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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
18/32

17 リッシュⅡ

 リッシュがハープーン家から帳簿を持ち出して来てから一か月が経った頃かという、その日の正午前。


 珍しく詰所の方でリッシュを見かけた。

 そういえばハープーンの屋敷はここから割と近かったはずだな……。昼飯の買い出しついでに抜け出してここへ来たのか? まさかまた何か持ち出してきたんじゃないだろうな。


「あ、ソラじゃない。丁度よかったわ。ここへ来たはいいけど、誰に言ったらいいのか全然わからなかったのよね。……そちらの二人は、ソラのチーム?」


 リッシュの方でも俺を見つけて話しかけてきた。

 リッシュとボウセンはアルス様達へ協力することになった後でも、職場からほとんど出ていないからな。騎士の皆を知らないのも無理はない。


「最近一緒に一つの小さい盗賊団の動向を見張ってた、イライバさんとチェスターさんだ。その連中がそろそろ行動を起こしそうなんでね、此処に応援を頼みにきたとこ。リッシュも二人に挨拶しといてくれ。それで、リッシュはどうした?」

「あ、そうそう。今日はすぐに戻らなきゃいけないから、はい、コレ」


 挨拶もそこそこにすぐにリッシュから渡されたのはシワシワの紙。よく見るとその紙の上にはミミズがのたくったような線がうねっている。

 これは、アレだな。どうみても、アレだ。


「何、このゴミ?」

「ゴミじゃないわよ! 見たらわかるでしょ、私があの牛蒡のところで雇われてる用心棒から聞き出した、例の件に関する情報のメモよ、メモ! あ、それともソラって、字読めないの? 今度ベットで優しく教えてあげようか? 金貨20枚でいいわよ?」


 だから高ぇよ。大体俺は別に字には不自由してない。別に綺麗と言われたこともないけど、じいさんに田舎にあった私塾に通わせてもらったからな。じいさんも字読めたし。

 だから俺が読めないのであればそれはリッシュの字が汚すぎるだけなのだが、そう言われて見ると辛うじてつながった文字に見えないこともない、こともない。

 うん、そうきいても微妙だわ、コレ。


「汚すぎて読めない。そっちの方こそ今度俺が字教えてやるよ。お代はパフパフ一回でいいや。で、コレなんて書いてあるの?」

「だから早く戻るって言ってるじゃない。はあ、いいわよ。私が昨日屋敷で雇われてる用心棒からベットで聞き出した話なんだけどね……」

「またベットが出てくるのかよ。おまえもう少し自分を大事にしろよ」


 見ろ、純情なイライバさんなんかこの会話だけで照れてるじゃないか……。


「女の武器をこういうときに使わなくてどうするのよ。変な茶々入れてないで聞きなさい。

 それで、そいつがベットで言ってたのは、何か月か前に、そいつとそいつの仲間が、どこかの商人宅へ忍び込んで色々盗った後に火をつけたってことなんだけど……」

「商人宅に、火をつけただって?」


 ハープーン家に雇われてる奴とその仲間が放火って、それはどう考えても御三家であった事件の内の一つのこととしか思えない。


「どう見てもあのことでしょ? 大体あの家って貴族の癖に護衛がみんなゴロツキみたいな傭兵ばかりなのよね。前は全然気にしてなかったけど、たまーにみすぼらしい奴が来たりもするみたい。最近気づいたわ」

「これは確かにすごい情報だな。でも例えベットの上でもそんなこと一緒の屋敷で働くメイドに漏らすか、普通?」


 どんだけ口軽いんだよ、そいつ……。ていうかそんなのを遣り手の政治家が手先に使うかな?


「わかってないわねぇ、ソラは。そういう男達は自分がやってのけた事、心の底ではいいふらしたくて仕方ないのよ。なぜかそういう事を自慢になると思ってる節があるしね。特に、あたしみたいなちょっと悪そうないい女に対してはね!」


 ふうん、そういうもんかね。自分で企画したならまだしも、そんな使いパシリみたいな悪事を自慢するって感覚がよくわからん。

 まあじいさんもツトメでやったことは自慢したかった気持ちがないわけではなかったし、似たようなもんか? 正直一緒にしたくはないが。それと自分でいい女っていうな。


「そういうわけだから、あいつら見張ってればそのうちまた何かするかもね。そんとき引っ捕まえて拷問でもすればその火事の事もゲロるんじゃない? あいつら忠誠心みたいのは、あんまないし。

 あたしもその仲間とかアジトとかについてもう少し探りいれてみるわ。」

「確かに有力だと思うし、アルス様の耳に入るようにはしておくけど。

 でも探りを入れるのはいいけど、何度もいうが気取られないように気を付けろよ? それに金庫のほうは多分既に気づかれてるからもう近づかないほうがいい。次は捕まるぞ? 今騎士団の人も滅茶苦茶忙しいから簡単に助けにいけない、ここまできたら焦らずやった方がいい」

「あたしもそこまで馬鹿じゃないわよ。あっちはもう大体調べたしもういいわ。でもあんまり悠長にしていたくもないのよね。あのエロ牛蒡にはそろそろウンザリしてるし、ディアナも家から出られない上に家事もそんなにできるわけじゃないから可哀想だし。それでもしあたしが捕まりでもしたらちゃんと助けにきなさいよね。あんたも来るのよ。じゃあね」


