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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
13/32

12 決意新たに/新たな仲間

 そうして息を切らし汗びっしょりとなりながら、俺は金貸し貴族・銭豚バルダリオの屋敷へとたどり着いた。

 周囲はいつもの静寂を保っており、予定していた侵入地点には誰の姿もない。時間はまだ16時にはなっていないはずだ。


 俺の、勘違い……?


 一瞬頭をよぎるそんな希望的な考えはしかし、次の瞬間には打ち破られる。

 突然に上がる鬨の声。


「ザフィアス王国第五騎士団、団長アルス=フェニックスだ。無駄な抵抗を止め、武器を捨てろ。警告に従わないものはこの場で切る!」


 さほど大きくないのにも関わらず、不思議とここまではっきりと聞こえるアルスの号令一閃。

 第五騎士団の精鋭達による捕り物が幕を開けた。


 間に合わなかった!?

 いやあれは声の方向からして俺が密告した盗賊団への捕り物の可能性が高い。

 まだクメイト達が中にいると決まったわけではない。


 焦りを抑え、意を決して壁を越え渦中にある屋敷へと足を踏み入れる。


 果たして、クメイト達はそこにいた。

 予想通り、彼らもつい先ほど行動を開始したところだったらしい。クメイト達は今正に屋内への侵入を試みていただろうところに上がった騎士団の声に驚き、動きを失っているようだった。


 くそっ、遅かったか……! 今回俺はどうしても彼らが侵入前に止めなければならなかったのに……!

 だが、建物を挟んだ位置にいる騎士達がこちらに気付く前ならば、まだ何とか……。


 そんな俺の心の声が聞こえたわけもないが、その時ふと、クメイト達も俺の姿に気付いたようだった。

 その顔に驚きが浮かび、そして次期に意志が戻ったかのように脱出へと動き出す。

 何も手に入れられていないが、こうなっては(ツトメ)など不可能。ここで捕まればすべての可能性が消える。そう判断してくれたのだろう。


 だがそこへ、


「ひ、ひいぃぃいぃ!!」


 包囲をかろうじて突破したのか、必死の形相で逃げてくる店でみた盗賊の一人と、


「フン! ……ムッ!?」


 それに易々と追いつき容赦なく切り捨てる騎士団の一人が姿を見せた。


 最悪……!!


「貴様ら! こんなところに別働隊がいたのか!

 おのれ、仲間を捨て石にして我だけ利を得ようなど、奴らに輪をかけての外道どもめ!

 貴様らに法による裁きの場など必要ない! 俺がこの場この剣で成敗してくれる!」


 クメイト達に気づいたその騎士は、そう叫び凄まじいスピードでクメイト達へと迫る。重量のありそうな鎧を着ているにもかかわらず、なんて速度だ。

 無理もないが、彼はクメイト達を裏で活動していた盗賊の別働隊として状況を理解したらしい。

 このままでは間違いなく追いつかれ、そして弁解の余地なく斬られる。


 それは、駄目だ。


 気付くと、俺は既に無意識の内騎士に向けて駆けていた。

 不味い、これは絶対に不味いことになる。

 頭ではそうわかっているのに脚はとまらない。だが、あの騎士も言葉では止まってはくれないだろう。


「若!?」

「チッ、……?! 貴様!?」


 走りざま剣を引き抜き、勢いのまま騎士へと打ち掛かる。

 途中声を掛けてきたクメイトが今どういう行動にでているか確かめる余裕などない。

 騎士は俺のことを知っていて一瞬とまどった様子だったが、すぐにさっさと俺を無力化べきだと判断したようだ。俺の全身を使った打ち込みを軽くさばくと、すぐさま反撃に転じてきた。


