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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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奇妙な服の男

 森へ入ってから、数日が経過した。深部を探索すると言っても、進み方に変更はない。

 ナギが斥候として前へ出て、対処できないほど群れが多ければ迂回する。戦う時も囲まれないよう各個撃破を徹底する。

 慎重だし速いとは言えない。これだけならかなり時間がかかりそうなものだが、実際にはそこまで歩みは落ちなかった。


 その理由として、魔獣がいる時はそこそこの数が固まっているが、いない時は拍子抜けするほどいないからだ。

 少ないのではなく、見かけることすらないという意味で――いない。

 深部に入ってから魔獣と遭遇する頻度は確かに増えた。でも……深部の手前まで来た時のあの不自然な静けさが、そのまま奥へ引き延ばされているようでもある。

 

「前方、グリムパップが三。左にブルタスクが一」


 素早く偵察から戻って来たナギが言う。


「それなら余裕だね。クラウス兄様が仕留めますか?」

「問題ない。俺がやる」


 クラウスを先頭に前進すれば、魔獣もこちらを発見して攻撃を仕掛けてくる。

 自然体で歩むクラウスに飛び掛かるグリムパップは撫で斬りにされ、突進してくるブルタスクも見えない斬撃に切り刻まれて数秒と経たずに死骸になる。

 少数の群れなんてそれで終わりだ。クラウスの『夢想剣界』の前に、ただの魔獣なんて相手にもならない。


「数は少ないが纏まっているな……グリムパップとブルタスクが一緒にいることが多いというのは、明らかにおかしい」

「普段は別々に出てきますからね……やっぱり何かあるのかもしれない」


 魔獣と遭遇すること自体は不思議じゃないが、問題はその構成だ。

 グリムパップとブルタスクは本来まるで違う魔獣だが、連携されると厄介極まりない。

 そう考えると、作為を感じずにはいられなかった。


 不気味な感覚に不安を覚えながらも探索は続く。

 魔獣と遭遇する日としない日、そして遭遇するにしても極端に少なく、まるでユニットとして編成されているかのように出現する日。

 森の深部をさまようこと数日――活動予定を考えれば、そろそろ引き返しも視野に入る段階へと差し掛かる。


 ――今日はその判断をする最後の日だ。

 

 とはいえ、森の中の空気や雰囲気は変わらない。

 日の光は梢に阻まれて、届くのは穏やかだが強さの足りない木漏れ日だけだ。

 慎重に歩みを進める――が、今日はどうやら魔獣と遭遇しない日であるようだった。


「……全然魔獣が見当たらない。気配すらないよ」


 偵察から戻って来たナギが言う。

 まったく遭遇しない日はこれまでにもあったが、ここは深部の中でも結構奥であるはず……。

 なのにここまで遭遇しないのだとしたら――。


「ついに在庫切れかな」


 そんな言葉が口から出た。

 

「生き物に在庫切れって言うのもどうかと思うけど……」

「まあな。でも、分からなくはないぜ」


 エステルは怪訝な顔でそう言うが、ハルトは俺に同意した。

 そんな考えが浮かぶほどに、今日は静かだ……戦いをせずにいられるのは良いことだが、それでも同時に不安も募る。

 

「――警戒は緩めるな」

 

 先頭を行くクラウスが警告する。


「魔獣がいないならそれに越したことはない。だが、理由の分からん静けさは、それ自体が異常だ」

「……はい」


 クラウスにも同じような感覚があるようだ。

 何もない中で気を引き締めるのは精神操作なしには辛いが、何かあった時のために魔法は温存しないといけない。

 一度深く深呼吸しながら、森の中をさらに進んでいく。


 それからしばらく進んで、俺たちは足を止めた。

 前方、木々の隙間に影がある。

 最初は魔獣の群れだと思った。そして警戒しながら近づけば、それは確かに魔獣だった。しかし――。


「……動かない。寝ているのか? ――いや、違う?」


 思わずそう呟く。

 そこにいたのは魔獣だった。グリムパップ、ブルタスク、そしてグレイマウルというこの森を代表する三種の魔獣。

 それが森の中の開けた場所で、びっしりと並んでいた。


 どう考えても不自然な光景だが、さらにおかしいことがある。

 俺達が視界に入っているはずなのに、まったく襲い掛かってこない。

 ――ただ、その場で佇むだけだ。


 目は開いているし、俺達を視認しているのか顔が動いて瞬きをする。でも、それだけ。それ以外の行動をすることは、まったくない。

 あえて言うなら呼吸をしているってことか? 決して死んでいるのではなく、生きていることの証明――胸が浅く上下しているのが分かる。

 だが、それはまるで機械のようで、ただ肺が空気を出し入れしているだけに見えた。

 

 ――生きていると言えるのか? 魂だけが抜き取られた肉の器のようにしか見えないぞ。


「……何だよ、これ」

 

 ハルトの問いに、誰も答えられない。あまりの気味の悪さに、皆が押し黙る。

 そんな中で、クラウスが動かないグリムパップの前に出た。


「攻撃を受けても反応しないか、試す」


 剣を抜いたクラウスが最も近い個体の首筋へ剣を振るった。

 首を落とせば、その個体はその場に血を吹き出しながら倒れ伏す。

 周囲の魔獣は、それでも動くことがない。ブルタスクやグレイマウルならともかく、同種のグリムパップが反応しないというのは、明らかにおかしい。


「……おいおい」

「ありえないでしょ、こんなの……」

「気持ちわりぃな……」

「……」

 