 そういって今日もさっさと去っていく。

 自分よりディアナを気遣っていそうなのがらしいといえばらしいか。しかし、その傭兵とそいつに接触したやつを見張るのは明らかに有望だな。これから一緒に仕事をする二人には待たせて悪いが、今の内に報告してきてしまうとしよう。

 アルス様も多少強引にでも真相を究明したいみたいだしな。


---


 そのようなリッシュの活躍のおかげで少しは変化の兆しがあったこの件であったが、そこから簡単に事態が進展していくという具合にはならなかった。リッシュはなんだかんだかなり精力的に情報収集を行っているようなのだが、そこまで口が軽い連中ばかりではないらしい。あるいは下っ端である奴はそもそも事情をよく知らないのかもしれない。


 俺の方はというと、本格的に密偵業でいっぱいいっぱいになっていた。

 例のリムルとのラブラブ共同作業を含め、盗賊に接触してみては話を持ち掛けられた仕事を密告したり、そうでなければ後を付けて仲間やアジトを調べたり、見張って行動を起こすのを気長に待ったり……。

 今日も、というか三日くらい前から早朝から夕方近くまでとある賊のアジトの見張りに狩り出されているところだった。

 継続しての見張りは共に張り込んでいるチーム内で交互に、休みながら行ってはいるのだが、やはり自分の部屋で休むのとは違い徐々に疲労が蓄積してくる。

 だが幸いにも今日の夕方からは交代可能なチームがあるということで、久々に拠点まで帰って休めることになった。今は店に戻る前に一度騎士団に顔を出してきたところだ。

 主な報告は一緒に見張りを行っていたチームのイライバさんがしてくれたので本当に意味もなくきただけなのだが。最近は捕り物のときなどこうして、騎士の方とチームを組むことも多くなってきているし、仲良くなるための付き合いの意味もある。いや、俺も一応騎士なんだから当たり前なんだが、これまでずっとクメイト達を組んでいたからな。

 報告を終えると元々目的がなかったので詰めていた人たちに軽く挨拶をしたら、そそくさと立ち去ることにする。

 忙しいのは皆同じだから今働いている人には悪い気がするが、疲労がピークに達していることには変わりなく正直一秒でも早く帰って休みたい。


 だが、そこでふとリッシュのことが頭に浮かんだ。

 ここからはハープーンの屋敷が割と近く、リッシュから預かった帳簿をまだ持っていることを思い出したためだ。俺が持っていろと言われはしたがそのまま持っていても使い道が全く思いつかない。

 それならまだ騎士団に渡した方が何かの役に立つかもしれない、とついでがあったときのため持って来ていたのに、今日も渡さずに出てきてしまった。

 今から戻って渡してきてもいいのだが、ちょっと入りにくい気もするな。まあ今度でいいか……。しかしリッシュはもう少し探るといっていたが大丈夫なんだろうか。彼女がどういう探り方をする気なのかしらないが、あまり一つのことについて深く聞いてたら怪しまれるに決まってると思うんだが。

 彼女も言っていたが、そんなヘマはしないか……? ちゃんとそれなりの時間は使っているようではあるが……。


 そんなことを考えていたからか、或は虫の知らせか。

 俺の足は自然とハープーン家の方へ向いていた。

 それほどかからずにその政治家である男の家につく。だが考えてみればここに来たとしてリッシュに会えるというわけでもない。

 普通の家なら夕食の準備に取り掛かっている時間だし、メイドなら猶更忙しい時間な気がする。

 貴重な休息できる時間に何をしているんだろうと思いつつ、折角なので屋敷から少し離れた位置から中をさりげなく除く。

 やはりというか、リッシュの姿は見えなかったが、その代わりに俺と同じくらいの歳の子が玄関から見える庭に出ているのがわかった。


 ははあ、あれがディアナか? 背が低く大人しそうだという特徴が聞いていたものと一致するし、間違いないだろう。


 顔はまあ、愛人にされるだけあって中々かわいらしい。

 しかし裏に本当はどんな事情があるか知らんが、こんな子を女好きの政治家になんか渡すかねぇ……などとつまらないことを考えながら何となくその様子を続けてみていると、遠目にも明らかにオタオタしているのがわかる。

 傍から見ているとそれなりに可愛らしいその様子に、これからはオタオタ系女子の時代か! リムルがやってくれたら勝てる! とか本当に馬鹿な事を思っていたが、ふとあることが頭によぎった。


 そんな呑気で馬鹿なことを考えている場合じゃない。

 ディオナがさっきから挙動不審にしつつも見やっているのは、彼女がいる母屋とは別の、離れにある建物の方だ。

 おそらく、そこで何かいつもと違うことが起きている。

 そして、リッシュの他に話し相手がいないというディアナが慌てている理由とは、リッシュが関係している可能性が低くないのではないか?

