10 上辺/クメイト
クメイトと俺が初めて出会ったその日には、お上さんの具合がよくないという話がでていた。
それから三か月も経つというのに、その容体は回復していなかったらしい。
彼女は少し具合が良くなったと思ったら無理をして働きにでてしまうものだから、それも当然といえば当然だったのかもしれない。
俺もしきりに恐縮するクメイトを宥めつつ彼女に拙いながらも回復魔術をかけたことがあったが、普通の回復魔術で回復できるのは体の傷と体力だけであり、それ以上の高度医療には毒属性魔術の併用が必要となる。そもそもそちらの資質をもたない俺では、それ以上やりようがなかった。
しかし、このところその話題が出ていなかったのでまさかそこまで状態が悪化していようとは、思ってもみなかった。
こうなると、いやもう遅すぎるかもしれないくらいだが、その手の高レベルの治療魔術を使用できる医者に見せる他はないのだが、先程も述べたようにそれを行えるのは極めて希少な適正を持ち、かつそれを高度に修めた非常に限られた人間だけだ。
そんな医者はこの王都でさえ何人もいないため、必然人が集中し治療を受けるだけでも相当の、さらには平民が順番を割り込もうというものなら金貨1000枚近いすさまじい額の治療費を請求される。
クメイト達が手持ちでどうにかできるレベルの額ではないのだから、彼らが取ろうとする手段はもはや語るまでもない。本日はそのための話し合いが行われている。
「こいつは手前個人の問題です。
そんな大金を今から二日くらいで作るには計画性もへちまもねぇ、行き当たりばったりでやるしかねぇ。
そんな危険すぎるお盗ともいえねぇようなお盗に人様を巻き込むような真似はできませんや」
「そんなこと言ったって、できることとできないことがあるでしょ。
それだけの金貨、一人で担ぐだけでも大仕事じゃない。無理に決まってるわ。
大体どこか盗先の当てはあるの?」
「なあに、俺も伊達に長くこの道で食っているわけではねぇ。
その気になりゃ2、3軒すぐにでもお盗を果たす家は用意できるし、高々1000枚くらいの金貨を運び出すくらいわけはない。明日にもちゃちゃっと片づけちまいますよ。おやっさんやリッ子達は安心して待っていてくださいよ」
クメイトはこういうが、そんな訳はないだろう。
いくらクメイトが盗賊の広い技術に通じた一級品の腕をもつ一流の盗賊であり、多くの商人や貴族へ取り入ることにも成功しているとはいえ、それほどの金額を手元においている家は限られるしそんな相手は当然ガードも固いに決まっている。
そんな相手にやっつけで、しかも一人で押し込みを掛けようなどとは幾らクメイトとはいえ危険を超えて無謀だ。盗みの方法とか以前に、金貨は無駄に重いし嵩張るため、1000枚となると素早く運び出すだけでも3人は欲しいところだろう。
「クメさん、そいつは無茶ってもんだよ。それにそんなアテが本当にあるんならお前さんのことだ、お上さんがそんなになる前に済ませちまってるだろう?」
「……おやっさん。
そうはいっても、あんな女房でも俺にとっては長年連れ添った相手でねぇ。
あいつは未だに俺がこんな稼業をしてるなんて知りもしねぇ鈍感なんですが、商売をする時には気の付く、なにより真面目な俺にはもったいないような女なんですよ。放っちゃあおけねえんです」
「そいつは勿論だよ。ただ一人で行くなんてのは水臭いって話だ。
なあに、この老いぼれの命はこういうときのために残してあったのさ。
クメさんのお内儀さんなら俺の娘も同然、娘を親より先にしなせねぇために命を張るのは当然だ。
この老い先短い爺なら遠慮なく連れていけるだろう?」
「とんでもねぇや、おやっさん……」
「いくらじっちゃんが昔ならしたっていっても、もう何年現場にでてないと思ってんのよ。それに二人でも手は足りてないでしょ。勿論あたしもいくわよ」
「昔、あのミドファお頭の右腕とまで呼ばれたこのボウセンをなめちゃあいけないよ。
いざとなったら入れ歯を投げつけてでもクメさんを無事逃がしてみせようじゃないか」
