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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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調査と帰還

 魔人を名乗った男の首が地面に落ちている。

 その光景を、俺たちはただ見ていた。

 それだけの激戦だった。


 ――勝った。


 その実感はある。だが、すぐには呑み込めなかった。ついさっきまで、全滅してもおかしくないと思っていたからだ。今でも体中が痛くて、指先が今になって震えだす。

 落とした剣を拾い、それを鞘に収めるのも一苦労だ。結局二度しくじりながらも、何とか収めることができた。


 これで一つの片がついた。

 それに、俺たちの関係も……多分、これで変わる。


 すでに精神を繋げる魔法は切ってあるけど、だからこそ心にぽっかりと穴が空いたようだ。

 それを俺と同じように感じているのか、誰も口を開かない。

 荒い呼吸だけが、妙に揃って聞こえていた。


 だが、次の瞬間にはっとする。


「クラウス兄様は!?」


 そうだ。今はこんなところで立ち尽くしている場合じゃない。

 俺たちの気持ちよりも、よほど大切なことがある。

 バーゲストと戦っているはずのクラウスを助けに戻らないと――。


 そう思って周囲へ声を掛けようとした時、森の奥から人影が現れる。それは――クラウスだった。

 服は血で汚れている。返り血だけじゃない。袖の一部が裂け、腕に浅い傷が覗いていた。

 だが、それだけだ。歩みは乱れておらず、目にも疲労の色は薄い。あの化け物と戦って勝った直後とは、とても思えない。


「あの化け物はどうなりました?」


 問いかけると、クラウスは平然と答えた。


「斬った」


 ……それだけかよ。あの化け物を一人で倒すなんて、あんたのほうがよっぽど化け物じゃないか。

 

 と、いうようなことが頭に浮かぶが、そんなことを言う必要はない。

 ……しかし、そこで考えが一つ浮かび、魔人を名乗る男の生首に目を向ける。

 あいつにも、クラウスなら正面から勝てたんじゃないのか? 不思議な防護膜だって、消耗すれば消えるようなものだったわけだし……。


「それで、そこの首になっているそいつは結局何だったんだ?」


 クラウスが俺たちから視線を死体へ向けながら問う。

 首のない胴体と、少し離れた場所に転がった頭。その間を繋ぐ血の跡を、感情のない目で辿っている。


「……分かりません。ただ、自分のことを魔人と名乗っていました。それに、私たちのことを人間……と」

「他は?」

「手足を振るだけで風の魔法を自在に出していました。あと、攻撃を通さない……魔力の膜みたいな防御も」


 報告しながら、自分の声が変わっていることにここで気づいた。『俺』ではなく、リーネの声とリーネの言葉遣いになっている。

 クラウスを相手にしているから、反射的にその仮面を被った――そう言えばそれまでだ。

 でも、皆が俺を見ている。


 ハルトも、エステルも、ナギも、トビーも。そしてリゼも。

 あの瞬間、心が繋がった。だから、皆は俺の心に触れた。

 だから俺と言う存在の何かを幾分か知ることになったはず。それが自分たちが見ていた、リーネとはまるで違うものだって……。


 視線が重い。これに対して、俺はどう反応すればいいんだ?

 クラウスもその空気を感じ取ったのか、今は何も言わずに俺たちを見ているだけ。

 何を言うべきか心が定まらぬ中――無言で立ち尽くしていると、口火を切ったのはリゼだった。


「リーネに言いたいことは山ほどありますが、とりあえず今は調査を優先しましょう」

「リゼ……」

「この魔人と名乗る男の撃退については、我々『鍛鉄の剣鉈』で話し合い、書面にまとめます。詳しく報告するのはそれからでどうでしょうか?」


 リゼの提案に、クラウスは頷いた。


「それでいい」


 ――助かった、と思った。

 今ここで全部を問いただされていたら、クラウスにまで真実を告げることになる。

 それを嫌う心情を察してくれたのか、それとも単に先に状況を進ませたかったのか……たぶん両方だ。リゼにとっても、奴を調べることこそが最優先ってところだろう。

 

 そうして俺たちは、広場と小屋の中を調べ始めた。

 小屋は粗末だったが、人が暮らしていた形跡は確かにあった。寝台の代わりに敷かれた毛布、火を使った跡がある石の竈、それに水瓶。

 おそらく数日から数週間、ここを拠点にしていたのだろう。

 

 雑に積み上げられた箱と、粗末な机、それから書き散らした書類が残されていた。

 紙は湿気で端が波打っている。インクが滲んで読みにくい箇所もある。だが、書かれている内容は明瞭だった。

 最初に手に取ったのは俺で、それを読んでどう考えてもグレインフォール一つで終わるスケールの話じゃないってことを理解する。


「クラウス兄様……これを」


 クラウスにその書類を渡すと、手に取って紙をめくり、読み上げる。


「……王国中の魔獣を手なずけ、同時多発的にスタンピードを発生させる」

「っ……」


 誰かの吐息が漏れる。

 クラウスはそれを気にせず、続きを読む。

 

