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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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夢想魔剣には先がある

 クラウスは、城壁へ向かってゆっくり歩いてきた。

 その歩みは落ち着き払っている。急いでいるようには見えない。けれど、周囲の魔獣は絶えず襲いかかっていた。

 だが、結果は変わらない。ただ魔獣は屍を晒すのみ。


 何か理由があるはず……。それは、クラウスが近づくにつれて、ようやく見えてきた。


「……なんだ? 何か……ある」


 思わずそう呟いた。

 何もないように見える。だが、実際には違う。クラウスの周囲、ほんのわずか外側の空間で、何かが揺らめいている。

 首が落ち、脚が飛び、腹が裂かれる。飛びかかった瞬間に、鋭い斬撃を浴びたみたいに、魔獣はその場で絶命する。


 当然、俺が感じていることが魔獣に分かるはずもない。

 次から次へとグリムパップが見えない何かへ飛び込み、次から次へと死骸になっていく。

 やがて数が減ったせいか、魔獣たちの動きに一瞬だけ迷いが出た。クラウスの周囲に、ぽっかりとした空白が生まれる。


 ――その瞬間だった。


「縄梯子を持ってこい! それを使って城壁へ上がる!」


 大きく響いた声に、城壁の上にいた兵士たちがやっと我に返る。

 門前で指揮を執っていた騎士が怒鳴り返し、尖塔の方へ兵を走らせた。慌ただしく縄梯子が運ばれてくる。その間にも、クラウスは迷いなく城壁へ近づいてくる。

 縄梯子が下ろされたのと、クラウスが城壁の真下へ辿り着いたのはほとんど同時――躊躇なく縄梯子を掴み、登り始める。


「兄様、後ろ!」


 思わず叫んだ。

 背後からグリムパップが飛びかかっていたからだ。

 縄梯子を登っている最中となれば、さすがに無防備だと思った。


 しかし、そんな心配は知るかと言わんばかりに、背後のグリムパップは空中で真っ二つになって落ちた。

 別の一頭がクラウスに飛び掛かろうとするものの、無残にも首から血を噴いて落ちていく。


 ……何なんだ、あれは。

 自分の兄ながら、呆然と見ているしかなかった。

 そうして、ついにクラウスが城壁に上がってくる。


「第二騎士団所属、クラウス・リンデベルクだ。王都より、グレインフォール救援のため派遣された」


 クラウスは最初に指揮官らしい騎士へそう名乗った。

 騎士の方は、目の前の異様な光景がまだ整理しきれていないらしい。けれど、どうにか表情を引き締めて問う。


「お、お一人ですか? 騎士団は?」

「来ていない」


 クラウスはあっさりと言った。


「今や王国全土で魔獣の氾濫が起きている。騎士団は全軍でその鎮圧に回っていて、人手が足りん。そこで俺が派遣された」

「しかし……お一人とは」


 困惑する騎士へ、クラウスは平然と続ける。


「一人の方が送り出しやすい、ということだ。裏を返せば、半端な数の分隊規模では森林地帯を突破してここまで来ることさえ難しい。身軽に一人で動ける者が必要だった」


 言いたいことは分かる。そりゃあ、単独行動が一番行軍するには早いからな。

 でも、そうなると一人でここまで来たってことだろ? そんなのあまりにも無茶苦茶だ!

 そんな俺の感想を見透かしたみたいに、クラウスはその異常さに答えを返した。


「途中まで馬で来て、城壁が見えてからは徒歩だ。全力を出して戦うには馬上はむしろ不利だからな。そうせざるを得ないくらいには魔獣が多い。歴史に聞くスタンピードより規模が大きいかもしれん」

「……っ」


 その場の兵たちが息を呑む。

 かつてない規模だから、足手まといはいらない。自分の全力に付いてこれるものがいないから……一人で来たということか?