「おやっさんその気持ちだけで十分だ。勿論リッ子も連れてくわけがねぇ。
本当に今ならアテはないわけじゃねぇんだ」
「そんなアテがあるなら尚更それなりの人数使って成功率上げたほうがいいに決まってるでしょ。なにも分け前よこせなんて言うつもりはないし、貸しにしといてやるわよ。
クメがあせって突っ込んでとっ捕まるような事があったらあたしが今体張ってしてる仕込みも無駄になるし、この先も稼げる機会がへっちゃうじゃない」
リッシュはアホっぽい見た目の割に結構優しいし、頭悪くもないよな。言っちゃ悪いが意外だ。
それはどうでもいいがやはりクメイトを放っておくわけにはいかない。
しかし俺にとっては簡単に動きを決められることではなかった。
ボウセンやリッシュがクメイトの不幸をどうにかしたいと案じ、それを助けたいと思う気持ちは本物だ。
しかし、やはり彼らは少し一般からずれていると言わざるを得ない。普通、この話は危険だからどうこうというものではないはずだ。
……いや、違うか。彼らはもうとっくに覚悟を決めているだけだ。
自分と、自分と近しい人間のためならば、見ず知らずの人間を陥れることなど厭わないという、盗賊ならば当然持っていなければならない覚悟を。
大した信念もなく密偵を引き受け、なんちゃって盗賊をしているに過ぎない俺と彼らの違いが、その覚悟の有無が今黙っていることしかできない俺と彼らの言動をこんなにもはっきりと分けている。
彼らの行いを身勝手と、綺麗事をいうのは簡単だ。だが、いつもそんな上辺の常識に流されて生きて、一体何を得られるというのだろう。
他人や世界と闘ってでも自分の幸せを求めることは、一個の生物として当然のことではないのか。
俺は……。
「ほら、さっきから黙ってるけどソラもなんか言いなさいよ。
まさかクメを一人で行かせようって思ってるわけじゃないでしょうね?」
そうリッシュが俺に話を振る。
覚悟も決まらぬうち発言を求められ咄嗟に出たのは、自分にとって耳触りがいいだけの格好付けだった。
「勿論、クメさんを一人でいかせるわけにも、奥さんを見捨てるわけにもいかない。俺もついていく。
盗賊としてはまだまだ下っ端もいいところだけどこの中で一番動けるのは俺だ。スピードにも自信あるし、俺がいればとれるより安全な選択肢は増えるだろ?
いざとなったら用心棒の一人や二人、気絶させるくらいのこともやってみせるさ。俺も、今クメさんがいなくなったら困るからな」
「ソラ様、俺には、そのお言葉だけで十分です。
俺もお頭直々の教えを受けた者として手前のことくらい一人でやってみせます。
俺のせいでソラ様を万が一にも危険にさらすわけには……」
「俺もこの道を選んだからにはこんな危険は覚悟の上だ。
それにな、クメさん。もしじいさんが生きてたとしたら、例え個人的な事情が元だろうと、そんな危険な仕事に部下を一人で行かせたと思うか?」
自らの言葉の演技臭さに、今回こそ吐き気がしてくる。
密偵をやっていることなど関係なしに、最近の俺は全てが半端だ。
挙句じいさんのことまで持ち出して自分の居心地をよくするためだけの言動をしている。
ああ、こんなのは駄目だ。無理矢理でもいいから覚悟を決めろ。
言ったからには俺は今回ある程度のことに目をつぶってでもクメイトを助ける。助けるんだ。
そう決めた。よし。
「それは……」
「じいさんだったら、クメさんがそういって聞かないなら縛りつけてでも自分が行くに決まってる。その志を継ぐと言った以上、俺も絶対に行く」
「……分かりました。そうまで言ってくださるなら……助太刀をお願い、いたします。ありがとう存じます。ありがとう、ございます……」
そう言い聞かせた自分を後押しするため、更に自分で演技とわかる言葉を重ねていく。
それに何とも言えない不快感を覚えるが、しかし、その言葉に対するクメイトの返事を聞いたリッシュは小さくため息をつきながらも安心したような顔をした。
これで、いいんだ。
「ただクメさん、この額を置いてある相手のアテってのは本当にあるのか?
