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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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ハメ殺し

 俺とトビーは、同時に走り出した。

 そこに言葉も合図もいらない。ただ、そうするべきだと分かる。

 心が繋がっている今なら、相手が次に何をするかも、自分たちが何をするべきかも、理屈より早く身体が理解していた。


 魔人が焦ったように腕を振ろうとする。

 その瞬間、腰のナイフを抜いて投げた。


「っ!」


 刃は狙い違わず、振り下ろされる直前の手へ当たる。

 ――やっぱりだ。同じ手にまた引っかかった。こいつは戦いの素人にすぎない。

 防護膜に弾かれるが、それでいい。腕の動きがわずかに乱れる。ほんのコンマ数秒――それだけで十分だ!


 全身のバネを使って間合いを詰める。

 踏み込みと同時に突きを伸ばし、次の攻撃の起点となる動きを潰す。

 刃が胸を撃つが、防護膜に触れた瞬間――あのぬるりとした、衝撃を受け流すような手応えが返ってくる。


 それで構わない。そのわずかな硬直へ、トビーのハンマーが横殴りに炸裂した。


「ぬっ――!」


 鈍い衝突音が鳴る。そして魔人の身体が、今度こそ崩れるように吹き飛ばされる。

 足が地面から離れ、半回転してから背中で着地した。

 その攻撃は無傷だが、態勢が崩れることは無意味じゃない。こちらの圧倒的なアドバンテージだ。


 これで確信は強固になった。この防護膜は無敵じゃない。

 刃を止めることができても、衝撃までは殺し切れていない。いや、むしろ――衝撃を逃がすために、より吹き飛びやすくなっている?

 トビーの攻撃は確かに強力だろう。でも、あの吹き飛び方には違和感があった。まるで、ふわりと浮くような、そんな感じだ。

 

 それが何を意味するのか? 力を散らす代償として、踏ん張りが効かなくなるんじゃないのか?

 おそらくはそれが答え。とりあえずそう仮定する。どんな理屈で身体が浮くのかは分からない。でも――種は割れた。

 吹き飛ばされ、必死になって身体を起こす魔人へ、さらに踏み込む。


 次のマインドブロウは恐怖じゃない。戦いにおいて、さらに厄介な感情だ!


 ――諦念。


 全てを投げ出したくなる、そんな気持ち。

 何をしても無駄だという、底の抜けた虚しさ。それを剣に纏わせた思念でもって叩き込む!

 肩口を打った剣によって、恐怖とは違う色の感情が防護膜の向こうへ染み込んでいくのが分かった。


「ぐ、うっ……!」


 男が呻く。明らかに効いている。

 やはり恐怖よりも、こっちのほうが深く刺さっている。怯えは歯を食いしばれば耐えられる。だが、諦めは違う。

 戦うことに意味を見出すという、闘争心の根源そのものを攻撃すれば、そうなるのも当たり前だろ!


 この一撃で腕がだらりと落ちた。

 魔法を発動させるための動きが、一瞬だけ止まる。

 なら、このまま押し切れる!


「はあっ!」


 さらに一歩。さらに一撃を喰らわせてやる!

 連撃により剣を走らせるその瞬間――魔人は大きくバックステップを取り、距離を開ける。

 ここで終わる相手じゃないってか? 戦いの素人ではあっても、この程度で折れるほど柔くはないらしい。

 

 あと一歩のところで剣が届かない間合い。

 そこから魔人が腕を振ろうとした――その寸前。


「おおおっ!」


 ハルトが突っ込んだ。

 体当たりみたいに体重を乗せた、槍の刺突。

 それは槍技というより、ハルト自身の身体ごとぶつけるような一撃だった。


 足の裏から腰、腰から肩、肩から穂先へ。全体重が一点に集まる。

 防護膜があったとしても、衝撃は殺しきれない。魔人の身体がよろめき、膝が折れかける。

 その隙を、俺は逃さない!

 

 全力で踏み込む。

 ハルトが開けた一瞬を、繋がった心が拾い上げる。考えるより早く、次の動きが身体に伝わっていた。

 一瞬の猶予も与えずに、次のマインドブロウを頭部に叩き込む。

 

 それは――挫折。


 自分の絶対的な優位が崩れ、信じていた力が通じなくなる感覚。

 こんなはずじゃないと叫びたいのに声が出ない。自信が削れ、足元が抜けていくような感情を、ありったけ乗せて流し込む。


「ぬ、うぅ……!」


 男の目に、弱気が映った。あの見下すような笑みが消えている。唇が歪み、歯の隙間から息が漏れる。

 これも効いてる! このまま押し続ければ、確実に崩すことができる!

 だが――それでも魔人はまだ諦めない。


「この程度で! 僕は!」


 怒鳴りながら、今度は少ない動作で拳を地面へ叩きつけようとした。

 全力で腕を振るのではなく、脱力をしながら地面に落とすような、そんな腕の振り方だ。

 こいつ! ついに学習したか!? 大振りが通じないと理解して、最小限の動きで範囲攻撃を出すつもりだ。おそらく同じ威力はでないだろうが、それでも俺たちをまとめて引き剥がすには十分な攻撃が来るはず。それで距離を離すつもりだな!?