 夢でも見ているかのような、そんな光景を作り出したクラウスの言葉には説得力があった。


 ちらりと外を見れば、クラウスの歩いたところだけ線のように魔獣の死骸があるのが――その証拠だ。


「では案内してくれ。グレインフォールの責任者はどこだ?」

「は、はい。こちらへ」


 騎士が慌てて答える。

 その時、クラウスがふとこちらを振り向いた。


「リーネ。お前はどこに泊まっている?」


 目の前で登って来たんだから、当然俺のことは認識されていた。

 だが、あまりにいきなりだったから、呆然とした反応しか返すことができない。

 

「え? 三羽雀亭ですけど……」

「空きはあるか?」

「……たぶん、一部屋か二部屋くらいなら」

「なら俺もそこに泊まる。部屋を確保しておいてくれ」


 それだけ言うと、クラウスは騎士へと向き直った。


「すまない。話はこれで終わりだ」


 そうしてクラウスは、騎士とともに城壁を去っていった。

 俺たちは城壁の上に呆然と取り残され、その背中を見送るしかできなかった。




 夕方になって、俺は言われた通り三羽雀亭の部屋を一つ押さえた。

 そのあと仲間と一緒に食堂の隅へ陣取り、昼間の光景を反芻していたのだが、結局まともな結論なんて出るはずもない。


「不可視の魔剣の話は有名です……しかし、あの光景はそんなものでは……」


 リゼが珍しく、本気で困惑していた。


「私も同じだよ」


 俺はため息まじりに返す。


「盗賊討伐の時に見たのは、剣に魔力を纏わせる技だった。素手でもできるとは知っていたけど……だからって、歩いてるだけで魔獣が勝手に死ぬのは意味が分からない」

「本当なのそれ? あまりに現実離れしているけど……」


 城壁へ行っていなかったエステルが半信半疑の顔をする。


「盛ってない?」

「盛るわけないでしょ!」

「いや、でもなぁ……」


 ハルトとナギは何とも言えない顔のままだった。

 信じられない――でも、見た。だから否定もできない。……そんな顔だ。

 どうにも落ち着かない空気のまま時間が過ぎ、そろそろ夕食の時間だなと思い始めた頃――。


「失礼する」


 入口の方から声がして、皆がそちらを見る。

 そこに立っていたのは、クラウスだった。


「クラウス兄様。本当にいらしたのですね」

「妹に兄が会いに来るのは普通のことだろう?」


 クラウスは少しだけ苦笑した。


「それに、役所の客間では安眠できなくてな」

「何故です?」

「役人というのは、何かあればすぐ報告に来る。こっちは休みたいと言ってもお構いなしだ。だから今夜だけは、家族と話すことを理由に退避してきたというわけだ」


 それから、俺を真っ直ぐ見る。


「できれば二人で話したい」

「……分かりました。マルタさん! クラウス兄様を部屋へ案内します」


 カウンターの奥、厨房で作業をしていた女将のマルタが顔を出す。


「あいよ! 記帳台のところに鍵はあるから、持って行って!」


 長くこの宿を愛用していれば、鍵の取り扱いについては信頼されている。

 言われた通りに鍵を記帳台から取り出して予約した部屋に向かう。その一室は、三羽雀亭では一番上等な一人部屋だった。

 二人で話すなら、ちょうどいい場所と言える。

 

