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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
17/32

16 リッシュⅠ

「バレル=オルクス=ハープーン氏が普段やっていることは黒に近いグレーと判断してるんだけど、少し離れたところでちょっと気になることがあってね」


 この事件に関するあらましを聞いたのは、リッシュ達が密偵として活動することが正式に決定したその日であった。


 リッシュが現在潜入している家が件の貴族であると知ったアルス様は、彼女に少しイレギュラーかもしれないことを頼みたい旨を告げ、全体の打合せが終わった後奥さんを家に連れていく必要があったクメイトとボウセンを先に帰らせた後、俺とリッシュに詳しい依頼の内容を説明してくれたのだった。

 まあリッシュが騎士団に協力して仕事をするのは初めてなのでイレギュラーも糞もないかも知れないが、ただの盗賊に対する密偵業務ではないということだろう。

 リッシュも、あれがグレーなら黒ってなによ! などと変わらず毒づいてはいるが、仕込みが全くの無駄になるよりマシとその仕事自体には文句はないようだ。


「少し離れた、というのはね、彼の権力、というか彼への賄賂が最も影響を及ぼすであろう流通業者の中で、御三家とよばれるくらい大きな三つの系統の内、最近二つもが悲惨な事故、というか事件にあっていることに関してなんだけどね」


 ああ、アレか。確かにちょいと前に、その御三家の内の二つでそれぞれ事件が起きて騒ぎになったことがあった。


 街から街への物品の流通を担う流通業者の中でも、他から一段とびだして大きな規模で事業を行っているその三業者は王都の生命線を担っているといっても過言ではない存在だ。

 彼らが活動できないということは即離れた農村や漁村から入ってくる食料などのほとんどが滞るということを意味し、そのうちの二家の中心となる一族が全滅に近い形で活動を停止するという非常事態には食事処などの商店だけではなく一般家庭までにも大きな影響がある。俺が世話になっている小料理屋でも材料の値上がりどころか最悪食材の多くが入手不可能になるかもしれない事態に戦々恐々としていた。

 最も、その事態は他の中小業者やたまたま事故を免れた一族の遠い生き残りなどが協力して舵をとることで思いのほか早く収束したと記憶している。


 そういえば、そのあたりの記事を扱った新聞でに載っていた、積極的にリーダーシップをとり事態の回収に尽力したとかいう政治家が、なんちゃらハープーンという名だった気がしなくもない。

 それだけを聞くと強いカリスマをもったイザというときに動けるできる政治家だが、あのアルス様が探れというほどなのだ、それだけではないのだろう。

 俺も、そもそもそんな政治家がいると思ってないしな。


 そして、確か御三家で起きた事件というのが、一つは放火も疑われる大火事、もう一つが押し入った強盗集団による凄惨な大量殺人だったはずだ。


「御三家の内二つってことは、あとの一つはどうだったの?」


 俺はそんなことを思い出しつつもアルス様の次の言葉を待っていたのだが、リッシュが気になったのはそっちだったらしい。

 そもそもその言い方だと二つについてもあまり知らなそうな感じだが、渦中にあった政治家の家に女中として潜入していて全くそういうことは話題にならなかったのだろうか。

 いや、彼女のことだ、騒ぎになった隙にこれ幸いと、我関せずに鍵の在処でも探っていたに違いないか……。

 見上げたプロ盗賊根性だということにしておこう。


 だが、そんなリッシュの割と適当っぽい疑問に、アルス様は我が意を得たりとばかりに頷き述べた。


「うん。そのもう一つの家は今まで何事もなく無事だよ。でも面白いことに他の二軒で事故がある少しだけ前に、その無事だった家、ドラグニル家からハープーンの家に一人住込みの奉公人が出向いて行っているんだよね。これ、何かあるかもしれないって思わない?」


 何だと……。最近以前とは比べ物にならないレベルでアルス様に魂を売り渡した俺が指摘しなかった点を、リッシュが指摘したことでアルス様がスムーズに話を進めるのに一役買っただと……。

 おのれ、リッシュめ、相変わらず頭悪そうな顔してその実なかなかあなどれん女よ……! ビッチのくせに!


 それはともかく、確かにちょっと何か勘ぐってしまう話ではあるな。

 自分の事業に強い影響をもつ政治家の家に人を送り込むのは別にわからなくもない気がするが、事故とほぼ同時期というのは何か作為を感じる気がしなくもない。


「その奉公人ってディアナのこと? 確かあの子の苗字もドラグニルっていってた気がするわ」


 堂々とドラグニルを名乗っているなら確認するまでもなくそうなんじゃないかな……。

 でもディアナってことは多分女か。


「ああ、やはり知り合いだったようだね。確か、ディアナ氏も君と同じくらいの歳だった筈だから、そうかもしれないと思ったんだ。君はこの件に関して彼女から何か聞いていないかい?」

「悪いけどそれらしい話は聞いてないわね。あの家の中で一番歳が近いから一番話はしてるんだけどね。正直そのあたりに全く興味がなかったからね。ただ……」

「ただ?」

「ディアナとあの牛蒡にも肉体関係があるのは確かね。寧ろあの家で囲っているなかで一番回数が多いかも。おかげであたしは楽できるから助かってはいるけどね」


 あー、やっぱりそういう話にもなるのか……。

 俺のような健康な14歳少年にはなかなかコメントし辛い話だ。

 だがしかしそれを聞くとやはり気になることはだな。


「そのゴーボーンさんの歳って幾つ? ディアナって子の方は16か17くらいなんだろ?」

「ゴーボーンって……」


 そんな政治家としてそこそこ実績のある人間がリッシュと同い年くらいの子に手を出すって犯罪じゃないのか? 一応16歳超えてるなら問題ないんだったかな……?

