門を埋める牙の群れ
翌朝。
俺たちはいつものように装備を整え、グレインフォールの門を抜けたところで足を止めた。
朝の空気は少し冷たく、門の外には出入りする商人や荷運びの人足がいつも通りに見える。
これから森へ魔獣討伐だ。昨日の疲れは残っていたが、だからといって休んでもいられない。
街道までグレイマウルが出た以上、森の浅部でなんとか押し留めなければならない。
それが昨日レオンたちと話して出た結論だ。グレイマウルとやり合って勝てる冒険者パーティーは多くない。だから、俺たちが出張る必要がある。
「じゃあ最終確認だね。隊列は昨日と同じ。というか、何か変化がない限りはこれが基本。ハルトが前衛。私とリゼが左右で、エステルは後方で支援術を使う。ナギは先行偵察と遊撃」
「おう」
「承知しました」
「分かったわ」
「……うん」
何度も森の中で試した陣形だ。そう簡単に変わるものじゃない。
しかし――。
「今日はトビーも戦うこと前提だね。昨日みたいなグレイマウルと戦うならともかく、グリムパップ相手なら前へ出てもらうことになる」
「数が多いからな……荷役士のオレが戦うなんて契約外だけど、自衛の内なら仕方ないか」
トビーのハンマーの威力なら、グリムパップは一撃で仕留められる。当たり所が良ければ、ブルタスク相手でも通る。
でも、トビーの言うように契約外なんだよな……。
「ごめんね。パーティーの責任として、今の私たちじゃトビーを守り切れる自信がない」
「こういう状況だし、しょーがねーよ! それに、荷役士とは言え最低限の戦いはできた方がいい。そのためにリゼの稽古を受けられたんだ。それって金払ってやってもらうことだよな?」
「まーね。私の剣の家庭教師はリゼだし、本来ならお金が必要なのは確かだよ」
「だろ? だから気にするなよリーネ姉ちゃん!」
トビーは俺を励ますように笑った。
こんな子供に命を賭けさせる真似をするのは、不本意極まりない。
でも……トビーが納得してくれているようで、罪悪感みたいなものを大きく抱え込まずに済むのは有難かった。
「さて、確認はこれで終わり! というわけで、出発しようか!」
と、音頭を取って歩き出そうとするが――。
「開けろ! 早くしろ!」
「子どもを先に入れろ!」
「来るぞ!」
怒号と悲鳴が、いきなり門前にぶちまけられた。
俺たちだけじゃない。近くにいた冒険者も、門番の兵士たちも、一斉にそっちを見る。
すでに門のところではいつもの順番待ちなんて消し飛んでいて、異変に気づいた兵士たちが通常の手順をかなぐり捨て、外にいた戦えない人たちを街の中へ押し込んでいた。
「何が――」
言いかけた時には分かった。
森のほうから、土煙が上がっている。
「グリムパップ!」
ハルトの声と同時に、犬型の魔獣が何頭も飛び出した。
単体なら大した相手じゃない。だが、群れと呼んでもいいくらいの数がいる。
門前には武器を持たない商人や荷役、子どもまでいる。あれが人の列に食い込んだら、どうなるかなんて考えるまでもない。
「迎え撃つ! エステルは支援術を! ハルトは槍を振り回して牽制して! 私とナギ、それにトビーも守りを固める! リゼは自由に動いて数を減らして」
今は森の中じゃない。民間人を守るための戦いだ。
周囲を見れば自分たち以外の冒険者や兵士が戦列を作っているのが分かる。なら、戦列の一員になるのが一番いい。
俺たちはディフェンスだ。オフェンスはリゼの剣技に賭けるしかない。
「分かりました! リーネたちはそのまま戦列を維持してください!」
リゼが切り込むのと、俺たちが列を作るのは同時だった。
そこにグリムパップが突っ込んでくるのを、叩き落とし、牽制して突破されないようにする。
俺たち『鍛鉄の剣鉈』の両隣は兵士と他の冒険者パーティーだ。戦いの規模が大きく変化していた。
さらに、リゼのような攻撃役がグリムパップの群れの中に切り込んでいくのが見える。
何度か話したことのある冒険者や、門番の中でも腕の立つ兵――そんな戦力が次々とグリムパップを狩っていた。
しかし、すぐにその数を減らすことはできない。俺の元へ一体が迫って来る!
「通さない!」
気合を入れた一閃。それにより喉元を裂かれたグリムパップが血を撒いて転がる。
その横を別の個体が跳ぶが、そこへハルトの槍が叩き込まれた。胴体を貫かれ、そのままのたうち回って絶命する。
壁を作るような戦い方に不利な短剣を持つナギも、冷静に篭手でかみつきを受け止め、脊髄に短剣を差し込み対処していた。
後方を気にする余裕はないが、エステルからの支援術が効いている。
それにトビーの気配もだ。いつでも前に出られるような立ち位置にいるのが分かる。
いざとなれば空いた穴を塞ぐことができる。その余裕があるからこそ、冷静に戦えていた。
冒険者だけでなく、兵士たちも必死だった。
戦列を組み槍を構え、一体も通さないという意思が陣形に込められているかのようだ。
後ろには守るべき民がいる――そう檄を飛ばす兵もいる。
「まだいるぞ!」
「右から二頭!」
誰の声か分からない怒鳴り声が飛ぶ。
そこへトビーが、ハンマーを構えて飛び出した。
「これでもくらえ!」
群れの突撃によって穴が空いた戦列だ。そこをトビーが埋めようと前に出ている。
振り下ろした一撃が、飛びかかったグリムパップの頭を捉えた。
頭部を粉砕する一撃必殺! やっぱり荷役士は時と場合によっては重要な戦力だ! いざという時の度胸といい、頼りになるぜ!
