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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
12/32

11 八方美人

「さて、問題は騎士団への対応をどうするかだ」


 店に帰ってきたと同時に、思わず独り言を漏らしてしまう。

 だが口にしててはみたものの、そんなものは決まっている。どう考えても黙ってやるしかない。


 まずクメイト達をここで売るというのはナシだ。

 今後の密偵活動に必要だとかそういう事情を抜きにして、彼らは俺が王都に来てから三か月の間最も長い時間を共有した、友人だ。

 例えいつか別離のときが来るとしても、彼らが弱っている今この時に、不要になったから使い捨てるようなマネは俺にはできない。

 随分俺にとって都合のよい友情だが、それでも俺は今回、彼らの前で口にしたように盗賊としての義理を通してみせる。

 

 しかしその個人的な事情に密偵としての立場を悪用して見逃してもらうというのも許されない。

 いくら人命がかかっているとはいえ、密偵である俺が関連した人物だから盗みが正当化されるなんてことがあるわけがないのだ。

 そんな普通の盗みなんかよりよほど質が悪い公私混同が通るはずがないし、そんな行為はクメイト達にとっても侮辱であるに違いない。

 どんな盗賊であれ盗みという行為を美化するつもりはないし、傍から見ればなにを言っているのかと思われるだろうが、彼らが抱いている(ツトメ)への「誇り」は、本格派と邪道とを分ける唯一にして絶対のものであり、俺にとって汚してはならないものだと思うのだ。


 かといって騎士団に何も告げずにクメイト達に加担するのは俺を密偵として信用してくれているアルスたちへの明白な裏切り行為だ。それも密偵としては最もやってはならない類の裏切りだろう。

 この(ツトメ)は見つかる可能性も高いし、見つからなかったとしても俺はこの後ずっと後ろめたい思いを抱いていくことになる気がする。


 だがやはりうまくいってしまうことを祈りつつ、黙って手を貸すしか道はないのか……。


 くそっ、せめてじいさんの残した盗品をちゃんと全部金に換えていれば金貨1000くらいどうとでもなっただろうに……。今から市に流したのではとても間に合わ……、


 ……待てよ? 村を出てから有事に備えていくつかの品を換えておいた金が今手元に、といってもじいさんが使っていた隠れ家にだが、400弱くらいはある。

 それだけでは全然足りないが、クメイトも最近の(ツトメ)で得た金や貯えはいくらかもっているはずだ。ボウセンやリッシュにも金を借りるとしてそれらを合わせればあるいは……。

 いや、多少足りなくても不足分くらいならクメイトが取り入っている商人貴族に借りられるのでは? 

 返すアテはあるのだから最悪今回の標的のような高利貸しに借りてもいい。

 今更俺がそんな金をもっていると言い出すのは少々不自然だが、じいさんが金を残していたというのは別にそれほどおかしい話でもない。


 薄々思ってたが俺ってひょっとしてとんでもない馬鹿でしかも性格最悪じゃねーか?

 いくらなんでも盗賊思考に流されすぎだ。こんなの普通は寧ろ初めに考えることじゃないか……!


 自己嫌悪している場合じゃない。

 そうだ、そうしよう。今すぐにでも行ってクメイトにこの話をしてこないと……!

 今更過ぎる思いつきに、現金にも気持ちが一気に軽くなる。


 その時、すぐ店を飛び出そうとしたとき、俺が借りている部屋へと店の女将さんがやってきた。


「丁度いい、今からちょっとまた外に……」


 言いかける俺の言葉を、


「今、とんでもなく悪そうで感じ悪い4人組のお客さんがいらっしゃったので、例の部屋にお通ししておきましたよぉ」


という女将さんの言が遮る。


 女将さんのいう例の部屋とは、隣に潜むことのできるスペースがあり、かつ全体の構造がやや特殊になっていて、内部の盗み聞きと覗き見ができるような仕掛けになっている部屋のことだ。

 この店は個室を多く用意しており盗賊達などの密談に使用されていることが十分考えられたため、俺がここに住み着いて以来、怪しい客が来たらその部屋に通してくれる手筈になっている。


 丁度いいどころかタイミング悪いな。そんなん今までに数えるくらいしかなかったじゃないか。


「今ちょっと用があるんですが……。それに悪そうって本当ですか? この間もそんなこといって俺2時間もひどいモノ(・・)を見させられたんですけど……」


 あの時は本当にひどかった。思い出すだけで吐き気がしてくる。何かって? 蛙と豚のプロレスみたいなものダヨ!