偉そうなこと言った直後で悪いけどそっちの方は全く力になれないんだが……?」
「あ、そいつは本当なんです。あの、第七区画の南東隅近くにあるでかい家なんですがね」
「第七の南東……、それってもしかして銭豚バルダリオのとこじゃないの?」
「ああ、あのオークみたいな顔だっていう金貸しはあのへんだったねぇ。
確かにあそこなら1000くらいの金貨は置いてありそうなもんだが……」
「へい。あいつは金持ちのくせにドケチで酒も薬も女もやらねぇってんで、ガードは堅いわ家は空かないわで難儀してたんですがね。最近は俺のマッサージだけは繁く呼ぶようになりやがりまして……つっても泊めたり飯をだしたりってことは一度もなかったんですが……。
何とか聞き出した話から察するに、どうも明日からは6日くらい用心棒共を護衛に引き連れてベルガラムの方へ遠出するようなんです。
家に残るのは数人の召使と、見張ってる目がなければやる気のかけらもねぇ残りの雇われ用心棒ばかりって寸法でして……。
鍵の対処や金庫の位置も大体目途は立ってますし……」
なるほど、流石はクメイト。自棄になっているようでもプランは立っているというわけか。
これは本当にいらん世話だったかもしれんな。だがそれでも危険だといっていたということは、おそらく完全には読み切れないところがあるのだろう。
やはりちょっとした荒事になったときのために俺がいた方がいいのは変わりはあるまい。
「まあ、しっかり聞かせてもらってから、作戦を立てようじゃあないか」
「そうですね」
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「じゃあ大雑把にはそんな感じで、決行は明後日夜にするしかないでしょうね。
残りはまた明日日中ちょいと観察してみて夕方更に詰めやしょう。16時くらいにここで如何ですか?」
「了解です。ちゃんと間に合うといいんだけど……」
「知り合いの下町医者がいうにはもうしばらくは薬でも持たせられると……。
この盗がうまくいけば大丈夫だと思いやす」
「そうか、そんならよかった。じゃあクメさん、今日は帰って傍にいてやったほうがいい。私も一度顔ださせてもらおうじゃあないか」
「いや、気を使ってもらっちまって、本当になんと礼をいったらよいか……」
「ああ、じゃあ俺も行きますか。魔術で体力だけでも回復すれば多少は違うでしょうし」
「いや、他の知り合いがやってくれますんで、これ以上ソラ様の手を煩わすには及びやせん。
ほら、例の若が住み込んでるっていう料理屋も忙しくなる時間でしょうし、折角いいところに潜り込んで仕込みも進んできてるのに今働きを疑われたら台無しだ。
俺のことはどうか気にせず、どうかご自身の盗のことも考えてやってください」
実際は店の人は俺のやっていることを知っているからそんな心配は全くいらんのだが……。
まあ医者がやっているというのなら、敢えて素人の俺が行ってこれ以上クメイトに気を遣わせても仕方ないか。
「……」
リッシュが無言で立ち上がる。彼女も潜伏先で仕事が増える時間帯なのだろう。
何か考えていたようにも見えたが、結局何も言わなかったのをみると関係のないことだったのか。
俺も一旦帰って騎士団への対応をどうするか考えるとしよう。
「それじゃ俺は一旦帰らせてもらいます。おやっさん、クメさんの奥さんによろしく」
「ソラ様」
アジトを出ようとする俺をクメイトが呼び止める。
要件は、まあ礼だろう。しかし呼び方がすっかりソラ様に戻ってしまったな。
「お頭の元部下とはいえ、出会って間もない俺なんかにこんなに気をつかってもらって、本当にありがとうございました。……どうか、よろしくお願いします」
「お互い様ですよ。クメさんも、会ったこともなかった俺を随分親身に世話してくれた。俺が曲がりなりにも盗賊として何個か盗を果たせたのもクメさんのおかげなんですから。」
「とんでもねぇや。やっぱりお頭の仕込みは確かだった。これまでの盗での働きに俺が教えられたことは何にもねぇ。お前様なら俺にあわずともやってのけていた筈ですよ」
そんなことはないんだよクメイト。俺は、本当にあんたがいたお蔭で一応仕事をすることができている。
……それは少し、クメイト達が思ってくれているのとは違うことだけど。
周りにも自分にも嘘ばかりな今、恩返しとして、あるいは罪ほろぼしとしてクメイトを助けたいと思う気持ちだけは、俺の本心だと思う。
「そんなことないって。じゃあ、また明日の夕方に」
これ以上いてもお互いに相手の言い分を否定するばかりだろうから、俺は返事も聞かずアジトをでる。
照れくささもあったが、その場にいたら何故か湧きあがり続ける罪悪感に耐えられそうもなかった。