 しかしリッシュは俺のいったゴーボーンが何故かツボに入ったらしく、笑うばかりで俺の疑問に答えてくれない。意味があって聞いたはないから別に教えてくれなくてもいいといいいが、その反応は少し気に入らん。見れば、いつまでも笑っているリッシュにつられたのか、アルス様と同じ部屋にいた幹部の人まで口元を抑えているではないか。

 ……狙ったならまだしも、半ば自動的にでた言葉でこうなると滅茶苦茶居たたまれなくなるのは俺だけか?


「いつまで笑ってんだよリッシュ。それで? その子の歳は?」

「ゴーボーン……。え、ああ、あのオヤジの歳ね。確か50くらいだったと思ったけど。普通に結婚もしてるわね。詳しくは知らないわ。興味もないし」

「50? それで、16の……なに? 妾?」

「愛人じゃないの? アイツ家に置く召使は女ばかりだし、それ目的で雇ってるんでしょ。お盛んなことね。あんなに下手なのにね」


 自分で微妙に話を振っておいてなんだが、最後の感想とか聞いてねえよ。ピュアな少年に向かってそういうこというなよ。この歳で女性不審になっちゃうだろ。


 誰のせいか話が逸れた。

 ええと、何の話だっけ。


「確かディアナに御三家について知ってることがないか聞いておけばいいのよね。そんなことならお安い御用だわ」


 ああ、そういう話だったな。


「頼む。それと、あと一つ。これはもしかしたら根も葉もない噂かもしれないんだけれどね。その噂というのがさっき話していた事件が起きる前までは御三家たちが主導となって商人達の署名を集め、政治家の誰かを罷免しようとしていた、というものなんだ」

「あー……」


 思わず声が出た。それは大きな情報だな。その噂が正しければその罷免されかかっていた誰かというのは十中八九、商売上の便宜を盾に高額の賄賂を要求する汚職政治家バレル=オルクス=ハープーンに間違いないだろう。

 それならこの話は簡単に筋が通りそうだ。

 全く、アルス様も人が悪い。先に言ってくれればいいのに。


「えーと、つまりあの牛蒡がその話を潰すために御三家の内二つを潰した? いえそれだとディアナが少し先に奉公にきたってのが説明つかないかしら?」


 やはりリッシュは頭悪くはないな。

 それも十分あり得るとは思うが、もう少し納得しやすい話をつけるとすれば……。ディアナは奉公というよりは人質なんだろうし……。


「ハープーンは何らかの方法でそのリコール騒動を察知して事前に潰し、同じことが起きないよう三家に圧力をかけ、その保険として人質を要求した。従ったドラグニルは無事だったが、断った二家は強盗や放火魔を使って攻撃した……とかですかね?」


 推測ばっかだが一応筋は通っている……気がする。


「まあコメントは控えるけど可能性としてはあるかなと。全部推測だけれど、少なくともあの事件を切っ掛けに、前々はあまり評判の良くなく罷免の話も多かったハープーン氏が一気に地盤を固めたのは確かだ。

 で、もし彼のところに彼がその事件に関与した証拠みたいなものが残っていたとしたら面白いかなと。そんなものがあればの話だけどね」


 うーん、難しい気がするな。ディアナとやらが真相を知っていれば話は早いかもしれんが……。

 大体未だに残るような証拠ってなんだろうな? ドラグニル家の署名が入ったもう逆らいません的な宣誓書か?

 でもそれじゃあハープーンが他二家を潰したって証拠にはならないしな……。


「うーん。ちょっと難しそうねぇ。普通はそんな証拠残さないでしょうし」


 リッシュも俺と同意見のようだ。まあ普通に考えてそうだよなあ……。


「でもいいわ。軽く探ってみるわよ。探るだけならタダだし、あそこはもう金庫の鍵番号まで知ってるし。

 それに、ディアナはあの家では一人しかいない友達だしね。」


 うげ。どうやって調べたのか知らんがそこまで調査がすすんでいたのか。そりゃ勿体ないと恨み言を言いたくもなる気持ちもわからんではないな。

 それにリッシュが人質に取られているかもしれない友達のためにやるというのなら、任せればいいだろう。こいつは面倒見がいいからな、やれることはやってくれるだろうし。

 一緒に説明を聞いたはいいが、この件に関して俺にできることはあまりなさそうだ。


 アルス様はリッシュの鍵番号のくだりを聞き苦笑していたが、最後の言葉をきくと頷いてからこういった。


「お願いするよ。そうだな、御三家で起きた事件はかなり悪質だし、この件に関してはそれなりに有力な手掛かりが得られれば、多少強引でも解決に持っていけるかもしれない。でもくれぐれも慎重に、危険のないようにね」

