利用者は少なくなる。
だというのにそう遠くないこの距離に二つも聖堂が作られているのは……? 王族の誰かに信仰の厚い人でもいたりするんだろうか。
「そうだ。その病人の治療はこの聖堂にて行われる。
平生余人には入ることが許されぬ場所だ、おかしなことをしないように。
また治療に当たる方にはくれぐれも失礼のないように、敬意をもって接せよ」
言われなくても何もするつもりはないし最大限の敬意を払うつもりだが、やはり相当な地位の貴族サマが治療をしてくれるっぽい。
アルス様が手配してくれたのだろうが、よく平民の治療を引き受けてくれたものだ。
案内の騎士によって扉が開かれる。鍵は開けられており、中にはもう人がいるようだ。
アルス様だ。
「やあ、来たね。お内儀の容体は大丈夫かい?」
聖堂の中へと進み近寄ると礼拝席であろう椅子に座って書類を眺めていたアルス様も立ち上がり迎えてくれた。
聖堂の内装を直にみるのはそれこそ初めてだが、思っていたより簡素な作りだ。
どこぞの雑誌で紹介されていた、エメス神国にあるという大聖堂のような美しいステンドグラスなど影も見えない上、御神体さえ見当たらない。
もしかしたら普通そういうものなのかもしれないが、ちょっとした違和感があるな。どちらかというと何かの儀式をする祭壇に近いような印象を受ける。
「へい、お蔭様でなんとか持ちこたえております。厚かましいお願いですが本日は何卒……」
「うん、もうすぐこちらにいらっしゃる筈だ。もう少しだけ辛抱してください」
俺以外の三人に対しても、アルス様はすっかり普段通りの言葉遣いだ。
クメイトはしきりに恐縮しているがリッシュあたりは昨日からの変わりようにちょっと胡散臭そうな目を向けているような気がしなくもない。全く、俺のアルス様に向かって失礼な女だこと!
「今日は、どんな方が治療を行ってくださるんですか?」
「うーん、秘密かな。とても貴い御方とだけ……。あ、いらしたね」
その言葉に入口を振り返る。
そこには、護衛であるだろう女性の騎士に付き添われ聖堂の扉をくぐる、小柄な女性の姿があった。
「――」
我知らず、言葉を失う。
女性、いや恐らく俺と同年代であろうから少女といったほうがよいか、は黒いヴェールの下がった帽子を被っているため、はっきりとその顔を伺うことができない。
しかし、その帽子から溢れ長く伸ばされた髪が俺の眼を釘付けにした。
美しい、銀色の髪。
貴族に多くみられる金髪や、大多数がそうである茶髪の他、多数の髪色をした人間が見られるこの王都でもこんな色の髪をした人間を見たのは初めてだ。
磨かれた宝石のような輝きを放つ銀髪。
正直、自然にこんな髪をもった人間が生まれるとはとても信じられない。
「シーリスフィア様が御到着となります」
少女とともに現れた女騎士がアルス様に向かいそう告げる。この女も、おそらくは俺とそう年齢は変わるまい。
それに頷き、アルス様はシーリスフィアと呼ばれた少女に語り掛けた。
「シーラ様、今回は個人的なお願いにお応えいただきまして誠にありがとうございます」
「いいえ。このような事でフェニックス卿への借りを返せるのでしたら安いものです」
それに応じる声もまた、鈴の音のように美しい。
とても小さな声量であるにもかかわらず脳に染み込むかのようなその声に、俺は生まれて初めて、声に魅了されるという感覚を知った。
「患者は重症であると伺っております。早速ですが治療をいたしましょう。……こちらのご婦人で間違いありませんね?」
その問いに、俺と同じように圧倒されていただろうクメイトが辛うじて肯定を返す。
「事情故に顔も見せられない無礼を、どうぞお許しくださいね?」
「と、とんでもございません。あ、あの、どうぞ、よ、よろしくお願い……」
一つの椅子へと横たわらされた患者へと歩み寄った彼女が近くに立つクメイトにそう声を掛ける。
掛けられた側のクメイトはそれだけの返事を返すのにドモり噛みまくっている。
正直俺も声を掛けられたらまともに返す自信がないので彼を笑えない。
こんな緊張アルス様の圧迫面接以来だ。
そんなクメイトの様子を見て少女はヴェールの下で薄く微笑んだようだった。
それに更に固まるクメイトを余所に患者に向きなおった彼女は、
「失礼いたしますね」
の声とともに手を伸ばし露出した手の甲に軽く触れた。
先の言葉通りさっさと治療を始めるらしい。恐らくは目を閉じ対象の情報をスキャンしているのだろう。
高度な魔術の使用には、強い集中が欠かせない。邪魔をしないようにしないと……。
「……?」
と、そこで俺はある違和感を覚える。
魔力の流れが全く感じられない。
俺には、というか普通の人間には待機状態にある魔力を感知する力などないが、一旦魔術の一部として形をもった魔力であれば闘気と同じ要領で感じることができるはずだ。
少なくとも俺がこれまで見てきた自分や他の人が使用した魔術は全てそうだった。
大丈夫かこれ、と周りを見てみるが、魔術に明るくないクメイト達はともかく、アルス様も全く気にしている様子はない。
使用されている魔術が高度すぎて俺が探知できないだけか?