 ハルトとエステルが声を上げ、トビーは嫌なものを見たと言わんばかり。ナギは押し黙っている。


「まるで生きる屍……ですが」


 リゼも鞘から剣を抜いた。そしてクラウスに確認する。


「今のうちに処理しておいたほうがよさそうです」

「同感だ。楽に始末できると考えればいい」

 

 クラウスの声に迷いはない。

 今は動かなくても、あとで動き出すかもしれないからな……。

 放置してたら背後から襲われるなんてことになったら、それこそバカの所業だ。


「グリムパップは私たちが。リゼとクラウス兄様はブルタスクとグレイマウルをお願いします」


 こうして、異様な作業が始まった。

 抵抗しない魔獣をひたすら斬るという、今まで行ったことのない作業だ。

 魔獣の首に刃を落としていけば、当然のように、ただ――死んでいく。

 

 生き物を斬ったという確かな手応えはあるのに、心だけはまるで肉を切り分けているかのようだった。

 ――五体。――十体。俺の手で魔獣の首を刎ねていく。

 数えるのも馬鹿らしい。なんだこれ? 俺は一体何をしているんだ?


 そんな迷いが浮かぶ中でも作業を続けていれば、終わりの時が来る。

 まるで屠殺場に並ぶ動物を処理しているような、そんな感覚にやっと終わりが来た。

 最後となったグリムパップの首を落としたところで、数えていたのかハルトが数字を言った。


「……五十は超えたな」


 そんなにいたのか?

 広場を見れば、確かにそれだけの数はいそうだった。

 しかし、なんとも酷い絵面だな……。


 周囲の地面は首無しの死骸と落ちた魔獣の生首で埋まり、血溜まりが広く伸びて繋がっている。

 濃厚な血液の臭いが鼻に付き、気分が悪くなりそうだ。

 嫌な気持ちが募るなかで、それでも必要なことだったと、思い直そうとしたその時――。


「おいおい! こんな場所に人が来るなんて、マジかよ!」


 場違いなほど軽い声が、木々の向こうから響いた。

 全員でそちらを見れば、そこには男が立っている。同時に、背筋がひやりとすることを自覚する。


 ――黒い服。この世界では見たことのない服飾。


 ダルトンが言っていた奇妙な服とはこれか?

 俺の感覚で言えば、二十世紀の軍服を真似たような感じの黒衣だ。見た目からして冒険者でも旅人でもない。ましてや騎士でもない。

 男は酷く瘦せぎすで、その風貌は一言で言えば病人だ。顔立ちは二十代くらい。笑っているのに、目だけが笑っていなかった。


「……こいつが奇妙な服の男とやらか」


 クラウスが低く沈むような声を出した。

 俺も剣を握る手に力を込めて、臨戦態勢をとる。皆も武器を構えてその男と相対する。

 しかし、男は敵意を向けられているというに、ただ面倒くさそうに肩をすくめるだけだ。


「あーあ……せっかくの駒をよくも殺してくれたね。けっこう大変なんだけどな、魔獣を従えるのは」

「……スタンピードを起こしたのはお前か?」

「それ、正直に答える必要ある?」


 剣を構えたクラウスから殺意を向けられているというのに、男は余裕の態度を崩さない。


「まっ、いいや。僕らの邪魔をしに来たのは間違いない。となると君たちは敵ってことになる」


 男はまるで見下すような態度で、俺達を見ながら笑う。

 そして――一瞬だけ目に鋭さを込めて叫んだ。


「バーゲスト!」


 その声とともに、空気が変わった。

 地面の奥から何かが軋んだ。木の根が鳴ったのか、地層が鳴ったのか分からない。

 ただ、足の裏に重い振動が伝わってくる。それが一歩ごとに近づいてくる。

 

 木々の影が裂けるように動いた。

 現れたのは狼の魔獣――と呼ぶには、あまりにも大きすぎる。


 頭が見えた時点で分かった。こいつは次元が違う。

 グリムパップが子犬に見える。巨大なサイを思わせるほどの体躯に、分厚い首、筋肉の束が皮膚の下で蠢く四肢。黒い毛並みの下に血管が浮いている。

 狼と言えば群れで行動する獣だが、そんなものとはまるで違うと、俺の本能が警鐘を鳴らしている。


 ――あれは群れる魔獣じゃない! 単体で死をばら撒く災厄の具現だ!


 理屈じゃなく、体が逃げろと言っている。

 その理由は黄色く光る目にあった。さっきの魔獣たちとはまるで真逆で、剥き出しの殺意に満ちている。

 分かることはただ一つ。俺たちを獲物として認識している――完全に。


 警戒する俺たちを見ながら、男は気だるそうに片手を振るう。


「あいつらを殺せ、バーゲスト」


 それだけ言うと、黒衣の男は森の奥へ下がっていった。

 追うべきか――そう考えるより早く、バーゲストと呼ばれた魔獣が吠える。

 それは音というより、衝撃に近い。腹の底を直接叩かれたみたいに内臓が震え、鼓膜の奥が痺れる。木の枝から枯葉が一斉にはらはらと落ちた。


「来るぞ!」


 クラウスがそう叫んだ瞬間――巨大な狼の魔獣が、地面を抉りながらこちらへ駆け出した。

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