 リッシュはヘマなどしないと言っていたし事実そこまであからさまなことはしていないとは思うのだが、探りを入れる相手の口が軽いだけに頭が働く奴の耳にもリッシュが口にしたことが伝わってもおかしくない。


 あやふやな材料だが今リッシュの身に何か起きている可能性は高いと感じる。

 やはりこの間リッシュにもっと慎重を期すよう強く言うべきだった、と今更に思いつつ慌てて屋敷にできるだけ近寄り耳に全闘気を集中し聞き耳を立てる。

 こんなことをしても大して聴力は向上しないが、元々俺の耳はじいさんとの訓練のおかげか常人よりかなりいい。その俺が全闘気を振り絞り神経を集中させればあるいは何か聴けるかもしれない。

 俺の思い過ごしであればそれでいいのだが…。


 俺の思いが通じたのか、俺の耳にかすかな小さい悲鳴というか叫びが聞こえた。

 ここまで聞こえた声は極々小さいものだが、あれは間違いない。

 リッシュの声だ。

 悪いことに嫌な予感があたってしまった。

 まだ最悪の事態には至っていないようだが、それはすぐに訪れてしまうかもしれない。

 だが偶々ここに足を向けたのは、俺にしては珍しい、最低限の幸福だった。何とかすれば助けられる可能性はある。


 だが、どうする? 幾らここから近いとはいえ騎士団を頼るのは無理だ。何せ屋敷に踏み込む理由がない。俺が悲鳴を聞いたといっても、他に聞いたものがいないのでそれだけで押し切れるものではない。

 かといって俺が一人で飛び込んでも……。この家の警備はかなり固いし、仮に俺が一人で全員無力化できたとしてもリッシュを盾にでもされると意味がない。


 いや待て、冷静になれ。

 今の目標はこの家の人間を倒すことではなくリッシュの救出だ。何もバイオレンスなことをする必要はない。

 俺はリッシュに聞いて家の間取りや、大体の警備配置を知っている。更に今はおそらく何人か離れの中に行っているのだろうが、聞いていたより警戒にあたる人数が少ない。

 これなら、以前引込を計画していた際に考えていたという、今の俺の位置から丁度家を挟んで対象となる位置からなら侵入することであれば易しいだろう。そこから目を盗んで離れの軒下辺りまでいき情報を集めつつ、隙があればリッシュを救出する。


 よし、穴だらけだがこれでいこう。今から俺は盗賊ソラ=シド、そう決めた。

 密偵とは綺麗事では務まらないってアルス様言ってた。アルス様もこの件は重要に思っているようだし、あの人ならこんな時のなんちゃって盗賊と騎士の使い分けくらいは許してくれるさ!


 そうと決めたら、なるべく人目につかないよう努めつつ急いで家の裏手に回る。

 軽く塀によじ登って近くに人手がない事を確認し、乗り越えて一気に母屋の床下まで突っ込む。

 この家は盗賊にとっては都合がいいことに母屋離れとも家が一段高く作られており、張り出した床下を這って移動できる。こんな警備を敷いている割に不用心といえば不用心だ。

 しかし、思っていた以上に警備の人手が減っているな。その分離れには多く人がいる可能性が高いか。


 ええい、ままよ!


「ああ、どうしよう……。どうしたら……?」


 と、出たとこ勝負を決めとりあえず何とか離れの床下まで行こうと動き出そうとしたところで、近くの地上からそんな声が聞こえた。

 こっそりと様子をみると、そこにいたのは先ほど見たディアナであろう女だ。

 俺が家の外を半周回る間に彼女も家の逆側の方に来ていたらしい。

 気づかれることはなさそうなのでそのまま進んでもいいが……。

 待てよ? あの女が証言すれば騎士団も普通に動くことができるんじゃないか?

 リッシュはディアナとはかなり仲がいいと言っていたし、現に今も心配している様子だ。

 接触してみる価値はある。


 密かにディアナの背後まで回り込み床下を飛び出す。そして声が出せないよう口を抑えて、再び床下まで彼女を引きずり込む。

 やっていることは完全に暴漢である。


「!? ~ッ!!!?」


 突然身に降りかかった禍にディアナは目を白黒させてパニックになっていたが、


「乱暴をするつもりはない、聞いてくれ、俺はリッシュの友人だ」


 耳元で小声でこういうと、驚きはしたものの、すぐになんとか落ち着いてくれたようだ。


「大声をださないでくれる?」


 そう尋ねたらコクコクと頷いてくれたので手を離す。

 ディアナはぜいぜいと荒く息を吸い込んでいた。騒がれずに話をするためには仕方なかったとはいえ、悪い事したな。さっき引き込むときにどこかぶつけていた気がするし。


 軽く罪悪感に苛まれているうち彼女が落ち着いたので極小声で話をする。


「今、何が起きている?」

「あの、その、今朝私がおきたらもう、家の中が騒ぎになっていて。私は、あまりよく聞ける人がいなかったけど、どうもリッシュちゃんが、警備の人達に何かしたらしいって。それで今、離れで、その、ご、何人にも、乱暴されているみたいで、私、どうしたらいいか……。たった一人の友達なのに……!」