短いが、そのような息をつく暇のない戦いが続く。
そうしてどうにか第一波を倒しきった時には、門前の地面に何頭もの死骸が転がっていた。
いや……死骸だけじゃない。戦列を突破して内部へ侵入したグリムパップにやられたのか、倒れ伏している人がいる。
その生死は定かではないけど……取り返しのつかない被害が出たのは確かだった。
「なんで、こんなことに……」
エステルが青い顔で呟く。
それに答えられる者は誰もいない。ただ――今は警戒を続けることしかできない。
その時、またナギが森のほうを向いた。
「……また来る! 多いよ!」
その声は小さかったが、全員の背筋を凍らせるには十分だった。
「まだいるのか!?」
「なんだありゃ! さらに数が多い!」
誰とも分からない声が上がると同時に、森の木立の向こうから、また土煙が上がる。
今度は数だけじゃない。低く太い唸り声が混じり、地面までわずかに震えていた。
「ブルタスクまでいるぞ!」
城門の上から兵士が叫んだ。
――見えた。本当にブルタスクだ!
突き出した牙と、分厚い首ごとぶつけるような突進。さらにはその勢いだけで人間を粉砕する猪型魔獣が、グリムパップの群れに混じって一直線にこっちへ来る。
――無理だ。グリムパップならまだしも、戦列なんてブルタスク相手じゃ簡単に食い破られてしまう!
「全員、街に入れ! 残っているのは冒険者と兵士だけだ! 防衛線を下げる! 急げ!」
門兵の怒声が響いた。
判断は早かった。ここで踏みとどまれば、門前にいる全員が轢き潰される。
周囲を見れば、ほとんどの民間人は門の中に入ることができている。となれば残るは俺たち冒険者と門を守る兵士のみ。
「リーネ!」
「分かってる! 皆、下がるよ!」
リゼの声に反応するように叫ぶ。
戦列を崩して、その場にいた者たちは急いで門の中へと退避していく。
第二波とはまだ距離があったのが救いだった。なんとか全員が、城門の内側へ後退できたようだ。
兵士たちが分厚い扉を閉めるのが目に映った。
そして――門を叩くような音と、獣の遠吠えと地鳴りみたいな足音が重なっている。
しかし、それはただ逃げることができたというだけで、むしろ今の状況をさらに際立たせることになる。
「森からまだ来るぞ!」
「囲まれてる! ああっ! グレインフォールが!」
城壁の上から叫び声が飛ぶ。
決して門が破れたわけじゃない。この街中に魔獣が入ってくることはない。
でも、それがなんになる? グレインフォールが囲まれているだって?
「……まさか。魔獣が城壁を囲んでいるってこと?」
「そんなの、ありかよ!」
ハルトが叫び声をあげるが、俺も同じ気分だった。
今日は森へ狩りに行くはずだったのに、気づけば城壁の内側に逆戻り……。
グレイマウルが街道に出てきたとか、そういうレベルをとうに超えて、のっぴきならない事態に俺たちは追い込まれているのか?
「こうなったら、私たちにできることはここにはない! まずはギルドへ!」
この事態の当事者として、俺たちは一番最初のグループだろう。
となれば、それを報告しなければならない。
俺たちは顔を見合わせ、すぐに走り出す。
今の状況を一番早く伝えるべき相手はボルクだ。ただの受付ではなく、ベテランの雰囲気を醸し出す男。魔獣が街を襲う危機について何かを知っているかもしれない。
短くない距離を走りギルドホールへ飛び込むと、中はすでにざわついていた。
しかし、外の異変はまだ断片的にしか伝わっていないらしい。
だが、血相を変えてホールに入って来た俺たちの顔を見て、幾人かの冒険者が顔色を変える。
それは受付にいたボルクも同じだった。
「どうした!?」
「門前にグリムパップの群れ! 第一波は倒したけど、第二波にはブルタスクが混じってた! 兵が退避を決めて、門は閉鎖されてる。それに城壁の上じゃ囲まれてるって叫んでた!」
そこまで一気に言い切ると、ボルクの表情が固まった。
「……ブルタスクまで?」
「そうだよ! グリムパップと一緒になって突っ込んでくるから守り切れないと思って、兵士が退避を命じたんだと思う」
俺がそう言うと、ボルクはしばらく黙った。
それから、喉の奥で押し潰したみたいな声を出した。
「これは……スタンピードだ」