「……いきます」
そこでスキャンが終了したのか、少女が改めてそう宣言した。
予想していたより随分と早い。
宣言から間髪入れず、患者と触れている少女の指先から始まり、患者の身体全体が強い光に包まれた。
今度こそおかしい。その様子に何かが発動しているのは分かるが、やはり全く魔力が感じられない。言霊も口にしていないはずだ。
何だこれ……。これ、もしかすると魔術とは全く別の『何か』なんじゃないか……?
「……問題なく治療されたはずです。
大丈夫だとは思いますが念のため2、3日は安静にし経過観察を怠らないようにお願いします」
何か、よくわからない偉大なものに触れたてしまったかのように奇妙な悪寒を覚える俺を置き去りに、少女の声が施術の終わりを告げた。
光が続いたのは10秒もなかっただろうか、やはり早い。
見れば、ついさっきまで荒かった患者の呼吸は素人目にも明らかに、まるで嘘だったかのように落ち着いている。
その様子を見て俺の悪寒もすっかり消え去った。
俺と同じくらいの歳だろうに、本当に凄腕としかいいようがないな。
アルス様の闘気もそうだが、ここまで吹き飛んでいると嫉妬などの余地もなく尊敬と憧れしか浮かばない。
しかし、あの術は一体……?
まあこれは一人で考えていてもわかるようなことじゃない。ただ俺が無知なだけかもしれんしな。
今度機会があったらアルス様にでも聞いてみよう。
「あ、ありがとうございました!」
「シーラ様、本当に有難うございました。お蔭で大切な部下の家族を救うことができます」
クメイトとアルス様が続けざまにお礼の言葉を述べる。慌てて俺達もありがとうございましたと続く。
シーラっていうのは愛称なんだろうな。借りと言っていたような気がするがどんな借りなんだろう。
アルス様と彼女は一回り歳が違うと思うが、親しいんだろうか。
ちょっと気になる。
「いえ、こんなことでよろしければ……。
でも、すみません。今日はもう失礼させていただこうと思います」
「わかりました。こちらこそお送りもできませんで申し訳ありませんが、お気をつけてお戻りください。本日は誠にありがとうございました」
その言葉にもう一度、いえ、とだけ答え少女は出口へと向けて歩き出す。
クメイト以外の俺達三人は完全に黙殺された形ではあるが、多分悪気あってのことではないな。
単に話すようなことがないだけだ。こちらとしても話しかけられても困る。
と、中央の通路を出口に向けて歩いていた少女の脚が、通路の傍に立っていた俺の前を横切るとき不意にもつれる。
倒れそうになる彼女を、俺は咄嗟に手を伸ばして抱きかかえる形になった。
「だ、大丈夫ですか!?」
突然のことに戸惑いながらも何とか噛まずに言葉を発する。
うおぉ、咄嗟だったが、これは役得だぜぇ! あ、すんごい柔らかい、なにこれキモチイイ。
「へ、平気です。すみません、ありがとう……」
躓いてしまった羞恥からか、少女も少し慌てたようにそう答える。
遠目ではわからなかったが、こうして支えると何となく彼女の身体には疲労の色が濃いのがわかる。
まあ、詳細はよくわからないが重病をあれだけ短時間で治療するような力を使えば無理もないか。
未だ俺の身体にもたれた彼女は、肘を伸ばすことで身を起こそうとする。偶々半袖の服を着ていたため、俺の肌が露出していた部分に彼女の手が触れた。
あ、ひんやりちめたくてこれまた気持ちいい、なんて思っていると。
「……、……!?」
彼女はいきなり頭を動かしてこちらの顔を真っ直ぐ見つめてきた。
至近距離で真っ直ぐに見たことでこちらからもうっすらと見えるようになった彼女の顔には、驚きのような表情が浮かんでいる。あ、今また俺の知る貴族の顔レベルの平均値が大きく上がった。
この子、やばい。なんていうか、やばい。
「あなたは……? ……!?」
しかしこの反応はどういうことだ。まさか一目惚れされちゃった?