 つっかえながらも一気にそこまで言い切ってくれる。

 慌てていてもちゃんとこちらにわかるよう話してくれるのはありがたい。流石は流通御三家とまで言われる家の血筋といったところか。

 だが、悪い予想通りの展開だな……。いや、リッシュが金庫破りの現行犯で捕まったとかよりはマシだ。

 そう思うしかない。


「……君はこの家から自由に出られるのか?」

「だ、駄目です。いつもでも出してもらえなくて。今日は特に駄目だって」

「だろうな……」


 当然か。自由に出入りできたら人質にならない。一手間余計にかかるが仕方ない。


「今から塀を越えて君を外に連れ出す。その後、ここから西にある騎士団の詰所へいってアルスという人に伝わるよう、同僚が暴行されていると証言してほしい。やってくれるか?」


 俺の言葉に戸惑いつつもコクリと頷くディアナ。

 よし、本当に来てくれるかはわからないが、とりあえずはこれで……。


 未だ他に人気がないのを確認するとディアナを抱えたまま塀の外まで飛び出す。

 外の道で彼女を下すと、ポーチからリッシュがとってきた帳簿をディアナに渡す。

 意味があるかわからないが、ついでだ。


「それも騎士団の人に渡すんだ。行ってくれ」

「はい。あ、あの、リッシュちゃんを助けてあげてください。よろしくお願いします」

「君にかかってる。急いでくれ」


 冷たい言い方になってしまったが、俺だけでは救出できるかわからんのは確かだ。

 もっとも騎士団が貴族相手にあんな小娘一人の証言で動いてくれるのかもわからないが。

 そのままディアナを見ずに俺は再び塀を越えて敷地内に戻った。


 今度はそのまま母屋の床下を移動して離れが伺える位置まで進み、そこで離れ方向の様子を伺う。

 こちらも思いのほか人が少ない。ここから見えるのは遠くの正門に門番が一人と、離れの入口前で見張りをしている一名のみ。

 正門の方は結構距離があるし主に外を見ているのでいいとして、あの見張りの目を潜って離れまで近づけるか……?


 難しいかと思ったが、何故か知らんがその見張りは気もそぞろだ。

 侵入した時点で夕方を回っていたために夏とはいえかなり薄暗くもなっている。

 見張りが身体ごと、自分が見張っている建物に向いた隙をついて飛び出し一気に離れの床下に入ることに成功した。

 ふー、流石に冷や汗ものだ。我ながらよく物音一つ立てずにやれたものだ。


 そこで何とか様子を伺えないかと聞き耳を立てていると、少しだけ中の声が漏れてきていた。

 聞こえてくるのは男達の「いい加減に吐け」だの「俺達を謀ろうとは太てぇアマだ」といった声だ。

 リッシュがどんな目にあっているかは想像したくないが、少なくともまだ殺されてはいないようだ。そのことに少し安堵するが、いつまでもこうしているわけにもいかない。


 聞こえてくる声からしておそらく中にいるのは三……いや四人か?

 そう決め打つとして一人は戦闘力皆無のハープーン。となると無力化すべきは三人と見張りの一人か。


 とりあえず見張りを排除しつつ、もう一人誘い出して片づけるくらいはできるかもしれない。その後は二人をアドリブで何とかしてどうにかリッシュを救出しよう。

 最悪の最悪で俺が失敗し殺されるようなことがあったとしても、身元が割れなければ騎士団とアルス様に迷惑がかかることにはならない、ハズ。いや、あんな連中に殺されるのは御免だけど。


 そう決めたら早速見張りの排除だ。盗賊ソラ=シドはいつもの俺と違って即断即決なのだ、(ツトメ)は仕込みと思い切りが大事って、じいさん言ってた。


 ポーチから金貨を取り出し、床下から外へ向けて軽く放る。

 ザッと音がして金貨が地面に転がった。


「んー? 何だぁ? お? 金貨か?」


 間抜けすぎる声を出しながら金貨へ近づき拾い上げようとする男の首筋を、床下から飛び出しざま鞘で強打する。声も出さずに倒れる見張りを、床下へ放り込んでおく。

 うまくいったようだ。金貨の出どころも見ていなかったらしい、注意力が足りない奴で助かった。


 男はそのまま床下に放っておく。殺してしまった方が安心はできるが、盗賊ソラ=シドとして活動しているときはそれはやってはならない。やるなら騎士としてだ、それは今ではない。

 かなり強打したのでしばらくは目を覚ますまい。


 ゆっくりしていては門番がこっちを見ないとも限らないので急いで次だ。見張りが立っていた後ろの扉を壁に身を隠しながら空け放つ。


「ん?どうしたフライン? 何かあったのか? お前の番はまだ後だぜ?」


 すぐに一人が気付いて見張りだった男に声を掛けてきた。

 息を殺し扉の横で鞘を付けた剣を振り上げた恰好で待つ。


「おい? どうしたよ? いねぇのか?」


 答えがないのを不審に思い、様子を身に出てきた男が頭を出した瞬間再びその首筋を鞘で殴る。

 そのまま男は倒れた。

 しかし警備の癖に用心が足りん奴らだ。腋の甘さでは俺も人の事言えないけどな。

 この家の警備が貴族にしては珍しく騎士ではない、傭兵だったことも仇になったな。

 騎士の中でも北方で魔族の防衛にあたる第二騎士団についで実戦経験豊富な第五騎士団ほどではないにしろ、他の団であっても毎日訓練を受けている騎士であったらこうはいかなかっただろう。