「嫌ですよぉ、それはもう言いっこなしっていったじゃないですかぁ。

 それに今度のは本当に本当ですよ。あんな悪そうなの今まで見たことないですぅ。

 私たちが見張ろうにも、今ちょっと皆手が離せなくてぇ……」


 本当かよ……。

 今回もあんなん見せられたら、いくらミラー湖みたいに穏やかな心を持った俺でさえ助走つけて殴っちゃうぞ……。

 それに肝心な時に見張る手がないって全然駄目じゃねーか。騎士団から協力費ももらってるくせに……。


 でも仕方ないな。クメイトの方は急ぎたいとはいえ、最悪明日会うときでも問題ないといえば問題ない。


「わかりました。じゃあ俺がちょっと様子みてみます。女将さんは仕事にもどって下さい。

 あ、その客には最初にキツ目の酒でもサービスしてやってくださいね」

「わかってますとも。じゃ、お願いしますねぇ。すみませんねぇ、お任せしてしまって」


 そういいながら女将さんは申し訳なさそうどころかとても楽しそうだ。

 気持ちはわからなくもないがちょいとばかしウザいな。これで全然関係ないようだったら本当に暴れるぞちくしょう。


 だが、そうと決まったらさっさと配置につかねばならない。

 音を消して隠し通路から盗み聞きスペースに足を踏み入れる。


 どれどれ……確かに悪人面だな。それに上座に座っているやつは闘気の感覚からして相当使いそうだ。こんなところからのんびりしているところを見ているのでは全然正確じゃないが、もしかすると俺では相手にならんレベルかもしれない。

 ただ顔と闘気は悪さと関係ない。あんな顔して趣味はガーデニングだったりするかもしれん。先入観は持たんようにしないとな。


 男たちはしばらくの間どこの遊郭の女がいいだの悪いだの、博打がでたのでないの騒いでいる。

 ここまでの話を聞くにあまりお上品な暮らしはしていなそうではあるが、そんなに目くじらを立てるような話でもないな。そしてガーデニングは趣味じゃなさそうだ。


 が、女将さんが料理を運んできたときからちょっと風向きが変わり始めた。


「料理はこれで全部だったな。おい、女将さん、俺たちはこれから大事な商談をするから、こっちから声をかけるまで顔だすなよ。それとそこらのやつも近づけないようにしてもらおうか」

「承知いたしましたぁ。では、ごゆっくりぃ」

「おう、酒サービスしてもらって悪いな、ご苦労さん。……悪くない店じゃねぇか。おい、行ったか?」

「へい」


 ……露骨に怪しすぎるな。これは珍しく女将さんの勘が正しかったか?


「それじゃあ肝心な商売の話をしようじゃあねぇか」

「へっへっへ……。ようやくあの豚野郎に一泡吹かせられる日が来るかと思うと今から笑いがでてくるぜ。

 しかしお前、奴が明日から家を空けるってのは確かなんだろうな? こっちはもう先生にもご足労いただいてるんだぜ?」

「しつけぇ奴だな。俺は一体何回この話すりゃいいんだ。

 ベルガラムにいる俺の友達、こいつは堅気だが、そいつが言ってたんだよ、今日から明々後日になる日にはあの銭豚野郎が金を取り立てにきやがるってな。

 ここからベルガラムに行くにゃあ遅くとも明日にはここを離れなきゃいけねぇはずだ」


 ……何だって? まさかこいつらもバルダリオとやらの家に押し入る気か? いや、今までガードが堅かった家がある時だけ甘くなるというのならそういうことが起きるのは不思議でもないか……。

 あのクメイトが苦労したという情報であるなら他が入手するのは難しいだろうと思っていたが、まさか借り手側から入手している奴がいるとは。


「本当に本当だろうな? だがそれじゃ、先生、本番はお願いしますよ」

「うむ、任せておけ。今日もちらりと様子を見てきたがあの警備程度の連中であれば問題ない。さらに減るというなら、不意を突けば俺一人で傭兵から召使まで全員声を上げる前に殺してみせる」

「流石先生、頼もしい限りだ。さ、さ、もっと飲んでくださいよ。……ところで先生、決行はいつにしやすかね?」

「早い方がいいだろう。明日、片づけてしまおう。そのかわり後払いの報酬を忘れるなよ?」

「勿論でさぁ。じゃあ明日の16時決行予定でよござんすね?」

「夜の闇を待たなくていいんですかい?」

「馬鹿野郎、ボニー、お前。そんなだからいつまでも下っ端なんだよ。

 あの辺の裏通りは夜中よりかえって人が大通りへ出る夕くらいの時間が人通りも減るし、騎士連中も他へ向かうんだよ。

 それにあの家の警備はみんな傭兵だ。最初の何時間かと賊がでそうな夜には気も張ってようが、そのくらいの時間には酒でも飲んで気ぃ抜いてるってもんなんだよ」


 なるほど。それはクメイト達も言っていなかったが、確かに言えているかもしれないな。

 普通ならそれでも明後日を選びそうなものだが、そこは邪道の特徴であるフットワークで時間も先を越されそうだ。

 こうなるといよいよ取れる選択肢はなくなったな。クメイトの奥さんのことは手持ちと借金で解決して、コイツ等のことはさっさと騎士団に伝える以外ないだろう。


「なるほど、流石ですね兄貴」

「うむ。それでよかろう」

「へい。当日は仲間ももっと集めますんで、侵入はあそこがいいでしょうね。あの、今日見ていただいた内の……」


 それからしばらく連中の話を聞いていたが、それ以上の情報は出てこなそうだったのでひっそりとその場を離れる。

 今からの時間だといつもの連絡方法では騎士団に伝わるのが遅くなりすぎてしまうかもしれない。色々と準備に時間も必要だろうし一刻でも早く伝えるようにした方がいいだろう。