「わかってるわよ。大丈夫よ、あいつが一番ヤりたいのはあの家では多分あたしだし。今まではタイミングでコントロールしてきたけど回数増やしてやれば調査も簡単にできるし、特に危険もないわよ。」


 その言葉にアルス様と俺はまたも苦笑することになった。

 まあ、リッシュも見た目は悪くはないからね……。マイ天使には全然及ぶべくもないけどな!


 その日、その話はそこでおしまいになった。


---


 それから約一か月。ハープーン家への調査は未だ大きな進展を見せずにいた。いや、実際のとこそんな実態があるかも確かではないのだが。


 リッシュの聞くところによると、ディアナは自分が何らかの人身御供であることは理解しているようだが、それ以上については知らないということだ。

 ディアナが本当のことを言っているのか、それとも実家を慮ったりして何らかの事情を隠しているのかは知らないが、当家でディアナの唯一の話し相手でありかなり親しくしているらしいリッシュが聞いてそういうのであれば彼女から事件を切り崩すことはできまい。

 ドラグニル家本家からも話を聞くべきかとも思ったが、そんな調査は事件発生当初にもうやっているはずだし、俺みたいなのが今更行ったとしても多分門前払いがいいところだろう。

 リッシュは今でもコソコソと物的な証拠を探してはいるようだが何も見つかってはいない。他の御三家は事情を知っていそうな人間が皆殺しだしな……。話を知ってから軽く聞きまわってみたハープーンの評判の悪さからすると何もないってことはないと思うんだが……。


 他の二家で事件を起こした放火魔やら強盗やらが見つかればそれもいいのだが、そちらも手がかりがなく最早迷宮入り気味。そんな中で俺が何かできるわけもなく、他の密偵としての活動がクメイトのお蔭で軌道に乗った為、最近はそちらが忙しすぎて何かするどころかこの件に関して考えている暇さえ殆どない。


 こりゃあもう、駄目かもわからんね、などと口々に言っていたある日、リッシュから俺に、事件とはあまり関係なさそうな一つの書類が手渡された。

「は? 何この薄汚い冊子。帳簿?」

「知らないわよ。金庫開けたらその中にさらに隠し扉があってそこに入ってたの。読んでみてよ。私そこまで字に自信ないし、数字はもっと駄目なんだから」


 金庫開けたのかよ。そして何かもわからず持ってきたのか。ただ態々金庫内に隠し戸まで作るくらいだから普通の書類とも思えんわな。


「どれどれ……、……あー、これは普通に裏帳簿っぽいな。それもかなり黒い、賄賂の額とかどこから貰ったかも普通に書いてある」

「そんなの残すなんて、意外とマメね。細かい男なのかしら? それでどう? 何かに使えそう?」


 いや全く同感ではある。よくこんなもの残して記録しておく気になるな。

 でもやっぱり難しいなあ。すごい額の賄賂もあるけど、そもそも賄賂自体が黒なのかも微妙なところだし……。

 世話になった人にある程度お礼をするのは別に普通のことだからな。線引というのはなかなか難しい。


「うーん、難しいと思うなぁ。御三家からの献金は山のようにあるし合計額なんかすごいことになってるけど……。むしろこんなに何に使ってるんだろう? でも事件に近い日付にもそれらしい記述はない」


 これでは二件の事件には結びつくまい。

 この書類を出すところに出せば聴取くらいには出させられそうだが、ただでさえ貴族に甘い司法では大した罪に問われるとは思えない。例の件でハープーンは世間的には自身の評価を高めていることだしな。


「あっそ。まあそんなことだとは思ったけど。がっかりはがっかりね」

「確かにな。だけどこれで駄目となると他の証拠なんてな……。放火魔や強盗との契約書なんてそれこそ残すわけないし」

「あー、でもそんなの残してるんだし、案外あるかもじゃない? それにそうよ、あいつか使えそうな連中なんて……。うん、もうしばらくは探ってみるわ。

 もしそれで駄目ならアルスにいってサヨナラね。ディアナには悪いけど」

「そうだな。それでいいんじゃないか」

「じゃそろそろ戻るわ。それは一応ソラが持っておいてよね」

「それは別にいいけど、大丈夫か?」

「無くなってるのに気付いても誰だかわからないでしょ。大丈夫よ」

「もう一回やってるの見つかったらアウトだぞ。本当に気を付けろよ。指紋とか、大丈夫か?」

「ソラやクメじゃあるまいし、そんなヘマしないわよ。じゃあね」


 逆に不安になる台詞をさらりと言い、リッシュはさっさと去っていく。

 俺はまだしも、大ベテランのクメイトをヘマするはないだろうが……。

 あのビッチめ。気を付けろよ、本当に。

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