「どうした? 何があった!? マーク、やられたのか!?」

「チッ! 誰かいやがるのか!? おい、注意しろ!」


 残る二人であろう男達が言い合う声が聞こえる。

 予定通りここからはアドリブだ。無理に倒す必要はなく、何とか躱せればいい。男たちが武器を構え、じりじりと開け放たれた扉へと近づく気配を感じる。

 ある程度近くに来たのを感じた俺は、意表を衝いて正面に姿をさらした。


「!? てめぇ、何者だ!?」

「誰でもいい、やれ!」


 いきなり姿を現した俺に面喰いつつも、流石に警戒していただけに間をおかず足元を狙って斬りかかってくる相手の、先に向かってきた方の剣を飛び上がって躱しその肩を踏みつけて奥のもう一人も飛び越える。

 そのまま振り返らず離れの奥に突進し、何が起きたのかわからず茫然としている細見の中年の男に取り付き、背後に回ってその腕を極めた。

 その男はこの屋敷の主、バレルだ。


「全員動くな、この男を殺すぞ」


 そう宣言しつつ周囲を改めて確認する。

 俺と俺に抑えられているハープーンの近くに、天井からつるされたロープで縛られた全裸の女がいる。

 リッシュだ。彼女はぐったりとしており、その全身に残る拷問の跡が目に痛いが、どうやら気を失っているだけらしく何とか生きてはいるようだ。

 だが、その姿を見て俺はここからの行動を決めた。

 もう、生ぬるいやり方はしない。


「何だ貴様は!? ここを何処だと、私を誰だと思っている!? おい、お前ら何をしている! 早くこの男を何とかしろ!」


 バレルがそういうと、他の男たちが動こうとしたのでとりあえずバレルの片腕を折る。


 できれば自分のものは聞きたくない、鈍い音。


「ぎ、ぎぃゃぁぁあ!!!!」

「動くなって言ったろ? お前、自分がどういう状況かわかってるか?」


 離れに、男の絶叫が響く。まだ男達が動きそうになっていたので今度は肩を外す素振りをみせてやる。


「て、てめぇ、何者だ!? バレル様から離れろ!」

「よ、よせ、やめろ! お前達、動くな、動くんじゃない!」

「そうそう、いい子だ。じゃあ、とりあえずその二人には出て行ってもらおうか?」

「貴様、調子に乗るなよ!」

「痛い、やめてくれ! お前ら、いいから言う通りにしろ!」

「しかし、バレル様よぅ!」

「い、痛い痛い! やめてくれ、頼む! お前ら、この俺がどうなってもいいのか!? いいから早くでていけ!」


 その言葉に悔しそうな顔をしながらも二人の傭兵はじりじりとこの場を後にする。それを見届けてからリッシュをつるすロープを切った。

 支えを失い彼女は床に崩れるが、それでもまだ意識が戻った様子はない。

 かなり手荒くやられたらしい。可哀想に。


「お、おい、言う通りにしたぞ。そ、そろそろ離してくれ、な? よ、要求はなんだ? 幾らほしい? それとも、その女が目的か? だとしたらくれてやるから、頼む!」


 しかし、これからをどうするか。

 外が騒がしくなっていない様子をみると騎士団は来てくれていないようだし、とりあえずリッシュの意識が戻るのを待ってからこのままバレルを盾にしながら脱出するしかないか。

 あまりいい解決方法ではないが、この際仕方あるまい。とりあえずリッシュの命が優先だろう。


 でも折角なので一応バレルを尋問してみよう。


「何故この女を痛めつけた?」

「ああ? この女の悲鳴を聞いてきたのか? 糞ッ、フラインめ、絶対に聞こえないなどと適当なことを奴がいうから……! だが、私は悪くないぞ! 悪いのはその女だ! その女が傭兵達を誑し込み、私達の秘密を探ろうなどとするから折檻を加えてやったのだ。全く、これまで目をかけて可愛がってやったというのに、この恩知らずめ! よもや、この私に色仕掛けをして出し抜こうとするとは!」


 こいつ、頭が悪いな。政治家のくせに頭に血が上るの早すぎるだろう。

 いや政治家だからこそ普段からこういう態度しかとっておらず、こういうときどうしたらいいのかわからんのだろうか。


「その秘密とは何だ? 二か月ほど前に流通御三家の二つに放火や強盗をけし掛けたのはお前か?」


 いや、まあ、そう聞いてそうだというやつはいないか。余計なことを言ってしまったかな?