 素晴らしい判断の速さだ。これは、半端をすると話をする間もなく俺も本当に斬られる。


 その騎士は、強かった。今まで俺が剣を交えた人間の誰よりも、抜きん出て。

 一合打ち合う度、その一撃の重さだけで俺の体が吹き飛ばされそうになる。

 遠当てでクメイトを攻撃したりリーチ拡張を行わないあたり彼もC級にカテゴライズされるはずだが、闘気の量と込められた強さが圧倒的に違う。


 いつかリムルと剣の実力について語ったときのことを思いだす。と同時に、何も知らずに奢ったことを抜かしたかつての自分を呪い殺したくなってくる。

 闘気の扱いにはセンスが与える影響が大きいが、量や強さは例外を除き訓練の積み重ねがものをいう。

 ランクが上がったばかりだから上位はない? 何を偉そうに、知ったようなことを。

 この男や他の騎士達を見ろ。目の前にある彼らが長年に渡り毎日行っている鍛錬の量と質の証を見ろ。

 彼らに比べたら俺など、同じC級を名乗るだけでも烏滸がましい。


 だが今は、例え勝てなくても、一瞬だけでも彼を止めせめて命乞いをする時間を作らなければいけない。


 そのための手段は、俺には一つしか浮かばなかった。

 僅か数度の打ち合いを必死の思いでつなぎ、やっとのことで持ち込んだ鍔迫り合い。

 迫り合いとは名ばかりの、即座に敗れるであろう一瞬の均衡の中、俺は愛用する魔封剣、パライズバイトに込められた魔力を最大出力で開放した。


 次の瞬間、


「ぐ、がっ!?」


 漏れ出した魔力が生み出す閃光を伴い、予想を遥かに超える出力で雷の魔力が奔る。

 人に対して使うのは初めてだった、最優の名を欲しいままにするというウールヴ製の魔封剣が秘めた規格外の力に俺の方が驚くが、悠長にビックリしている余裕はない。

 作り出せた隙は一瞬だ。

 俺であったら動きが止まるどころか気絶でもしていたであろうその一撃に、目前の騎士は確かにとっさの抵抗をしていた。おそらく塗装により色を変えていたとはいえ、形状から俺の獲物が何らかの魔封剣であることを予想していたのだろう。

 経験が違う。如何に優れた逸品であろうと、この相手に同じ手はもう二度とは通用しまい。

 だが、その一度きり一瞬の隙に、もう一度魔力を帯びた剣撃とそこからの連撃となる肩口からのタックルを全闘気を込めて叩き込む!


「う、あああぁぁぁ!」


 俺が放った体術の要素を含むローゼス流剣技【猛襲撃】は紙一重で騎士の守りを突破し、その体を吹き飛ばした。

 話ができるとしたら、今しかない。


「頼、少しでいい、話を……! 彼らは……、」


 そう、まとめもせずに話をしようと口を開いたその時、俺は、騎士がやってきた後方から近づいてくる人影に気付いた。


 反射的に言葉を切り俺が視線を送った、その先。

 端正なその顔にいつもとは違う険しい表情をうかべ、英雄と呼ばれる男がそこにいた。


 彼を金髪白服の悪魔と呼んだのは誰だったか。

 成程、この国すべてに希望と安心を与えるであろうこの男は、敵対するものにとっては悪夢というのも生ぬるい絶望に他ならぬに違いない。


 アルスの手が腰に下げられた剣へとゆっくりと向けられる。

 俺がとっさに剣を構え直そうとしたその瞬間、しっかりと視界にとらえていたはずのアルスの身体がブレる。

 瞬動術、と俺が認識した時には既に彼は俺の横に立ち、俺がもつ獲物に向けて剣を振るっていた。

 一体どんな力を加えたらそうなるのか、しっかりと握っていたはずの俺の剣が天高く吹き飛ばされ、数瞬の間をあけた後、さくりと音を立てて後方へと突き立った。


「三人とも動くな。少しでも逃げようとする素振りを見せれば、即座にこの男の首を飛ばす」


 その言葉と共に首筋に突き当てられた剣に、否応なく俺の全身から冷たい汗が噴出する。


 だというのに、頭はさっきまでと比べ物にならないほど冷静になっていた。


 以前も、彼と交わした会話の中でこんな感覚を覚えたことがあった気がする。

 今にも殺されることだってあるかもしれないというのに、不思議と自分のことが見えてくるようなこの感覚。

 彼は、まるで己でさえ知らぬ人それぞれの心を写す鏡であるかのようだ。


 しかし、三人か。三人とも俺をおいて逃げられなかったんだな。本当にお人好しばかりだ。


 その三人は、アルスの言葉に地へと座り、手を地面についたようだ。


「恐れ入りました。潔く刃を頂戴いたしたく存じます。

 しかし、その子はただ愚かな我々の身を案じて追いかけてきてくれただけで、この仕事とは一切関係ありません! どうか、どうかその子の命だけは、お助けくださいますよう……」


