「才能を、お探しですか?」
水曜の朝、アポリストを開くと、その行は昨日と同じ場所にあった。
消えていなかったことに、少しだけ安心している自分がいた。
リストにある以上、これは仕事の電話だ。
そう自分に言い聞かせないと、指が動かなかった。
それでも、マウスをクリックする。
表示された番号を、電話機に打ち込む。
受話器を手に持つと、指先がわずかに汗ばんでいた。
ワンコール。
ツーコール。
スリーコール——
「……はい、才能屋です。才能を、お探しですか?」
一瞬、息が詰まった。
通話の向こうから聞こえてきたのは、機械のように整った、それでいて人肌のように柔らかい声だった。
感情は見えないのに、不思議と冷たさがなかった。
「……あの、こちら、C-GATEの高峰と申しますが……あの、御社のことを……」
「おつなぎします。どうぞ、そのままお待ちください」
遮られるようにして、保留音が流れる。
クラシックのようで、どこか現代的な旋律。
知らない曲なのに、懐かしい気がした。
ほどなくして、別の声が現れた。
「はじめまして。白井と申します。
ご連絡、ありがとうございます。
高峰さま、"何か"に違和感を覚えていらっしゃる頃ではありませんか?」
心臓が一度、大きく跳ねた。
「えっ……なんで、それを……」
営業トークの型だ、とカケルは思った。
「お悩みはありませんか」と切り出して、相手に「自分のことだ」と思わせる。
自分も、何度も使ってきた手だった。
「"才能屋"とは、そうした"問い"を持つ方の前にだけ、現れる組織です。
この電話は、偶然ではありません」
声の主は、あくまで淡々としていた。
売り込む熱が、どこにもない。
でもその言葉は、まるでこちらの内面を、すでに見透かしているかのようだった。
「もしご希望でしたら、一度お話しする機会を設けさせていただけますか?
15分ほどで構いません」
断る言葉なら、いくつも浮かんだ。
「結構です」「間に合ってるんで」。毎日、自分が言われている言葉だ。
それを自分が口にするのは、気が引けた。
いや、本当は、断りたくなかった。
「……はい」
「それでは、明日、木曜の15時にお待ちしております。
場所は……」
住所を告げられる。
メモを取りながら、なぜか手が震えていた。
通話が終わった。
一体、何が起きたのか、よく分からなかった。
でも、ただ一つ確かなことがある。
何かが動き始めた。
いつもの退屈な日常の中に、かすかだけれど異物のような"風"が吹き込んだ感覚がした。
Excelのリストを閉じて、天井を見上げる。
「……才能屋、ね」
誰にも聞こえないように、小さくつぶやいた。
その言葉の響きが、やけにしっくりきた。