 だが、予想もしなかったことを言われたためか奴はあからさまに動揺を見せた。


「!? な、何のことだ? 何を根拠にそんなことを!? わ、私は全く関係ないぞ!無実だ!」

「それだけ動揺して無関係はないだろ。知っていることを全て話せ。さもないと今度はもう片方の腕も折るぞ」

「い、痛い痛い、やめてくれ、私は本当にやっていないんだ!」

「もう一度言うぞ。俺が嘘をついていると思ったら腕を折る。

 それにお前自身がやったかどうかは聞いていない。お前本人がやっていなくても、やった奴は知ってるんじゃないのか? それに、そんなことを俺みたいなのに語ったからと言って特に損になると思うか?」

「……そ、そうだな。や、やったのは私ではないが、私が警備に雇っている連中が付き合っている、達の悪い連中が、おかしな気を使ってやってしまった……かもしれないということは聞いてはいる。奴らも、間接的に私の金の恩恵を受けているから、よかれと思って余計なことをしたんだろう。

 こ、これで全部だ。いい加減、離してくれ。金なら好きなだけやる。それに、おまえを追うこともしない。そこの女も好きにしていい。だから頼む、な?」


 おや。関連することを言うはずがないと思っていたが、いきなり腕を折ったのが相当効いていたのか、確かに俺に本当かもわからない話をして何になると思ったのか、思いもよらずゲロってしまったぞ。

 それともこいつも自分がしでかした悪事を人に誇りたいという残念な感性の持ち主なのかな?


 でも、ここでこれを聞いたとしても結局どうこうできないのか?俺が騎士だとばらせば、なんとか引っ張れるかな?

 だがそれだとちょっとやり方が問題になってアルス様のご迷惑になってしまうか……。

 身分が高いだけに脅されて適当なことを言ったとでも言われてしまうとそれで終わってしまう気がする。


 くそう、これだから面倒なんだ、などと思っていたその時、


「ハープーン卿、その話は誠ですか?」

「「!?」」


 思いもよらぬ声がその場に響いた。

 この声、アルス様!? 一体いつから!?


「フェ、フェニックス卿!? 何故ここに!?」

「私はこの家の帳簿らしき物が詰所まで届けられましたのでお返しに参上いたしたのですが……。それより質問にお答えください、ハープーン卿。今の話は誠ですか?」


 あれ? 適当に尋問してたけど俺もしかして超ファインプレー?

 でも、アルス様がそう聞いたって……。


「ち、違いますぞ、フェニックス卿! 今のはこの賊にそう言わぬと腕を折ると脅されまして、やむなく口にした言葉でして……。い、いや、そんなことではなく、フェニックス卿! お助けください! 今申しましたように、その賊に襲われ、脅されているのです。私の命を盾にされ使用人は引き下がりましたが、他ならぬ卿ならばこんな状況でもたかが賊一人……!」


 ほら、そういうだろうなぁ。アルス様この状況どうするんだろう。

 もしかして俺逆にやらかしてる? この間忠誠を誓ったばかりなのに……。


「その言葉を信じるにしても、婦女暴行の現場を見てしまったからには如何にハープーン卿といえど、このまま放置するという訳には参りませんね」

「い、いや、この使用人の女もその賊にやられたのです。全く、真面目に働いてくれているメイドに対してそのような行い、人間の風上にもおけぬ男です」


 いや、その言い訳は駄目だろ。リッシュが目を覚ましたら逃れようがないじゃないか。

 馬鹿なの?死ぬの?


「それではその女性を介抱して、真偽を明らかにすると致しましょう。

 何、ご心配には及びません。不心得者ながら治癒魔術の心得程度はございますので、すぐに卿の潔白を証明するお手伝いができるかと思います」

「い、いやそれは……。も、申し訳ございません。実は、この女は我が屋敷にて不埒を働き……そうです、その帳簿を盗み出し、私から金をたかろうと企んでおりましたので、ちょっとした折檻を行ったのです。

 い、いや、自分でも少々行き過ぎた折檻になってしまったとは反省していたので、先程はつい、心にもない言い逃れをしてしまいまして、誠に申し訳ございません!」

「そうですか? 実はこの帳簿はこちらにお住いのドラグニル家のご子息が、貴公の不正を証明するものとして詰所にもって参られたものなのですが……」

「そ、そんな馬鹿な!」

「つまり貴公は確たる証拠もなしに、貴族の守るべき一般市民の女性に不埒かつ残忍な私刑を加えられたと言えませんか?」


 さっきからぼけっと事の成り行きを見守っているが、いいんだろうか。

 それにしてもアルス様の様子が盗賊を追い詰めてる時より怖い気がするんだけど、気のせいかな?


「い、いやそれはディアナとこの女が共謀して私を……!」

「残念ながら今卿の言葉をそのままに信じることは難しいようです。失礼ながら拝見した、この帳簿も潔白なものであるとは言い切れぬようですし。それに何より、先程の凶悪犯との関連を示唆する発言を聞き逃すことは、畏れ多くも第五騎士団をこの身に預かるものとして決してできません。」

