カップラーメンと孤独
昼休みは、毎日同じ場所で、同じように始まる。
給湯室の奥、段ボールが積まれた隅のスペース。誰にも見つかりたくないという気持ちが、無意識にそこを選ばせる。
カップラーメンのふたを開け、お湯を注ぐ。
時計の針が正午をわずかに越えたことを確認しながら、スマホを取り出す。
LINEの通知はゼロ。未読のままのメッセージだけが、スクリーンに沈んでいる。
ついでに開いたSNSのタイムラインには、大学時代の同級生が"人生の進捗"を投稿していた。
——『新しい職場、刺激的で最高です!』
——『プロポーズ、成功しました』
——『やっと家買いました! これからは家族で頑張っていきます』
どれも本音かどうか分からない。
だけど、幸せそうな笑顔に囲まれていると、自分だけ取り残された気持ちになる。
心の奥のほうが、じわじわと締め付けられる。
劣等感、焦り、見栄、諦め。
いろんな感情が絡まり合って、喉の奥で固まる。
——何してんだろう、俺。
ほんの数年前まで、「広告業界で働く自分」に、多少なりとも夢を見ていた。
稼ぎまくって出世する。
そんな自分を、周りが羨む姿を想像していた。
でも現実は、誰かが作った商品を、誰かが用意したトークスクリプトで、ひたすら売るだけ。
羨望でも称賛でもない。
そこにあるのは、「お前、いい加減に数字出せよ」という一言だけだった。
ピピッ。
電子音が鳴って、現実に引き戻される。
湯気を立てるカップラーメン。少し麺がのびてしまったかもしれない。
ズズッと音を立ててすすりながら、ふと「人生って、なんなんだろうな」と思う。
別に不幸なわけじゃない。
屋根があって、給料は安くても払われていて、食べるものもある。
でも、満たされない。
朝目覚めても、何も変わっていない自分がそこにいるだけだ。
成長した実感も、前に進んでいる感覚も、何もない。
ただ空虚で、孤独で、どこにも居場所がない。
手元のカップラーメンは、味がしなかった。
それでも完食したのは、習慣でしかなかった。
食べ終わった容器をゴミ箱に捨て、席へと戻る。
そこには、また数字のためだけの時間が待っている。
「今日中にあと50件……」
独り言のようにつぶやいて、ため息を飲み込んだ。