 けれど、その拳は地面に届かなかった。

 見えているんだよ! 俺たちにはな!


「分かってたよ。そう来るって!」


 ナギが叫ぶ。それは初めて聞いた彼女の大きな声だった。

 俺たちが正面から戦っている間に、ナギはすでに背後に回り込んでいたんだ。

 気配を消すことに関しては、俺たちの中で一番の斥候――そのナギの短剣が、地面を突こうとする魔人の腕へ走る。

 

 それによって、わずかにだが腕の軌道がそれた。

 でもそれで十分だ。腕を振るのが発動のための所作なんだろう? 詠唱妨害をされたようなものだ。出てくる魔法は当然――。


「そんなそよ風じゃ、私は死なないよ?」

「お前……!」


 男が振り返る。――が、すでにナギはそこにはいない。

 そして、致命的な隙が魔人にできていた。

 ハルトが間断なく槍を押し込めば。魔人の腹に直撃した槍によって、前のめりに傾いた。そこへトビーのハンマーが、下から掬い上げるように顎をかち上げる。


 この連撃で頭部が一瞬にして上下して、脳が揺さぶられているはずだ。

 魔人の全身から、力が抜けたのを看破する。なんとか立てているだけ、すぐにでも崩れ落ちそうな、そんなバランス。


「これが――俺の全力だ!」


 ――一瞬。だが全てを集中させる一撃を!

 自分の中の魔力をすくい上げるように、剣先に全てを集めるように。

 今の俺にできる、最大最強のマインドブロウ!


 頭部に渾身の力を込めて叩き込むのは――錯乱。

 

 思考そのものがばらばらになる感覚。何をしているのかも、自分がどう動くべきかも分からなくなるような混乱。

 上下左右の区別どころか、前後までも分からなくなるような、自分が感じている感覚が嘘に塗れているような、全てに確信を抱けない状態。

 精神を操作するという範疇を越えた。身体の動きを阻害する精神操作を、今――叩き込んだ!


「あ、あぁ……。ぼ、僕は……」


 しかし、それでも魔人は倒れなかった。なんとか踏ん張ろうとしている。

 でも、それがなんだっていうんだ? 最初の頃の余裕とは大違いじゃないか!

 

 そして、この連撃によってさらに気づいたことがある。

 身体が吹き飛びやすくなっているだけじゃない。防護膜の範囲が薄くなっている。

 今、頭部にかました一撃によって、コイツの髪が舞うのを見た。つまり――防護膜そのものが薄くなっているってことだ!


 そうであるなら、さらなる追撃によってとどめを刺す!

 

「や、やめ――」


 俺が上段に構える姿を見て、魔人の目が完全に揺れた。

 今までの余裕も、見下しもない。あれだけ偉そうに笑っていた口が半開きのまま、何の言葉も形にできずにいる。ただ、本能のまま逃げようとする目だ。

 実力の総量で言えば、こっちが勝っているわけじゃない。でも、積み重ねたマインドブロウが、ついに逃走を選ばせた。


 俺はそれを見送った。

 無論、こいつを逃がすわけじゃない。

 俺の力がジョーカーであるなら、まだエースを切っていない。最後のとどめは――エースであるリゼが決める!


 逃げようとした男の進路には、すでにリゼがいた。

 途中からエステルの支援術の全ては、リゼに向けることを指示していた。だからこそリゼは立ち上がり、吹き飛ばされた自分の剣を拾っている。

 攻撃に参加しなかったのは、この瞬間を狙っていたからだ!

 

 リゼの口の端の血はそのままだ。心の繋がりを通して、支援術を掛けられた身体であっても痛んでいるのも分かる。

 それでも、抜刀の構えで――ただその時を待っていた。

 俺たちの攻撃が、魔人を追い詰めるということをリゼは理解していたから!


「……ッ」


 言葉はない。

 ただ、わずかに息を吐き出す音だけが聞こえる。肺の底の空気を全部絞り出すような、短い呼気。

 そのまま振るわれた剣閃は、静かで、速くて、迷いがなかった。


 今まで全てを受け止めていた防護膜を、その一撃が貫く。

 錯乱した心が原因なのか、それとも幾多の消耗が原因なのかは分からない。

 しかし、魔人の防護膜にリゼの刃を止める力は残っていなかった。


 ――男の首が、宙を舞った。


 遅れて、胴から血が噴き上がる。

 転がる頭。切断面から噴き出す血が、広場と――祭壇の石を赤黒く染めていく。

 さっきまであれだけこちらを見下していた顔が、地面の上で何の意味もなく転がっている。


 止まった首が俺の方を向いた。

 目が開き、驚愕したような、そんな表情。

 それがお前の最後の感情か?


 ――ハメ殺し。


 そんなことをされてしまえばそうもなるか。

 でも、これしかなかった。……こいつに勝つ手段なんて、最初からこれしかなかったんだ。

 一度でも立て直されていたら、俺たちは必ず負けていた。一人でも欠けていたら、この連携は成立しなかった。


 膝が震える。剣を持つ手から力が抜け、その場にストンと落ちた。

 そんな中でも、今この瞬間を表す言葉が、口から自然と出てくる。


「俺たちの……勝ちだ……」

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