「で、ですからそれはこの賊に脅されて……!」

「先程から賊、賊と叫ばれておりますが、それは一体誰のことなのです?」


 あれ、そういう流れにもってってしまっていいのか? 事がややこしくなるだけな気がするけど。

 だが、アルス様がそのつもりなら、早くも盗賊ソラ=シドはひとまず休業だ。


「は? 誰って……それは勿論、この……?」

「そこにいるのは、私達に先行してこの現場に参りました、第五騎士団が誇る騎士の一人、ソラ=シドです。

 ソラ、ハープーン卿にまだ挨拶をしていなかったようだね?」

「名乗りが大変遅くなりまして申し訳もございません。只今ご紹介に預かりました、第五騎士団の新人騎士、ソラ=シドと申す者です。僭越ながら、哨戒任務中に遭遇いたしましたご令嬢ディアナ=ドラグニル殿の暴行の証言に基づき、この場を抑えさせていただきました!」


 ここからは、そう名乗らせてもらおう。思えば、騎士になって四か月も経つのにこんな名乗りをあげるのは初めてだな。


「ありがとう。では、そのご婦人の救護は任せてもいいかな?」

「御意に」


 そう言われて断る理由ではない。強引どころの話ではないが、バレルを引っ張れたのは間違いなくリッシュの身体を張った頑張りのお蔭だ。


「い、いくら卿といえど、こ、このような遣り口がまかり通ることなど……!」


 ただ、実際それが一番心配なんだよな……。礼状もなく家に忍び込んだのはまだしも、いきなり腕を折ったのはやりすぎだったかもしれない。アルス様に迷惑が掛からんといいんだが……。


「御安心ください。この件に関しましては、最も信頼のある調査方法を用意できる見込みです。卿の身が潔白であるとわかればすぐにでも解放され、私も然るべき謝罪をさせていただくことになるでしょう。

 それまではどうかご辛抱いただけますよう。その時までは事情を知らぬものが御無礼を働きませんよう、このアルスが命を懸けて卿の身をお守りいたします。

 では、お手数ですが御同行願います。」


 そこで一度俺に視線を送り、アルス様は尚もゴチャゴチャと言い続けるバレルを強引に引きずっていく。

 こんな遣り方をして本当に大丈夫なのかと心配にはなるが、アルス様のやることなので大丈夫だと思い込むことにした。

 今は、一刻も早くリッシュの手当をしてやらないとな。


---


 後日談。

 その後、バレル=オルクス=ハープーンと、その手先となった傭兵一味は流通御三家の内二つもの家柄を壊滅させた罪により、全員が処刑されることとなった。

 実際に犯行を行った傭兵だけでなく、黒幕であった、貴族であり政治家でもあるバレルまでが処刑されるまでに至ったのは一部の人間には衝撃的であったようだが、俺達が予想したのとほぼ同じであったその犯行の目的から手口までが極めて悪質であったことによるものだ。

 普通に考えれば黒幕の方が悪いのは当たり前なのだが。この辺りがこの国の貴族主義の意味がわからないところである。


 尚、そのことが明るみになった調査は、リッシュに直接の暴行を行った傭兵の口を強引に割らせたことの他、ドラグニル家も御三家とバレルとの間にあった出来事を供述したのと、それ以上にアルス様の言っていた最も信頼のある調査方法とやらがモノをいったらしい。

 どんな方法か聞いてみたが、アルス様は、


「100%確実な方法だよ。もし誤解だったら僕の方が自刃してお詫びをすることになったかもしれないけど、無事に解決できて一安心だね。毎回使えると楽なんだけど、そうもいかないんだよね」


 と言って具体的なことは教えてくれなかった。一体どんな方法なのか、想像もつかない。

 本当に強引だったが何とか丸く収まってよかった。バレルも然るべき罰を受けたしな。


 しかし今回俺はあまりにいいところがなかった。

 やったことと言えばハープーン家に忍び込んで警備を殴り倒し、バレルの口を半ば以上脅してしゃべらせただけだ。結果としてはよかったが、一つ間違えたら大変なことになったかもしれない。

 この件で心から思ったのが、罪の証明ってものは本当に難しい。

 何か一つ落ち度があるとそこを突破口にして逃れられてしまう。今回はアルス様が強引に成功させたが、普通ならほぼ黒であったとしても俺の調査方法を理由に切り抜けられた可能性もなくはない。

 その強引な解決策も毎回使えるわけでもないらしいし、やはり逮捕は事前に現行犯でするに限る。

 アルス様が圧迫面接のとき言ってたのもこういうことなのかな……。


 そして、この事件の解決にもっとも体を張って貢献したリッシュは、慰めの言葉もないほどひどい目にあわされたと言うのに次の日には退院し、普通に過ごしていた。


「この遣り方してればあんなことくらい覚悟してるし、一々気にしてられないわよ。それにしてもやっとあの怠い貴族の家から離れられるわね。ディアナも実家に帰れるみたいだし、よかったわ。」


 とは本人の談。それが本心なのか、強がりなのかはわからないが、本人がそういうなら今回はそれでいいと思うことにした。

 どうせ、他人の本心なんてどんなに頑張っても本当にはわからないし、それでいいのだ。



 この事件の後始末にも人手を割かれ、更に忙しさを増した密偵の任務に追われ、しばらく俺達は忙しい生活を過ごした。こうしている今も本来は見張りの任務についているはずなのだが、このところの俺の疲れきった様子を見るに見かねたボウセンが、老体を鞭打ちつつ強引に俺と代わったため、今は彼の家で店番をしながら休んでいる。

