第8話 平均世界
「それだけか………」
「え?」
男は、目を丸くする。
何しろ俺の発言が予想外だったからだ。
「それだけの能力か。チョコに、銃弾?それだけか。じゃあ、これでいいな!!」
俺は鼻で笑い、両腕を硬化させる。
男の体に拳を打ち込み続ける。
夢でも、動くうちに息切れしてきた。
そこは忠実なのかよ。
「ぐへへ………馬鹿だなあ。それだけで勝てるって?息切れしてきてるじゃん。ぐへへへへ」
俺は得策を思いついた。
だが、仮説段階だ。
俺は瞬時にマンション玄関前へ走った。
男はまたも驚いていた。
俺は、やるしかない。
少なくとも、ここで戦っても勝ち目はない。
男から逃げるように、マンションへ走って行く。
玄関前へいる岸本へ大声で言う。
「おい、岸本!計画がある!お前だけ最上階へ向かえ!!!俺は後で行く!!!!!」
敢えて近くへは行かなかった。
この男を岸本へ近づけることになるからだ。
立ち止まった俺に男が追いついた。
「ぐへへ………。馬鹿だなぁ、自分で計画を言ってるなんて……オイラは夢世界では有名な狂人なんだよ?どうせオイラに勝てねぇのになぁ?ぐへへ」
「チョコを食えば液体、金属を食えば硬くなる」
「なるほど、便利だな」
男はニヤニヤしている。
「ぐへへへ……そうだろ?」
俺は肩をすくめた。
「でもな」
「思ったよりショボいな」
一瞬、空気が止まった。
「ぐへ……?」
「有名な狂人ってるんだよな」
「なのにやってることはチョコを溶かすだけか?」
男の目が細くなる。
「ぐへへ……」
「能力は“食べた物の性質”なんだろ?」
「だったらもっと色々出来るはずだ」
「なのにチョコばっかり」
俺は男を指差した。
「つまり」
「それしか出来ないんだろ?」
男の口元が引きつる。
「ぐへへ……ぐへへへへへ」
男は笑い始めた。
「なるほどなるほど……」
「オイラを雑魚扱いかぁ?」
俺は肩をすくめる。
「事実だろ?有名な狂人の能力がチョコだけ。拍子抜けだな」
会話して時間を稼がなければならない。
岸本がエレベーターに乗って、最上階へ付くまでは。
駐車場へ入る。
車の陰に隠れる。
あの金属の塊に殴られたらひとたまりもない。
1度殴られたら致命傷を負うのは確実だ。
「おーい、どこに行ったんだ?なーんてね!………ぐへへ」
男は車の下に手を差し込み、
そのまま持ち上げた。
車体が軋む音が駐車場に響く。
なんという怪力だ。
俺の能力………腕を変形させただけの能力が適うはずがない。
腕を変形………そうか、もう少し変形させてみよう。
右腕に力を入れる。
腕全体の筋肉が破裂し黒い液体が散る。
そして、黒いモヤが白い骨を多い、次第に物質化していく。
肘から先が象牙のようにモヤが集まったかと思えば、1本の漆黒の太刀となった。
想像した通りの変形。
勝機はないが、希望は見えた。
さっきよりは戦えそうだ。
男は俺の目の前で鈍く、銀色に光っていた。
「どうだ。俺の成長を見て慄いたか」
「ふん、そんなの雑魚能力だ…ぐへへ。普通の能力なんだな………ぐへへ」
男は俺に拳を向ける。
太刀となった右腕を前にし受け止める。
衝撃が全身に響いた。
「っっっ!!」
やはり無理か。
重量がまず違う。
「アリが人間に敵わないのと同じだよね。ぐへへへへ」
来た。
俺は玄関前へ向かう。
「でもアリは、すばしっこいんだよ!!」
「お前がそのチョコの能力しかなくて良かったよ!!!!!」
何故か、自動ドアは開きっぱなしだった。
問題ない。寧ろ好都合だ。
「ぐへへ………どこに行くってんだ?エレベーターでしょ?ぐへへへへ」
言いながら俺を追いかける。
「お前は俊敏性に欠ける。つまり、俺はいつでも、お前よりすばしっこく逃げれるんだよ!!!!!」
俺はエレベーターへ向かう。