……ということはなさそうだな。そういう反応じゃない。だが顔を見られただけでこんなに驚かれるような心当たりは全くない。
どこかで会ったことがある、ということはないだろう。見忘れることができるような相手じゃない。
そもそも俺と騎士でもない貴族との接点なんて……、強いて言えば例の件だけだが……。
またアレの関係者か? でもそれだと驚くタイミングがおかしいような……。
そういえば、そもそも彼女が驚いたのは俺の顔を見る前だったような気がするな。
「シーリスフィア様! 貴様! シーリスフィア様に何をしている!? 早く離れんか!」
一瞬のうちに俺の中を駆け巡った思考は、護衛である騎士の声によって引き戻された。
慌てて彼女から距離をとる。俺多分悪くない気がするけど謝っておこう。
あれ、もしかして無意識のうちにセクハラを働いたとかないよな? やばい、自信ないぞ。
「す、すみません!?」
「い、いえ、こちらこそ……。……支えていただいて、有難うございます」
そういって顔をそらした彼女は、しかしまだチラチラとこちらを伺っている。
マジで何かしたんか、俺?
「シーリスフィア様、大丈夫ですか!? ……やはりこの男が何か?
おのれ、よりにもよってこの私の前でシーリスフィア様に無礼を働くとは! そこに直れ! 成敗してくれる!」
ちょ、マジで!? 全然全く記憶にない、正常な判断力と責任能力を失っていたので勘弁してください!
「ま、待って! 違うの、違います。……もう、行きましょう。次の予定に遅れてしまいます」
「……シーリスフィア様がそうおっしゃいますのなら……」
騎士は全く納得のいっていない表情ながら歩き出してしまった少女に連れ添う。
去り際、
「……命拾いしたな」
とかちょっと雑魚っぽい捨て台詞を残していった。
危ねえ、最近命の危機が多いな。最も、見る限り失礼ながらあの騎士はそこまで強くはなさそうだが。
「ソラ、君、シーラ様を知っているのかい?」
二人の姿が見えなくなるとアルス様が不思議そうに尋ねてきた。
何と、アルス様も事情をわかっていないのか。
「いや、全く全然これっぽっちも……。一度見たとしたら忘れないお顔だと思うんですけど……」
「そうだよね。うーん……、何かよっぽど日頃の行いが珍しかったのかな?」
アルス様のいうこともよくわからないな。何だ日頃の行いが珍しいって。
「ところであの人のアルス様への借りってなんですか?」
「うん? いや、大したことじゃないよ。ただシーラ様は気にしていられたようだったのでね、
丁度よい機会だったので今回はお力を借りてしまおうかなと。シーラ様の治癒の力は確かだからね。クメイト君のお内儀さんもおそらくもう大丈夫だろう」
あ、そうだ。まだちゃんとお礼をいっていないな。
アルス様が個人的なコネを使ってくれたおかげでこんなにあっさりと治療してもらうことができたんだから。しかも無料で。
「アルス様、今回は本当にありがとうございました。俺達に罪を償う機会をいただいたばかりかこんな……」
「旦那、本当に、本当にありがとう存じます」
クメイトはようやく実感が湧いてきたのか、今更になって男泣きを始めた。
まあ無理もない。治療は一瞬だったし、さっきまでは雰囲気が雰囲気だったからな。
「両方とも、これからの働きで返してくれればいいさ。
さあ、それより僕達ももうここを出ようか。お内儀さんもこんなところでなくちゃんとしたところに寝かせてあげた方がいい。
その後、僕の部屋で今後の話をしよう」
そういって率先して聖堂を出ていくアルス様に、俺達も続く。
最後に、結局誰が祈っているところを見ることもなかった聖堂を振り返る。
明かりが消され真っ暗となった室内には、変わらず神の存在を連想させるようなオブジェクトは存在しない。
だというのに、何故か俺には人を超えた何者かが、ここを覗いているかのように感じられた。
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「では、やはりメインの潜入活動は人脈を活かしたクメイト君と、身軽さといざというときの戦闘能力に長けたソラにお願いしよう」