 仕方ない、ひとっ走り行って来よう。

 このことをクメイトへも早く伝えておきたいが、そちらはまだ後でも大丈夫な筈だ。

 詰所までであればそれほど時間もかからないし、報告を急いだ方がいい。そう判断し俺は足早に詰所へと向かった。


---


 詰所を後にしたのは日付が変わる直前になってからだった。

 詰所にはアルスが詰めていたため、俺は彼と、彼の側近であるという男女一名ずつの騎士に直接報告することになってしまった。

 何度も説明するような手間は省けたが、第五騎士団のトップ3一同相手に話をしたため緊張が半端じゃなかった。


 しかしなんでこう、この王都に来てから合う人は美形ばかりなんだろう?

 俺も毎晩風呂場の鏡をみてそう悪い方ではないと自賛しているが、もしかしたら不細工なのではと心配になってしまう。美形相手だと余計緊張するんだよな……。


 そんなどうでもいいことは置いておいて、今回俺の報告はそれなり以上に大事だ。

 彼らはそれに驚き早急に準備を指示するとともに、俺の仕事ぶりを称え活躍を喜んでくれた。

 思えばこれだけ意味のある報告は初めてといっていいレベルだからな。

 割と俺の存在をゴリ押ししたであろうアルスや、その側近としても色々喜ばしいのだろう。

 普段出来の悪い子が頑張ると余計可愛いとかもあるのかもしれん。


 そしてその流れのまま食事を共にとることとなりこの時間になってしまったというわけだ。

 料理はとてもおいしかったのだろうが、勿論味などわからなかった。

 ナナギ料理のテーブルマナーなんて知ろうと思ったことさえねえよ。


---


 明くる日、俺は早々にクメイトの家を訪問したが、彼は既に家をでておりそこには知り合いという医者と伏せている奥さんがいただけだった。

 最近はクメイトも回り先を減らしてはいるようだが、そうはいっても外せない先も多いのだろう。

 そこまで詳しく彼の巡回先を承知しているわけではないので追いかけるのは少々味が悪い。

 例の金貸しを見ていれば会えるかもしれないが……俺は普段あまりあのあたりをうろつかないし家の付近で襲撃に備えた騎士達と合っても面倒そうだ。


 結局夕の打合せを待つことになるか。それなら今は隠れ家にある金を回収してきてしまったほうがいいな。


 そう思い向かった郊外にあるじいさんの隠れ家からもどった時には、既に15時半を回っていた。

 遅くとも13時には帰れると踏んでいたが、道中珍しく街道近くに姿を見せた魔獣の対処に参加させられたせいで時間をとられてしまった。

 さっさと終わらせたいと思い無駄に活躍したのがかえって不味く、おだてられ人目を引いたためなかなか隠れ家に近づけなかったのだ。

 飯などいらんというのに、こちらの言うことを聞きもしない。ああいうのは悪気がないだけ余計に質が悪いんだよな……。


 それから急いで待ち合わせ場所であるボウセンの店にいくと、そこにはまだ誰の姿もなかった。


 珍しいな、まだ待ち合わせの時間になっていないとはいえ、この時間になっても誰もいないとは……。

 他に仕事をもち遅刻常習であるクメイトやリッシュはともかく、ここに座っていることこそが仕事であるボウセンがいないなんて……、


 ここまで考えて俺はようやくそのことに気が付いた。

 唖然とする。


 俺は本当に、世界一の愚か者だ……! 

 昨日のクメイトとの最後の会話、奥さんの容体、ついていったボウセン、何か考えていたリッシュ。

 そして何より、誰よりもこの街の人の流れに誰よりも詳しいクメイトが、対象となる家付近での犯行に適した時間を知らない筈がないではないか……!


 気付くと同時に俺の脚は地を蹴る。


 クメイトは店にきた盗賊達に先を越されてなどいなかった。

 クメイトは正にこの時間に仕掛けることを計画しており、俺達を遠ざけるため敢えてこの時間を打合せに指定した。

 ボウセンは長い付き合いでそれを悟り、家までついて行って内密に協力を申し出た。

 リッシュはこの二人が俺を家から遠ざけようとする様子を見て、それを直感していたに違いない。


 落ち着け、まだ間に合う。

 あの店に来た盗賊の話なら人通りが最も絶えるのは16時、それよりあまり早くに現場へいっても逆効果なはず。

 彼らが出たのは俺より一足早いだけなはずだ。


 彼らは今正に向かっているのだ。

 俺の密告により、騎士団が邪道を行う盗賊を一網打尽にすべく潜む屋敷へと。


 間に、合ってくれ……!


 最早人の目も気にせず、俺は夕暮れ近い街を速度を上げて駆け抜けた。

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