 そう言ったクメイトは、見ることはできないが地面に両手両足と頭を着け、土下座しているようだ。


 やはり、彼らと俺はもっている覚悟が違う。

 彼らは、俺と大差ない年齢のリッシュでさえも、当然こうなった時の事なども承知し、受け入れる覚悟をしてここにきていたのだ。

 そして彼らは、未だその覚悟なき俺を何よりも優先して庇おうとしてくれている。


 思えば、彼らと比べるまでもなく今回の俺、いや密偵になってからの俺は最低だった。

 確たる信念もなく流されるままに密偵となったにもかかわらず、祖父の知人たる盗賊達との友好を維持することも望んだ。

 常に場の空気に流され、都度たまたま都合よく用意されていたその場しのぎの回答を選び続けた。

 そのくせ心の内では自分の力を過信し、格好をつけ、周囲におだてられては驕っていたのだ。


「貴様達は幾度も国の一員たる一市民の土地を犯し、財産を掠め取ろうとした。

 更には今回、人殺しをも厭わぬ外道どもと共謀し挙句象徴たる騎士団へと牙をむいた。仮に貴様たちの言い分が真であるとして、この男も確かに騎士に向かい自ら剣を向けた。

 これらは全て騎士団に、ひいてはその母体たる王国そのものに泥を塗る行為である。貴様達全員の処罰は免れない」


 そうしてきたために友好を寄せてくれた仲間の危機へも打算で対応し、心からの協力を惜しんだ。

 辛うじて出した代替案さえ降ってわいたような、祖父が盗みで残した遺産頼りのものだ。

 結果、俺の行動は却って仲間を追い込み、挙句またしてもその場に流され、騎士団に、祖父の行いを知っても俺を信用してくれたアルスに剣を向けた。

 アルスの怒りを買い、呆れられるのも当たり前だ。例えこの場で殺されようとも文句は言えない。


 だが、もし。


「しかし貴様達の、互いに他人を思いやる性根は本物だ。

 故に、一度だけチャンスをやろう。

 貴様達が今後二度と盗みを働かず、私の部下となり償いとしてその全てを暴虐の徒を滅ぼすために費やすと誓うのであれば。今回に限りその命を助け、これまでの罪を清算する機会を与えよう」


 俺には主義主張がない。

 騎士として成し遂げたい夢があるわけでも、盗賊として得たい何かがあるわけでもない。


 だが、もしアルスが、まだ俺を信用し、機会をくれるというのなら。

 その時こそ俺も、俺にできる全てを賭けてその信用に報いよう。


 そう、いつの日か俺に、この誓いを裏切ってでも成し遂げたい何かが芽生えるまで、ただ全力で。


「アルス様!?」


 驚きの声をあげる部下を目で制し、アルスは続ける。


「貴様たちは、自らの安全を捨てても仲間の身を慮った貴様達ならば。

 残虐の限りを尽くし、盗賊の義さえも犯す暴虐の徒を憎み、全力で立ち向かうことも出来よう。

 選ぶがいい。この場で私に忠誠を誓い、時にかつての同朋をも討つ覚悟を決めるか、この場で死ぬかを!」


 三人に声はない。俺がいるために言いたくても言えないのかもしれない。


 関係ない。彼らがどうだろうと、俺は一番に言葉を出さなくてはいけない。

 格好悪くて、彼らや他の盗賊に恨まれ、呆れられてしまう言葉だったとしても。

 彼らとは違うけれど、彼らに負けない覚悟を固め、もう一度。

 もう一度、主に向って今度こそ心からの思いを言葉に出して、誓わなければならない。


 地面に座り、俺もアルスに向かって土下座する。


「貴方に忠誠を誓い、この身にできる全てをもって従います。どうか、今一度の機会をください」


 いつからだったのか、自分でもわからぬ内に、俺は泣いていた。


 だが、気持ちはすっきりとしている。こんな晴れやかな気持ちは王都に来て以来初めてだ。

 背後でリッシュ、クメイト、ボウセンが発している言葉が聞こえる。彼らは俺とは比べ物にならないであろう葛藤を振り切って、異口同音に俺と同じことを誓っていた。


 俺はこうして、ようやく本当のアルス様の部下となった。

 ……今度は仲間と一緒に。

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