開いているベッドのついた客室にクメイトの奥さんを寝かせ、その面倒を城の清掃などを行う女中さんに任せた後、俺達はアルス様の執務室にて今後の密偵活動の打合せを行っていた。
まず俺達の現状というかそれぞれがやれること、得意分野について述べ、それを聞いたアルス様が捜査の具体的なやり方を支持していくという形だ。
「私もしばらくぶりに現場に復帰して古い知り合いに探りをいれてみせますよ」
「いや、ボウセン君は今のまま盗賊宿とやらを続け、訪ねてくる盗賊達に適宜探りを入れたりそれら帰った後密かに後をつけて居所を確かめたりしてほしい。
ただ騎士団のメンバーでは難しい見張り等の人手がいる場合には骨を折ってもらうことになると思う」
「承知いたしました。何なりとお申し付けをいただけますよう」
「うん、そうさせてもらう。ただクメイト君とソラもそうだけれど決して深入りしすぎないように。判断が難しい場合には連絡を入れ騎士団の指示や協力を仰ぐんだよ?」
「わかりました」
「リッシュ君は、」
「ハイハイ、あたしは娼館で情報でも集めればいいんしょ? 一番馬鹿な男共のガードが緩むところだし。それに合間を縫って潜入の方もやるわよ。
はぁ、しっかし、あれだけ体を張ったあの女好きの腐った牛蒡政治家のところへの入り込みが無駄になったのは悔しいわね」
早くも慣れたのか、リッシュの言葉遣いというかアルス様に対する態度は既に慣れ馴れしい。
毎度度胸あるよね、君。胸はそんなにないけどね!
その遠慮のない言葉を聞いているとき、部屋にいた一人の幹部は明らかに怒りの気配を醸し出していたが、アルス様は自身は軽く苦笑を浮かべていただけだった。
だが最後の言葉を聞いたとき、思いついたように問いを発した。
「その、女好きの腐った牛蒡政治家って、もしかしてハープーン氏のことかな?」
「バレル=なんちゃら=ハープーンとかいう政治家ね。あたし達は四か月くらい前からそいつが賄賂でため込んでいるっていう金に目をつけてて、私がメイドとして潜入してたのよ。誰かのおかげで結局無駄になったけどね」
一言余計だよ。
いくらアルス様の懐が終末の谷より深いといっても周りの騎士達は多分そこまでじゃないんだから、少しは気を付けろよ本当に……。
だが今度は先ほど怒りを露わにしていた騎士も、アルス様もちょっと考えるような素振りを見せていた。
「アルス様……」
「うーん、もしかしたら何かわかるかもしれないね。
……リッシュ君、悪いんだけど君はもう少しそこへの潜入を続けてもらっていいかな? ちょっと本来の目的とは変わってきてしまうかもしれないけど、全く無関係とも言い切れないかもしれないから」
うん? 本来の目的と違うって何だろうな?
まあ大方汚職政治家ってのが本当ならそれはそれで問題だから何か証拠を掴みたいって話か。
「続けろと言われるなら続けるけど……。あそこのお給料は、まあ、そんなに悪くないし……」
「頼むよ。情報収集やら潜入はそちらが一段落したらでいい。しばらくはクメイト君とソラでも怪しまれずに潜り込めるだろうからね。基本的に行動を起こした連中を一人も逃がさなければ二人が僕達とつながってるということはばれない筈だし」
「へい。なあに、最近は本格派だった連中が邪道に鞍替えするなんてしょっちゅうですからね。何にも疑われずに潜り込めまさぁ」
クメイトは自信たっぷりにそう言う。やはりコネクションは持とうと思えば持てたらしい。
アルス様がクメイトを引き入れたのは正解だったな。やれることの幅が格段に違う。
「頼む。こうなった以上僕達は同じ使命をもった仲間同士だ。第五騎士団の部下達にも言わなければならないけど、これまでのわだかまりは捨てて、市民の安全のため協力して全力で取り組んでもらいたい」
アルス様のこの一言が締めとなり打合せは終了した。
ふう、これからは本格的に物騒な連中への潜入やら捕り物への参加が増えそうだ。危険も増えるけど、遣り甲斐がある。
元々人と競るのは嫌いではないんだ。アルス様に恩返しするためにも頑張るぜ!
しかし結局、シーリスフィア……様の態度は謎だったな。
ほんの短い時間姿をみただけで顔もはっきりとは見えなかったというのにひどく印象が残っている。
長く騎士をやっていけるようであれば、また、会える機会があったりするんだろうか。
……そうだといいな。




