第9話 列号吉武
「だから、平均世界だよ」
「いや、………平均世界って何ですか」
「お前、初心者か?今までの見てて随分玄人ぽかったぞ。リアルでも殺してたのか?」
「それより先に、名乗れよ」
男は小さく笑った。
「随分とハードボイルドだな」
男はスーツを着ていた。
髪は肩まで伸び、それを後ろでひとつにまとめている。
ポケットからウイスキーボトルを取り出し、一口飲んだ。
「お前こそ、ハードボイルドじゃないか」
「作者の要望だ」
「どうでもいい。平均世界とは何だ?何がある?」
まあまあ、と男は諌めるように言う。
「俺の名は、列号 吉武だ」
自分の名前を言おうとした。
だが………それだと殺される恐れがある。
自分の夢に侵入されたらたまったものじゃない。
ここは偽名か。
じゃあ何にする。
そうだネットのユーザーネーム「Sunday123」のサンデーを取って………
「よろしく。サンデーだ」
「よろしくな」
列号 吉武は、ニヤリと笑った。だが、その表情に敵意はなかった。
ーーー
曇った昼の平均世界。空は低く、光は弱い。街はどこまでも続いているのに、どこか空虚で、すべてが作り物のように静かだった。道路には人が歩いている。立ち止まっている者、看板を眺める者、ただ前に進む者。言葉は聞こえるが意味はない。ただ音として空気に漂っているだけだ。
その人の流れの中に、異形が混じっている。
狼男。
黒い毛に覆われた大きな体。長い腕。爪は刃物のように鋭い。だが歩き方は妙に自然で、人の列の中を普通に進んでいる。
すれ違う人々が彼を見る。だが恐怖というより、理解できないものを見る目だ。
狼男は一人の男の前で立ち止まる。
ただ見ている。
男も狼男を見返す。何か声を出す。意味は分からない。
狼男はゆっくり腕を伸ばす。
爪が男の胸に触れる。
次の瞬間、力が入る。
肉が裂ける音。
胸が開く。
男は声も出さずに崩れる。
黒い液体が地面に広がる。
狼男はその様子をじっと見ている。
そしてまた歩き出す。
数歩先に、別の女が立っている。
女は狼男を見ている。目を細めているだけで、逃げない。
狼男は止まらない。
通り過ぎるように横を歩く。
その瞬間、腕が横に振られる。
爪が女の首を切り裂く。
首の半分が裂け、体が倒れる。
黒い液体が歩道に流れる。
狼男は振り向かない。
歩き続ける。
人々が少しだけ距離を取る。しかし街の動きは止まらない。
狼男はまた一人を見つける。
背の低い男。
狼男はその前に立つ。
男が見上げる。
狼男は両手で男の頭を掴む。
そのまま力を入れる。
骨が軋む。
頭蓋が割れる。
黒い液体が腕を伝う。
体が崩れ落ちる。
狼男は少しだけ息を吐く。
周囲にはまだ人がいる。
いくらでもいる。
狼男はゆっくりと歩き出す。
今度は走る。
四つ足になる。
一番近い人間に飛びかかる。
背中に爪が突き刺さる。
体を持ち上げ、そのまま地面に叩きつける。
骨が砕ける音。
黒い液体が広がる。
狼男は止まらない。
次の人間へ向かう。
爪。
噛みつき。
腕を振る。
体が裂け、折れ、地面に転がる。
それでも街は静かなままだ。
曇った空の下で、ただ殺される人間が増えていく。
狼男は血に濡れた腕を見下ろす。
少しだけ笑う。
それからまた歩き出す。
この街には、まだ人がいくらでもいる。