ドスンドスンと、男の足音が聞こえる。
全身が金属化した影響だろう。
エレベーターの電源は何故か付いていた。
「来てみろ!!!チョコ野郎!!!!」
少し広めのエレベーターだ。
11人乗りだ。取っ組み合いくらいはできそうだ。
無論、そのままでは勝ち目はない。
だが俺には策があった。
パターンAだ。
男がエレベーターの前まで来た。
俺は言う
「お前はもう、その程度の技しかない。俺はエレベーターの入口から出ることも入ることも簡単だ。お前には機動力は少ない。お前のそのレパートリーの少ない能力で、俺を追い詰めることはできない」
男の目が細くなる。
「さっきからブツブツうるさいなぁ。許さないよ?」
「その程度の能力?舐めるんじゃないよ。これもできる!!!」
男はガムを食べ、変形した。
身体は横に伸び、エレベーターの入口をふさいだ。
「残念!引っかかったな!!」
「何がだ?!」
男が理解する間も無く、男はドロドロとした液体となり床に広がった。
「知らなかったのか?」
「チョコはガムと一緒に食うと溶けるんだよ!」
しかし、それだけでは終わらなかった。
「ぐへへへへ……」
男はその液体のまま人型となった。元の姿に戻り、ポケットに入っていた板チョコを齧った。
「液体のままでも、生きていけるもんね〜。ぐへへ」
「チッ、なんだよそれ。なんでもありじゃねーか!」
男は最初駐車場で見た時と同じ、元通りになった。
「でも、どうやら液体となって、金属は消えたらしいな。チョコレートが消えちゃうと困ったな。ぐへへへへ」
それなら大丈夫かもしれない。
パターンBだ。
ただし、このルートが消えれば詰んだと言っても過言では無い。夢で殺され、その先に待っているのはーーー死。
「こうなれば一騎打ちだ。死ぬなら、お前と一体一で戦って死にたい。」
俺が言うと、男はニコッと笑った。
「おう、いいぜ。ぐへへ………」
太刀となった右腕を男に切りつける。
勿論、今まで通り刀は通らない。
彼の腕や首に切込みを入れたところで、ビクともしない。男は俺を殴り、そして俺は男を斬りつける。
「はぁ、はぁ、少し疲れてきたな」
「戦うと言ってきたのはそっちだぞ、ぐへへ。もう終わりか?」
俺は一息吸い、左腕を硬化させエレベーターのガラスを殴った。
「いや、今からが佳境だ」
だが強化ガラスは頑丈だった。
直ぐには割れなかった。
「な、何してる。頭がおかしくなったのか?ぐへへ」
10回ほどで強化ガラスが割れた。
「なんでもない。お前には関係ない」
「ぐへへ、ぐへへ………ぐへへへへへへへ!!!!!!!!!!」
男は笑い続けた。
次第に男の身体が透明になりはじめる。
「面白い、たまたまだが、身体が強化ガラスになったみたいだな。これでお前はもう太刀打ちできないだろう。」
俺は即座に右腕に力を入れる。
太刀はモヤとなり粉のように消え、代わりに腕は黒くなり、硬化する。拳がモヤを帯び、一回り大きくなる。
「勝った。」
巨大化した拳を男の脇腹へ直撃させる。
ヒビが入る。
「な、なぜだ………強化ガラスなのに???」
男は混乱した。
「強化ガラス『だから』だ!!!」
もう一度殴ると、大きくヒビが入り、次の瞬間には粉々に割れた。
それから、もう男は復活しなかった。
最上階へ着くと、岸本は大きなため息をした。
「よかった………死んだかと思ったよ。」
「ところで、岸本さ。」
「何?」
「………いや、なんでもない」
俺は階段を使って玄関へ下った。
玄関から出るとき、後ろから男の声が聞こえた。
「おい。」
また、あの「ぐへへ」とか言う男が復活したのか?
違う。声が違った。
「なんですか?」
「平均世界って、興味ねえか?」
その声は、当たり前のように聞いてきた。
冗談では無さそうだ。
「は?」
俺は、後ろを振り向く。