「王国へ軍事的負担を与え、行動阻害を確認した段階で蜂起」

「蜂起って、まさか!」

「まだある」


 俺の声を遮り、クラウスは次の紙へ目を落とした。

 その声に抑揚がなく、冷静そのもの――ただ文章を読み上げるだけ。

 だからこそ、内容の異常さだけがなお更に際立っている。


「面倒な王国騎士団の戦力を損耗させ、分散させる。その余裕をもって強固な陣地を構築して王国を迎え撃ち、返り討ちにする。その後、我らの一族の国家を建国し、魔神より与えられし力でもって王国へ侵攻。奪われた我らの土地を取り戻す。千年の宿願を今ここに達成する――」


 最後まで読み切ったあと、広場に沈黙が落ちた。

 奪われた土地を取り戻す。千年の宿願。

 スタンピードを止めれば終わり、なんて話じゃなかった。これはグレインフォールだけでなく、王国全土を巻き込んだ陰謀だ。


 ……だが、それは阻止できた。

 他の場所でも騎士団が上手く対処すれば、その計画はおじゃんだろう。

 そしてこの連中は……少なくとも魔人を名乗るあの男は、どうやら勝ちを確信していたようだ。


「……どうやら、こいつらは負けることを考えていなかったようですね」


 ぽつりと漏らすと、クラウスがこちらを見る。


「グレインフォールへの襲撃と直接関係ないことまで書いてあります。長期計画そのものを、ここに置いていた」

「ああ。余裕があったということだろうな」


 あるいは、こんな森の奥まで来る人間なんかいないと高をくくっていたか。どちらにしろ、俺たちにとっては僥倖だ。

 書類はそれだけじゃなかった。

 拠点の位置らしき図、連絡先めいた符丁、他地域の名前。ざっと目を通しただけでも、十分すぎる手掛かりだった。


「これだけあれば、『我ら』って連中を追えそうね……」


 エステルが書類の束を持ち上げながら言う。

 その顔は疲れ切っていたが、それでも目には強い意思が宿っている。


「王国に持ち帰って分析すれば、敵の思惑も掴めるだろう」


 クラウスはそう言いながら、机の奥にあった赤い石を手に取った。

 拳大の宝石みたいな塊だ。血のように赤く、内側でどろりと光が揺れているように見える。


「奇妙な宝石だな……鉱石ではないのか? 温かいぞ」

 

 クラウスが俺にその赤い石を向ける。

 それを受け取って手のひらに乗せると、微かに温かいのが分かった。

 まるで生きているかのようで……気味が悪い。嫌な気分になり、それを机の上に置いた。


「資料では、これが魔獣を操る何かのようだが……」

「破壊すればスタンピードは止まるのでしょうか? それとも術者が死んで止まっている?」

「さてな。それは分からん」


 クラウスは石を見つめたまま続ける。


「だが、スタンピードを止める手がかりであるのは確かだ。リーネの言うように術者が死んで、それで止まっていれば楽でいいがな」


 何もわからない俺たちに出せるのは、そんな結論に過ぎなかった。

 クラウスが全員を見回す。


「とにかくだ。この小屋で見つけた手掛かりは全て持ち帰る。荷役士がいて助かったな。そしてグレインフォールで解析し、駄目なら王都に送るしかない。この場所の詳しい調査は後日行えばいい。それにあの男の死体もか。何かわかるかもしれん」


 その判断に異論を挟む者はいない。これ以上ここに留まる理由はないからだ。

 あえて言うならば、この小屋で休むという選択だ。

 しかし、ここは魔獣の森……魔獣を手なずけることのできない俺たちにとって、安全とはとても言い切れない。


 だからこそ撤収作業が始まる。

 トビーが渋い顔をしながら荷を組み直し、小屋の中で得た数々の証拠品を積み込み、さらに死体の運搬準備まで始める。

 首のない胴体を布で巻くその手つきは、嫌そうではあったが手際が良かった。

 

 俺たちも書類をまとめ、赤い石を布で包み、急ぎ帰り支度を整えた。

 そうして広場を後にし、森を抜けてグレインフォールへ戻り始める。

 だが、帰り道は行きよりも楽じゃなかった。


「また来る!」

「グリムパップ、右から!」

「ブルタスクもいる!」


 遭遇の回数が、明らかに増えている。

 行きは不自然なほど空いていた森が、息を吹き返したみたいに騒がしい。

 操られている魔獣たちとは別の個体ということだろうか? それとも、術者が死んで統制が消えた結果、元の場所へ戻り始めている?


 ――分からない。その答えは、グレインフォールへ戻らないと見えてこない。


 疲れた体に鞭を打ちながら、俺たちは歩き続ける。振り返れば、森の奥は暗い。あの広場も、祭壇も、もう見えない。

 けれど、あそこで起きたことは――消えることがない。

 俺たちが知ったことも、そして、俺の正体を仲間に知られたこともだ。


 ただ全てを持ち帰り、未来の自分にその行方を委ねる――それしかなかった。

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