 部屋へ入り扉を閉めると、椅子に腰を下ろす前にクラウスが俺に向かって言った。


「何故二人きりなのか、だいたい分かっているだろう?」

「……兄様の技についてですか?」


 個室でわざわざ話す理由なんて、それしか思い浮かばない。

 そして正解だったようで、クラウスは頷いた。


「夢想魔剣はリンデベルク家の家伝だ。秘匿されているわけではないが、家族だけで話すのが筋だろう。……座れ」


 クラウスは椅子に腰を下ろし、俺にも座るように勧めてくる。

 言われるがままに席へ着くと、本題が始まった。


「……夢想魔剣には先がある。俺は、その先に足を踏み入れた」

「先って……今日のあれが?」

「そうだ」


 クラウスが俺の目を見つめる。


「きっかけは、お前の言葉だ」

「……は?」


 なんのことだ? と、思わず変な声が出る。

 それを聞いて、クラウスは少しだけ眉を寄せた。


「グレンツで、お前が酔って夢想魔剣の話をしていただろう。あれを、試してみただけだ」

「えっ? あの時の?」

「そうだ。――魔力を宙に設置する刃。お前は確か『亡霊の刃』と言っていたな」

「言った……かも」

「見えない刃を動かすやり方も語っていた。『念じる見えない刃』だったか」

「……それも言ったかも」


 記憶がよみがえって来た。

 漫画とかゲームとか、そういう知識のごちゃ混ぜだ。

 かっこいい必殺技とは何かってのを、喋り散らかした覚えがある。


「お前にとっては空想でも、試す価値はあった」


 そこからのクラウスの口調は、淡々としているが熱を感じられる。


「最初に宙へ置く刃を作った。次に、それを動かすことを覚えた。そこから先は俺なりに練り上げた」

「それが……あの魔獣を切り裂いていた?」

「名付けて『夢想剣界』。周囲へ刃を展開し、侵入したものを切り裂く見えざる不可視の刃による結界だ」


 ――『夢想剣界』……それがあの技の名前か。

 まったく名前負けしていない脅威の技……それを俺の発想から着想を得て編み出したってことか。

 そんなことを考えていると、突如としてクラウスが頭を下げてくる。そして――。


「礼を言う」

「え!? な、何です?」


 慌てて聞き返す。

 クラウスが俺に頭を下げるなんて、どういうことだ? わけがわからないぞ!?


「お前の言葉で目が覚めたからだ」


 クラウスはそこで顔を上げる。

 そこには……迷いが晴れたような、そんなすっきりとした顔があった。

 前に感じた『昏さ』は微塵も感じられない。


「力は力だ。それを本当の意味で理解せずに、俺はくだらんことでいじけていた。だが、それが取り払われたから先へ行けた。俺だけの奥義という……な」


 そこで言葉が切れ、沈黙が部屋に満ちる。

 だが、それはほんの一瞬だった。すぐにクラウスは真剣な表情で俺に語りかけてきた。


「お前の夢想魔剣がどのようなものかは知らん。本当に前に言っていた通り風なのか、それとも別の何かに適性があるのか」

「……」


 一瞬、心臓が跳ねた。

 精神操作のことまで何か気づいているのか? と、一瞬身構えかける。

 だが、それは考えすぎだったようだ。


「だが、適正に関わらず一つ言えることがある。剣に纏わせることだけに固執するな、もっと違う力の使い方を考えろ。それが俺たちの家伝である、夢想魔剣なんだ」


 ――精神操作を剣で増幅させるのが俺の夢想魔剣であるマインドブロウだ。でも、その先があるというのか?

 

「……話はこれで終わりだ」


 ……おっと! つい考え込みそうになった。

 話もこれで終わりと言うことだし、後で一人で考えればいい。

 

「俺はもう飯を食ってきた。あとは寝るだけだ。今日はゆっくり休む。お前は退室しろ」

「……分かりました」


 立ち上がって扉へ向かう。

 と、ドアノブに手を掛けたところでクラウスの声が飛ぶ。


「これは予感だが、俺たちの夢想魔剣こそが、この事態の解決へ繋がる何かになる。俺はそう感じている」

「クラウス兄様……」

「だから、お前も自分の力を見つめ直してみろ」


 それで本当に話は終わった。

 俺は部屋を出て、一人廊下に立つ。


 ――夢想魔剣のその先。

 ――剣に纏わせることだけに固執するな。

 ――もっと違う力の使い方。


 頭の中で、その言葉が何度も巡り回る。

 俺の精神操作と――マインドブロウ。

 剣へ乗せて、恐怖を叩き込むだけじゃない、もっと別の何かがあるっていうのか?

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