 店番といってもおクスリを目当ての客がきても困るので看板を下ろして開店休業中だ。


 だから、今この部屋には俺と、事件後アルス様の気遣いでしばらくは休みになったリッシュしかいない。


 俺と彼女は大して共通の話題がないので店の中は基本的に無言だ。

 二人だといつもこうなので別に居心地は悪くない。向こうもそうらしく、特に気にした様子はない。

 何とはなしに彼女のほうを見ると、俺が適当に渡した字の練習用ノートに何か書いているっぽい。

 意外と、字が汚いといったのを気にしてるんだろうか。


「ねぇ」


 そうしてどれくらい時間が経った時だろう。寝つきの悪い俺が、ようやく今にも眠れそうになっていた時、不意にリッシュが話しかけてきた。

 寝ぼけながら適当に返事をする。


「ぶにゅ、……何?」

「今日、久しぶりにディアナと会ってきたんだけどさ」

「……へえ、彼女の実家で?」

「うん、そう。それで話をしてきたんだけど、あの子、お腹に子供がいるらしいのよね」


 いきなり重い話題に入ったようだ。

 それは、何というか。しかしバレルとディアナの関係を知らん俺はイマイチコメントが難しくはある気がする。それにまだ眠くて頭の回りが悪い。


「まああの牛蒡のなんだけど。……あたし、ディアナにもよかれと思って探ってたんだけど、却ってあの子に悪いことしちゃったのかな……」

「いや、ないない、それはない。」


 頭が回らないので何も考えないで思ったことを口にしていくことにした。


「そんなのわかんないじゃない。……あたしもさ、実は父親の妾っていうか、愛人だった方の腹に生まれたんだけどさ。その父親っていうのは牛蒡ほどじゃないけどクズみたいな奴で、認知もしなかったみたいなんだけど、それでもたまには玩具とかもってきてくれてた気がするのよね。それ考えると、あんなゴミでも子供にとってはいた方がいいかもしれないじゃない? あれはゴミだけど、一応金持ちの政治家だったわけだし」


 淡々とした口調だが、リッシュは結構気にしているっぽい。

 普段こんな風に話す女じゃないし、ちょっと鼻声入っているかもしれない。

 生まれるだろう子供と、昔苦労した自分を重ねているのだろうか。

 いやでも、


「だからそれはないって」

「何でそういえるのよ? 牛蒡が子供に対してどうするかなんてわからないじゃない。聞いた話、ドラグニルも脅されてたとはいえ、結果的に他の二軒が潰れた恩恵を最大限に受けたってことで何もないわけじゃないんでしょ? あそこだけ脅しに屈したわけだし。子供も苦労するかもしれないじゃない。」


 わからんのか。結構賢いと思っていたがやはり馬鹿な女だ。所詮はビッチか。


「いや、俺を育ててくれたじいさんは盗賊だったんだけどさ」

「知ってるわよ。馬鹿にしてんの?」


 最後まで聞けよ。馬鹿にしてるのは確かだけどな。


「俺は知らずに生きてきて、最近になってからそれを聞いたんだが。聞かされたときは若干ショックではあったが、すぐに全く気にならなくなった。じいさんが俺にしてくれたことは何も変わらんわけだからな。

 つまり、子供にとって大事なのは親が世間的にどうこうではなくて、どう育ててくれたかという事だろ?」

「それはそうかもしれないけど。だから牛蒡が子供をどう扱ったかなんてわからないじゃない。大事に、堅気に育てたかもよ?」

「それも無理だと思うけどな。子供ってのは賢いから、表面上取り繕ってもすぐに本性を見破るよ。現にリッシュだって玩具とか買ってくれてた父親のことをクズだって見破ってたろ? 別に聖人君子なだけがいい親とは言わないけど、他人を虐げて自分の欲をみたすようなやつに育てられた子が、いつか自分もそうなってアルス様に切られでもしたらそっちの方が余程かわいそうだろ」

「……うーん、ちょっと違う気もするけど。あいつがもっとまともに面倒みてたらクズでも感謝したかもしれないし。

 でも、いいわ、そういうことにしといたげる。ディアナは世間知らずだけど、頭も性格も悪い子じゃないし一人でもまともに育てるわよね。あたしなんて母親もクズだったのに、こんなにいい子に育ったわけだし」

「ビッチだけどな。まあ、困ってたら経験を活かして手伝ってやれよ。騎士団からの給料は悪くないし、友達なら助けてやるもんだろ」


 未だに頭が回っていないので話が適当になっているのが自分でもわかるが、まあそこまで変なことも言っていないと思うので良しとする。


「ビッチってなによ! あれはビジネスだってば! ……でも、そうね。ソラ、あんた意外といい男みたいだから今度からは金貨5枚で相手してあげるわよ?」


 だから、高いって。それにこんないい男普段から見ていて意外ってなんだよ。


 そう言おうとして、やっぱりやめた。

 理由は、珍しくすっぴんだったリッシュがそう言ったときに見せた笑顔は、その、マイ天使にもそこまで負けないくらいには、可愛かったからだ。

 ……金貨3枚くらいにまけてくれるなら、頼んでみてもいいかなぁ。

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